第199話 月ノ瀬玲は根回しを欠かさない
俺たちがワイワイ話している間、珍しくずっと静かにしていた月ノ瀬が遂に話に加わる。
会話に入ってこないなぁとは思っていたが……急にどうしたのだろう。
月ノ瀬は「よし」と呟き、机の上にスマホを置いた。
どうやら誰かと連絡を取り合っていたっぽくも見える。
そのまま俺たちへ顔を向けると、自信ありげにふふんと笑った。
「昴」
「んだよ」
「それと、留衣」
「……え、わたしも?」
渚も――?
「二人とも、今日の放課後予定ある?」
それはまたいきなりの質問だった。
疑問を抱くと同時に、感じていた嫌な予感がより一層強くなる。
俺と渚を名指しというのも、また妙だ。
素直に答えて面倒なことになったらダルいし、ここは俺の直感を信じて一旦誤魔化しておくか……?
「あるある、超ある。アレがアレでアレだから今日は――」
「昴? 正直に言いなさい?」
「なにもないです姉御。めっちゃ暇です」
「ふふ、素直で偉いわね」
「ありがとうございますっっっ!!!」
ニッコニコの姉御を前に、俺はビシッと背筋を伸ばした。
無理です。こんな恐ろしい人を前にして誤魔化すのは無理です。
なんか俺の周り、恐ろしい女子多くない? なんで? 俺のせい? ソンナワケナイ。
怖くない女子って蓮見くらいでは?
あー、ついでに日向も。アイツは怖くない代わりにバカだけど。
「留衣は?」
「わたしも……ない、けど」
「そう。それなら話は早いわ」
なんの話が早いと言うのだろう。
月ノ瀬のなかでは順調に話が進んでいるようだが、こちらは全然付いていけてない。
俺と渚の予定。
誰かとスマホで連絡を取っていた月ノ瀬。
このあたり関連性がありそうだが……。
「玲ちゃん、なにかあったの?」
「俺も気になった。昴と渚さんの予定を聞くってことは二人になにか……?」
今回ばかりは俺だけではなく、司と蓮見も同じように疑問を感じていたようだ。
「私の知り合いにね、そういう物書き系に詳しいヤツがいるのよ。さっきまでその子と連絡を取っていたわ」
物書き系に詳しいヤツ?
しれっとそんなことをしてたのから、ずっとスマホを弄っていたのか。
……これ、だんだん話が見えてきたな。
頭に浮かんできた予感の答え合わせをするように、月ノ瀬は話を続けた。
「そんなわけで昴、留衣。とりあえず話だけでも聞いてきなさい」
――ほらな。やっぱりこうなるか。
渚の「話……?」という呟きに月ノ瀬は頷く。
「演劇の脚本経験もあるって言ったし、聞いて損はしないと思うわ」
「マジかよ。……なにお前、根回しの天才なの?」
「あら、褒めてくれてありがと」
半分皮肉だけどな! しごでき系ヒロインかお前は!
物書きに詳しい知り合いねぇ……。
「んで月ノ瀬、その子とやらは俺らの知ってるヤツか?」
「ん? あぁ……まぁ、行けば分かるわ。怪しい子ではないから安心して」
「行けば分かるってお前なぁ……。てか怪しいヤツだったらこっちが困るわ」
上半身裸で筋骨隆々のおっさんが急に現れて、『どうも。舞台脚本家です』とか言って迫ってきたらどうするの? 警察に駆け込む自信しかないよ?
それか俺も対抗して肉体を見せつけるしかないよ? 筋肉には筋肉で応えるのさ!
そんなどうでもいいことは置いておいて……。
流石に月ノ瀬のことだから、本当に怪しい人物はないのだろう。
でもなぁ、コイツの交友関係って基本的に謎なんだよなぁ。
言い方的に、その知り合いさんは女子っぽい……か?
「あ、あのー……月ノ瀬さん?」
いろいろ考えていると、渚がおずおずと手を挙げた。
「わたしも行かないとダメなの……?」
至極真っ当な疑問だと思います。
しかし月ノ瀬は『お前なに言ってんの?』みたいな表情で首を傾げた。
「そうよ? だってアンタ、昴の手伝いをするんでしょ?」
「い、いや、それは晴香と朝陽君が勝手に言ってただけで……」
「なら実行委員命令よ。アンタの役目は脚本補助! 決定よ! ……昴が暴走したら絶対とめて。アンタしか無理だから。いいわね?」
「おい最後。本音漏れてんじゃねぇか」
人を暴走機関車みたいに言わないでほしい。
ただちょーっと司に女装させるのもアリだな、とか。パツパツのミニスカートでね。
月ノ瀬にドジっ子はわわ系お嬢様をやらせるかぁ、とか。露出多い服を着させてね。
そういう真剣なことしか考えてないんだからねっ! べ、別に俺は真面目なんだからね!
