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第164話 朝陽志乃は……告げる

『……うるさいですね。どこかへ行ってください』

『え? 面白いからもっとやって?』

『耳おかしいんですか? どっか行ってと言ったんです』

『なるほど。これがツンデレか』

『本当に司さんといい、あなたといい……どうして私にそこまで……』


 口を開けば俺たちを邪険に扱っていた君が、まさかここまで変わるなんて……。


 いや、変わるというか……。


 きっと今の優しい君が、本当の姿なんだ。


 初めて君が司を『兄さん』と。


 俺を『昴さん』と。


 そう、呼んでくれたときに感じたあの嬉しさは……。


 今でも、この胸に残っている。


 アレはきっと――『本物』だったのだろう。


 × × ×


「……え、志乃ちゃん?」


 別荘に戻ろうと思っていた矢先、突然志乃ちゃんが現れた。


 どうしてここに……? なんで……?


 心配そうに見てくる姿に、逆にこっちが心配になってくる。


「どうしたの? こんなところに一人で来て」


 距離が近いとはいえ、夜中に一人で出歩くのは危ない。


 流石に目的があって来たと思うのだが……。


 質問に対して、志乃ちゃんはどこか気まずそうに表情を曇らせる。


 一度視線を落とし、俺をチラッと見たあと「あ、あの……」と話し始めた。


「お手洗いに行こうとリビングに降りたとき、ちょうど昴さんが玄関から出て行くのが見えて……」

「おっと……なるほど?」

「はい。それでその、どこに行くんだろうって心配になって……」


 で、後を追ってきたというわけか。


 それは……見られてしまった俺が悪いな。


 志乃ちゃんの性格を考えたら追ってくるのは当然だろうし。


 いろいろ考えごとをしていたせいで、周囲を全然気にしていなかった。


 よりによって志乃ちゃんに見られてたかぁ……。


「それに、昴さんが元気ないように見えたので……」

「え? そんな風に見えた?」

「はい。だから余計に心配で……」

「あー……そっかそっか、ありがとね。むしろそんなに心配させちゃって申し訳ねぇぜ」

「い、いえ! 私が勝手にそう思っただけなので……!」


 もしかして……昼過ぎに浜辺に行ったとき、渚と志乃ちゃんが俺を見て『ん?』ってなっていたのはそういうことか?


