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第21話 そして彼らは月ノ瀬玲と出会う

「みんな、本当にごめんなさい!」


 開口一番の謝罪。

 

 月ノ瀬は俺たちと顔を合わせるなり、頭を下げた。


 みなさん、ではなく……みんなか。


 その一言だけで、月ノ瀬の様子が変わったことにそれぞれ気が付いていた。


 いや、変わったというより……。

 戻った、のほうが表現として正しいのかもしれない。


「あの二人が言ってたように、私は今まで猫を被ってた。みんなを……騙してたの」


 そこには穏やかで丁寧な月ノ瀬の姿はなくて……。


「これが……本当の私。みんな……ごめんなさい」


 頭を下げたまま、月ノ瀬は改めて謝罪をした。


 なるほどなぁ……。

 本来の月ノ瀬は、こういうタイプなのか。


 俺たちが知っている月ノ瀬は本当に仮の姿だったわけだ。


「迷惑をかけたお詫びってわけじゃないけど」


 月ノ瀬は顔を上げて、俺たちを見回す。

 

 その表情は、いつもの丁寧で穏やかな雰囲気が漂うものではなく……。

 勝気な印象を与える、凛として……そして堂々とした表情だった。

 

 雰囲気だけじゃなくて、顔つきもぜんぜん違うじゃねぇか。


 これが恐らく、司が知っていた本来の月ノ瀬なのだろう。


 なるほどなぁ……。


「私の話を……聞いてほしい」


 俺たちはそれぞれ目を合わせて、頷いた。


 まだ受け入れられていない部分はある。

 まだ困惑している部分はある。


 それでもまずは月ノ瀬の話を聞こう。


 話はそれだけだ。


 × × ×


「――っていうことなの。だから今日……あの二人が言ってたことは間違いじゃない。私はみんなに嘘をついてた……友達だって言ってくれたみんなに」


 月ノ瀬は一通り話し終えると、申し訳なさそうに頷いた。

 

 おーこれはこれは……。

 思ったよりヘビーな話きたなこれ……。


 月ノ瀬は自分が転校するまでの経緯や、どうして猫を被っていたのか。

 それに、転校の日の朝、司となにがあったのか。


 すべて正直に話してくれた。


 どうりで月ノ瀬は俺たちに対して好意を向けていなかったのか……。

 二度と裏切られたくなかったから……上辺だけの関係を選んだのか。


 彼女に対して感じた『ズレ』の正体。


 やっと今、それが分かった。


「謝るのは俺もだよ。俺も事情を知っていたから……ごめん」


 司も申し訳なさそうに謝罪をする。

 

 転校して来た月ノ瀬を最初に見たとき、司が戸惑っていた理由はそういうことか。

 司は最初から月ノ瀬の本当の顔を知っていたから……。


 だからそんな司に月ノ瀬は有無を言わせない態度を取っていたのだろう。


 都合の悪いことを言われないように……。


 いやー……これは……。


 どう、返事をするのがいいかねぇ……。


 俺がみんなの様子を伺おうとしたとき――


「蓮見さん?」


 月ノ瀬が蓮見を見て驚いた表情を浮かべていた。

 

