第203話 有木恵麻はアドバイスを送る
「――で、有木。俺たちがここに来た理由は知ってるんだよな?」
ドリンクバーで淹れてきたコーラを一口飲み、俺は有木に問いかける。
炭酸のシュワシュワが喉を刺激して気持ちがいい。やっぱ炭酸は最強だなぁ。
普段は家でお茶か水しか飲まない身からしたら、たまに飲む炭酸ほど最高の飲み物はない。知らんけど。適当に言いました。
――話を戻して。
渚や志乃ちゃんと話していた有木は、俺から質問が飛んできたことで表情をハッとさせた。
「あ、うん。たしか……文化祭――汐里祭って言うんだっけ……? それで演劇をやることになって、昴くんが脚本を書くって聞いたよ?」
「大正解。お前から月ノ瀬に言っておいてくれ。アイツに任せるとかバカなの? って」
「そ、それは無理……かなぁ」
有木は困ったように笑みをこぼした。
ほんじゃま……無理なら仕方ない。
雑談も楽しんだだろうし、いよいよ本題に入るとしよう。
俺たちは月ノ瀬から事前に言われて、今この場に座っているのだ。
物書き系に詳しい知り合いがいる――と。
「有木ってなんか物語を書いたり作ったりしてんの? 月ノ瀬がそんなこと言っていたけど」
そう言うと、今度は恥ずかしそうに目を伏せる有木。
「う、うん……実はその、中学の頃から演劇部に入ってて……」
突然の事実に思わず「え」と声が漏れた。
「…………マジ? それは初耳なんだけど?」
「で、でもほら……あたしは目立つの得意じゃないから。最初は小道具とか裏方とか……そっち担当だったんだけど、しばらくしたら脚本を書かせてもらえ
るようになって……」
「マジかよ」
流石にこれは驚きである。
オタク系であることは知ってたけど、演劇部だったのかコイツ……。
趣味とかそういうレベルではなく、ガッツリ部活で演劇をやっているパターンは想像していなかった。
それもまさかの脚本担当とは……。立派なものである。
月ノ瀬がそれを把握しているうえで、俺たちに今回の話を振ってきたのだとしたら……。
高校に入ってから、というか現在も所属しているのだろうか?
「こ、高校に入ってからも最初は入部してたんだけど……いろいろあって、しばらく部活に行けなくなって……」
「あー、理解。それ以上は言わなくていいぞ」
「……うん。で、でも最近また顔を出せるようになったんだ」
「そっか。……お前なりに頑張ってんじゃねぇの」
「うん……」
こくりと、有木は小さく頷く。
含みのある俺たちのやり取りに、志乃ちゃんと渚は首を傾げていた。
事情を知らない側からしたら当然の反応だ。
高校に上がってからも演劇部に所属していた。
しかし『いろいろ』あって、しばらく顔を出せなくなった。
その『いろいろ』は――わざわざ聞くまでもない。
恐らく俺の予想通りだろうし、そうだとしたら部活になんて行っている余裕はまったくなかったはずだ。
最近になって復帰できたとなると……。
まぁやっぱり、行けなくなっていた理由はそういうこと、だろうな。
今はそこを掘り下げる必要はない。さっさと話を進めよう。
「とりあえず、お前が演劇系に詳しいことは分かった。てなわけで有木……俺の代わりに脚本を――」
「昴さん、それはダメですよ?」
「青葉、ふざけないで」
前方から飛んでくる二つの冷たい視線。
「はいごめんなさい。めっちゃ楽しようとしました。なんなら有木に書かせて『これ俺が書いたやつ!』って自慢しようとしてました」
反応早すぎるだろ。まだ最後まで言ってなかったでしょ。
くそう! パッと思いついた俺の作戦が! ゴーストライター有木作戦が!
俺が白状すると、三人の俺を見る目がより冷たいものへと変わった。
「最低です」
「最低だね」
「そ、それはちょっと……良くないんじゃないかな……なんて」
「あがががががが」
グサグサグサ――!!!
トリプルアタックにより、さらに追加ダメージ!
