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第207話 川咲日向の意思は変わらない

「……」


 紙を掴む指先に僅かに力が入る。



「な、なんか言ってくださいよ先輩」


 俺が黙っていると、日向が不安そうにこちらの様子を窺ってきた。


 ……っと、少し考え過ぎたかもな。

 一旦余計な考えは頭の片隅に置いておこう。


 手紙から顔を上げ、まずは率直に思ったことを聞いてみることにする。


「てかこれ、俺が読んで良かったのかよ。言い振らされそう~とか、そういうの考えなかったのか?」

「昴先輩は変なところでちゃんとしてますからねー。そんなことはしませんよ。あたしでも分かってますからね?」

「……おー。そりゃお厚い信頼をどーも」


 伊達に付き合いが長いわけじゃねぇって話か。


 こういった秘密の手紙を誰かに見せるということは、相応の信頼値が無いとできないことだ。


 それも面白がって見せるわけではない。ネタにするとか、遊ぶとか、日向はそんな愚かなことをする人間じゃない。


 一人だとどうにもならないから。

 一人だとどうすれば分からないから。


 そういった不安に苛まれて、俺を頼ってきたわけで……。


 日向自身、『俺に見せる』という選択をするまである程度の葛藤があったに違いない。


 最悪自分だけではなく、手紙の主にも不快な思いをさせてしまう場合もあるのだから。


「それ……。朝、あたしの下駄箱に入ってたんです」


 下駄箱にお手紙とは……それは随分古典的な方法で来たもんだ。


 とはいえ、古典的だからこそ効果があるというのもまた事実だ。現に日向がこうして悩んでいるのがその証拠である。


 さて……と。日向側に問題がないのなら、いろいろと話を聞いてみることにしよう。


「ほーん。この森って誰よ?」


 手紙に書かれている『森和樹』という一年生のことを俺は知らなかった。


「あたしも喋ったことはないんですけどー。バスケ部の男子ですね。一年メンバーの中心人物みたいな?」

「はぇー、中心人物レベルかよ。バスケ部ってことは、見た目とかそういうのは分かるのか」

「分かります。かっこいいとか、背が高いとか、とにかくモテてるって話はよく聞きますねー」


 男子バスケ部のモテモテ一年生か。


 ……。


 気に入らねぇ!!! 誰なんだそいつは! 完全な私情失礼!


「ってことはなに? バスケ部で、背が高くて、実力もあって、モテるってことは顔もいいんだろ? おいおいおい……なんだよそれやっぱり気に入らねぇ!」

「うーん……たしかにかっこいいとは思うんですけどー」


 女子ならキャーキャー言いそうな条件だと思ったが、どうやらそんなことなさそうだ。


 微妙そうに眉をひそめる日向は、そのまま人差し指を顎に添えて首を傾げる。


「別に運動神経なら昴先輩のほうが上でしょうし、顔だけ見ても昴先輩のほうがかっこいいと思いますけどねーあたし的には」

「ぁえ」


 突然のお褒めの言葉に、思わず変な声が漏れる。


 一方で日向は『なんでビックリしてるんですか?』と言わんばかりにケロッとしている。


 俺を調子に乗らせようとか、適当なことを言って流そうとしているか、そういった感じもしなかった。


 本当にただ思ったことをそのまま言っただけなのだろう。


 そういう部分にちょっと司味を感じるあたり、アイツの影響を受けてるなぁと実感する。


「あっ、ひょっとして先輩ドキッとしました!? あたしに惚れちゃいました!? まったくもー、でもあたしには司先輩という素敵な──」

「すまん日向。ありがたい話だけど流石の俺も恋愛対象は人間なんだわ」

「じゃああたしってなに!?」


 大きいリアクションをありがとう。


 日向はブーと不満げに唇を尖らせ、仕方なさそうにため息をつく。


「だって先輩、黙ってればかっこいいじゃないですか。黙ってれば。ほんとに。黙ってればの話ですけど。黙ってればまぁ――」

「おい言い過ぎだろ!! 泣くぞ!? 俺泣くぞ!?」

「そしたらあたしがよしよししてあげますね♡」

「やった♡」


 ふっふっふ、悪いなイケメンリア充の森少年とやら! どうやら俺のほうがかっこいいらしいぞ! 俺の勝ちだ!


