第192話 青葉昴は巻き込まれる
「「え」」
声が重なる。
姉御が意味分からんことを言い出したことで、俺と渚は頭の上にハテナマークを浮かべ……。
その隙を見逃さないかのように、蓮見が笑顔で両手をパンっと合わせてた。
「あ、そうだね! 青葉くん、るいるいを途中まで送ってあげてね」
「はっ? ま、待って晴香。なにいきなり――」
おかしい。話が変な方向に転がっている……!
サクッと切り上げてまた明日! ってするところだったのに!
「あー……そうか。昴。伝えるの忘れたんだけど……」
「な、なんだよ」
司はなにかを思い出したようで、スマホをポケットから取り出すと画面を確認していた。
そして「うん」と呟き、そのまま顔を上げてにこりと微笑む。
嫌な予感がひしひしと感じる微笑みだった。
「今日はバスケ部が休みみたいだから、志乃は日向と一緒に帰るって連絡来てたのを忘れたよ。だからそこは心配はないぞ」
「ぐっ……」
こいつ――! 俺の逃げ道を完全に塞いできやがった……!!
『志乃ちゃんを送り届けるという使命が~』とか言おうと思ったのに! バッチリ見透かされた!
「渚さん、昴に変なことされたらすぐに連絡してね」
人のことを変質者みたいに言わないで欲しい。
「あの、朝陽君まで……な、なんでこいつと一緒に帰る話になってるの……」
「あら留衣、恥ずかしいの?」
「つ、月ノ瀬さん? そういう話じゃなくて……」
「青葉くん、うちのるいるいをよろしくお願いします」
「バッチリお願いされました☆」
礼儀正しくペコリと頭を下げた蓮見に、俺はパチンとウィンクしてやった。
渚を弄って楽しいのか、ヒロインズはすっかりニコニコである。
「ちょっと、勝手にお願いされないで。晴香もなに頼んでるの」
「えへへ」
「えへへじゃない。笑って誤魔化さないで」
「なんだよるいるい~! このイケメン溢れる俺様と帰るの嫌なのかよ~!」
「は? なに? 誰?」
「返事こわっ。あと急に記憶喪失になるのやめて???」
こちらを見上げる渚の目が物語っていた。
お前余計なこと言うんじゃねぇぞ埋めるぞ――と。
ひぇぇぇ……。いつも通り気だるい目だけど、絶対そう思ってるって。俺には分かる!
「っと。そろそろ行かないと、じゃあまた明日な。昴、渚さん」
「二人ともまた明日ね!」
「じゃあね。……昴、留衣を変な場所に連れていくんじゃないわよ?」
「うるせぇお前は早く行け!」
これ以上鬼様を刺激したら本気で俺が危ないから! 命の危機だから!
刺激したのほとんど俺だけど!
「ふふっ、分かったわよ。また明日ね」
月ノ瀬は楽しそうに笑い、司と蓮見に続くように教室から出ていく。
あの野郎め……いや野郎めはないけど!
アイツが変なことを言い出さなければ、今頃優雅に帰宅中だったのに!
司たちが出て行ったことで――教室に残された俺と渚。
ほかに何人かクラスメイトも残っているが……それぞれ楽しそうに話しているため、俺たちの会話は聞いてなさそうだ。
「ったく……どうすんだよ。お前が嫌だったらさっさと帰るけど」
「……。そういうあんたはどうなの。嫌じゃないの」
「俺? 俺は別にどっちでもいい。一人も二人もたいして変わらねぇし」
渚と一緒に帰ったことなんて何度もあるわけで……今更たいした感情は沸いてこない。
び、美少女と一緒に帰宅とか緊張しちゃう〜! みたいな青春的なアレコレは俺の中には無かった。
コイツ相手の場合、余計な気を遣う必要がないってのも大きいけど。
「……そ」
渚は短く返事し、帰り支度を済ませて鞄を手に取った。
そのまま椅子から立ち上がり、俺の横を通り過ぎて教室の扉に向かって歩いていく。
「って一人で帰るんかーい! せめてなにか言いなさいよ!」
手を伸ばしてツッコミを入れるが……通常通り無反応。
まぁ……渚的にも一人の方が気が楽なのは間違いないな。
渚から視線を外し、やれやれとため息をつく。
そんじゃ、俺はアイツが帰ったあとにでもゆっくり――
「なにしてるの」
はぇ――?
