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第170話 青葉昴は分からない……それでも

 欲しいものがあった。

 

 求めているものがあった。


 願いがあった。


 見届けたいものがあった。


 掴みたいものがあった。


 そこに向かって俺は進み続けてきた。


 例え彼らと正反対の道になろうとも。


 例え彼らに背を向けることになっても。


 人間関係なんて甘い、甘い毒だ。


 心地良くて。

 まどろんで。

 背を預けて。


 誰かに自分を委ねてもいいと。


 誰かに自分を理解してほしいと。


 その甘さが。


 その弱さが。


 その愚かさが自分を蝕む。


 そんなものはいらないと。


 そもそも資格はないと、そう思っていた。


 だから俺は進み続けた。


 目指すべき場所に向かって、進み続けた。


 その過程でなにを失い、なにを捨て、なにを剥いだのかなんてもう覚えていない。


 失ったものに対して、なにかを拾えたのか問われればきっとノーだ。


 彼らはそれを間違った道だと言うだろう。


 俺は今も間違い続けているのだろう。


 揺れて。

 

 ひび割れて。

 

 苦しくて。

 

 痛くて。

 

 怖くて。


 それでも足を止めなかったのはなぜだ。


 それでもゴールに向かい続けたのはなぜだ。


 手を伸ばしたのは。

 

 求めたのは。


 なぜだ。


 俺がこれまで歩んだ俺の道。


 俺がこれまで見てきた俺の景色。


 俺がこれまで聞いてきた数多の声。


 青葉昴という一人の存在が紡いできた物語(ストーリー)


 さまざまなものを経て生まれた――俺の答え。


 譲れなかったのは。


 揺れてもなお、折れなかったのは。


 それは――


 あの日、朝陽司に手を差し伸べられたときから。


 今でも変わらない『核』が――そこには、あったから。

 





「……よし」






 夜はもう、明けていた。

 

 ソファーから立ち上がった俺は、カーテンを勢いよく開く。


 窓から日の光が差し込み、思わず目を細めた。


 天気良好。


 気分問題無し。


 昨日あんなに感じていた不快感はもう。


 どこにも無かった。


 × × ×

 

 時間は流れて、昼。


 夕方には帰らないといけないため、夏の最後の思い出作りも兼ねて俺たちは全員で海にやってきた。


 昨日は何人か欠けていたため、全員で遊ぼうという……我らがハスミンこと蓮見晴香の提案である。


 全員ということはもちろん、会長さんと星那さんも含めてだ。


 二日連続で海で遊べるなんて贅沢だねぇ。


「いやー、昨日よりいい天気だな! これは海日和だぜ!」


 空を見上げ、眩しさに目を細める。


「だなぁ……水着だっていうのに暑い……」


 隣に立っている司がうへぇとため息をつく。


 現在俺たちは先んじて砂浜に訪れて、女子たちを待っていた。


 男だからね。お着換えなんてあっという間だからね。えへん。


 昨日と同じく、司は黒色の海水パンツを履き、上半身には灰色のラッシュガードを着ていた。


 その理由はまぁ……細かくは言うまい。


 司の育ってきた環境を考えれば、容易に想像できる。


 あのときよりも()()()()()()()()()()、とだけ言っておこう。

 

「……それで。おい、昴」

「なによ」

「お前……なんだよ()()()()


 俺の頭からつま先までじっくり見て、呆れながら司は言った。


 失礼な物言いに、俺はムッとして眉をひそめる。


「なんだよとはずいぶんな物言いじゃねぇか。どこが変だっていうんだ! どこからどう見ても海だろ! 海仕様だろ!」


 やれやれと首を振っている司に「見やがれ!」と手を大きく広げて自分を見せつけた。


「いや、まぁ……間違ってはいないけどさ……なんでお前――」


 司を俺を指さし――顔を引きつらせて。





「ウェットスーツ着てるんだよ。しかもダイビング用の」





 ……ふっ、バレちまったか。


 俺は前髪をかき上げて、夏の太陽に負けないキラキラスマイルを司に見せつける。


「似合ってるだろ? このイケメン昴くんにさっ」

「そういうの聞いてないから。なんで着てるんだよっていう疑問しかない。どっから持ってきたんだよ」

「あ、はい。別荘の倉庫にあったのでお借りしました。面白そうだったので、つい」

「ついってお前なぁ……」

「ちゃんと星那さんと会長さんに許可取ったから! 合法だから! 合法ウェットスーツだから!」

「むしろ非合法ってなんだよ」

 