 俺たちも釣られて蓮見を見る。


 そこには――


「蓮見……お前……」


 呆然としながらも、その瞳から涙を流す蓮見の姿があった。

 ツー……と、一筋の涙が頬を伝う。


「あっ、ご、ごめんね!」


 蓮見は慌てて涙を拭う。


「蓮見さん……本当にごめんなさい。私――」

「ううん、違うの。月ノ瀬さんのせいじゃない」


 自分のせいで泣かせてしまった。

 そう、月ノ瀬は思っていた。


 けれど、事実は違っていて。


「友達が苦しんでいたのに……悩んでいたのに、全然気が付けなかった。それが悔しくて、申し訳なくて……私……」


 再び、頬に涙が伝う。

 次第にその涙の量は増えていき、蓮見の感情も昂る。


「なんで、私っ……! 気が付けなかったんだろうっ……ごめん、ごめんね……っ、月ノ瀬さん……!」


 その涙は、自分の涙ではなくて。

 誰かを想って流れた涙だった。


 蓮見の今の姿こそ、彼女の優しさの本質だ。


 いつも周りのことを見ていて、優しく笑顔を見せてくれる。

 他人の苦しみに寄り添い、一緒に涙を流してくれる。


 それが、蓮見晴香という少女。


 その優しさに俺たちはいつも救われていた。


「晴香……」


 渚はそっと蓮見の背中に触れる。

 大丈夫だよ、と優しい声で落ち着かせていた。


 自分のために涙を流す彼女を見て、月ノ瀬は唇をギュッと噛みしめていた。


「許して、なんて言うつもりはないわ。私に言いたいことがあれば、なんでも言ってちょうだい。文句でもなんでも……受け入れる」


 本当は今すぐここから逃げ出したいはずなのに。

 怖くて怖くてたまらないはずなのに。


 それでも月ノ瀬はしっかりと、真正面から俺たちを見ていた。


「あたしは……」


 静観していた日向が最初に口を開く。


「あたしは、司先輩たちほど玲先輩と過ごしたわけではありません」

「川咲さん……。えぇ、そうね」

「正直、なんて言葉にすればいいのか分からないんです。確かにその、あたしたちを友達でもなんでもないって思ってたのは悲しいです。けれど」


 自分の気持ちを整えるため、日向は目を閉じ、大きく深呼吸をした。

 胸元でギュッと手を握りしめ……そして、目を開く。


 彼女の真っすぐな瞳を、月ノ瀬に向けて。


「それ以上に、嬉しいです! あたしたちに話してくれて。だって玲先輩って、いつも話を聞いてばかりで、肝心な自分のことは全然話してくれないんですもん」


 日向らしい、元気な笑顔を浮かべて。

 

「だから本当の玲先輩を知れて嬉しいっていうか……。あれ? 司先輩はそれを最初から知ってたってわけで……? あぁ! やっぱり一番の強敵は玲先輩です!」


 あたしは絶対負けないんだから! と力強く月ノ瀬を指差す。

 

 それは、まさに川咲日向と言わんばかりの言葉だった。


 そんな日向を見て月ノ瀬は優しく笑う。


「……ありがとう、川咲さん」

「いえいえ! あ、でもタダで許したくないので……そうですねぇ。これから川咲さんじゃなくて日向って呼んでください! それであたしは許します!」

「ふふ、分かった。本当にありがとう、日向」

「はい!」


 日向は月ノ瀬を許した。


 次は――


「私は……」


 志乃ちゃんが口を開く。


「正直、今の月ノ瀬先輩のほうが好きです。月ノ瀬先輩、ずっと私たちに壁を作っているような感じがしていましたので」


 志乃ちゃんも蓮見のように、しっかり周りを見ることができる子だ。

 

 人の感情に敏感な志乃ちゃんだからこそ感じた、月ノ瀬に対する違和感。


「辛くて思い出したくないはずなのに、先輩は正直に話してくれました。それって、私たちには話してもいいって……少なからず思ってくれたってことですよね?」


 優しく、穏やかに。

 志乃ちゃんは月ノ瀬に問いかける。


「……うん。志乃さんたちには正直に話すべきだって思ったの。お兄さんにも背中を押されてね」

「ふふっ、そうですか。なら私からは言うことは一つです」


 志乃ちゃんは微笑む。


「話してくれて……ありがとうございました。どうかこれからも……兄共々、よろしくお願いいたします」


 志乃ちゃんはペコリと頭を下げる。

 

 はは……志乃ちゃんらしい言葉だ。

 この後輩たち、なかなか人間ができていやがる。


 俺なんかより立派なんじゃないの?


