第181話 星那椿はやっぱり温度差がすごい
ジッとこちらを見る姿は、俺が知っている星那椿だった。
無感情、無表情、無機質を地で行くあの星那さんだった。
「俺がすでに知ってること……? 星那さんがここにいる理由に繋がること……」
「はい。それらを結び付ければ……おのずと答えは出てくるかと」
「答え――ってあの星那さん? 温度差凄いんでいきなり切り替えるのやめてくれません? 風邪引きます」
「うふふ、ごめんなさいね~。ついうっかり~」
瞬きをしたときには、もう数秒前のほのぼのお姉様モードに戻っていた。
実際に何度か『切り替えの瞬間』を見ているから疑う余地はないが、人間離れした能力にもはや感心する勢いである。
やってることがもう多重人格者なんだよなぁ。
それで、えっと。なんだっけ。
……あぁ、星那さんの話か。
まず一つ目が……。
星那さんが仕えているのかは――考えるまでもない。会長さんだ。
この人は会長さんをかなり大切に想っているし、二人はもう家族同然のように思える。
二つ目も言うまでもないし……。
最後の三つ目。
俺が知っていること、がいったいなにを指すのか……だ。
そもそも大前提として、星那さんがここにいる理由は会長さん関連に違いない。
この人が動く理由なんて会長さんの存在に決まってるし。
仕えている人間は誰――というヒントの意味は、きっとそういうことだ。
じゃあ俺が知っているということは――会長さん絡みのことか?
星那さんがここにいる意味。
会長さんが関わっていること。
俺が知っていること。
――『潜入、侵入、観察、監視、模倣、護衛……他にも色々ありますが……すべて私の仕事です』
……。
観察。監視。護衛。
――護衛。
一つの答えが思い浮かぶ。
――そう、か。なるほど。
それなら、星那さんがここにいるのも頷ける。
「昴様は沙夜様から直接お聞きになったのよね~?」
俺が口を開く前に、星那さんが問いかけてきた。
「……分かったって言ってないんですけど?」^
「うふふ、顔を見れば分かるわ~。とにかく、それが正解よ~。すごいわね~」
パチパチパチ、とわざとらしく拍手をして。
……そういうことか。
この人が校内に……それもこの廊下にいる理由。
本校舎一階にはなにがある?
職員室? 保健室?
それより遥かに重要な部屋が存在する。
『生徒会室』――だ。
そして生徒会室では放課後、会長さんが主に作業を行っている。多分、今も。
だからこの人はここにいるのか。
思えば単純な話じゃないか。なにを難しく考えていたのだろう。
「納得ですよ。いろいろと、ね」
一見、完璧に見える星那沙夜だが――明確な弱点がある。
普段はなんでもないように装っている……大きな弱点。
彼女が髪をあんなに長く伸ばす理由。
その弱点が生まれた原因は、幼いころに経験した恐ろしい出来事だと聞いた。
もう二度と同じ目に遭わせないように。
もう二度と彼女に怖い思いをさせないために。
星那椿はここにいるのかもしれない。
「そういうわけだから、引き続きよろしくね~。昴様~?」
「……あの。校内で昴様はあまりにもアレなのでやめてください。ほかのヤツに聞かれたらいろいろ面倒なんで」
「あらあら、あたしは別に構わないのよ~?」
「俺が構うんです! 生徒のことを様付けで呼ぶ大人の女性とかもう……もうって感じでしょ!」
「うふふ、思春期って難しいわね~」
絶対関係ないと思う。思春期関係ないと思う!
この人の場合、ただ俺をおちょくって楽しんでいるだけと見た。無感情に見えて普通にユーモアがあるおもしろお姉さんだし。
……ちょっと背徳感的なのはあるけど! 悪くないけど!
……。
ちょっとメイド服とか着てみてほしい。いや別に。変な意味はないよ? ないですけど?
「では昴君で~」
「いや下の名前かよ。あーもうそれでいいや……」
「よろしくね~、昴君?」
にこにこ顔でいらっしゃる。
うわぁ……楽しそうだなぁこの人。
ただでさえ疲れてるし眠いしで散々なのに……さらに疲れが増した気がする。
理由も分かったことだし、これ以上星那さんと話していても仕方ない。
そろそろ帰るとしよう。
俺はふぅと息を吐き、改めて鞄を肩に担いだ。
「んじゃ、俺はこの辺で……」
「は~い。お気を付けて~」
ニコニコ顔で手を振ってくる星那さんを横目に歩きだす。
――新学期初日はこうして幕を閉じた。
……。
と、思いきや。
一ついいことを思いついた。
「あ、星那さんすみません」
「は~い? どうかしました~?」
「ちょっと聞きたいことというか、相談があるんですけど――」
利用できるものはとことん利用するとしよう。
× × ×
「じゃ、今度こそ俺はこれで……」
「は~い。次はバレないように頑張るわね~」
「頑張らないでください。怖すぎます」
「…あ~、そうだ。あたしからも聞いていいかしら~?」
「え、なんすか。こわっ」
会長さんといいこの人といい、質問があるって言われただけでゾッとしてくる。
「職員室のほうから歩いてきたってことは……先生とお話、されたのよね~?」
ピクリと眉が反応する。
ふわりと微笑んでいるその笑顔の裏側では、きっと俺の事情なんてお見通しなのだろう。
「……そうすね。星那さんだったら……まぁすぐに分かりますか」
「そうね~。あたしも一応、『関係者』だもの~」
そりゃそうだ。
星那さんが知っているということは、当然会長さんも理解していることになる。
だったらこの人にも……話しておくとしよう。
俺が選んだ――答えを。
「星那さん、そのことなんですけど――」
相談事とは別に、追加で話をする。
話が進むにつれて星那さんの表情が暗くなっていき「う~ん……」と唸っていた。
表情管理完璧すぎるだろ。今更だけど。
「……あなたはそれでいいの~?」
「はい。むしろそれがいいです」
「……そう。分かったわ~。それならあたしは、その気持ちを尊重するわね~」
「あざす。……俺はこれで」
「えぇ。またね~」
俺は星那さんに軽く手を振ったあと、昇降口へと向かったのだった。
思ったより時間を食ってしまった。さっさと帰ろう。
× × ×
「本当に……よく気が付いたものです。素直に驚きましたよ」
ポツリとこぼれた彼女の呟き。
「私の話を聞いたからでしょうけど――それでも、沙夜様以外でちゃんと私を『見つけた』のは貴方様が初めてです」
口角は僅かに上がっていて。
「どうか……悔いが残らぬ『選択』を」
その言葉は誰にも届くことなく、放課後の喧騒のなかに消えていった。