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第189話 井口美悠は二人に感謝する

「いやー、ホントにありがとね。朝陽君……とついでに青葉君にも相談して良かったよー!」

「行動したのは井口さんたちだよ。俺はそれっぽいこと言っただけだから」

「ついでってなんだおい。つか、付き合うまでが早すぎだろ。相談からたった二日で幼馴染から恋人へジョブチェンジって……俺もビックリだっての」


 伊藤君と話した日の翌日――


 『付き合うことになった』と井口から連絡を受けた俺たちは、二年三組前の廊下にやって来ていた。


 現在は昼休みであるため、廊下全体はガヤガヤとした雰囲気に包まれている。


 教室の中をチラッと覗いてみると、井口と同じく去年クラスメイトだった生徒や、何度か話したことのある生徒の姿が視界に映った。


 あんなヤツらもいたねぇ……と思いつつ、俺は再び井口へと視線を戻す。


 先日までの悩んでいる様子から一変、全身から幸せオーラが漂っていた。


 これがいわゆる『リア充』というものである。


「ふふっ、そうでしょ? 私もビックリしちゃった! 智ってば意外と積極的でね? 家に来たと思ったら~」

「あーはいはい。お前の惚気には興味ねぇから却下で。聞いてるこっちの尻がかゆくなるわ」

「むー、聞いてもくれてもいいじゃーん!」


 井口は不満げに頬を膨らませるも、俺は確固たる意志でお断りの姿勢を見せる。


 別に井口と伊藤君の進展具合なんてどうでもいいっす。


「昴……興味ないとか言うなよ。井口さん、これからも伊藤君と仲良くね」

「うん! ありがとう朝陽君!」


 ニッコニコの井口を見て、俺は一息つく。


 幼馴染から恋人……か。


 良くも悪くも、二人はもう昔のような距離感には戻れないのだろう。


 新しい関係。


 新しい感情。


 新しい距離感。


 そんな、さまざまな『新しい道』を二人並んで歩むことになる。


 これまで以上に相手を意識して、これまで以上に相手を想って、時にはぶつかり合い、喧嘩するときもあるはずだ。


 それでも……互いに手を取り合い、支え合っていけることをちょっとだけ願って……。


 一応、五ミリくらい今回の件に関わった身として、応援くらいはしておいてやろう。頭の片隅くらいでな。


 サンキューな、井口。


 お前は最初の踏み台として――十分相応しい存在だったぜ。


「あ、そういう朝陽君はどうなの? そのあたり!」


 だらしなく頬を緩ませていた井口が、思い出したように話を振る。


 それに対して「ん?」と首を傾げる司に、ニヤリと笑った。

 

 話の流れからだいたい予想できるが……。


 女子がこういう顔をするときは大抵――


「晴香ちゃんと進展あったのかなって! ほら、去年から仲良かったじゃん?」


 恋愛の話を持ち出してくる。


 去年クラスが一緒だった関係上、井口は司を取り囲む環境についてある程度は把握している。


 俺とよく一緒に居ることや、蓮見と仲が良かったことなどなど……。


 だからこそ、ここでアイツの名前を出したのだろう。


「進展って……別に蓮見さんとはそういう仲じゃ……」


 司は苦笑いを浮かべて首を振った。


 あーあー、そんなこと言ったら蓮見ちゃん泣いちゃうわ。


「あ、でも今は月ノ瀬さんもいるんだっけ? あの子すっごい美人だよね~! 私のクラスでもよく話題に上がってるよ」

「そりゃそうだろうなぁ。司くんは両手に花状態だぜ? 両手どころじゃないかもしれないけどな」


 両手両足じゃ足りないレベルかもしれん。


「おー! 流石は朝陽君! モッテモテだね~!」

「やめてよ井口さん。俺なんかとそういう風に言われるのは、蓮見さんや月ノ瀬さんに申し訳ないって」

「おー……流石は朝陽君……」

「だろ? コイツ、そのあたりも相変わらずだぜ」

「うん。バッチリ理解したよ」


 井口と顔を合わせ、頷き合う。


 バカ野郎だなぁ司は……。


 お前じゃなければ、誰が蓮見や月ノ瀬と釣り合うってんだよ。


 少なくとも、俺の中ではお前以上の男はいねぇよ。


「朝陽君……刺されないようにね?」

「マジでそう。お前夜道に気を付けろよ?」

「二人して変なこと言うのやめてくれって」


 司は困ったようにため息をついた。


 実際、司が女をとっかえひっかえするクズ男だったら刺される心配もあるが……。

 

 コイツの場合、女子に限らず男子に対してもイケメンだからなぁ。


 伊藤君のときもそうだったけど、性別によってスタンスを変えないのが非常に憎い。


 ――そこが、朝陽司が朝陽司たる所以(ゆえん)である。


「で、青葉君は?」

「んぇ? 俺?」


 司から俺へと、井口は視線を移す。

 

 予想していなかった展開に、呆けたような声が出てしまった。


「そう。ほら、相変わらず留衣ちゃんと夫婦漫才みたいなのしてるのかなって」


 夫婦……漫才……だと?


