第197話 青葉昴はやっぱり逃げられない
「それじゃあ――えっと、一度話を纏めるわね」
盛り上がり過ぎてしまった雰囲気を締めるように、月ノ瀬がパンっと手を叩く。
すっかり話の主導権を握り、上手く回しているあたり流石である。
司はそんな月ノ瀬の横に立って、ニコニコしていた。
どちらかと言えば、こういった進行的なものを得意とするのは月ノ瀬のほうだろうし、司のスタンスは正しいかもしれない。
困ったり詰まったりしたら、さりげなくサポートするんだろうし。
やっぱり二人は相性が良いコンビなのだろう。
「特に反対意見が無いようであれば、一旦演劇で話を進めるけど……それでいいかしら?」
「遠慮しなくていいからね。やりたいものがあればどんどん言ってよ」
「はい! 美少女ラブラブメイド喫――」
「昴は黙ってていいぞ」
「アンタは二世紀経つまで黙ってなさい」
二世紀??? それもう一生とかのレベルじゃないのでは???
やりたいものがあればって言ったじゃねぇか! それなのに突っぱねるなんて不公平だ! 提案の自由はどこ行った!
――と反論したいところだが、クラスの女子から冷めた視線がグサグサと突き刺さってくるので大人しくします。
一部男子たちは『ぐぬぬ……』と悔しそうにしているあたり、俺の気持ちが伝わっていると信じたい。
すまねぇ同志たち……! 俺はここまでのようだ……!
「特にほかの案はないようね。それなら、とりあえず演劇にしましょう。懸念点が出てきたらまたその都度考えればいいわ」
「そうだね。でも演劇だったら……なにをやるかーとか、脚本どうするかー、誰が演者やるのーとか、考えないといけないところが結構あるよね」
司が言った通り、考えることは割といろいろある。やろうと思ってすぐ出来ることではないからな。
現状、月ノ瀬が演者で蓮見が衣装担当なのはほぼほぼ確定事項だが……。
それ以外の点をどうするか、だ。
月ノ瀬は「うーん……」と唸り、考えるように顎に手を添えた。
「ねぇ司。私は観てないから分からないのだけど……。星那先輩たちが去年やった演劇ってオリジナルなの?」
「うん、そうみたいだよ。クラスに脚本家志望の人がいたみたいで、その人に書いてもらったらしい」
「なるほどね。細かい部分はまた後日考えるとして、この時間はとりあえず大枠だけ決めたほうが良さそうね」
「だね」
司と月ノ瀬の間でトントン拍子に話が進む。
――さて、と。
二人からは『黙ってなさい』と言われているものの、ここからは個人的にかなり大事な部分なんでね。
流石に口を挟ませてもらうとしよう。
「――アレじゃね? とりあえず月ノ瀬が演者として出ることが確定ならさ」
ほかの誰かがなにかを言い出す前に、俺が口を開く。
それにより、クラスメイトたちがこちらを向いた。もちろん司と月ノ瀬もだ。
よーしよし。とりあえず注目を浴びることには成功だな。
「なんだよ昴?」
俺は頭の後ろで手を組み、ニヤリと笑う。
その瞬間、司が「げっ……」と表情が引きつらせた。
付き合いが長いからこそ、今から俺が『厄介なこと』を言うのだと瞬時に予想できてしまったのだろう。
だが、もう遅いぜ。
司が制止する前に、俺は続けて告げる。
「司が主人公で、月ノ瀬のヒロインの話でもやればいいんじゃねぇの?」
──クラスがざわついた。
しかしこれは、嫌なざわつきではない。
「本当なら蓮見にも出て欲しいけど、難しいなら仕方ねぇ。その代わり最強の衣装を作ってもらおうぜ。なぁ蓮見?」
そう言って、蓮見が座る右後ろへと顔を向ける。
最初は驚いた様子だったが、すぐに笑顔に浮かべて「うん!」と頷く。
「そこは任せてよ! 二人に似合う衣装考えるから!」
その可愛らしい笑顔の裏には複雑な感情が僅かにあるだろうが、蓮見はそういった部分を一切見せなかった。
自分は自分の得意分野で二人を支えたい──と。
蓮見の性格を考えると、そっちの思いのほうが強そうだ。
その気持ち、利用させてもらうぞ。
「え? おい昴……流石にそれは――」
「蓮見の了承は得た! ならお前たち! 見たいよなぁ!? 我らが司&月ノ瀬の晴れ舞台見たいよなぁ!? はい! 見たい人挙げて!」
『はい見たいです!!!』
「ちょっとみんな!? ノリ良すぎないか!?」
クラスの……主に女子たちが一斉に手を挙げたことで司は驚愕する。
流石はこのクラスの女子だぜ。
こういうことになるとすごくノリが良くなる。
「やっぱり月ノ瀬さんの相手役は朝陽君じゃないと!」
「だよねー! 私もそう思ってた!」
「やるじゃん青葉! たまにいいこと言うね!」
「ね! たまにはね!」
たまには? ま、まぁいいや。うん。
とりあえず……反対意見はゼロらしい。我がクラスが誇るニコイチは伊達じゃない。
司は未だに抵抗の姿勢を見せているが、押し切られるのも時間の問題だろう。
「ま、待ってくれみんな! 俺と月ノ瀬さんって、そもそも実行委員なんだよ? その二人がメインは……」
「あー、それを言われたらたしかにそうね。当日って運営業務もあるんでしょ? そっちに時間を割くことを考えたら――」
「あぁ、そこは心配ないぞお前たち」
二人の話を遮るように言ったのは、ずっと黙って話し合いを見守っていた大原先生だった。今日もしっかりイケオジで素敵です。
それより、心配ないとはどういう意味だろうか。
司と月ノ瀬が実行委員なのは事実だし、当日仕事があることはなんとなく理解している。
上手いことできないかなぁって思いながら、半分ノリで提案したのだが……案外いけちゃう感じか?