後ろから聞こえてきた淡々とした声に、俺は振り向いた。
すると、教室から出て行ったと思っていた渚が、扉の前で立ち止まってこちらを見ていた。
眼鏡越しに見える眠そうな瞳が、呆けた顔で首を傾げる俺を映す。
なにしてるの……と聞かれましても、ねぇ?
こちとらお前がさっさと帰ったと思ったから──
「帰るんでしょ」
素っ気無い、一言。
「んぇ……?」
どうやら先に帰るつもりではなく、俺のことを待っているようだった。
分かりにくいなおい……。
普通に『青葉君っ、一緒に帰ろ♡』って言ってくれよ。分かりやすく頼むよ。
……自分で思ったけど、そんな渚嫌すぎるな。仮にそんなこと言ってきたら速攻で病院に連れて行くまである。
「嫌じゃないのかよお前」
「嫌だったらさっさと帰ってるでしょ。……ま、嬉しくもないけど」
相変わらずの言い様である。
「その一言が無ければ可愛いんだけどなぁ! もっとこう……『あ、あんたと一緒に帰りたいのよ! 察しなさいよ! チラチラ』みたいなさぁ! 可愛い感じでさぁ!」
「じゃ、おつ」
「ってコラ! スタスタ行くなって! 俺を待ってるんじゃねぇのかよ!」
俺の制止に耳を貸すことなく、結局渚は教室から出て行ってしまった。
……どこまでも可愛げの無い鬼様だことで。
お前の親友ちゃんを見習ってほしいぜ。
さっきのヒロインムーブを目の前で見てただろうが。
……でも、ま。
嫌だったらさっさと帰ってる──か。
「……行くか」
明日、月ノ瀬に『ちゃんと一緒に帰ったわよね?』って追及されて嘘つくのも面倒くさいし。
蓮見からも途中まで送ってやってと頼まれた以上、最低限は従っておいてやろう。
そのほうが、安心して司との時間を過ごせるだろうからな。
鞄を持って廊下に出ると、少し先に小さな背中を見つけた。
小柄のせいで歩幅は狭く、一歩進むごとに重そうな薄緑色のポニーテールがぴょこぴょこと跳ねている。
……本当に俺を無視して帰るつもりなら、普通はもう少し早足で歩くよな。
まったく……どこまでも不器用なヤツめ。
とか言ったら廊下に埋められかねないため、俺はとりあえずその背中に小走りで向かった。
「待ってよるいるい~! あたしを置いていかないでよ~!」
可愛い(自称)声を出しながら呼びかけると、渚は肩をビクッと震わせてこちらに振り向いた。
「あ、あんたさ……! ろ、廊下で変なこと言わないでくれる? あんたの仲間みたいに思われるじゃん……!」
焦ったようにそう言うと、周りの様子をきょろきょろと見回した。
特に誰もいないことを確認すると、その後俺をキッと睨みつける。こわ。
「だははは!! 後悔するがいい! チミはもうボクの仲間よっ!」
「……」
「あ、コイツ無視して他人の振り作戦に切り替えやがった。無視しないでよるいるい~!」
「うざ……。あとるいるい言うな」
――こうして、ほぼ強制的に渚と帰ることになりましたとさ。
× × ×
「お、見ろよ渚。あんなところにオサレなカッフェがあるぜcafe。おっとネイティブ失礼」
「うざ」
「だからうざはやめて??? にしても……あの手の店はオサレ過ぎて俺は絶対入れないな」
「それは同意。ああいうキラキラした空間に入ったらそのまま浄化されそう」
「てかお前、コーヒー飲めんの?」
「は? バカにしてる?」
「超してる」
――夕日に照らされて伸びる二つの影。
学校を出た俺たち現在、ダラダラと帰り道を歩いていた。
近くには同じように下校中の生徒や、子連れの母親の姿など、夕方らしい光景が目に入る。
俺と渚はお互いにご近所さん……というわけではないため、こうして一緒に帰るのは途中までで……。
男女二人のキャッキャウフフの仲良し下校――と言いたいところだが、あいにく雰囲気は殺伐としていた。
ゴゴゴゴ……と隣から感じる凄まじい圧に、俺はただひたすらに顔を背ける。
だって渚、コーヒー飲めなそうじゃん。
『にが……ねぇ砂糖ないの。飲めないんだけどこれ』とか言ってそうじゃん。子供舌るいるい可愛いねぇ。
なんて、くだらない会話をしている最中――
「――で。どうせあんたのせいなんでしょ? 最近、朝陽君があんなに恋愛相談されてる原因って。流石にわたしの耳にも入ってきてるから」
渚が淡々と問いかけてきた。