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第190話 朝陽司は人気恋愛相談役である

 井口美悠の一件後、司のもとにはさまざまな恋愛相談が舞い込んでいた。


 本来であれば司一人に自由にやらせようと思っていたのだが、いろいろ巻き込まれる形で俺も一通り協力するハメになり……。


 二人目の相談者は、三年生の先輩で――


 『クラスメイトの彼氏が浮気しているかもしれないんだけどさぁ……』というお悩みだった。


 最初は普通に話を聞くだけのはずが……気が付けばその彼氏の調査的なものをすることになり……。


 結果的に、その彼氏さんは相談者の親友とガッツリ浮気していました。はい。


 流石の俺も同情したよね。大人しそうだったのに浮気が発覚したらめっちゃキレてて怖かったもんね。

 

 三人目の相談者は、一年生の男子生徒。


 なんでも中学の頃から好きだった先輩を追いかけて、この高校を選んだらしい。


 しかしいざ入学してみれば、その人には仲良さそうな男の先輩がいて……どうすればいいか悩んでいるようだった。


 身を引くべきか、関係無しにガツガツいくか……。


 それにしても――好きな先輩を追いかけて同じ高校に入る……か。


 どこかで聞いたような話だ。


 この相談に関しては特別なにかをしたわけではなく、後輩の話を聞いていろいろ答えて……それで終わった。


 その後日、仲良さげな男の先輩の正体が従姉妹だったことを知り……結局何事も起きずに済んだらしい。


 とはいえ告白はせずに、現状を維持したままコツコツとアピールする道を選んだようだ。


 そんなこんなで、その後も何人かの恋愛相談に乗り……。


 むしろ恋愛相談というより、恋愛探偵とその助手みたいな位置付けになってしまっていた――


 × × ×


 九月二週目――火曜日。


 放課後、二年二組の教室前にて。


「朝陽と……青葉も! 話を聞いてくれてありがよな! すっげぇ自信付いたぜ!」

「力になれたのなら良かった。あとは頑張って」

「おー、がんばれー」


 二年四組に所属している一人の男子生徒が、手を振りながら立ち去っていく。


 今日も今日とて、恋愛相談を受けていた俺たちは一仕事終えて息をついた。


 まぁただ話を聞いてただけだけど……。簡単で良かった。


 なかには『答え』を欲しいだけではなく、単純に自分の話を聞いてほしいだけのパターンも存在する。


 その場合、俺としては相手に思考を割く必要がないから非常に助かる。茶々を入れておけばそれでいいし。


 あとは全部司が素晴らしいお言葉をかけてくれるし。


「まさか昼休みと放課後……二回も話を聞くことになるなんてなぁ」

「どっちも楽だったから良かったじゃねぇか」

「相談相手として俺って適切なのかなぁ……未だに不安だよ」

「大丈夫だっつの。お前はバッチリ役目を果たしてると思うぜ」


 昼に一人、放課後に先ほどの一人。


 一日ダブル相談に、司も少し疲れた様子だった。


 恋愛相談って結構熱量高いから、答えるほうも割と気を遣うからな。そりゃ疲労も溜まるだろう。


 極端に負担がかからないように俺も上手く補助はしていたが……。

 

 それでも実際に動いて、実際に答えて……対応していたのは司自身だ。


 本当によくやっていると思う。


 ――さて、と。


「なぁ司」

「ん?」

「ここまでいろいろなヤツの話を聞いてきたわけだが……どう感じた?」

「どうってなにが?」

 

 首を傾げる司に、俺は続けて問いかける。


「そのままの意味だよ。井口から始まって、同級生や先輩後輩。性別関係なく恋愛相談ってのを受けて……どう感じた? なんとなく聞きたくなってさ」


 俺の質問に対して、司は僅かに目を見開く。


 恋に悩む者。


 恋に怒る者。


 恋に焦る者。


 恋を求める者。


 さまざまな『恋』に司は触れて、その場で考えて適切な言葉を選び続けてきた。


 時には相談者だけではなく、想いを寄せる相手に接触もした。


 想う者と、想われる者。


 彼ら彼女らに関わり、朝陽司はなにを感じたのだろう。なにを思ったのだろう。


 俺は純粋に……それが知りたかった。


「そうだな……」


 司は顎に手を添えて、少しの間考え込む。


 俺は急かすことをせず、ただ司の言葉を待っていた。


「……幸せそうな人がいた。悲しそうな人がいた。怒る人もいれば、諦めてる人もいた」

「ああ……そうだな」

「一言で『恋』って言っても、人によって抱えているものは異なるんだなって感じたよ。そして正解もないんだなって」

「へぇ、それっぽいこと言うじゃねぇか」


 かく言う俺自身、恋というものに対して興味関心があるわけじゃない。


 恋する者の気持ちは分からない。


 ――『私は――大好きになったんです』


 思い浮かぶのは彼女の言葉。真っ直ぐな想い。揺らぐことのない意思。


 ……本当に、俺には分からない。


 今はそれよりも成し遂げたいものがあるから。


 この一週間、司と一緒にさまざまな『恋』を見てきた。


 人によっては、宝物のような感情で。

 