「ほら留衣、さっそく出番よ。コイツ今、絶対変なこと考えてるわ」
「風評被害だ!」
なぜバレた。
「まったく……。じゃあ、頼んだわよ! しっかり役目をこなしなさい!」
月ノ瀬はビシッと渚を指さして堂々と宣言した。
それにしても……とんでもない権限を使ってきたなおい。
そんな女王様的な振る舞いも、姉御の手にかかれば様になってしまうのが恐ろしいところである。
『○○しなさい!』口調って月ノ瀬にピッタリだよね。うん。怖い怖い。
「……うわ横暴だ。横暴過ぎるよ月ノ瀬さん」
月ノ瀬女王のお言葉に、渚はそう言って顔を引きつらせた。
おい渚。これで分かっただろ。
お前をいつも相手にしているときの俺の気持ちが! いつも同じようなことを思ってるんだぞ!
――とか言ったら奥義『†絶対零度† 渚Ver』によって、俺が消え去るだけなのでお口チャック。そのまま未来までコールドスリープしちゃうかもしれない。
とりあえず……ま、アレだな。これ以上ごねても時間の無駄になりそうだ。
ひとまず月ノ瀬の提案に乗っかっておくことにしよう。
「諦めろ渚。とりあえずその月ノ瀬の知り合いとやらに会ってみようぜ」
「え。というか……あんたはいいの。わたしが補助役で」
「いや? そこは別に。むしろお前はエンタメ関係の知識は豊富だから、そのあたりで助かるのは事実だな」
「……そ」
渚は短く返事をし、俺からふいっと顔を逸らす。
なんだよ……聞かれたから答えただけなのに。
コイツがこういう態度を見せるときは、大抵相手の対応が予想外だったり自分が返事に困るときだったりする。
――と、なんとなく理解できてしまっているのがおかしな話ではあるが。
「てなわけで俺を助けろ。お前も道連れだ」
「最低過ぎる。それが本音じゃん」
「なんだよ! イケメン担当の俺様のサポートができるんだぞ! 光栄なことだろうが! むしろ感謝したま──」
「寒い寒い。……あ、雪降ってきた」
「降ってねぇから。話逸らすためだけに雑に超常現象を起こすんじゃねぇ。迷惑異能力者かお前は」
「うるさ」
だってさぁ! なんかあったら渚のせいにできるじゃん!
全部コイツが考えましたって言えるじゃん!
これぞまさにリスクヘッジ。頭が良過ぎるぜ俺。へへへ。
「それにしても月ノ瀬さん、よくその知り合い? 友達? の人とすぐ連絡が取れたね」
「えぇ。まぁね」
「で、誰なんだよソイツは」
「それは……行けば分かるわ」
「お前そればっかじゃねぇか」
今から気になってしまって仕方がない。
「じゃあ青葉くんとるいるいは、玲ちゃんのお友達に会いに行くということでいいかな!」
話を纏めるように、蓮見はパンっと両手を合わせた。
その反動により立派なお胸が……ゲフンゲフン。なんでもないです。なんでもないですよ?
「私は……玲ちゃんと朝陽君と、それ以外のことについて話してようかな!」
「そうね。脚本以外にも話すことはあるし」
「ありがとう蓮見さん、助かるよ」
「うん! 私にできることならなんでも言ってよ!」
……なんでも?
おっと危ない危ない。俺の思春期センサーが反応しちまったぜ。
各々の予定が決まったことだし、行動に移すとしよう。
「よく分かんねぇけど……。結局どこに行けばいいんだよ?」
「駅前のファミレスよ。着いたら向こうからアクションしてくれると思うわ」
「へぇ……」
つまり相手は俺を知っている人物ってことか。
……なるほどな。
「ま、りょーかい。渚、とりあえず行こうぜ」
「……はぁ。分かった」
――そんなわけで、月ノ瀬の知り合いに会いに行くことになりましたとさ。
ファミレスを指定してくるってことは、この学校の生徒じゃないってことだし……。
なんだかスケールがでかくなってきましたね。
× × ×
――場所を移動して、昇降口までやってきた俺たち。
「さーてと。ゆるゆる行こうぜ、るいるい」
「るいるい言うな。というか、わたしまだ納得できてないんだけど」
「諦めろ。我らが実行委員兼月ノ瀬大明神様のご命令だ」
「……これが縦社会のつらさ」
「おうおう、そういうことった」
そもそも俺だって、まだ完全に受け入れたわけじゃねぇっつの。
しかし放課後が暇なのは事実であり、月ノ瀬の好意を無下にするのは後々面倒くさくなりそうだ。
だったら、ひとまず言うことを聞いておくほうが無難だろう。
実際に俺が脚本を考えるかどうかは、そのあとで改めて決めればいい。
「てかお前アレだな、初対面の相手だろうからコミュ障発揮チャンスだな」
「……ぐ。そ、それは……否定できない」
ニヤニヤしている俺を一瞬睨みつけるも、渚はすぐ悔しそうに眉をひそめた。
「ふふふ。でも安心しろって! そこは俺様がバシッとお助けしてやるからよ! あー、これは俺に惚れちゃうなー。るいるいが俺に惚れちゃうなー」
「禿げる?」
「おいやめろ。男にその言葉は禁句だ!!」
今はこんなにとげとげしているが、どうせこの後しおらしくなるのが目に見えている。
初対面の人間が相手というだけで、著しく渚のパフォーマンスが落ちるからね。仕方ない子だぜ。
なんてだらだら考えながら、俺は下駄箱からスニーカーを取り出してシューズを脱いだ。
「――あれ、昴さん……と、渚先輩?」
聞こえてきたのは、澄んだ声。