 ここであの鬼様が出てくるのかぁ……うわめんどくせぇ。


「青葉君が変なちょっかいだして、そのたびに留衣ちゃんから怒られて土下座する。クラスでお馴染みの光景だったからさ」

「ふ、ふふっ……お馴染みの光景だってさ、昴っ……!」

「おい司、笑ってんじゃねぇぞ。あと井口、お前それ本人に聞かれたら埋められるぞ?」

「えっ、誰が?」


 そんなもん決まってんじゃねぇか!


「俺がだよ!」

「あ、やっぱり青葉君なんだ……」


 それにしても……。


 俺が変なちょっかいだして、渚ちゃんから怒られて……土下座。


 改めてそう言われると、まるで俺がバカ野郎みたいになってくるな。違うよね、俺はバカ野郎じゃないよね。


 全部るいるいが怖いから悪い。俺は悪くない。


 というか、月ノ瀬からも『じゃれ合い』だの『漫才』だの言われているが……他のヤツからはそんな感じ見えてるのか?


 ……井口にも言ったが、ここに本人がいなくてホントによかった。


 多分アイツがこの場に居たら、首根っこ掴まれてこのまま廊下の窓から放り投げられてもおかしくな――


 ッ!!


 いかん……また寒気が。一瞬の悪寒はなんだったのだろう。


「なんだろうね。友達っぽくないし、カレカノっぽくもないし……不思議な関係だよねー、青葉君と留衣ちゃんって。今でもあんな感じなの?」

「うん……そうだね。二人は相変わらずだよ」


 不思議な関係――


 どう言葉を返すか悩んでいると、司が僅かに微笑みながら答えた。


 俺自身、渚との関係性はあまり分かっていない。


 アイツみたいにゲームで例えるのならば、冒険者とボスモンスターみたいな感じなのかもな。多分。知らんけど。


 司の返答に、井口は「えー! やっぱり!?」と途端に目を輝かせた。


「いいねー! 二人のあのやり取り見るの、結構好きだったんだよねー私!」

「うるせぇ見せもんじゃねぇぞ! 愛しの伊藤君に生着替え動画送るぞ!?」

「着替えっ!? ちょ、誰の!?」

「俺の♡」

「うわキモッ」

「素のテンションで言うのやめて」


 鋭すぎる言葉()の一振りに、俺のハートに大ダメージ。


 せっかくセクシポーズも決めたのに! 悩殺間違いなしなのに!


 「ぐぐぐ……」と心臓を抑えてうろたえていると、井口は呆れたようにため息をついた。


「青葉君ってホントにそういうところだよねぇ。黙ってたら絶対モテると思うんだ」


 おい。


「でも、静かな昴ってそれ昴じゃないよね」


 おいおい。


「……たしかに」

「そろそろやめようかお二人さん!?」


 俺の切実なツッコミに司は笑い、井口は肩をすくめる。


「まったくもう……。改めて、二人ともありがとね。やっぱり朝陽君に相談したのは間違いじゃなかったよ」

「……ねぇ井口さん、結局誰に――」

「あーっ! そういえば私先生呼ばれてるんだった! やば……! 行かないと! じゃあまたね!」


 司の言葉を最後まで聞くことなく、井口は慌てた様子で立ち去ってしまった。


 あの感じだと、はぐらかしたというより……リアルで先生に呼ばれていたことを忘れていたのだろう。


 嘘を言っているようには見えなかったし。


 小走りで遠ざかっていく後ろ姿を、俺たちはなにも言わずに見送った。


 ――井口美悠の相談、これにて完全決着。


 結果としては上々だと言っていい。


「昴」

「なんだね」

「幸せそうだったな、井口さん」


 司なりになにか思うことがあるのか、特別な想いを感じる呟きだった。


「……だな」


 そして、俺たちは教室へと戻っていった。


 × × ×


 ――その日の放課後。


「あのさ、ちょっと聞いたんだけど……恋愛成就してくれるってホント?」


 帰宅するために昇降口へ向かっていた俺たちのもとへやって来たのは、一人の女子生徒。


 それは――三年生の先輩だった。


「恋愛……成就?」

「相談どころか成就になっててワロタ」


 さぁて司、第二ラウンドの始まりだぜ。


 井口が話を広めたのか、無関係に広がっていったのかは分からないが……。


 ()()()()()()()()()()は事実だ。


 こうして、司へ恋愛相談を持ちかける生徒が少しずつ増えていったのだった――


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