第19話 月ノ瀬玲は一方的に暴かれる
「――あれ? もしかしてアンタ玲?」
「うっそマジ? え、ホントに月ノ瀬じゃん」
談笑中の俺たちに向けられた女子二人の声。
月ノ瀬玲……なんて人物はこの中に一人しかいない。
その本人である月ノ瀬は、二人組の声を聞いた瞬間顔をしかめていた。
その顔は、とても知り合いを見かけて喜ぶような顔には見えない。
なんだか……嫌な予感がする。
「えっと……月ノ瀬さんの知り合いかな?」
蓮見が首をかしげる。
俺たちが顔を向けると、そこには二人の女子が立っていた。
黒髪でショートボブの女子、毛先を巻いたロング茶髪の女子。
雑誌でよく見るような今どきの格好をした二人は……見た目的に同い年くらいだろう。月ノ瀬のことを知っていたし。
二人組はニヤニヤと月ノ瀬に対して嫌な視線を向けていた。
……。この時点でもう不快である。
「……」
月ノ瀬はなにも言わず俯いている。
まるで二人と顔を合わせたくないように……。
「久しぶり、玲。あんたがまさか遊びに来てるなんてね」
「てか、遊んでくれるようなお友達がいるなんてねぇ」
二人はケラケラと笑いながらこちらに向かって歩いてきた。
月ノ瀬を馬鹿にするような物言いに俺たちの表情が変わる。
チラッと司を確認すると、心配そうな顔で月ノ瀬を見ていた。
――なるほど。やっぱりなにか知ってるな、コイツ。
「みんな、帰ろう」
その司は俺たちに声をかける。
……ま、その判断が正解だろうな。
あっちは明らかに友好的ではないし相手にする必要はない。
俺たちは二人組に反応せずそれぞれ椅子から立ち上がる。
「月ノ瀬さん、行こう」
唯一立ち上がっていなかった月ノ瀬に蓮見が声をかけた。
「――あ、は……はい」
月ノ瀬が返事をした途端――
「……え? ちょっと今の聞いた?」
「クスクス、聞いた聞いた。コイツ今『は、はい』って返事してたよね。えーマジ? ウけるんだけど」
それはもう愉快に笑いだす二人組。
コイツらは本当になんなんだ?
この感じだと俺たちを放っておく様子じゃないな。
「楽しいところ申し訳ないんだけどさ。……えっと、君たちは?」
苛立ちを抑えて俺は穏やかに話しかける。
ひとしきり笑い終えた二人組はこちらに顔を向けた。
「ん? アタシら? アタシらはね、コイツが転校する前のクラスメイトだよ」
――なるほどそう来たか。
どうりで月ノ瀬を知っているはずだ。
むしろ俺たちより月ノ瀬のことを理解してる人物たちだろう。
「そっかー。再会したところ悪いんだけど、俺たちはそろそろ帰るんでこれで――」
「アンタら、玲のお友達かなにか?」
茶髪女子に言葉を遮られる。
値踏みをするように俺たちをグルっと見回した。
「そ、そうだけど……それがなにか?」
蓮見が月ノ瀬を庇うように前に立つ。
お前……良いヤツだな。
そんな様子もまた彼女たちの目には面白く映るようで──
「キャハハ! 玲、アンタお友達ができたんだ! それはよかったねぇ!」
「月ノ瀬の友達ってさぁ……君ら、コイツがどんなヤツか知ってんの?」
黒髪女子が月ノ瀬を指さす。
「さっきのお行儀のいい様子を見た感じ……月ノ瀬さぁ。お前、猫被ってんの?」
その言葉に俺たちの中に驚きが走る。
自然とその視線は月ノ瀬へと向いていった。
猫被り。
月ノ瀬はその言葉にビクッと肩を震わせた。
「へぇ? その感じ……アンタら本当に月ノ瀬のこと全然知らないんだ? ソイツはさぁ――」
茶髪女子は嫌らしく笑う。
人を不快にさせる典型的な笑い方だ。
まったく……参考になるよ。ホントにな。
そして二人組は、『真実』を俺たちにぶつけた。
