表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
249/475

第180話 本日の星那椿はほんわかゆるふわお姉さんである

「うふふ」


 作業服姿の用務員さん――いや、星那さんは頬に手を添えて綺麗に微笑んだ。


 やっぱり、この人は星那さんだ。


 一見ただの用務員さんにしか見えないが……俺だって普通にスルーしそうだったし。


 雰囲気も立ち振る舞いも全然違う。


 全然違うからこそ――気が付けたのかもしれない。


 この人を事情を知る、俺だからこそ。


 ……とか言って、普通に人違いだったら超恥ずかしい。


「流石ね〜。まさか気付かれるなんて思わなかったわ〜」


 間延びした口調でそう言うと、星那さんは帽子のつばをくいっと上げた。


 優し気な輝きを宿す、金の瞳が露わになる。


 この瞳は……あの人の瞳だ。


「思わなかったわ〜、じゃないんですよ。なにしてんすか」


 おっとりのほほんお姉様的に姿に、星那さんの素の姿を忘れそうになる。


「お掃除よ~? 生徒の皆様のために廊下を綺麗にしてたの〜」

「いやあの、それは見れば分かるんですけど……」


 俺が知っているお姉さんモードではなく、会長さんモードでもない。


 初めて見た、星那椿の別の『顔』だった。


 つまりこの性格も、誰かを模倣しているのだろう。


 ぽわぽわとした空気感に、普通であればこっちも和んじゃうんだろうけど……。


 相手が相手だからか、そんな感情は湧かなかった。


 むしろ一周回って『すげぇわ』って尊敬の気持ちが先に出てくる。


 相変わらず別人レベルに変化してるな……。


 顔付きや声音も変化しているから、なおさら気付きにくい。


「どうして『あなた』がここにいるのかを聞いてるんです」


 ため息交じりに問いかけるも、星那さんは終始ニコニコ笑っていた。


「お仕事だもの〜。あっ、別に『潜入』ではないのよ〜? 怪しくないから安心してね~?」

「……ではないってことは、ほかのなにかってことですか?」

「うふふ……それはどうかしらね~?」

「うわぁ……」


 怖すぎて引いてしまった。


 ――『潜入、侵入、観察、監視、模倣、護衛……他にも色々ありますが……すべて私の仕事です』


 こんなヤバそうなことを言ってる人の言葉だぞ? 素直に怖いだろ!


 だけど、こんなに堂々と……それも職員室近くの廊下に立っているあたり、本当に怪しくはないのかもしれない。


 俺の疑いのまなざしに、星那さんは「わ~あたし疑われてるわね〜」と楽しそうに言った。


 ……頭バグりそう。ホントになんなんだこの人は。


「ちなみにあたし、もう二年以上かしら~? この学校で、こういった活動をしているのよ~?」

「……え。てことは――」

「そういうことよ~。実は昴様とも何度か挨拶しているのだけど……分からなかったかしら~?」

「……マジ?」

「マジのマジよ~」


 信じられなくてマジBOTになりそう。


 え、うそ。ホントに?


 二年くらい……って、割とガッツリいるじゃねぇかおい。


 それに俺と何度か挨拶もしてる……って。それも驚きなんですけど?


 全然気が付かなかった。

 

 まぁ………そもそも『星那椿』という人間をつい最近まで知らなかったのだから、当然っちゃ当然だが……。


「もちろん学校から許可はもらってるので安心してね~?」


 公認なのかよ。


 怪しすぎて職員室に突き出してやろうと思ったけど、意味ねーじゃねぇか!


()()()用務員だったけれど……まさかあなたに気付かれてしまうなんて本当に驚いたわ~」


 ……ん?


 含みのある言い方に引っ掛かりを覚える。


 いろいろ言いたいことはあるが、まずはそこから聞いていくとしよう。


「待ってください。『今日は』……って言いました?」


 思わず眉をひそめて俺は聞き返した。


 今日は用務員――って言ってたよな?


 その言い方だと……まるで……。


 俺の聞きたいことをすぐに察しであろう星那さんは、すぐに答えずに「ふふ」と笑った。


 そのまま人差し指を頬に添え、首をかしげる。


「もしかしたら職員だったり……もしかしたら業者だったり、もしかしたら『生徒』だったり? さまざまな姿ですれ違っているかもしれませんね~?」


 とんでもない発言の数々に、顔が引きつる。


 じゃあ……なんだ?


 俺は今まで、知らず識らずのうちに校内で星那さんと挨拶を交わしたり、すれ違ったりしてたってことか?


 時には今のような用務員として。


 時には職員として。


 時には――生徒として。


 紛れてた……ってこと? それも学校公認で?


 ――恐ろしい事実に冷や汗が出てきた。


 この人の年齢は分からないが、仮に制服を着ていても違和感はまったくないと思う。


 むしろ、そういったものをすべて打ち消せるほどこの人の『仮面』は完璧なのだ。


「ど、どうしてそんなこと……」

「あらあら、最初に言ったわよ~? お仕事……ってね~」


 間延びした話し方に会話のリズムが狂ってくる。


 星那さんの仕事……。


 でも、潜入ではないって自分で言ってたし……。


「……うふふ、仕方ないわね~。普通に教えてもつまらないから、特別にヒントを出してあげるわ~」

「ヒント……?」


 そこは普通に教えてくれよ……と言うのは野暮ってやつか。


 星那さんは「まずひと~つ」と言うと、モップを持っていない右手の人差し指を立てた。


 スラッと伸びた、細くて綺麗な指だった。


「あたしが仕えているのは『誰』かしら~?」


 星那さんが仕えているのは――


 星那さんはすかさず「ふた~つ」と二本目の指を立てた。


「先日、あたしが話したお仕事内容を覚えているかしら~?」


 それはもちろん覚えている。


 なんなら、ついさっきそれについて考えていたところだ。


 潜入、侵入、観察、監視、模倣、護衛などなど。


 改めて羅列してもやっぱり違和感がとてつもないが……。


 つまり、正解はこのなかに眠っている……?


「最後にみっつ~」


 ――瞬間。


 先ほどまでにこやかだった表情が、冷たく無機質なものへと変化した。


 ほのぼのとした雰囲気も。


 優し気な瞳も。


 すべて、どこかへ消え去っていた。


「貴方様はもう――()()をご存じのはずです」


 ジッとこちらを見る姿は、俺が知っている星那椿だった。


 ……いや温度差!!!

後書き失礼いたします。


現在、カクヨム版にてクリスマスに向けた特別イラスト企画を実施中です。

興味のある方はぜひお気軽にご参加ください!


緑里

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