 たしかに非合法のウェットスーツってなんだろうね。俺が聞きたいね。


 ――そんなわけで、俺はウェットスーツを着用していた。司の言った通り、ダイビング用のものだ。


 今朝、暇だったからなんとなく別荘内を探検してたら……倉庫に眠っているのを見つけてしまった。


 そんなの見ちゃったらねぇ……? 着るしかないよねぇ……? ってことでこうしてウェットスーツ昴に変身したわけである。洗ったから問題無し。


 もちろん初めて着たわけだけど、サイズが意外とピッタリで動きやすく着心地がいい。

 

 もらって普段着にしようかな。新学期からこれで学校に通おうかな。あ、ダメ?


 ――ちなみに、シュノーケルも保管されてあったからついでに首から下げてるよ。ますますそれっぽくなってるよ。


「ダイビングでもするのか?」

「いやするわけないじゃん。怖いからイヤです」

「えぇ……」


 ウェットスーツを着てるからってダイビングするとは限らないでしょ! 怖いし危ないのでやりません!


 あ、サーフィンもしないよ? 道具もないし。怖いし。


「じゃあなんで着てるんだよお前」

「だから言ったろ? 面白そうだからって」

「……もうなにも聞かないことにするよ」


 司は諦めたようにそう言い、俺からスッと目を逸らして海を見つめた。


 夜の海もオシャレだが、昼の海もやっぱり綺麗だ。


 光を反射して水面がキラキラ輝くさまは、昼だからこそ見られる景色だろう。



「……その様子だと、いろいろ吹っ切れたみたいだな」


 

 声のトーンを落として、海を見たまま司が言った。


 吹っ切れた、がなにを意味するのかは考えるまでもない。


 俺はふっと息を吐き、同じように海を見る。


 二人並んで海を眺める様は、昨夜と同じような構図だった。


「……まぁな」


 短く答えて頷く。


「いろいろ考えたよ。いや、考えさせられた。志乃ちゃんに言われたこと、お前に言われたこと」


 ……そして、アイツにも言われたこと。


 考えた。考えさせられた。


 俺はなんなのだ、と。


 俺はどこにいるのだ、と。


 俺はなにがしたいのか、と。


 振り返って、いろいろ考えた。


「――それでも結局、明確な『答え』は出なかった。やっぱり俺には……どうしても分からねぇ。お前たちが手を差し伸べる価値がどこにあるのか、俺自身の物語に意味はあるのか、分かんねぇことばかりだ」

「……そっか」


 広げた両手を前に持っていき、グッと握る。


「だけどな。どんなに考えても、どんなに自分に問いかけても、一つだけ揺るがなかったことがある」


 何度も問いかけた。


 お前は本当に今のままでいいのか?


 お前は今のお前で満足なのか?


 彼ら、彼女らから掛けられた言葉をどう捉えているんだ?


 分かんねぇよ。知らねぇよ。


 分かってたら、こんなことになってねぇだろうが。


 ――それでも。どんなに風に吹かれても、ピクリとも動かなかったものはある。


 俺の『柱』が……『核』が、そこにはあった。



「司」



 なにも言わず、司を俺を見た。

 

 真剣な表情で続く言葉を待っている。

 

 俺は握りしめた右の拳を、司の胸に当てた。


 俺が――そうされたように。



「俺はお前の『幸せ』を絶対に諦めない。どう思われても、どんな手段を使っても、だ。それだけは絶対に譲れねぇ」


 例え、偽りだらけの存在だとしても。


 間違いだらけの道だとしても。


 それだけは。

 

 その想いだけは、紛れもなく『本物』なんだ。


 俺はさ、多分……すげぇ悔しかったんだ。


 傷だらけのお前が誰かを当たり前のように助けている現実が。


 その一方で、幸せな者たちが楽しそうに笑って過ごしている現実が。


 その場所にお前がいないのが。


 その場所にお前が本心から居られないのが。


 本当に、本当に……悔しかったんだ。


 俺のような人間がヘラヘラ笑っているのに、どうしてお前のような人間が笑顔の裏で苦しまなければならないのだと。


 それがどうしようもなく悔しくて。


 悔しくて、悔しくて。


 だから俺はきっと――この道を選んだ。


 はじまりは、そんな行き場のない()()()()悔しさだったんだ。


「邪魔をするなら邪魔しやがれ。否定するなら何度も否定しやがれ。俺は俺を曲げない」

「昴……だから俺は――」

「ただし!」


 司の言葉を遮り、俺は声を張る。


 言わんとしていることは分かる。

 