人見知り三人衆によるお咎めの言葉は、より一層ダメージが高かった。
普段だったら、他人に絶対そんなこと言わないでしょ君たち。てか言えないでしょ。
……あ、渚は別だわ。コイツはよく言うわ。実質ダブルアタックだわこれ。慣れって嫌だね。
なんとか傷ついた心を癒そうと頑張っていると、志乃ちゃんが呆れたようにため息をついた。
「有木さん、ぼかした言葉で甘やかすと昴さんってすぐ調子乗りますから。こういうときはビシッと言ってあげてください」
オカンかな?
「そうそう。うるさい黙れ喋るなって言ってもいいと思う」
それはやめて。そういうタイプはお前や月ノ瀬だけでお腹いっぱいです。
あの有木が『うるさい黙れ』とか言ってきたら、俺はもう情けなく号泣する自信しかない。
「そ、そうなんです……か?」
「いやいやいやいや、良くないからね? 二人してなに言ってんの???」
話に流されそうになっている有木を慌てて制止する。怖いって。怖すぎるって。
純情乙女な有木ちゃんまで俺に冷たく接してきたらどうすんのよ! 『は?』とか言ってきたり、笑顔でゴゴゴゴってしてくる有木とか見たくないんですけど!?
渚&志乃ちゃんコンビ……なかなか厄介かもしれない。盲点だったぜ。
圧倒的不利状況に「ぬぬぬぬ……」と唸っていると、三人は顔を見合わせて楽しそうに笑みをこぼした。
……まったく。君ら、さっきまで全員ぎこちなかったってのに。
これもイケメン仲介業者さんのおかげってことかね。
「そ、それでえっと……昴くんが脚本を書くって話だったよね。渚さんと朝陽さんも関係が……?」
有木は話を戻して、二人へと問いかける。
「わたしは青葉の補助役……みたいな……。正直あまりに役に立てないだろうけど……」
「わ、私は全然関係ないんです。昴さんと渚先輩に付いてきたっていうか……」
「な、なるほど……?」
あの、すみません。
今更なんだけど全然関係ない話していいっすか? 自分いいっすか?
放課後、女子三人とファミレスに来るとか……。言葉だけ聞けばめっちゃリア充じゃね?
かーっ! リア充しちゃったかー! すまねぇなぁ世のモテない男子たちよ! 許せ! ふははは!
でもおかしいね。
キラキラしてないんだよ。青春特有のあのキラキラ感が皆無なんだよ。
俺に対してだけは、途端に場の温度が下がるんだよ。
むしろ女子三人で話しているほうがキラキラしてるまである。不思議だネ。
「てなわけで、有木。脚本の書き方を教えてくれ。こちとら素人だからなにすりゃいいかも分からんし、どんな話を書けばいいのかも分からん」
「うーん……どんな話かぁ……。演劇とかはいったん置いておいて、昴くん個人でなにか書きたい物語とか、作りたい物語とかないの?」
「えー。巨乳お姉さんがたくさん出てくるエッチな――」
「――昴さん?」
「な、ないっす。特に書きたい話がなくて困ってるっす、はい」
こっっっっっわ。今日一番怖かったかもしれない。
俺これ大丈夫? この子、俺の対面に座ってるからそのうちフォークで膝とか刺されない? 大丈夫?
絶えない俺のおふざけに、渚は仕方なさそうにため息をつき、有木はどう反応すればいいか困っていた。
くそう! ここに月ノ瀬や蓮見がいたら、もう少しツッコミを入れてくれたり面白い反応をしてくれたりしたのに!
司とイチャイチャしてないで一瞬だけでこっちに来い! 頼む!
「もう……」
恐怖で震える俺から視線を外し、志乃ちゃんは有木を見た。
「私が話に加わっていいのか分からないんですけど……。有木さんって、これまでどんなお話を書かれたんですか?」
「あ、あたしですか? えっと……リアル系だったり、ちょっとファンタジー系だったり、いろいろある……かも?」
「さらっと言ってるけど……普通にすごい。物語を作るとかわたしには無理」
「そ、そんなことないですよ……! まだまだ未熟なので……」
俺がいないほうがスムーズに会話進んでない? 気のせい?
