第20話 青葉昴は駆け付ける
俺は、昔から司に対する好意に触れて生きてきた。
そのせいか、他人が司をどう思っているのか、態度や目、話し方などで大体理解できてしまうのだ。
だからだろうか。
月ノ瀬玲が司を……いや、俺たちのことをどう思っているのか……なんとなく分かっていた。
アイツが俺たちを見る目、アイツの俺たちに対する態度。
まるで精巧な作り物のように……綺麗だけど、どこか不気味で。
実際は俺たちのことなんて一切興味がないんだなって、分かってしまった。
だけど、それに対して腹立たしい気持ちは一切ない。
それ以上に。
そんな月ノ瀬を。
悲しくて……儚くて、放っておいたら消えてしまいそうなアイツを。
救ってやってほしいって。
助けてあげてほしいって。
俺はそう思ったんだよ、司。
× × ×
「話の続き、しようか?」
走り去って行った月ノ瀬を追う司。
とりあえず月ノ瀬のことは問題ないだろう。
俺は、俺のやるべきことをするだけだ。
「私らは君たちが騙されないように忠告してやっただけで――」
ニッコリと笑顔を浮かべる俺を、気味悪そうに見る女子二人組。
あいにくだけど、そんな目で見られることは慣れてるんだよなぁ。
なぜか知らないけど日常的にそういう『なにコイツ』みたいな目でよく見られてるんだよな。
なんでだろうね。昴くん分からない。
さて、と。
お話をする前にまずは……。
「蓮見」
どうしようと戸惑っている蓮見に声をかける。
「日向と志乃ちゃんを連れて、月ノ瀬を追ってくれ」
「え……?」
蓮見は俺を見る。
とりあえず今は、日向と志乃ちゃんをここから離したい。
こんな場所に居させたくない。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、蓮見は俺になにも聞くことなく頷いた。
「……分かった! 行こう、二人とも」
「は、はい……!」
「え、でも昴先輩は……!」
「大丈夫だよ。青葉くん、意外と頼りになるから」
意外とは失礼な。見た目通り頼りになるでしょ!
蓮見は俺に目配せをすると、二人を連れて立ち去って行った。
よーしよし。お次は……と。
「渚。お前も蓮見と一緒に――」
疲れているところ悪いが、渚にも行ってもらおう。
ここに居させる理由も特にないし。
しかし――
「わたしはあんたと一緒にいる」
予想していた答えとは違って。
渚は疲れた様子で椅子に再び座る。
「え?」
「あんた一人にすると変な無茶しそうだから。お目付け役」
……なんだそれ。
なんとも渚らしい理由に思わず笑みがこぼれる。
「……ま、本音はただ疲れて動きたくないだけど」
顔を背けて、ポツリと。
……本当に渚らしい理由だわ。
でもまぁ、そう言うのなら仕方ない。
渚になにかあったら蓮見に半殺しにされそうだが……それは回避しないとな。
「へいへい、そりゃどうも」
おかげで肩の力が抜けた気がする。
俺も渚と同じように椅子に座ると、改めて二人組を見た。
「で? なんだっけ? 月ノ瀬はいじめで転校して行ったって?」
俺が質問すると、二人組は待ってましたと言わんばかりにニヤニヤと表情を変える。
「そ、そうなんだよ。せっかくだから聞かせてあげよっか? 月ノ瀬ってさ――」
「いや、興味ないから大丈夫」
意気揚々と開かれたその口を閉ざす。
「あー興味ないってのはちょっと違うか。お前たちの話には興味ないってこと。おーけー?」
「は? 君なに言ってんの?」
「本人から直接聞くって言ってんだよ。人のことをベラベラと楽しそうに話すお前たちには申し訳ないけどな」
二人組は俺の言葉に眉を吊り上げる。
そうだよなぁ……不快だよなぁ。
でも安心しろって。
こっちも同じ気持ちだからさ。
「別に俺は月ノ瀬が猫被ってようが、俺たちを騙していようがどうだっていいんだよ」
「はぁ? 普通怒るじゃん。嘘ついてアンタたちのお友達やってたってことでしょ?」
「んなもん見れば分かんだよ。月ノ瀬は俺たちのことを好きじゃない」
最初からアイツは、俺たちに対して壁を作っていた。
おそらくそれは、過去にあったいじめが関係しているのだろう。
「え? そうなの?」
隣に座る渚が驚いて俺を見る。
――あ、すまん。そりゃ驚くよな。
あとでちゃんと説明するから許して。てへ。
とりあえず渚は置いておいて……。
「だとしても、アイツが転校して、俺たちと一緒に過ごして……その中でアイツを『友達』だって思った気持ちは本物なんだよ」
「全然意味分からねーし……」
バツが悪そうに顔を逸らされる。
別に理解してもらおうなんて思っていない。
「ま、要するに……だ」
俺は立ち上がり、二人組と距離を詰める。
それに抵抗するように、二人組は俺から数歩引いた。
「その例のイジメの主犯格がお前らなのかどうかは知らない。だけどな、次アイツに変なことしてみろ」
自分では気が付いていなかったが、いつになく俺の表情は真剣だった。
「そのときは俺が……俺たちが絶対許さない」
「っ……」
「――ってこと。お話は終わり! 理解してくれたかな?」
最後にニッコリと、また笑顔を浮かべて。
「コ、コイツやばいって!」
「もう行こ! 気持ち悪いんだよバカ!」
見事な捨て台詞を残して、二人組は立ち去って行った……。
その後ろ姿を見て俺は大きくため息。
――あれ、待って?
最後に俺、なんて言われた?
……あれ?
