第22話 夏が始まり新たなスタートを切る
6月編開始でございます。
よろしくお願いいたします!
六月。
それは夏への入り口。
祝日が無く、梅雨のジメジメとした暑さに襲われ、湿気により一部癖毛族は発狂する。
なんともまぁ……不憫な月である。
そんな不憫な月、六月に入ったことで我が校の制服が冬服から夏服へと切り替わった。
男子はブレザーを脱いでそのままYシャツ……あーいや別に男子とかどうでもいいんだよ!
肝心なのは女子なのだから。
女子も同様にブレザーを脱ぐのだが、下のブラウス状態で過ごすのか、ブラウスの上にベストを着用するのかは基本的には自由だ。
どちらにしても、男女共に涼しげな服装へと変化する。
──え? なにが言いたいかって?
朝、学校にやってきた俺は昇降口でたむろしている女子の一団に目を向ける。
そりゃもう……ねぇ?
「いやぁ、女子の肌色が増えていい眺めだねぇ」
「いやマジでそう。この日を待ち侘びたと言っても過言ではない」
そうそう。
薄着の女子っていいよねって話を……。
ん?
あれ?
俺、今誰かと話してなかった?
「やっ、昴」
ビクッと肩が震える。
物凄い勢いで隣を見ると、そこには──
「か、会長さん……」
ニコニコと上機嫌な様子の我らが生徒会長、星那紗夜の姿があった。
「夏服はいい。私の目の保養にもなるからな。昴もそう思うだろう?」
あれ、俺男子と話してたっけ? と錯覚してしまうほどガッツリ男子トークを繰り広げる。
もちろん、そう話す会長さん自身も夏服なのだが……。
俺は思わず会長さんの夏服姿を注視する。
相変わらず床に着きそうなほど長い髪。
目を引く星のヘアピン。
そして。
ブレザーから解放されたことで、それはもう非常に目立つ抜群のスタイル。
一言で表すのなら。
最高です。
「おや、なにやら邪な視線を感じるのだが……」
「うっす。自分、邪な視線を向けてたっす! あざっす!」
朝からとても素晴らしい目の保養になったことに感謝して思わず頭を下げる。
この人、身体だけじゃなくて中身も大人っぽいから同じ高校生に見えないんだよなぁ……マジで。
日向と会長さんを並べたら思わず『親子ですか?』と聞きそうになるレベル。
「くく、そうかそうか。正直でよろしい」
会長さんは愉快に笑う。
「だが悲しいかな。キミは男子である以上、女子をジロジロ見るというのは……いささか危険だな」
「そこは己をグッと抑えることにします。内なる男子高校生を封印!」
「できるのかい?」
「無理っすね」
自分で驚くレベルの即答。
「安心したまえ。私がちゃんと証言しよう。『いつかやると思ってました』ってね」
「いや俺捕まってる! そんな誇らしげに言われても!」
顔つきや雰囲気のせいで近寄りがたい会長さんではあるが、こうして話してみるとユーモアのある面白い人だと分かる。
そのおかげで、二年生や三年生からはなかなか慕われているのだ。
一年生はまだ入学してきたばかりであるため、話すことは少し難しいだろう。
それに、一年生のころは三年生ってだけでもう恐ろしい存在だし。
なんだろうね、あの、三年生の『大人』感。
「ふふ、それではな。司たちによろしく伝えておいてくれ」
「あ、うっす」
会長さんはヒラヒラっと手を振り、そのまま昇降口の三年生ゾーンに歩いて行った。
そういえば会長さん……月ノ瀬のことが気になってる様子だったよな。
本当のアイツを見たらどう思うのだろうか。
驚くのか、悲しむのか……それとも。
でも、あの会長さんのことだ。
むしろ喜んで豪快に笑いそう。
「さて、俺も行くか」
靴を脱ぎ、校舎に上がる。
自分の下駄箱に向かい、シューズを取り出し……手を止めた。
月ノ瀬といえば。
今のままお嬢様キャラを貫くのか、これからは素を出して学校生活を送るのか……。
それについては、なんとなく決めているって言っていた。
それに、楽しみにしていて――とも。
アイツはいったいなにをする気だろうか?
「ま、どうせすぐ分かるか」
俺は思考を放棄してシューズに履き替える。
蓮見たちの夏服姿楽しみだなぁ、なんて実にしょうもないことを考えながら歩きだした。
――志乃ちゃんの夏服姿とか、絶対可愛いって。ね? そう思うよね?
× × ×
教室にて。
ホームルーム前の教室は実にワイワイと活気に溢れていた。
今日から夏服だねーとか、六月ヤダねー、最近の政治さー、とか話題はさまざまで。
……ん? なんか意識高いヤツいなかった?
