第171話 夏の海、海と言えば美少女
「え、なにこれ天国?」
目の前に広がるのは美少女の水着姿。
俺は今――最高に感動していた。
「待たせたわね――って昴、アンタなによその恰好……」
「ハッハッハ! イケメンダイバー昴と呼んでくれ」
「えっ、すごい! 青葉くんダイビングするの?」
「するわけないだろ! 怖いもん!!」
「え、えぇ……今の会話なんだったの……?」
月ノ瀬、蓮見、日向の水着姿は昨日と同じで相変わらず素晴らしい。
ナイスバディ代表の会長と星那さんの姿はまだ見えない。
はよ……はよ……。
「別に昴先輩が変なのはいつも通りなので、それはいいんですけど〜」
「いいとか言うなよ。ちょっとは触れろよ」
「だってめんどくさいですもん」
ぐぬぬ……。
「それより昴先輩!」
「え、あ、俺?」
日光を浴びて健康的に輝く肌をアピールしながら、日向は自分の後ろに立つ女の子を「じゃーん!! 見てください!」と俺に見せびらかしてきた。
その子は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、小さく一歩前に踏み出す。
日向がそんなことをやるような相手なんて、一人しかいない。
「超可愛いですよね! 志乃の水着姿!」
言わずもがな、志乃ちゃんだ。
昨日は浜辺で私服のままだった志乃ちゃんも、今は水着へと着替えていた。
白いワンピース型の水着を身に纏った志乃ちゃんは、持ち前の清楚と噛み合って……素直にめちゃめちゃ似合っていた。超可愛い。
……とはいえ、相手は志乃ちゃんだ。
昨日あんなことがあったから、俺に対する態度に変化があるだろうと考えていたのだが……。
「……は、恥ずかしいです……」
悩んでいるような様子は一切見受けられない。
いつも通りの、俺が知っている志乃ちゃんの姿だった。
司がフォローするとか言ってたし、それが関係しているのか……?
何気なく司を見てみると……。
「……ぐぐ」
すごく複雑そうな顔をしながらも、俺に対してその目で訴えかけてきた。
『おいコラ。感想言ってやれよ』――と。
シスコンお兄様の言葉にできない心境がその表情からひしひしと伝わってくる。
水着の感想……か。
志乃ちゃんはチラチラと俺を見てきて、返事を待っていた。
なぜ感想が欲しいかなんて、今更考えるまでもないだろう。
「めっちゃ可愛い☆」
爽やか笑顔でサムズアップ。
可愛い、以外の感想はないから正直に答える。
実際めっちゃ可愛いな。どうしよう天使に見えてきた。
「でしょー! 志乃は世界一可愛いですから! よかったね志乃~!」
「う、うん……」
「水着は二人で選んだのか?」
「そーです! あたしの目に狂いはなかったです!」
日向にあれこれ付き合わされている志乃ちゃんの姿が思い浮かぶ。
振り回されて大変だったろうなぁ。
でも、可愛いのでよし!!!
「流石は日向! 合格!」
「合格いただきましたっ!」
「も、もう……! 二人してやめてください……!」
……アレだな。
いろいろ志乃ちゃんの気持ちを分かってしまっているから、こういう返事ひとつでも疲れる。
今までは結構適当に返事をしてきたからなおさらだ。
「……昴、お前あとで校舎裏な」
「なんで!? 校舎裏どこ!?」
ボソッと隣で呟かれた言葉に驚愕する。
志乃ちゃんのこと大好き過ぎるでしょこのお兄さん。
マジで校舎裏ってどこの校舎よ。怖いって。
「……ほら、るいるい!」
司お兄様の一言にガクガクブルブルしていると、蓮見が誰かの手を引っ張っていた。
誰の手だ? と思い、辿って見てみるが――
「え」
思わず固まってしまった。
司も同じように「えっと……」と困った表情を浮かべている。
いや、あの。
るいるいって言ってたから、渚の手だということは理解できるのだが……。
俺たちの目に映る『渚留衣』は、渚留衣ではなく――
「……むりむりむりむり」
タオルの化け物だった。
比喩ではない。
文字通り、タオルの化け物だった。
身体も顔もタオルでグルグルと巻かれていて、腕だけをにゅっと出していた。
前が見えていないせいでその足取りも危うい。下手をしたら転びそうである。
タオルモンスターこと……一応渚は、タオル越しに全力で拒否しているようだが声がくぐもっているせいでよく聞き取れない。
「……なにこのタオルモンスターは」
渚を指差すと、月ノ瀬たちは「はは……」と気まずそうに笑った。
「留衣先輩、恥ずかしいんですって。水着見られるのが」
「ちょ、川咲さんそんなハッキリ言わないで……!」
「留衣、むしろ今の姿のほうがいろいろ恥ずかしいわよ……?」
「……ぐ。やっぱりジャージのまま来ればよかった」
もごもごとタオル越しに渚は文句を言っていた。
日向たちの言葉だと、渚は水着姿ってことか。
でも、恥ずかしくてタオルを全身に巻いている……と。
ははーん……?