「初対面の女子に……気持ち悪いって……言われた……!?」
「……え? 気にするところそこ?」
うわー! と頭を抱える俺を渚が呆れた目で見ていた。
気持ち悪いって……気持ち悪いって……。
さすがの俺でも初対面の女子に気持ち悪い+バカの二段コンボは喰らったことないって……。
よよよ……。
「でも……ま、よく言ったんじゃない?」
渚は立ち上がり、俺のところまで歩いてくる。
「正直……ちょっとスッキリした」
「俺、気持ち悪いって……バカって言われた……」
「それは事実だから仕方ない」
うぐっ!
三段目のコンボが俺を襲う!
「はぁ……冗談だって」
「シャキーン! 昴復活!」
「単純すぎて逆に心配なんだけど」
……いつまでも遊んでる場合じゃないしな。
この間も司が月ノ瀬を探して奔走しているのかもしれないし。
それとも、もう既に見つけて話をしているのかもしれない。
どちらにしろ、あとは司がどうにかしてくれることを祈るばかりだ。
「あんたってさ……」
「おん?」
「あんな顔、出来たんだね」
「顔……?」
あんな顔はどんな顔だろうか。
あのニッコリスマイルのことだろうか、それとも別の顔だろうか。
首をかしげる俺を見て、渚はやれやれと首を左右に振った。
「なんでもない。それよりほら、朝陽君たちに合流しないとでしょ。行くよ」
それはそうだ。
俺を待つことなく、先に歩き出す渚。
――あ。
「あ、待ってくれ渚。一個だけいいか?」
「なに?」
渚は足を止め、こちらに振り向く。
「ありがとな。一緒に残ってくれて。おかげで肩の力抜けたわ」
これだけは、言っておきたくて。
もしも俺が一人で残ってたら、もっといろいろ言ってしまっていたかもしれない。
必要のないことまで言って、問題を発展させてしまったかもしれない。
でも、そうならなかったのは。
優秀な渚が一緒にいてくれたからなのだろう。
だから……そのお礼はちゃんと言っておこう。
渚は突然のお礼に、目をパチパチとさせる。
そして、どこか気まずそうな様子で……俺に再び背を向けた。
「……。……はいはい。早く行くよ」
いつも通り淡々と話すその表情は、今の俺には見えない。
まぁ……いつも通り呆れた顔してるんだろうな。
いつの日か、渚が優しい表情を見せてくれる日が来ると信じて。
俺は、歩き出した。
………。
え、そんな日……来る?
× × ×
『月ノ瀬さん見つけた』
司からその連絡を受けて、俺と渚はその場所……河川敷にやってきた。
キョロキョロと辺りを見回すと、普段は人がいない高架下に二人組の男女がいた。
司と月ノ瀬である。
そして、少し離れた場所に司たちを見守るように立っている蓮見たち。
ひとまず俺たちはその蓮見たちと合流した。
「ふぃー。よかったな、無事に見つかって……」
「うん。……でも」
蓮見は離れた場所にいる司たちを見て、どこか悲しそうな顔をしている。
……思っていることはまぁ、分かる。
今俺の目に映る司と月ノ瀬は……なんともまぁ、いい感じの雰囲気に包まれていた。俺がよく口にする正に『ラブコメ』的な雰囲気だ。
蓮見だけではなく、日向も、志乃ちゃんも……そして、渚も。
自分たちはどうするべきなのか、考えているようだった。
うーむ……。
見た感じ、話自体は落ち着いてそうなんだよなぁ……。
――ま、いいや。
なんかラブコメしててムカつくし邪魔してやろっと。ケッケッケ。
「おーい司!」
俺は司に呼びかけ、手を振る。
「え、ちょ、青葉くん……!?」
突然の俺の行動にあたふたする蓮見。
ったく……変なところまで優しくなるなってんだよ。
行きたいなら行けばいいじゃねぇか。
二人の邪魔になるかな……とか思ってるんだろうが……。
そういうのを気にするのは、俺だけでいい。
「まだラブコメ中だったらちょっと待ってるけど、どうするー!? 空気読んだ方がいいかー?」
続けて俺は呼びかける。
視界の先に映る司は呆れた様子だった。
「はぁ……ホント昴先輩らしいというか……」
「あはは……そうだね、昴さんらしい」
む。後輩たちに呆れられておる。
「ねぇ、るいるい」
「ん?」
「さっき……その、大丈夫だった? あの人たちとの話……」
「あ、うん。全然余裕」
「よかったぁ……。心配してたんだよ?」
渚と話す蓮見がホッと胸を撫で下ろす。
渚になにかあったらどうなっていたことか……。
俺は今頃ここに立っていられなかったかもしれない。蓮見神の制裁で。
メロンパンで押し潰されそう。
「それにしてもるいるい……ちょっと嬉しそうだね。なにかあった?」
「……ううん。別に。なんでもないよ」
「そ、そう?」
嬉しそう? え? 渚が?
いやホントあの、渚ってあまり表情変わらないから微々たる変化に気付けないんだって。
さすが幼馴染……やりおる。
俺がほえぇーっと感心していると――
『変なこと言ってないで早く来いよ! 昴!』
司が俺に対して手を振っていた。
どうやら話は終わったようだ。
「だってよ? 行こうぜ、みんな」
俺の言葉に蓮見たちは頷く。
みんなから緊張した様子が伝わってくる。
それもそのはずだ。
これから俺たちは月ノ瀬と顔を合わせ、話をすることになるのだから。
今回の月ノ瀬の件に対して、それぞれ思うことはあるだろう。
それでも……まぁ、大丈夫だ。
話せばきっと、なんとかなる。
本当の月ノ瀬と出会えることに期待して――
俺たちは司たちのところへ歩き出した。