第210話 蓮見晴香はやっぱり貴重なツッコミ枠である
「――なぁ蓮見。お前って今まで結構な数告白されてきたんだよな?」
「えっ、えっ!? い、いきなりなに……!?」
夕方の帰り道を並んで歩く。
司の話や渚の話、月ノ瀬の話などなど……。他愛ない雑談で盛り上がっていた中、俺はいきなり踏み込んだ質問をぶつけた。
これまでニコニコと楽しそうにしていた蓮見も予想外だったのだろう。驚きと恥ずかしさで顔を赤く染め上げている。
もっと遠回りして聞いても良かったのだが、それだと時間がかかって間に合わなくなってしまう可能性もある。
あくまで一緒に帰るのは途中までだからな。許せはすみん。
「いやー、ほら。最近司の付き添いでいろいろと恋愛相談を聞いてたからさ。それでふと思ったわけよ。蓮見とかモテて大変だっただろうなぁって」
そんなことまったく思ってないけど。
「た、大変って……こ、この話題はやめない……!? すごく恥ずかしいよ……!?」
ま、そりゃそうか。
小学生からモテていたという話は、親友である渚が言っていたから真実だろう。
蓮見晴香という人間をそれなりに知っている身として、そこに当然異論はない。
コイツがモテなかったら誰がモテると言うんだって話だ。
しかし、蓮見の性格的にそれを自慢するようなヤツではないことも分かる。
月ノ瀬が相手だったら『あぁ私? モテてたに決まってるじゃない。当たり前でしょう?』とか言うだろうから話が早そうだけど……。
これは聞き方を変えるしかないか。
「ふーん。恋愛相談のせいか、司との仲を取り持ってくれて女子が多いんだけど……まぁしゃあないか」
「え」
「同じ女子であるお前の意見が聞けたらなぁ……。でも恥ずかしいっていう気持ちも分かるから無理強いはしねぇよ。変なこと言って悪かったな」
「え、あ……」
こういうタイプから話を聞き出す一番手っ取り早い方法。
それは、悪く言えば良心に付け込むことだ。
お前が良かった。
お前が適任だ。
お前じゃないとダメだ。
優しい人間は、それでまず多少なりとも揺らぐ。
初対面の相手なら警戒心しかない。しかし、一定の関係値を築いている人間から言われることで『なんとかしてあげたい』という欲が刺激されるわけだ。
適度な押し引きが重要ってわけだな。
一方で月ノ瀬や渚、会長さんみたいなタイプに同じ方法をとっても効果的ではない。むしろ『怪しい』と一蹴されるのがオチだ。
以上、性格の違いは難しいねって話でした。
「ここはお詫びに俺のとっておきの話を聞かせてやろう。都会から田舎に帰った一人の男がある日――あぁこれは面白くないからいいや。じゃあ……そうだなぁ」
「気になる……! すっごくその話の続きも気になるけど……!」
「ちなみに結末だけ言っておくと、その男は最後半裸でサンバを踊るはめになる」
「田舎に帰って結末までの間になにがあったの!?」
知らん。適当に話してるだけだから中身なんて空っぽである。なんだよ半裸でサンバって。
それにしても、やっぱり蓮見のツッコミは勢いが良くてボケがいがある。やっぱりツッコミ担当はお前しかいないぜ!
「じゃ、じゃなくて! 朝陽くんの話ってどういうこと……!?」
「司の話? え、なんの話だっけ」
「ほら! 仲を取り持つとかなんとかって……」
――よし、完了。こうなったらあとは話を思い通りに運ぶだけだ。
お前の純粋さが少し心配になってくるぞ蓮見。そこがお前の良いところでもあるんだろうけど。
好きな人の話を持ち出されたら、誰だって気になる。
俺はわざとらしく「あー……」と声を上げた。
これ以上ふざけた話をしてると時間切れになっちゃうな。そろそろ真面目に話すとしよう。
コホン、と俺は咳払いをして場の雰囲気を切り替えた。
「司がモテるのはまぁ……親友としては嬉しい限りなんだけど。ちょっと心配事もあってな」
「心配?」
こてん、と可愛らしく首を傾げる蓮見に「そそ」と頷く。
「例えば遊び半分だったり、司をからかうためだったり……。あとはいたずらとか、いやがらせとか、好意以外にもそういう厄介なパターンもあるんだよ」
これに関しては、蓮見を信じさせるための嘘ではない。
実際に俺がこれまで『見て』、そして『経験』してきたものなのだ。
そういった感情を。そういったおふざけを。そういった『ヤツら』を――俺は何度もこの目で見てきた。何度も相対してきた。
蓮見も蓮見で思う部分があるのか、少し複雑そうに眉をひそめた。
もしかしたら、似た経験をしたことがあるのかもしれない。
「だから参考までにお前の話も聞いておきたかったってわけだ。誰から告白されたーとか、何人に告白されたーとか、そっち方面は聞くつもりはない」
「そっか……。ふふ」
「なに笑ってんだよ」
「ううん。やっぱり青葉くんって、朝陽くんのことをすごく大切に思ってるんだなぁって」
穏やかな微笑みを向けられたことで、思わず目を逸らす。
蓮見もそうだけど、志乃ちゃんや司……。
彼女たちの『優しい眼差し』というのは、やはりどこまでいっても苦手だ。胸がざわつくような感覚になる。
だったらまだ渚や月ノ瀬に睨まれていたほうがマシである。あれ俺ドM?