 司にも心配されたし……なにやってんだっつの俺は。


 簡単に見抜かれている自分自身に呆れマックスである。


 ……さて。


 このまま志乃ちゃんと話していたら少々厄介なことになりそうだ。


 適当に切り上げて別荘に戻るとしよう。


「俺は大丈夫だよ。ちょうど部屋に戻ろうと思ってたし、志乃ちゃんも──」

「本当ですか?」


 遮るように問いかけられたことで、一瞬言葉に詰まってしまう。


「私には……大丈夫じゃないように見えました」


 心配に思う気持ちのなかに、志乃ちゃんの強い想いを感じた。


 俺を知っているからこそ出てくる言葉。

 俺を見ているからこそ出てくる言葉。


 疑問ではなく、しっかりと断定するように。


「いやー、別にそんなことはないんだけどな」


 実際、誰かから心配されるほど気持ちが沈んでいるわけでも、不機嫌になっているわけでも、不安定になっているわけでもない。


 こうもいろいろ心配されてしまうと、それはそれで変な気持ちになってくるな……。


「もう……。あのね、昴さん」

「ん?」


 とぼける俺に、志乃ちゃんは呆れたようにため息をついた。


「昴さんって、意外と考えてることが顔に出やすいんですよ?」

「……マジ?」

「ふふ。さぁ、どうでしょう」

「そこで止める? うわめっちゃ気になるんだけど……!」

「他の人はどう見ているのかは分かりませんけどね。それだけ私が昴さんを見ているっていう証拠です!」


 腰の後ろで手を組み、志乃ちゃんはニコッと笑う。


 それは夜の海に映える、心の底からの純粋な笑顔だった。


 顔に出やすいなんて今まで一度も言われたことがない。


 となると……きっと後者が理由なのだろう。


 昴さんを見ている……か。


 その何気ない一言で、胸の中がざわついた。


 ……嫌な感覚だった。


「そりゃ困った。志乃ちゃんさんにはなんでもバレちゃうじゃないの」


 肩をすくめてそう言い返すと、志乃ちゃんは微笑んだまま「そうですよ?」と明るく返事をした。


「もしも、昴さんが本当になんでもないんでしたら」


 志乃ちゃんは手に持っていたビニール袋を持ち上げて、ガサゴソと中に入っているものを取り出した。


 それは――


「私のわがままを一つ――聞いてくれませんか?」


 数時間前に庭で遊んだ花火の残り。


 ――六本の()()()()だった。


 × × ×


「まさか志乃ちゃんがこんなものを持ってくるなんてな。ビックリだぜ」


 パチパチと小さな音を立てて、懸命に火花を散らす線香花火。


 なんとも綺麗で……なんとも儚い。


 夏の終わりに相応しい花火とは、よく言ったものである。


「その……昴さんを元気付けたくて。持ってきちゃいました」

「ぐすん。可愛い妹の健気さにお兄ちゃん泣きそうよ」

「ふふ。それに個人的にも、こうして昴さんと一緒に花火を見たかったので」


 向かい合ってしゃがみ込み、互いに線香花火を持って。


 飛び散る火花が俺たちを明るく照らし、「わぁ……」と楽しそうにニコニコしている志乃ちゃんが視界に映った。


 ……。


 本当によく笑うようになったよ、君は。


「一緒に……って。さっきも見たばっかりでしょ?」


 あの噴出花火はなかなか壮観だった。


 結局あの後、司や月ノ瀬たちを集めて打ち上げ花火をしたり、同じ花火を持って誰が最後まで火が消えないか競争したりなど、いろいろ遊んだものである。


 あれもまた、きっと一つの思い出になっていくのだろう。


 ちなみに。


 俺たちがはしゃぐ様子を、いつの間にか蓮見がスマホで撮影していたようで……のちほどグループに送ると言っていた。

 

 アイツ、地味に撮影スキル高いからなぁ……期待して待っているとしよう。


「……そうではありません」


 庭での花火パーティーを振り返っていると、志乃ちゃんがポツリと呟く。


 そうではない……って言ったか?


 はぇ? と俺が首をかしげていると、志乃ちゃんが視線をこちらに向けた。


()()()()()()()――見たかったんです」


 その一言と同時に、線香花火が消えた。

 

 狙ったわけではなく、きっと偶然のはず。


 しかしそのせいで、志乃ちゃんの一言がより鮮明に聞こえてしまった。

 まただ。


 ……また、胸がざわついた。



 