「それと、私のことも志乃で構いませんよ」

「分かったわ、志乃」


 志乃ちゃんは月ノ瀬を許した。


 次は――


「流れ的に……わたし、かな」


 落ち着いた蓮見の背中から手を放して。

 渚は一歩前に出た。


「渚さん……」

「わたしはさ、知っての通り人付き合いが苦手なの。月ノ瀬さんとだって、多分……二人きりじゃ全然話せないと思う。ましてや清純タイプのお嬢様なんて……しんどいって」

 

 渚は最近になってようやく月ノ瀬とまともに話せるようになった。

 それまでは一言二言しか会話を交わせなかったくらいだ。


「でも、なんか安心した」

「安心?」

「うん。だって、今の月ノ瀬さんだったらそんなにしんどくなさそうだし。変に気を遣う必要もなさそうだし」

「そんな私に気を遣ってたの?」

「もちろん。だってリアルお嬢様キャラ相手なんて、今まで関わってきたことなかったから」


 それは俺も深く同意。

 

 司や渚には『お前バカなの?』って簡単に言えるが、月ノ瀬には絶対に言えなかった。

 まぁ例えがちょっとアレだが……渚が言いたいのはそういうことだろう。


「だから……うん。これからもよろしくってことで。わたし……みんなと過ごす時間、結構好きだからさ。そこに月ノ瀬さんが居てくれると嬉しいな」


 淡々と話しながらも、小さく微笑むその声音は優しい。

 余計なことを言わず、簡単に話を済ませる。


 まさに渚スタイルだ。


「……ありがとう。留衣」

「おぉう、もう呼び捨て。……月ノ瀬さんって実は陽キャ?」

「さぁ、どうかしらね?」


 警戒ポーズを取り、渚はズササっと距離を空ける。


 なんかアレだな……。

 性格的に仲良くなれそうだな、この二人。

 意外と相性がいい気がする。


 んで……だ。


 お次は――


「蓮見さん、私――」

「月ノ瀬さん……ううん、玲ちゃん!」


 涙で目を赤くした蓮見は歩き出す。

 唐突に名前で呼ばれて困惑する月ノ瀬の前に立つと、その手を取った。


「次なにか嫌なことあったら絶対に相談して! 私たちが絶対に守るからね!」


 しっかりと月ノ瀬の目を見て。

 強く、頼もしく。

 蓮見は堂々と言い放った。

 

 まぁ……蓮見はこういうヤツだよな。


 許すとか許さないとか、そういうのじゃないよな。


 そもそも許さないって選択肢ないだろ。蓮見の中で。


「……あなたって人は。ありがとう……晴香」

「……! うん! でもよかったぁ……! 朝陽君と玲ちゃんの間になにがあるんだろうってずっと思ってたから……!」

「なにか? 蓮見さん、それってどういう――」

「ややこしくなるからアンタは黙ってなさい」

「あ、はい」


 ……あれぇ?

 そういうやり取り、めっちゃ親近感あるぞぉ?


 一方的に黙らせられるそれ、めっちゃ心あたりあるぞぉ?

 

 司と月ノ瀬の一瞬のやり取りを見て、目を丸くしていると――


「じゃあ……最後はお前だな、昴」


 司の声で、みんなはこちらを向く。


 あぁ……そういえばあとは俺だけか。

 ずっと黙ってたもんなぁ……俺。


 俺は腕を組むと、考える素振りを見せる。


「青葉、アンタも言いたいことがあればなんでも言って」


 いや俺に対しては最初から呼び捨てなのかよ。

 普通にビックリしたわ。


 お前は渚かっつーの。


「あんた今失礼なこと考えてない?」


 いえ別に。


 俺は頑なに渚から顔を逸らした。


「あーそうだなぁ……」


 俺はわざとらしく悲し気な表情を作る。


「もうね、正直めっちゃ傷ついた。これはもうなんか奢ってくれないと許せないなぁ。大変だなぁ、うんうん」


 なんて、言ったとき――


「ははっ」

「ふ、ふふっ」


 司と月ノ瀬が同時に笑い出した。


「アンタの言った通りね?」

「な? 言っただろ?」


 え? なに?

 ちょ、え?


 主人公と二人で勝手に盛り上がるのやめて?


 なんか俺すっげぇ恥ずかしい気持ちになってきたんですけど?


 俺は恥ずかしさを紛らわせるために咳払いをする。


「ま、まぁアレだ。いいんじゃねぇの? キャラ変するヒロインがいるってのもそれはそれで面白いし」

「なにそれ。結局なにが言いたいのよ?」

「これからもよろしくって意味だよ。てかお前、蓮見たちにみたいに俺にも優しく昴って呼んでくれよ」

「は? なんで?」


 あー……こいつアレだわ。

 やっぱり渚と仲良くなれるわ。


 今の『は?』が渚の『は?』とめっちゃ似てたもん。


 言われたときの気持ちもめっちゃ似てるもん。


 ……あれ? じゃあ待って?


