第198話 朝陽司は仕返しに成功する
──時間は進み、放課後。
「な、なぁなぁ司くん。マジ? マジで俺が脚本書くの? え、マジ?」
半ば強制的に脚本担当を押し付けられて絶賛お困り中の俺は、情けない声で司に縋っていた。
司から『お前脚本書けよ』と言われたとき必死で反抗したのだが……あろうことか、クラスの連中も賛成してきやがったのだ。
ノリがいいのは大歓迎だけど……いざ相手にすると手強過ぎるヤツらである。
「何回それ言うんだよ。お返しだ」
「お返しってお前……そ、それこそほら! あの演劇部のヤツにお願いすればいいじゃねぇか! 言い出しっぺのアイツ!」
「気持ちは分かるけど……彼女になんて言われたか忘れたのか?」
司の返答に顔をしかめる。
演劇をやりたいと言い出した女子にも、流石に俺が脚本書くのはダメだろと直談判したのが……。
──『青葉くんは頭いいし面白いからいけると思う! 私は脚本専門外だから無理! よろしくねっ!』
なんて言われたことで、俺はもう逃げることができなかった。
少なくとも俺よりはそれっぽいの書けるだろ! アイツの能力知らないけど!
「大丈夫だって昴。そもそもお前のせいで俺も出ることになったんだぞ? だったらお前も道連れだ」
「ぐっ……! この鬼畜っ! そうやって優しい顔してあたしをいじめるのね!?」
「誰なんだよお前は」
なんだよ演劇の脚本って! なに書けばいいんだよ! 普通の作文なら楽勝だけど、それとは訳が違うんだぞ!
えぇ……どうしよう……。
『シラユキヒメオブザデッド〜本当の毒リンゴは私だった〜』とか?
『ヘーゼルとグレンテルとついでに僕〜パンくずの代わりに僕の髪を使わないで!〜』とか?
『不思議な国のとろりんぽ〜ヤツと目が合ったらもう逃げられない〜』とか?
やべぇ変な話しか思い付かない。なんかそれはそれで見てみたいけど。B級臭がプンプンするけど。
「ま、せいぜい頑張って。変に調子に乗ったツケが回ってきたんでしょ」
ぐぬぬぬ……と頭を抱えて考えていると、隣から素っ気ない声が飛んできた。
声の主──渚は帰り支度を済ませながら、気だるげな瞳をこちらに負けて興味なさそうに言った。
「なんだとコラ。脚本担当の権限で、お前をフリフリミニスカートのアイドルキャラにしてやってもいいんだぞ?」
「はっ……? 絶対やめて。無理。絶対無理」
「『この愛をみんなの心の波打ち際に届けます♡ 眼鏡系アイドル渚留衣です♡ きゃるるん♪』って言わせるぞオラ」
キャピキャピするるいるいは解釈違いなのでやめてください! せめてダウナー系のアイドルにしろ!
自分でやって気持ち悪いなって素直に思いました。はい。
「………………………」
おっと……ヤバいな。隣からとんでもないレベルの圧を感じる。多分これアレだ。
目が合ったら消される。
絶対この世から抹消される。
そんな鬼様の様子を見たであろう蓮見が「わっ!?」と驚いた声をあげた。
「あ、青葉くん! あのるいるいがすっごいニコニコしてるよ!? こんなるいるい滅多に見れないよ!?」
「おっけー分かった。俺は逃げるからお前がなんとかしろ蓮見」
「押し付け!? 青葉くんのせいだよね!?」
「うるせぇな! お前がなんとかしろって言ってるんだよ! やれよ!」
「最低だ!?」
鬼様は恐ろしいので一旦置いておいて――
そんな渚の反応に対して、俺はとある考えを思いついてしまった。
閃いた……閃いたぜ……!