蓮見は視線を前に戻し、わずかに考えたあと「うん」と頷いた。
「青葉くんのことだから、きっとそれ以外にもなにか理由があるんだろうけど……」
そこはノーコメントで。
「いいよ。私にできることなら協力したいからね。……あ、もちろん恥ずかしい質問はやめてね?」
「お風呂に入ったときどこから洗うの? とか?」
「絶妙に気持ち悪い質問やめて……!?」
「ん? 俺? 俺は右足の親指からかなぁ」
「別に聞いてないからね!? なんで急に言ったの!? み、右足の親指って……ど、どう反応すればいいか分からない……!」
いけないいけない。反応が面白くてついふざけてしまう。
ちなみに本当は普通に右腕から洗います。なんも面白くないです。
「もう青葉くんは……!」
「すまんすまん。あとで司の小さい頃の秘蔵写真でも送ってやるから許してくれ」
「えっ……! ………………ゆ、許すません」
「どっちだよ」
葛藤してたなぁ。間違いなく己の欲望と葛藤してたなぁ。
そして明らかに欲望に負けてるじゃねぇか。
そんなわけで司! 俺のために犠牲になれ! ガハハ!
「ま、アレだ。いわゆるラブレターってあるだろ? 人づてとか、下駄箱とか、机の中とか……貰い方はそれぞれ違うと思うけど」
おふざけはほどほどに、ようやく本題を切り出す。
蓮見はツッコミのし過ぎで疲れたようにため息をつきながらも、視線で話の続きを促して来た。
「そこで蓮見に聞きたいのは……ラブレターを貰ってお前はどういう印象を持った? どう感じた? ザックリした質問で悪い」
「うーん……どう感じた、かぁ」
ラブレターなんて貰ってないよ? という反応がないあたり、蓮見のモテ具合が窺える。
実際めっちゃ貰ってたんだろうなぁ。
そのあたりは改めて渚にでも聞いてみよっと。蓮見のことならアイツに聞けば全部分かるでしょ。
てか、その渚はそういう経験あんのかな。告白とか、ラブレターとか。
……いやないな。アイツは多分ないわ。うん。この話は終わり。
「こんなこと言うのは偉そうでちょっと気が引けるんだけど……」
気まずそうにしながらも、蓮見は話し始める。
「ラ……お手紙って、文字だけでもなんとなくその人に気持ちが伝わってくるんだ」
「ほう」
「例えば……一文字一文字をすごく丁寧に書いている人とか。これは字が丁寧って意味じゃなくて、丁寧に書こうとしている人のこと……だけど」
それは同じようで意味合いはまったく異なる。
字が汚い人間でも、相手に気持ちを届けるために精一杯丁寧に書こうとする。
頑張ったうえで、他者から見ればまだ汚いと思われてしまう可能性もだろう。
それでも『気持ちを込めて書いた』ということが重要なのだ。
「ほかには消しゴムで消した跡が薄く残ってたり、文の中で同じことが繰り返されちゃったりしてると、それだけ頑張って考えて書いてくれたのかなぁって勝手に思ったかな」
手紙は綺麗なほうがいい、という意見は多くある。むしろ綺麗に越したことはない。
綺麗な紙。
綺麗な文章。
綺麗な文字。
しかし、中にはそうでないほうが気持ちが伝わりやすいものも存在するのかもしれない。
それこそラブレター、とかな。
要所要所で『人間味』を感じられた方が、書いた人物の気持ちが伝わってきやすい場合があるのだろう。
もちろん、受け取る人間によって印象は変わる。
今回はあくまでも『蓮見晴香』がそう思っている、というだけの話だ。
――蓮見は恥ずかしそうに頬を掻いた。