「いやー、難しいぜ。物語を作るコツとかあんの?」
「コツ……? そうだなぁ……」
自分では未熟と言っていたが、実際はどうなのだろうか。
有木が書いた脚本とか、そういった作品を見れば分かるんだろうけど。
月ノ瀬が自信満々に紹介してくるあたり、ある程度の能力は持っているのかもしれない。
有木は少し考え込んだあと――
「残したいものとか、伝えたいこととか……。好きとか、嫌いとか。そういう自分のなかにある『想い』を形にすること、かな……?」
呟くようにしながら、一文字言葉にして俺たちに告げた。
残したいもの。伝えたいこと。
好き、嫌い。
自分のなかにある想い。
……こりゃまた、難しいことを言い出してきたな。
「完全に一から話を考えるのは難しいと思う。まずは身近なことで感じたこととか、思ったこととか……それに対して自分がどう伝えたいか、どう残したいかを考えて……膨らませていけば作りやすいかも……?」
「……おー。すげぇそれっぽいな。なんとなく言いたいことは分かったぜ」
「ほ、ほんとに? ふんわりしててごめんね……。もっと上手く伝えたいんだけど……」
完全に一から話を作るのが難しいというのは、本当にその通りだ。経験がない以上、安易に足を踏み入れていい領域ではない。
で、あるならば……。
身近であった出来事や、実際に見てきたもの。
それに伴って感じたことや思ったことから着想を得て、膨らませたほうが作りやすい……ということかもしれない。
例えば俺が見た漫画やアニメを参考にするとか、そういうのもアリってわけで。
もちろんパクりにならない程度に、という話で。
なるほどな……。
残したいもの――か。
「サンキュー有木。まだ形には出来ねぇけど、なんとなくは理解した」
「ううん。昴くんの力になれたのなら安心だよ」
「ちなみに主役は司、ヒロインは月ノ瀬でいく予定だぜ」
「あ、あー……そうみたいだね。月ノ瀬さんから聞いてすごくビックリしたよ。でも……二人ならピッタリかもね」
「だな」
仮に今から『脚本担当なんて却下!』と言ったところで、アイツらは受け入れないだろう。
それなら、俺のやれる範囲でとことんやってやろうじゃねぇの。
なんかあっても指名したアイツらの責任、ということで。
司たちにとっては二度目で、月ノ瀬にとっては初めての汐里祭。
この先も、記憶に残るように。
たしかな思い出になるように。
俺が、彼ら彼女らにできることを――
俺が『残せる』ものを――
形にできるように、少しは頑張ってやるとするかね。
「昴くんは……ほ、ほら、頭がいいからきっとすぐコツを掴めると思うよ」
「はっはっは! 任せたまえ! 俺様は優秀だからな!」
「……さっき有木さんに書かせるとか言ってたの誰だっけ」
「……本当ですね。調子がいいんですから」
聞こえなーい聞こえなーい。知りませーん。
都合の悪いことは全カット! これが僕の耳です。
「じゃあとりあえず基礎的な書き方? みたいなやつとか教えてくれよ」
「う、うん分かった。あたしに出来る範囲で手伝うね」
「あ……ゆ、有木さん。わたしも聞いてていい……かな。ちょっと興味あるというか……」
「私も……! 私も聞いてていいですか?」
「も、もちろんです! 当たり前ですけどプロじゃないので……あくまで参考程度に聞いてもらえると……」
――こうして、有木先生による講座が始まったのだった。
普通に勉強になる話で、渚や志乃ちゃんも興味深そうに聞いていた。
そんな中……俺はただ黙って考えていた。
何気なく有木が口にした『残したいもの』『伝えたいこと』という言葉の意味を。
好きだの嫌いだのはそこまで重要じゃない。正直どうでもいい。
そんなものより考えるべきことがあるから。成し遂げたいことがあるから。
俺はあと……どのくらい――
大事な親友に。
大事な恩人に。
朝陽司という存在に。
彼を取り囲む魅力的な者たちに。
『なにか』を残せるのだろうか。
『なにか』を伝えられるのだろうか。
そうするだけの『なにか』を俺はどれくらい持っているのだろうか。
それはまだ――俺にも分からない。
もしかしたら、このまま分からないままかもしれない。
それでも、俺は──