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第172話 朝陽志乃は捨てない

「昴さん……ちょっと雰囲気変わりました?」

「え、そう?」


 志乃ちゃんはそう言うと、ムムムと眉間に皺を寄せた。可愛い。


「なんだかこう……自然になったというか。なんというか……」

「つまりイケメンになったって? だはは照れるなぁ」

「ふふ、昴さんはずっとかっこいいですよ?」

「おぅふ……」


 危ない危ない。不意打ちキュートアタックで魂が抜けるかと思ったぜ……。恐ろしや朝陽シスター……。

 

 ……そんな冗談はともかく。


 ほかでもない志乃ちゃんがそう感じたということは、恐らく本当に変化しているのかもな。


 司も俺を見て『吹っ切れた』とか言ってたし、同じような印象を抱いた可能性がある。


 自然になった……か。


 それが良いことなのか、悪いことなのかは分からねぇけどな。


「それで……その、お話なんですけど」


 コホン、と咳払いをして改めて俺を見る。


 その真剣な表情から、真面目な話だと予想できる。


 志乃ちゃんは自分の胸を手を当てて、小さく深呼吸をした。


 気持ちを落ち着かせて……いよいよ『話』を始める。


 その第一歩目は――




「私のこと、好きですか?」



 実に分かりやすい、ド直球の質問だった。


「好きじゃないよ」

「……それなら、嫌いですか?」

「嫌いでもないよ」


 考えることなく、すぐに答える。


 隠すつもりはない。


 偽るつもりはない。


 ぼかすつもりはない。


 青葉昴として、俺は君の質問に本音で答えよう。


 君自身、それが分かっているうえでの質問だと理解しているから。


「……そう、ですか。分かってても……やっぱり寂しいですね」


 複雑そうに苦笑いをこぼして、志乃ちゃんは呟く。


 ――まだだよ、志乃ちゃん。


 まだ俺の答えは終わっていない。


「ただ」

「え……?」

「まず、司にとって家族という存在はすごい特別なものなんだ。それは君もそうでしょ?」

「はい……そうです」


 家族という存在にネガティブな印象を持ち続けていた者同士。


 司と志乃ちゃんにとって『家族』とは、言葉にできないほど特別で大切な意味を持っているのだ。


「そして、その司が誰よりも守りたいと思っているのは……志乃ちゃん、君だよ」

「私……?」

「そう。君が司を大好きなように、司だって君が大好きなんだ」


 志乃ちゃんと出会って、司は家族の温もりを知った。


 心から守りたいと思える大切な存在を知った。


 司が本当の意味で笑えるようになれたのは、志乃ちゃんの存在が最も大きいと言っても過言ではない。


「君の幸せが、司にとっての幸せにもなる。そういう意味では――志乃ちゃんは俺にとって『特別な存在』なんだと思う」


 特別な存在。


 その言葉に志乃ちゃんの肩がピクッと震えた。


「出会ったばかりの頃、冷たかった志乃ちゃんに俺は構い続けたよね? 変なことをしたり、遊びに誘ったりとか」

「はい。昴さん、本当に変な人でした。どんなに突き放しても諦めないんですもん」

「あれはもちろん、()のためだった。『妹に笑って欲しい』……そんな司の願いを叶えるために、俺は君と関わり続けてきた」


 司が求めなければ多分、俺はなにもしていなかった。


 冷たい妹。


 ただそれだけの印象で終わっていたはずだった。


 だけど、司は望んだ。

 

 妹と手を取り合う道を。


 妹と笑い合える道を。


 家族として。兄妹として。


 共に歩ける道を望んだ。


 だから……そんな司の望みのために協力し続けた。


「『志乃ちゃん』じゃなくてもよかったんだ。朝陽司の妹であれば……それだけで十分だったんだよ」

「……っ」

「でもさ」


 俯きかけていた顔が上がる。


 不安に揺れている桃色の瞳には、表情ひとつ変わらない俺の姿が映っていた。


「いつからか……俺自身が、望むようになっていた。君が笑顔になることを。君が前を向けることを」

「昴さん自身が……」

「ああ。だから正直言うとさ……志乃ちゃんが初めて俺を『昴さん』って呼んでくれたとき、すげぇ嬉しかったんだ」


 あの日のことは、これからも絶対忘れない。


「名前を呼んでも嫌な顔しかしなかった子が、笑顔で名前を呼んでくれる。楽しそうに、嬉しそうに過ごしている。それが……ホントに嬉しかった」


 はじめは司のためだけだった。


 別に志乃ちゃん自身にどう思われようが、司のために俺はこの子と関わり続けた。


 それが……日が経つにつれて、少しずつ俺の感情に変化があった。


 家に帰ってこなかった君を探しに行った日。


 君が本当の意味で、司と兄妹になった日。


 君が無事でよかった。


 君が本音を伝えることができてよかった。


 そう、思ったのは……嘘じゃないんだ。


 紛れもない、俺自身(本物)の気持ちだったんだ。


「だから昨日……俺は君の気持ちに本心で答えたんだと思う。司のことだけを想うなら、受け入れる選択肢だってあったはずなのに」


 この子を傷つけるということは、司を傷つけることと同じだ。


 それが分かっていたのに、俺は傷つけた。泣かせてしまった。


 志乃ちゃんの幸せと、司の幸せは繋がっている。


 それなら、偽りでもこの子の気持ちを受け入れる道もあったのかもしれない。


 ……だけど、その選択をしなかったのは。


 二人(兄妹)を傷つける覚悟で、本心で向き合ったのは……きっと。


「そうしなかったのは……君のこともまた、俺は特別に思っているからなんだ」

「それは……私を妹のように思ってるってことですか?」

「妹……か。どうだろう。上手く言葉にはできないけど……少なくとも月ノ瀬たちに対する気持ちとは別だな」

「別……」

「昨日、君を泣かせてしまって申し訳ないとは思ってる。だけど、間違ったことをしたとは思っていない」


 俺は間違いなく、あの場で最も正しい選択をしたはずだ。


 誰から否定されたとしても、俺自身はアレが最善だと信じている。


 現に司は言っていただろ?


 『ありがとう』――って。


「……以上。これが俺から『朝陽志乃』に言える答えだよ」


 これを以って、改めて志乃ちゃんがどう思うのかは分からない。


 考えを変える権利など俺にはないし、そこは志乃ちゃんの自由だ。


 嫌われても、なんでも……きっと正解だと思うから。


「特別……」


 胸に手を当てたまま、志乃ちゃんは呟いた。


 特別。


 その言葉を噛みしめるように、自分のなかに落とすように。


 どう受け取るとかは……志乃ちゃん次第。


 志乃ちゃんは――


「ふふっ」


 笑った。


「やっぱり昴さんって――すっごく面倒くさいですねっ」


 仕方なさそうに。呆れたように。


 でも……嬉しそうに。


 志乃ちゃんは笑顔を浮かべていた。


 無理して浮かべているものではなく、自然な笑顔だった。


「でも……そんな面倒くさいあなただからこそ――」


 昨日のような焦りはなく。


 昨日のような不安はなく。


 ただ純粋な想いを抱いて、志乃ちゃんは俺を見つめていた。


 綺麗で、真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになる。


 目が――離せなかった。


 例え自分の想いを拒まれても。自分の想いを否定されても。





「私は――大好きになったんです」





 それでも彼女は……想いを捨てなかった。


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