 ――そんなわけで、話を戻そう。俺たちが会話するとすぐに脱線するからな。全部コイツが悪い。絶対そう。


「そんでアレか? 森君に告白されるかもしれないどうしよう!! って悩んでるわけか」

「こ、告白かどうかは分かりませんから! こういうの初めてだからどうすればいいか分からなくて……志乃にもちょっと相談しづらくて……」


 初めて――か。


 普段の日向だったらなにも考えないで『あたし手紙貰ったんだけどー!? 告白かな!?』とか志乃ちゃんに言いそうなものなのだが……。

 

 こう見えてコイツ、中身は意外と繊細なんだよなぁ。だから話しづらい部分もあったのだろう。


 顔は良い。めっちゃ明るい。話していて楽しいヤツ。可愛げのあるおバカ。


 そんな川咲告白ではあるが、告白をされたとかそういった浮いた話を聞いたことが一度もなかった。


 もちろん一定の人気はあったと思うし、日向のことを好きだっていう男子は間違いなくいたはずだ。いないわけがない。


 それでも、告白まで至らなかったのは……。


 普段からどんな場所でも、『司先輩大好きムーブ』をしていたことが原因かもしれないな。


 しかし今回、日向がラブレター疑惑の手紙を貰ってしまったというわけで……。


「一応聞いておくが、司に相談しなかったのはなんでだ?」

「だ、だって……『日向、告白されるのか? やったな!』ってあの純粋な笑顔で言われるかもって思ったら複雑じゃないですか!」

「簡単に想像できるな」

「でしょ! その点昴先輩だったら、そんなこと言われてもなんとも思わないですし!」

「おい」


 予想通り、司じゃなくて俺を頼ってきたのはそういう理由か。


 こればかりは日向を責められない。


 自分が想いを寄せる相手から『やったな! 良かったな!』とか言われたら、複雑な気持ちになるのは頷ける。


 あたしが好きなのはあなたなんですけどぉ!? と思わず勢いで言ってしまいそうだ。


「で、どうすんのお前。体育館裏? とやらに行くのか?」

「そりゃまぁ……。無視するのも悪いですし……」

「にゅふふ、告白されるかもしれないしな?」

「そっ、それは関係ないですから! からわないでください! うざ! やっぱりこの先輩うざ!」


 全身を使ってぷんすか怒る日向を横目に、俺は考える。


 簡単な内容の手紙。相手はモテモテの男子バスケ部員。

 具体的には書かれていない『俺の気持ち』とやら。

 日向を名指し。


 文面だけ見れば告白の可能性は高いと言える。それに初めてのことであるのなら不安を感じて悩んでしまうのは仕方がない。


 そして、募る恥ずかしさを抑えてまで俺を頼ってきた『意味』。


 そういった要素から考えると、日向が俺に望んでいることは――


「おっけー。なら明日、俺も一緒に行ってやるよ。もちろん陰から様子見程度でな」


 軽い口調でそう言いながら、俺は持っていた手紙を再び四つ折りに戻して日向に渡した。


「えっ! い、いいんですか……?」

「いいもなにも、そうして欲しかったんだろ? 可愛い後輩ちゃんのお願いくらい、たまには聞いてやるぜ」


 日向は驚いたように目をパチパチと瞬きさせて、ふいっと顔を背ける。


 この反応を見るに、俺の選択は間違っていなかったようだ。


「やっぱり察しが良くてムカつくなーこの先輩」

「聞こえてるから。バッチリ聞こえてるから」

「…………てへっ☆」

「無理ある無理ある」


 ったく……この生意気ツインテール娘は……。


 なんなら俺が日向の代わりに行くぞ? 女子の制服を着て、ツインテールのウィッグ付けて行くぞ? ツインテール昴ちゃん出陣!