「え。先生、それって……」
司が顔をしかめながら問いかける。
「実行委員でもクラスの出し物には参加して問題ない。ほかの実行委員と上手く時間を調節してくれ。第一、去年の星那も同じようなものだったからな」
「……マジですか」
「ああ、マジだ。だから朝陽、心おきなく演劇を楽しめ」
ニカっと笑って先生は司に向かってサムズアップ。
それにより、俺の勝利が決定した。
悪いな、司。
お前がやりたくないのは分かってるけど……。勝手な都合で誘導させてもらった。
やっぱり、俺にとっての演劇は。
俺にとっての舞台は。
俺にとっての……物語ってのはさ。
主役はお前じゃないと納得できねぇんだわ。
相手が月ノ瀬だったら、尚更な。
それに多分、演技云々も大丈夫だと思うぜ。
お前は器用なヤツだから、なんだかんだでこなせると思う。
俺ほどじゃないけどな。
「……狙ってたの。タイミング」
隣に座る渚がボソッと呟いた。
「演劇の案は頭になかったけどな。そこは素直に予想外だった」
「……そ。でもさ、青葉。あんた一つ忘れてない?」
「え、なに」
不穏な言葉に、思わず右隣を見る。
渚はこちらを見ることなく、仕方なさそうにため息をついた。
……え、それだけ? 一つってなに?
俺が視線で続きを促すも、渚はガン無視である。
「あーもう、分かったよ。ほかにやりたい人がいないなら俺がやるよ」
先生に外堀を埋められて、司はついに観念したように頷いた。
「司、頑張りましょう。アンタが相手なら……私も嬉しいわ」
「うん。お手柔らかに頼むよ」
……っておい、しれっとラブコメしてんじゃねぇぞ。
月ノ瀬的にも相手役が司だったら心配はないだろう。むしろいろいろとやりやすいはずだ。
「晴香、改めて衣装はアンタにお願いするね。なんの演劇をするのか分からないけど……この私にピッタリ似合うものを作ってちょうだい」
「うん! 任せてよ! 玲ちゃんにも朝陽くんにもピッタリなのを作るね!」
「……ホントに俺でいいのかな」
大丈夫大丈夫。というかお前以外に誰がやるっていうんだよ。
「むしろ朝陽君以外に相応しい人いないって!」
「そうそう! 頑張ってね司くん!」
「くそぅ! オレにもワンチャンあると思ったのに!」
「まったくないぞ拓斗。心配するな」
「おいトシ。俺を現実に引き戻すな。せめてワンチャンくらいは残してくれ」
「ないぞ」
ほらな。むしろ歓迎ムードじゃねぇか。
――そんなわけで、俺のお仕事完了!
無事に話が終わり、ホッと息をつく。
これで出し物は演劇でほぼ決定かぁ……俺はなにするかなぁ。
……ま、俺は大人しく『装置』的な役割に徹するとしよう。
むしろ得意だからな、そういうの。
「――ただし、おい昴!」
完全にお仕事終了モードに入っていると、司が声を張って俺を呼んだ。
「……え、あ、俺? なんだよ」
反射的に自分を指して首を傾げる。
すると――
司はニコッと微笑んだ。とてもハンサムな微笑みだった。
あ、まずい。コイツのこの顔は……!
明らかに俺に都合の悪いことを言おうとしてやがる……!
それはまるで、先ほど司に主役を押し付けた俺と同じような流れだった。
こちらが制止する前に、司はソレを迷いなく告げた。
「演劇の脚本は――お前で決定だからな? やれるよな? な?」
脚本家、青葉昴。
ここに誕生。
「いいわねそれ。採用で」
「あはは……青葉くん、ファイト!」
……。
「ほらね。あんたにいろいろやられて……朝陽君が黙ってるわけないでしょ」
え、マジ?