面白そうな展開に、俺はニヤりと笑う。
「なによるいるいちゃーん! 水着を俺様に見せてちょうだ――」
「は?」
「なんでもありません」
おかしい。気付いたら勝手に頭を下げていた。おかしい。
は? の声はしっかり聞き取れました。よく通った声でございました。
「ふふ、大丈夫ですよ渚先輩。とてもお似合いでしたよ?」
「し、志乃さん……」
「そうだよるいるい! 本当に嫌なら無理強いはさせないけど……着替えに戻る?」
「……そ、それは……」
大親友蓮見ちゃんの寂しそうな声音に、渚は怯んだ。
おぉ、ちょっとダメージ受けてる。
渚はしばらく「うぅぅ……」と唸りながら考え込むと、やがて観念したように大きなため息をついた。
「……わ、わかったから」
その一言に『おぉっ』と場が沸いた。
覚悟を決めた渚は、身を包むタオルを外す。
中から出てきたのは、正真正銘俺たちが知っている渚留衣の……水着姿だった。
「おーるいるい出てきた! ねね、どう!? るいるいも可愛いよね!?」
興奮した様子で蓮見は俺たちに詰め寄ってくる。
あまり近付かれるとその夢と希望が、その……大きなドリームとホープに目が吸い寄せられるというかなんとかゲフンゲフン。
なんの話だっけ。
そうだ渚の水着か。
俺は蓮見に促されるままに、もう一度渚を見てみる。
「……っ」
俺と目が合った瞬間、渚は嫌そうな表情を浮かべて顔を逸らす。悲しい。
まぁ水着といっても、そんな露出があるようなタイプじゃなくて……。
お腹あたりまで隠れた薄緑色のハイネックビキニで、腰にはパレオのような布を巻いている。
小柄な渚には合っているスタイルだった。
髪型や眼鏡は普段通りで、特に変えている様子はない。
遊び向き、というよりは過ごす向きで、そういった部分もまたコイツらしい。
「一緒に水着を見に行って、そのとき買ったんだ~! るいるいにピッタリだよね!」
「へぇ、そうなんだね。渚さんによく似合ってると思うよ」
「……あ、ありがとう」
「おーるいるい照れてる~!」
しれっと似合ってると言うとは、なかなかやるじゃねぇか司。
俺も負けていられねぇ!
俺は白い歯をキラッと見せつけて笑顔を作り、元気よく言ってやる。
「るいるい超かわい――」
「うるさ」
……。
「あのー……司くんと僕とで対応違い過ぎない? あれ気のせい? あれれ?」
司に言われたときはちょっと恥ずかしそうにしてたよね? 照れてたよね?
なんで俺が言うとバッサリなの? あれぇ?
「あはは……ま、まぁそれもいつも通りというか……青葉くんだからというか……」
蓮見が困ったように笑っていると――
「すまない、遅れた」
「申し訳ございません」
凛と響く二人の声が届いた。
このお声は──!!!
俺たちは一斉にその二人へと視線を向け、これまた一斉に声を漏らした。
おぉぉ……!