 分かったうえで、言っている。


 俺はふっと笑い、拳を開いて二本指を立てた。いわゆるピースサイン。



「お前のため、じゃねぇ。()()()()だ。他者に委ねたんじゃなくて、『俺』がそう決めたんだ」

「昴……」


 驚いて目を見開いたが、そのあとすぐに司は安心したように笑みをこぼした。


 根本的な考えを変えるつもりはない。

 

 やっぱり俺は、どこまで行っても俺で。


 たった一人の親友をハッピーエンドに導くための舞台装置。必要な道具。その考えも改めたわけではない。


 俺はスポットライトを浴びる人物でもなければ、メインキャラクターに名を連ねるような人物でもない。


 己か、司か。


 そう問われたら……俺はいつも通り間違いなく司を選ぶだろう。


 それでも。


 主人公()が。

 

 ヒロインズ(彼女ら)が。


 見ようとしている男が。


 手を差し伸べようとしている男が。


 友人だと、そう呼ぶ男が。


 そんな男がいるのもまた――目を背けようのない事実なのだ。


 だったら……少しだけ。


 ほんの少しだけ。


 その者たちの目指す場所を、俺も見てみよう。


 歩む道を、見てみよう。


 俺はどうして……俺なのか。


 俺は『そこ』に立つ資格があるのか。


 『分からない』ものだらけだけど。


 分からないままかもしれないけど。


 そのうえで俺は、俺の道を選ぶ。青葉昴として。朝陽司の親友として。


 俺の意思で、突き進む。


 その片手間くらいで、アイツらを見てやることも……まぁ、できるんじゃねぇの。



 ――知らんけど。



「アレだな。要するに言いてぇことはさ」

「ん?」


 俺は腕を組み、司に向かって鼻で笑った。





「揃いも揃って余計なお世話なんだよバカ野郎どもが。いらねぇし望んでねぇんだよ」



 そうだ。


 俺は俺。お前たちはお前たち。


 譲れないものがあるのなら、互いにぶつかり合おうじゃねぇか。


「それにお前らの事情なんて知らねぇし関係ねぇ。興味もない。てか、等しくどうでもいい」


 好きに邪魔してこい。


 好きに言ってこい。


 真正面から否定してやるよ。


 何度でも。何度でも。


 俺は『青葉昴()』なのだから。 


 俺はもう、オレから目を逸らさない。


 (オレ)として。


 彼らから目を逸らさない。


「はは……」


 呆れたような、嬉しいような……複雑な様子で司は笑った。


「言いたいことは山ほどあるけど……うん、昴らしいと思う。でもさ」

「なんだよ?」

()()()()で言っても……まったく締まらないぞ?」


 おいおいおい……!


「おまっ! 全世界のダイバーに謝れ!」

「俺はお前に言ってるんだっての。まったく……とりあえず難しいことは抜きにしてさ」

「おん?」

「これからもよろしく――ってことでいいのか?」


 ――『とりあえず……うん、これからもよろしくってことで』


 ……結局はそうだな。


 どんなに言い合っても。どんなに行き違っても。


 最後に落ち着く場所は……そこで。


「ああ、それでいいぜ。よろしくな」

「こちらこそだよ。……むしろ前より厄介になった気がするのは気のせいか?」

「はっはっは! それはどうだろうな!」


 俺は『そのとき』を絶対に見届ける。


 完結(エンドロール)の先は――まだ分かんねぇけどな。


「昴」

「おん?」

「もちろん――俺も諦める気はないよ。それだけは譲れない」

「……はっ。上等だぜ」


 俺もお前も、大事なものを抱えているのなら。


 あとは自分の思うがままに、走り続けるだけだ。



「おーい! 司せんぱーい! ……とついでに昴せんぱーい」



 離れた場所から聞こえてきた無駄に元気な声。


「お、みんな来たようだね」

「誰がついでだ誰が」


 ――ま、要するにだ。


 

 今は男共のしょうもない話より、水着美少女のほうが大事。



 以上!!!









 今は、それで許せ。悪いな。 

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