「同級生に対して敬語を使うようなヤツじゃないんだよ。少なくてもそんなお淑やかなお嬢様ー…みたいな女じゃない」
「ほんとにね。私らが知ってる月ノ瀬とは全然違う。ねぇ? 月ノ瀬? いつもみたいに生意気に言い返してきなよ」
未だになにも返事をしない月ノ瀬に、二人組は舌打ちをする。
苛立ったように言葉を続けた。
「てかさお前、なんで転校したのか言ったの? ――なんて、言ってたらお友達なんてできるわけないよなぁ?」
「やめろ」
司が言い放つ。
「はぁ?」
「やめろって言ってるんだ。さっさとどっか行ってくれ」
真剣な表情で言う司だが、二人組にはまったく響いていない。
それどころか目をパチクリとさせたあと……また笑い出した。
「キャハハ! え? なにアンタ、まさか玲の彼氏?」
「ぷっ……うっそ月ノ瀬、お前猫被って男までゲットしたの?」
「えーいいなぁ! アタシも猫被ったら彼氏できるかなー!」
あー……これはダメそうだな。あまりにも不快すぎる。
場所が場所だから穏便に済ませようと思ったが……。
ここには志乃ちゃんや日向たちがいる。
これ以上不快な思いをさせたくはない。
「せっかくだからアンタらに教えてあげるよ。玲はねー―」
二人は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
まるで事前に打ち合わせていたかのように、同時に口を開いた。
「「イジメのせいで転校していったんだよ」」
――。
触れてはいけなかったそこに二人は土足で足を踏み入れた。
「っ!」
唐突に告げられた……月ノ瀬の過去。
「あっ、月ノ瀬さん!」
月ノ瀬はたまらず席を立ち、出口に向かって走り去っていく。
俯いていながらも、一瞬見えたその横顔は……。
悔しそうに……ただ悔しそうに下唇を噛んでいた。
「行け、司」
考えるより先に、俺の口から自然と出た言葉。
「え?」
「追えよ、はやく」
「……! だ、だけど」
司は月ノ瀬が走っていった方向と、俺たちを交互に見る。
ここに残るべきなのか、月ノ瀬を追うべきなのかを悩んでいるようだった。
バカ野郎が……なに悩んでるんだよ。
俺はため息をつき、ジッと司を見る。
「お前が行かなきゃダメなんだよ。アイツの事情を知ってんのはお前だけなんだよ。だから……さっさと行け」
ここにはお前以外に適任はいない。
アイツの事情を知っているお前だから。
月ノ瀬が自然な笑顔を見せられるお前だから。
本当の意味で月ノ瀬と出会っているのはお前だけだから。
だから……お前が行かないとダメなんだよ。
「…分かった!」
司は強く頷くと、走り出す。
やれやれ……とっとと追いついてヒロインとちゃんと話してきやがれ、主人公さんよ。
これもお前にしかできない役目だぜ。
「さーてと……」
走り去る司を見届け、俺は一息つく。
これで月ノ瀬のことは心配ない。きっと大丈夫だろう。
司がなんとかしてくれるはずだ。
司のことは誰よりも俺がよく知っている。
アイツは本当に……厄介なくらいお節介野郎なんだよ。
悲しんでいるヤツを放っておくことなんて絶対にしない。
俺だからこそ……分かるのだ。
アイツに一番最初に救われたのは――俺なのだから。
「話の続き、しようか?」
俺はニッコリと笑顔を浮かべて二人組を見る。
どうやら今の状況に少し困惑しているようだった。
「は、はぁ?」
「私らは君たちが騙されないように忠告してやっただけで――」
なに勝手に搔き乱して勝手に戸惑ってんだよ。
人の友達を一方的に馬鹿にして、あんな顔にさせたんだ。
さっきまであんな楽しそうに笑っていたのに。
――このまま『はい終わり』って帰らせるわけないだろ。