「……そうか。言ってしまえば俺の匙加減でなんでもできるのか! ふははは!!! 俺様は神だ!」
「昴。志乃に言うぞ」
「マジでごめんて。冗談じゃん? 嘘じゃん? やめて?」
司のことだから本当に言いかねない。
こんなこと志乃ちゃんの耳に入ったら、正座コースからの四十八時間説教ルート待った無し。
「あはは……。もう、青葉くん。あまりるいるいを困らせちゃダメだよ?」
「はーいすんません。まったく……だったら渚、お前はなにやるんだよ?」
「は?」
「返事こわ」
「わたしは……」
ため息混じりに問いかけると、渚はパチパチと瞬きをした。
渚以外のメンツはなんだかんだで役割が決まっている現状だ。
コイツのタイプを考えると……うーむ……。
考える素振りを見せる渚に対し、親友の蓮見がいち早く「たしかに!」と反応した。
そのまま瞳をキラキラさせ、渚に詰め寄る。
「るいるい用に可愛い衣装作ろうか!? 私頑張るよ!? 一番頑張っちゃうよ!?」
「頑張らなくていいから。無理だから。演技とかわたしが出来るわけないでしょ」
「たしかに(笑) お前には無理だな(笑)」
「────」
「待て! 無言でシャーペンを持つな! 先をこっちに向けてカチカチするな! てかお前が自分で言ったんじゃねぇか!」
コイツと話してると命がいくつあっても足りない気がする。真顔でシャーペンをカチカチされるの怖過ぎるわ。
まぁでも実際のところ、渚に演者を任せるというのはなかなか難しい要求だ。
そもそも注目を浴びるという時点でNGだし、演技がどうこう以前の問題なわけで……。
仮に演者として出たとしても、舞台の上で『えあ、え、え』とどもる姿が容易に想像できる。セリフだって飛ばしそうだ。
それを分かっているからこそ、渚も自分で無理だと言ったのだろう。
渚には裏方として頑張ってもらうのが無難か……?
「――あっ。じゃあさ、るいるい。青葉くんの手伝いでもしたら?」
……。
…………。
「「え」」
声が重なる――ってデジャヴ! この間も似たようなことあった気がする!
「あぁ、いいねそれ。昴も流石に一人じゃ大変そうだし……。渚さんなら上手くサポートできそうだ」
司と蓮見は顔を見合わせ、『だよねー』みたいなノリで二人して頷いた。なんか微笑んでるし。
いやいやいやいや……え? だよねー、じゃないんだよ。
一方で同じように顔を見合わせた俺と渚は――
『は? マジ?』と同時に顔をしかめた。微笑みなどそういった朗らかな雰囲気は皆無。
まさか正反対の反応だった。
「ま、待って二人とも。青葉の手伝いってことは……脚本ってこと? わ、わたしそういうのも無理なんだけど。国語の成績知ってるでしょ?」
本当に嫌なのが伝わってくる早口具合である。
「でもほら! るいるいっていろいろゲームやってるし、小説とか読んでるでしょ? あと実写舞台? とか観に行ってるよね? そういう知識活かせるかなって」
「それとこれとは話が別だから。それが許されるなら、世の中のオタクみんな脚本家とか小説家になってるから」
「そうなの?」
「そうなの。洋服が好きだからってデザイナーになれるとは限らないでしょ」
「はっ……! それはそうだね!」
納得しちゃったよ。たしかにそうだけど。
好きと得意はイコールでもなんでもないからな。
例えば野球やサッカー観戦が好きでも、自分でプレーするのは苦手って人はたくさんいる。そんな感じだ。知らんけど。
とはいえ……だ。
このまま俺一人でやってても、ジリ貧なのは否定できない。どうしたものか。
「別に渚さんが書くわけじゃないからさ。案出しとか補助とか、そのレベルでいいから昴を手伝ってやってくれると助かるかな」
渋っている渚を説得するように、司が追撃を仕掛ける。
余計なことをしやがって……。
「いや……でも……」
「昴は良くも悪くも話を作ったり考えたりするのは得意だけど……一人だと気付けないこともありそうだしね」
「おう待てやおい。まるで人を嘘つきマンみたいに言いやがって」
「別に嘘じゃないだろ?」
それも否定できません! 黙秘権を行使します!
……という冗談は置いておいて、話を作ること自体に苦手意識はない。
じゃなければ適当な話をでっち上げたり、アレコレ司たちを誘導したり、そういったことが出来るわけないからね。
しかし、脚本となると話が別だ。
「……あのな? 渚もそうだけど、こちとら素人なんだぞ? 知識もないんだぞ? 下手に手を出して火傷するよりもっとマシな人材をだな……」
改めて説得するように言った。
せっかく司や月ノ瀬たちが目立つ機会なのだから、良い意味で思い出に残るものにしたい。
したいからこそ、俺は大人しくほかの役目に徹したほうが貢献できると思うわけで……。
『そこ』は多分、俺なんかが立ち入っていいような領域では――
「――あら」
よく通る声が耳に届く。
「だったら……。もっと踏み込んだ手助けをしてくれる人がいれば、それでいいのかしら?」
思えば……全然会話に入ってこないで黙々を作業しているように見えた。
なにをしているのかは不明だったけど……。
「……月ノ瀬。ずっと黙ってたと思ったら急になんだよ」
口を挟んできたのは月ノ瀬だった。
踏み込んだ手伝いとは、いったいどういうことなのだろうか?
一つ言えることがあるのなら――
凄まじく……面倒事の予感がする。