まぁいいや。
俺が席につくと、既に司、蓮見、渚が楽しそうにトークを繰り広げていた。
「これからどんどん暑くなりそうだよなぁ」
「梅雨とかね」
「梅雨……湿気に関してはホント無理。ただでさえわたし癖毛だから大変なのに……」
なるほど梅雨トークですか。
渚は癖のある前髪をいじりながらため息をついた。
たしかにこの時期は湿気もどんどんエグくなってくるからなぁ。
身体の内から暑さが湧き出すあの感じ苦手なんだよな。分かる人いるかなぁ。
「ふっ、俺が近くにいると余計に熱上がるしな」
ふぁさ……前髪かきあげからのイケメンスマイル。
これで余計暑くなっちまうな。
すまねぇ美少女たち。
「なんか涼しく……いや、寒くなってきたな」
「わたしも」
「……私も」
寒そうに身体をさする三人。
何事? と周りをキョロキョロ見ていた。
……ふむ。
「いやホントにな。勝手に冷房つけたの誰?」
「あんただから。あんたが寒くしただけだから」
俺の便乗ボケにすかさずツッコミを入れる渚。
流石は渚。
お前ならツッコんでくれると思ったぜ。
「そういえば月ノ瀬はまだ来てないのか?」
俺は月ノ瀬の席を見る。
普段であれば優等生らしく早めに登校しているのだが、今日はまだ姿を見ない。
珍しいな……。
とはいえ、別に遅刻しているわけではない。
月ノ瀬だって登校時間が変わることくらいあるだろう。
「あ、うん。まだ来てないみたい」
蓮見の返答になるほどなぁ頷く。
「そういえば、アレだね」
渚がなにか思い出したように口を開いた。
「先月もこんな感じの話したよね。月ノ瀬さんがーって話じゃないけど」
渚の言葉に先月を思い返す。
真っ先に浮かんできたのは、やはり今も忘れないあの衝撃の日のことだった。
あー……確かに。話したな、こんな感じのこと。
俺はそのことを思い出して、自然と笑いがこぼれる。
「アレな。司のヤツ遅いなぁって話だろ?」
「え、俺の話?」
「うん。朝陽君まだ登校してこないなぁってこの三人で話してたの」
「……あっ! そのこと! 私今思い出した!」
ずっと頭にハテナマークを浮かべていた蓮見だったが、表情が明るくなった。
その蓮見が思い出すと同時に、渚がニヤリと悪い表情を浮かべる。
あ、コイツなんか言おうとしてんな。
「晴香、寂しそうにしてたもんね。朝陽君遅い――」
「わ、わー! 禁止! それ以上禁止~!」
蓮見は顔を赤くして渚の言葉を遮る。
確かにあの日、司が来ないから寂しそうにしていた。
それを渚に指摘されて、今みたいに顔を真っ赤にしてたっけ。
「ん? 俺がどうかしたのか?」
「あ、朝陽くんは気にしないで! ホントに!」
「お、おう……?」
置いてけぼりの司は首をかしげる。
でもアレだよな。
俺たちが蓮見をからかってる間、コイツはラブコメしてたんだよな。
美少女とぶつかるとかいう……この令和の世では珍しい古典的ラブコメ。羨まけしからん。
あまりにも衝撃的過ぎて昔のように感じるが……。
普通に直近のことなのである。
「はぁ……もう、るいるいったら……!」
「ふふ。ごめんごめん」
――なんて。
和やかに会話をしているときだった。
ガラガラッ。
音を立てて教室の扉が開かれる。
お、もしかして月ノ瀬が来たのか?
真っ先に扉の方へと向いた蓮見は笑顔を浮かべて──
「あ、おはよう玲――ちゃ……ん……?」
固まった。
え、なにどうしたの。
見れば蓮見だけではなく司も、蓮見も……それどころか他のクラスメイトたちも固まっているではないか。
こわっ! え、こわっ!
「おいおい、みんなどうしたん――」
俺も同じように扉を顔を向けた。
そして……言葉を失った。
そこには。
一人の美少女が立っていた。
勝気な印象を与える表情。
皆の目を奪う美しい金髪。
青空をそのまま映したかのような綺麗な瞳。
モデルのように整ったボディライン。
あらゆる要素を兼ね備えた超美少女が……そこに立っていたのだ。
――いや、それはいい。
なぜならこの美少女のことは、みんな知っているのだから。
今さら驚くことなんてなにもない。
俺たちが固まった理由は……そこではない。
美少女は固まる俺たちを見て、驚いた表情を浮かべる。
目を瞑り、一度深く深呼吸……。
再び目を開けると――。
「みんな、おはよう!」
凛と明るい声が教室内に響き渡った。
美少女――月ノ瀬玲は元気よく笑顔を浮かべる。
やっぱり、コイツは月ノ瀬だよな。
間違いないよな。
「……はっ」
――コイツ、やりやがった。
驚きながらも、俺は心の中で笑う。
月ノ瀬玲といえば、やはりその『サラサラ金髪ロングヘアー』が印象的だった。
しかし。
今、目の前に立っている月ノ瀬玲は。
その金髪を……バッサリ肩まで切っていたのであった。