 ……うわ。自分で想像して気持ち悪くなってきた。俺通報で。


 ツインテールのウィッグは大人しく月ノ瀬の下駄箱にでも封印しておこう。


「ありがとうございます、先輩」


 自分の女装ツインテール姿を想像して体調を悪くしていたところに、日向からの一言。


「なにがだよ」

「先輩が付いてきてくれるなら安心ってことです! あ、司先輩のほうが安心しますけどね!」

「一言余計だコラ」


 にひひっと、日向らしい笑顔。


 まぁ……コイツはあれこれ難しいことを考えないで、こうして笑っている姿が一番似合っている。


 周囲を明るくする元気いっぱいの笑顔。


 それが川咲日向の一番の魅力と言ってもいいかもしれない。多分。恐らく。


 ――だが。


 悪いがこれは、お前のためじゃない。


 お前が告白されるかもしれない、という部分はどうだっていい。俺が今、重要視しているのは『その点』ではないのだから。


 ……ということはもちろん、本人には言わないけど。


 どこか安心したようにホッとしている日向に、俺は笑いかけてやる。


「ま、()()()()からな」

「慣れ……?」


 そう。


 こういうことには――慣れているから。


 しかしその前に、俺はお前に聞いておかなければいけない。答えによっては俺の今後の動きが大きく変わってくる。


「なぁ日向」

「なんですかー?」


 ……とはいえ、俺の問いにどう答えるかはある程度は予想がつく。ついてしまうほど、俺はコイツのことを知ってしまっているらしい。


 頼むぞ、川咲日向。


「もしも、だ。もしも本当にお前に対する告白だったらどうする。受け入れたり、保留したりするのか?」

「しませんよ。絶対に」


 ――即答。


 その速さに俺は一瞬返事に詰まってしまう。


 日向は先ほどまでとは違う、穏やかな笑みを浮かべて胸に手を当てた。


 その表情は大切な誰かを思い浮かべているかのような、とても幸せそうな微笑みだった。

 

 誰か――なんて、考えるまでもない。






「あたしが大好きなのは……。一緒にいたいのは、支えたいのは、ずっとずっと追いかけてる人は――たった一人だけです」





 それは、恋する乙女の横顔。


 日向が追いかける、ただ一人の男。


 中学の頃に救われて、それからずっと慕ってきた相手。

 

 助けられてばかりではなく、時には持ち前の明るさで励まし、そして時には背中を叩いて鼓舞してきた。


 アイツ自身もきっと、日向という存在に助けられた部分も大きいだろう。


 ……もっとも、このおバカは自覚無しなんだろうけどな。


 よし。答えてくれて感謝するぜ、日向。今の言葉だけで十分だ。


 これで心置きなく、俺も()()ことができる。


「……そうか。例えその男の気持ちが、お前に向いていなくてもか?」

「もちろんですよ。じゃなかったら、こんなに長く片思いしてませんって!」

「それもそうだな」


 中学一年生の頃に出会って、高校一年生になった今でも想いを寄せている。


 その気持ちは薄れるどころか、見ている側からすれば年々増しているようにすら思えた。


「ったく……お前にそんな想われてアイツも幸せ者だな」

「えへへ、でしょでしょー? あたし、自分でもそう思うんですよねー! こんなに可愛くて、優しくて、健気な日向ちゃんに想われてハッピー! 的な?」

「はははは」

「急に雑っ!? え、雑過ぎません!?」


 日向。お前はそのまま天真爛漫でいてくれ。


 それはお前だけの武器だ。お前だけの魅力だ。


 ……司だけじゃない。


 俺も――そう思ってるからよ。


「ほれ、そろそろ部活行け。遅刻して怒られても知らんぞ?」

「たしかにっ! それじゃーあたしは部活に行きますね! 明日はよろしくです!」

「ああ。頑張れよ」

「はいっ! 頑張りますっ!」


 元気よく挙手をして言うと、日向は立ち上がる。そのまま俺に手を振りながら、早歩きで去って行った。


 ぴょんぴょんと跳ねるツインテールが視界から消えていったことを確認し、俺も続いて立ち上がった。


 告白か、はたまたそれ以外の『なにか』か。


 真相は分からないが……明日が楽しみだ。


「さーてと、日向と会う予定も終わったことだし――」



 

 さっそく『利用』させてもらうとするかな。


 サンキュー、日向。司じゃなくて俺を頼ってくれて。


 もしも本当に告白だとしたら、そんなところを司に見られたら多少なりとも気まずい気持ちがあるよな。

 

 アイツのことだから、心の底から『おぉ……良かったじゃん日向!』とか言ってきそうだ。お前はそれが嫌だったんだよな。


 だったらその複雑な恋心、俺の目的のためにありがたく使わせてもらう。


 ただ悪いようにはしない。

 お前個人に迷惑は一切かけないから安心していい。


 それらを抜きにしても、今回の件は個人的にも『疑惑』があるから。


 これまで様々な『告白もどき』を経験した俺だからこそ、感じたものかもしれない。


「……。やるか」


 いずれにしても、まずは情報収集からだな。判断はそのあとだ。

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