「わぁ……!」
「綺麗……!」
「ぐぬぬ……大人の雰囲気……! あ、あたしも来年……いや再来年……いや三年後には多分……!」
志乃ちゃん、蓮見、日向が見惚れてしまうのも無理はない。日向の場合はちょっと違うか。
あと日向、お前があの二人みたいになったらもう解釈違いなのでダメです。キャラを守ってください。
お前は一生ウザロリ系ヒロインです。
そんなわけで。
正統派超美人の二人組。
会長さんと星那さんの参戦である。
会長さんは赤、星那さんは青色のビキニを着用していた。
もう一度言おう。
ビキニを、着用していた!
二人は身長も高い! そしてナイスバディー!
俺は大きく息を吸って――
「ありがとうございまぁぁぁす!!!!」
青空に向かって大声で叫んだのだった。
女子たちにとんでもなく冷たい目を向けられたのは……言うまでもない。
× × ×
──で。
全員が合流したあと、各々好きなように過ごした。
『スイカ割りしましょーよ! 昴先輩がスイカで!』
『いいね川咲さん。賛成』
『もしもしポリスメン!? 海で傷害事件が起きようとしてます! 助けてください!』
とか。
『星那先輩も椿さんも、すっごく素敵ですね! 私憧れます!』
『フフ、そうだろう? ……玲、すまない』
『……星那先輩、私のどこを見てそれを言ったんですか? ねぇ、どこですか? というかなんで謝ったんですか??』
『……申し訳ございません玲様』
『~~~!! ふ、不公平よ!!!!! 私だって……! 晴香! アンタも同罪だから!』
『なんで!? 私なにも言ってないよね!?』
とかとか。
『兄さん見て! 綺麗な石見つけちゃった……!』
『おぉ、すごいな! 記念に持ち帰るか?』
『うん、そうする!』
とかとかとか。
それぞれ海を全力で楽しんでいた。
――そして現在。
「待って月ノ瀬さん! なんで俺また埋められるの!? なにかしたっけ俺!?」
「ふふ。……気分よ!」
「そんな理由で埋めないで!?」
おーおー……玲ちゃんいいねぇ。
司があんなツッコミ役に回る女子なんて月ノ瀬くらいじゃね?
わーわー叫びながら司が埋められている光景を見て、俺はククッと笑った。
蓮見は渚と波打ち際で楽しそうに遊んでいて。
日向は会長さんと一対一でビーチバレー勝負をしていて、星那さんはその審判を務めていた。
キラキラ空間を前に「リア充だねぇ……」と呟いた。
……ま、アイツらが楽しいならなんでもいいか。
日向をはじめとして散々振り回されて疲れ切った俺は、少し離れた場所に座って司たちをボーっと眺めていた。
「――昴さん」
聞こえてきた声の主は、顔を向けなくても誰だか分かってしまう。
「隣……いいですか?」
「いいよ」
俺は驚くことなく平然と言葉を返す。
「ありがとうございます」
声の主……志乃ちゃんはそう言うと、俺の隣に座った。
驚かなかったのはちゃんと理由がある。
「……なんとなく、こうやって話しかけてくると思ってたよ」
「バレちゃってましたか。実はタイミング狙ってたんですよ? 今しかない! って」
「おっと狙われたかー」
「ふふ」
志乃ちゃんは可愛らしくそう笑う。
悲しんでいる様子もなく。
悩んでいる様子もなく。
だけど今日、俺に対して積極的に話しかけてくることがなかった。
それは多分……。
志乃ちゃん自身が、こうして俺と二人で話したいことがあったからだろう。
だから、そのタイミングとやらを狙っていたのだと思う。
しばらくお互いに前を向いていると、志乃ちゃんが「あの……」と口を開いた。
「昨日はその……ごめんなさい」
「君が謝ることはなにもない」
そう、本当になにもない。
志乃ちゃんはただ本心を俺に伝えただけなのだから。
むしろ謝らないでほしい。
「……それで、昴さん」
「なに?」
「ちょっとだけ……私の話、聞いてくれませんか?」
俺に関わる話なのか。そうじゃないのか。
話の内容とやらは分からないけど……それでも。
俺はもう、目を逸らすことはしない。
目を逸らして、あれこれ考えて、勝手に苦しくなって。
そんなの面倒だしな。うん。
それに……俺自身、君ともう一度話をしなければと思っていた。
「いいよ」
この夏を彩る、最後の思い出。
彼女は俺に、なにを語るのだろう。