 嫌な予感がする。





「おっと、急にそんなことを言われちゃあ嬉しくなっちゃうって。そんな口説きスキルどこで覚えたのよ? お兄ちゃん譲り?」


 ははっと笑いながら、俺は軽口をたたく。


 足元に置いている袋から、線香花火の三本目と四本目を取り出して片方を「ほい、次のやつ」と差し出した。


「……私、結構真剣に言ってるんですよ?」


 不服そうに頬をぷくっと膨らませながら花火を受け取る姿に、思わず「ふへへ」と頬が緩んだ。


 可愛い。可愛いね。志乃ちゃん可愛いネ。


 点火用キャンドルに点けられた火に線香花火を近付ける。


 すると、徐々にパチパチと音を立てはじめ……再び美しくも儚い火花が視界に広がった。


 志乃ちゃんも同じように、手に持った線香花火に火を付ける。


 ――残る線香花火は、あと二本。


「……昴さん」

「ほいよ」


 互いに視線を落としたまま、会話を続ける。


「宿題しているとき、生徒会長さんが言っていたこと……覚えていますか?」

「……」


 線香花火を持つ指先に一瞬力がこもった。


「……。あぁ、昴くんがカッコよすぎて呼吸すらままならないって話だっけ?」

「……夢の話?」

「志乃ちゃんさん???」


 ツッコミなのかどうか判断できないレベルの声量で言わないで欲しい。


 コイツ大丈夫か……? みたいなテンションだから余計に心に来る。


 ふぅ、と息をついて志乃ちゃんは「違いますよ」と首を振った。


「兄妹がどうとか……って話です」


 ……そりゃそうだろうな。


 あの一件は、間違いなく志乃ちゃんに対して言っているように感じた。


 会長さんが残した意味深な言葉の数々。


 あれは俺ではなく、きっと……この子に対しての言葉だ。


「あー……」


 さて、ここはどう答えるのが正しい選択なのだろう。


 言葉を探す。探す。


 探す。


 ここはとりあえず……。


「あまり気にする必要ないよ、志乃ちゃん」

「え……?」

「深い関係だの、進めないだの、いろいろ言ってたけど……真に受ける必要はないってこと」


 ニッと笑いかけて。


 こうしている間にも、俺は頭のなかで言葉を探し続けていた。


「会長さんって意味深なことばかり言うでしょ? あの人ずっとあんな感じだから……いちいち気にしてると疲れるぞ」


 そうだ。


 会長さんの言葉をいちいち気にしていたらキリがない。


 それこそあの人の思う壺なのだから。


「……そう、ですよね」

「そうそう。志乃ちゃんは志乃ちゃんのペースでいいのよ。焦る必要なんてなし!」


 ――そして、俺は後悔する。


 ここで話を切っておけば良かったと。


 とっとと切り上げていれば良かったと。


 今一番会いたくなかった子を前にして――きっと。


 『なにか』がズレてしまっていたのだ。


 必要のないことを――言ってしまったのだ。


「君たちには君たちの形がある。それこそが、志乃ちゃんと()が積み上げてきたもの……でしょ?」

「――え?」


 その一言を、他でもない志乃ちゃんが聞き逃すはずがなかった。


「私と……兄さん?」


 困惑した様子で、志乃ちゃんは俺を見つめた。


 その瞳は微かに揺れていて、抱く感情を露わにしている。


「え、そうでしょ? だって兄妹の話なんだから」

「ほ、本当にそう思ってるんですか? 生徒会長さんが言ったことは、私と兄さんの話だ……って」

「うん。違うの?」

「違いますよ」


 ノータイムで俺の言葉を否定して。


「どうして……」


 志乃ちゃんは線香花火を持っていない左手を胸元に持っていく。


 そして行き場のない気持ちを我慢するかのように、ギュッと手を握りしめた。


 それでも俺はヘラヘラと笑い、いつも通りに言葉をかける。


「まぁ、別に必ずしも深い関係になる必要はないわけで……。君ならきっと司と――」

「目を逸らさないでください!」

「……っと」


 強い口調で――叫んだ。


 志乃ちゃんがこんなに声を張り上げるなんて……かなり珍しいことだった。


「どうして昴さんは肝心なところを見ようとしないんですか……! どうして分かっているのに目を逸らすんですか……!」


 その声は……震えていた。


()()()()()()()()() あの昴さんが、分からないはずないですよね?」

「えっとー……なんの話? それより最後の線香花火を――」

「生徒会長さんが言ったことはきっと……私と兄さんのことではありません。進めないのは、()()じゃないんです」


 嫌な予感はより一層強まる。


 引き返せ、と。


 これ以上は面倒なことになるぞ、と。


 そう……頭のなかで訴えかけてきていた。


 しかし、もうどうしようもないほど……ソレは――


 朝陽志乃は――青葉昴に迫っていた。


「私が深い関係になりたいのは……それ以上先に進みたいのは――っ」


 揺れていながらも、たしかな意思を宿す瞳で。


 震えていながらも、たしかな真実を宿す声で。





「あなたなんです――!」






 まるで時間が停止したかように――息が止まった。


 波の音も。

 

 風の音も。

 

 呼吸の音も。

 

 なにも聞こえないほど……。


 俺の世界は――止まっていた。



「青葉昴さん。私は……あなたのことが――」



 やめろ。




 やめてくれ。




 ダメだ。





 ()()()()は――ダメだ!





「志乃ちゃ――!」





 どこで間違えたのか。


 なにを間違えたのか。



 どうすれば良かった――?


 なにをするべきだった――?




 いずれにしても。





 もう、遅い。








「好きです。大好きです」








 線香花火は――消えていた。


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