 俺は今後、このタイプの人間を二人相手にしないといけないってこと?


 ……ふーん。や、やるじゃん。


 ――ま、なにはともあれ。


「俺たちはお前に対してなにも悪い気持ちは抱いてないってこった。案外いいもんだぞ? お友達ってのはな」


 俺の言葉に、一同は頷く。

 

「……ありがとう、みんな」


 一度俯いた月ノ瀬だったが、次に顔を上げた彼女からは『罪悪感』が消えていた。

 心からの笑顔を浮かべて……お礼の言葉を言っていた。


 じゃ、締めは任せるかね。


 頼んだぞ、親友。


「だから言っただろ? 大丈夫だって」


 司は得意げに言う。


「みんな、君のことを大事な友達だって思ってる」


 蓮見も。

 渚も。

 日向も。

 志乃ちゃん。


 あとは……まぁ、俺も。


 月ノ瀬のことを想っている。

 

「だからゆっくりでいい。いつか君も、俺たちのことを友達だって思ってくれたら嬉しい」


 月ノ瀬が過去に経験したことは、決して忘れることはできない。

 彼女の傷は消えることはない。


 けれど。


 傷は消えずとも、癒すことはできる。


 彼らと過ごす時間を通して、少しでも楽しいと感じてくれたら。

 少しでも、一緒にいたいって思ってくれたら。


 そのときまで……俺たちはずっと待っていよう。


 月ノ瀬のことを。


「……うん」


 月ノ瀬はゆっくり頷き、もう一度俺たちを見回す。


「――本当にありがとう、みんな。これからも……よろしくね!」


 ニッと元気な笑顔を浮かべて。

 それは俺たちが初めて見た月ノ瀬の笑顔だった。


 ――こうして。


 俺たちは本当の意味で、月ノ瀬玲と出会ったのだ。


 × × ×


「さて、いい時間だし帰ろうか」


 司の言葉に頷き、俺たちは歩き出す。


 いやー……疲れた疲れた。

 肉体的にもだし、精神的にも疲れた。


 今日だけでいろいろありすぎだろ。


 帰ったら爆睡しよう。


「ふぁぁ……」

「青葉、ちょっといい?」


 欠伸をしていた俺を呼ぶ声。

 気が付くと、月ノ瀬が俺の隣に並んでいた。


「なんだよ?」

「……アンタはさ、ずっと私を警戒してたわよね」

「さて、なんの話かな」

「……そう。まぁいいわ。言いたいことはそれじゃないし」

 

 別に警戒していたわけではない。

 

 なんとなく……ズレを感じていた。

 それだけなのだ。


 それより、本題はなんだろうか。


「ちょっと前に、廊下で話したこと覚えてる?」

「廊下で……?」


 俺はそのことを思い出そうとする。


「アレ、()()()……じゃなくなったかも」


 まだ完全に思い出していない中で続けられた言葉。


 もしも。

 もしも……廊下で話したこと。


 あ。


 ――『もし私も、朝陽さんに好意を寄せていると言ったら――どうしますか?』


 ……。


「……え?」


 呆けた俺を見て月ノ瀬が楽しそうに笑う。


「そういうことだから。改めてよろしくね、青葉」

「は? お前、ちょ、まっ――!」


 言いたいことだけ言って、月ノ瀬はそのまま前を歩く司たちに合流した。


 いや……マジか。


 え、本当に……?

 もしもじゃなくなったって……そういうことだよな?


「マジかぁ……」


 立ち止まり、空を見上げて……呟く。


 なんとも言えない気持ちの俺を慰めるように、熱を帯びた風が俺を顔をくすぐる。


 風が温かい……。

 ああ、そっか。


 ――夏が、来る。


 多分……忘れることのない、夏が。


 期待と、不安と……なにかと。

 さまざまな感情を抱えて、俺は歩き出した。

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