 人によっては、捨てたいけど捨てられない呪いのような感情で。


 司の言った通り正解なんてものはなく、文字通り十人十色で。


 共感したわけでもない。羨ましく思ったわけでもない。


 他人の恋愛に一切興味ないけど……俺にとっては『必要なこと』だった。


「それでもさ」


 そのなかで、司が感じたものは――


「みんな……()()()()


 輝いていた。


 なるほど……お前はそう、受け取ったのか。


「もちろん、良い意味でも悪い意味でもな」

「ほーん……」

「お前はどう感じたよ」

「俺? 俺はなんも感じてねぇよ」

「なんもって……ホントか?」

「ああ」


 どんな答えを期待していたのは知らねぇが、これは嘘ではない。


「志乃も……」


 司はそう呟いたあと、改めて俺をジッと見据えた。


 その表情は……真剣だった。


「志乃も――お前に対してそんな感情を持ってるんだよな」

「……」


 『私を──好きになってもらうから』


 覚悟が込められた、あの言葉。


 想いが込められた、彼女の言葉。


 彼女もまた『恋』を抱く少女の一人だった。


 それも――心底どうしようもない男に対して。

 

 俺は司に……なにも言えなかった。


 ()()に関しては、なんも感じてない――とすぐに言えなかったのだ。


 言葉が詰まる。思考が止まる。


 そんな俺を見て、司はふっと表情を崩した。


「なぁ」

「……なんだよ」

「『恋愛相談』。聞いてやろうか?」

「うるせぇ余計なお世話だっつの」


 兄として、なにも思っていないわけがない。


 俺がどういう人間がよく知っているのに。


 俺が彼女を……朝陽志乃をどう思っているのかなんて知っているのに。


 司は「ははっ」と笑みをこぼし、俺の右肩にそっと手を乗せた。


「昴。俺は志乃の気持ちに応えてやれとか、志乃を好きになれとか……そういうことを言うつもりはまったくない。言いたくもない」

「……シスコン兄貴らしくねぇな」

「志乃の気持ちに介入するなんて失礼だろ? あいつはきっと、自分の力でお前のところに辿り着きたいって本気で思ってるから」


 ――『それが昨日、悩んで悩んで……私が出した答え。これからも昴さんと一緒に歩くために出した、私だけの答え』


 彼女が出した、彼女だけの答え。


 青葉昴と歩くための――答え。


 朝陽志乃だけが抱く――彼女のエゴ。


 それを理解しているからこそ……司はなにも言わないのだろう。


「ったく……俺のことはいいんだよ。お前さ、少しは理解できたのか?」

「なにをだよ?」

「前に言ってただろ? 恋かどうかは置いておいて、気になってるっぽいヤツがいる……みたいなことをさ」


 肩に置かれた司の手を払い、ため息交じりに言った。


 先月、会長さんの別荘に行ったときの会話。


 ――『そんじゃあ……もっとその先を見ていたいとか、一番近くで支えになりたいとか、逆に自分の支えになってるとか、そういうヤツはいるか?』


 それに対し、司はこう答えたのだ。


 ――『いる……とは、思う……?』と。


 誰なのかは結局分からなかったけど。


 それでも司のなかで、ぼんやりとそういった人物がいることは事実だ。


 そして、それが恋なのかどうかは二の次である。


「それは……まだ、よく分かってない」

「そうか」

「でも……。……いや、なんでもない」

「なんだよそれ」


 司の抱えるものを考えれば、焦るべきではない。焦らせて不明瞭な答えを出させたくはない。


 だけど、ちょっとでも考えられるようになってるということは……。


 少しずつ、女性に対する抵抗感が薄くなってきている証拠かもしれないな。


 いずれにしても、良い傾向だ。


 ……マジで司がぼんやりと思い浮かべている相手って誰なんだろう。


 普通に気になるんだけどあたし。


「――待ってくれ、昴」


 アイツかな、それともアイツかな……なんて考えていたら、司がなにかを思いついたようにハッとしていた。


「もしかして昴、()()()()になにか細工を――」

「ほら、そろそろ戻ろうぜ。月ノ瀬たちがさっきからこっち見てるの気付いてないのか? ありゃだいぶ不満モードだぜ?」

「えっ?」

「お前らいつまでそこで喋ってるんだよオーラ全開だぜ?」


 ()()を言い切る前に、俺は強引に話を切る。


 これ以上の話は無用だ。


 『あの人』にもあとでお礼を言っておかないとな。


 おかげで少しは意識させることができたのだから。


 その『少し』が、いずれ大切なものへと繋がるはずだ。


「じゃ、俺は先に戻ってるぜ」

「あ、おい昴――!」


 ほんじゃま、教室に戻るとしよう。

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