第150話 二人もまた姉妹のようである
「――となります。いかがでしょう、志乃様」
「あっ、分かりました…! 古文って少し苦手意識あったんですけど……これなら……」
「お役に立てたのならなによりでございます」
「フフ、どうだ志乃? 椿はなかなかやるだろう?」
「はい! 本当の先生みたいですごく分かりやすかったです!」
おー……。
隣で行われていた星那椿先生による古文解説になんとなく耳を傾けていたのだが……気が付いたら聞き入ってしまった。
志乃ちゃんの言う通り、星那さんの教え方がなんともまぁ……手慣れているというかなんというか。
月ノ瀬もたいがい教え上手だったが、聞いている感じでは星那さんはその上をいっていたと思う。
本当に元教師です、とか言われても違和感ないレベルだ。
相手に分かりやすく言語化することに長けているのだろう。
……これで会長さんと同じ血が流れてるんだよなぁ。
「――昴、なにか失礼なことを考えていないか?」
「いえ別になにも?」
あれ、俺声に出してた? 出してないよね?
なんであたくしの周りにいる女子ってこんな鋭い人ばっかりなの? 女子あるあるなの?
俺が真顔で首をぶんぶん振っていると、会長さんが「やれやれ……」とため息をついた。
「あまりにも教えるのが上手だから……私と同じ血が流れていることに疑問を抱いたか?」
「一言一句まったくその通りなのですが怖いのでやめてください!!」
「まぁ……そう思うのは無理もないだろう。椿は本当にものを教えることに秀でているのだ」
まるで自分のことのように、会長さんは自慢げに胸を張って言った。
どこの川咲さんとは違い、その大きなお胸が強調されて思わず視線が吸い寄せられる。
おおおかしいぞぉ? これが重力……いや引力か……!
蓮見より……あるよ、な。うん。なにがとは言わないけど。言わないけど! 男子ってサイテー!
「それほどでもございません」
「謙遜するな椿。事実だ」
「それほどでもございます」
「うむ。それでいい」
受け入れるのはやっ。軽快なやり取りだなおい。
表情一つ変えない星那さんのユーモア溢れる回答に、志乃ちゃんが「ふふ」と楽しそうに笑った。可愛い。
付き合いの長い会長さんが断言するということは、星那さんにはやっぱりそういう才能があるのだろう。
ものを教える――つまりアウトプット。
外部から得た情報を精密に分析し、自らの知識として取り入れる。そしてそれを出力する。
……。
あー……そういうこと、ね。
たしかに、ある意味星那さんには超得意な分野かもしれないな。
要するには応用の極み、みたいなもんか。恐ろしや……。
「生徒会長さん、私と昴さんを本当の兄妹みたいって言いましたけど……」
自分の横に立つ星那さん、斜め前に座る会長さんを交互に見て志乃ちゃんは話を続ける。
「お二人も姉妹みたいですよね。従姉なので血は繋がっているわけですけど……」
「あー俺も同意っす。従姉というより姉妹みたいっすよね。顔も似てるし」
うんうん、と頷いて便乗する。
この二人、姉妹なんですよーって言っても絶対バレないと思う。雰囲気とか、顔とか、いろいろ似てるもんね。
俺たちの言葉に、会長さんは嬉しそうに笑みをこぼした。
「そう言ってもらえると嬉しく思う。実際、私にとって椿は姉のような存在だからな」
幼い頃からの一緒にいるみたいだし、そうなると本当に家族のような存在なのかもしれない。
「それこそ勉強だってよく見てもらっていたものだ。懐かしいな、椿」
「まだ小さな沙夜様を思い出します。飲み込みが早すぎるおかげで、今ではもうそんな機会は滅多になくなりましたが」
「はぇ~、会長さんにもそんな時期があったんすねぇ。たしかに姉妹みたいだ」
誰かに勉強を教わっている会長さんというのは、結構レアかもしれない。
ちょっと見てみたい気もする。
「そうですね。とても優秀な方ですが……いろいろ手もかかる妹様でございます」
そう口にする星那さんの表情は、心なしか微笑んでいるように見えた。
やっぱりこの人にとって、それだけ会長さんの存在は大きいのだろう。
キッチンでの話を思い返すと……なおさらだ。
従姉なのか姉妹なのか主従なのか……ややこしい二人組だ。
「む。手のかかる、とは心外だな」
「……よいのですか? ご友人の前で私生活のお話をしますが?」
会長さんは不満げに口を尖らせるが、星那さんの言葉を受けてスッと目を逸らす。
その姿はまさに姉に怒られる妹の姿だった。
「え、ちょっとなんすか! そんな人には言えない私生活してるんですか! 気になる! 昴気になるもん!」
「す、昴さん……! 失礼ですよ……!」
目をキラキラと輝かせる俺を志乃ちゃんがなだめる。
でも気になるじゃん! 会長さんの私生活謎だし!
星那さんしか知らないであろう星那沙夜の姿というのも、聞いてみたいところである。
「……さて、雑談はここまでにしよう。キミたちは宿題の続きをやるといい」
「あ、話逸らした!」
「どうした昴? 生徒会長特権でキミの恥ずかしい話を学校中に流してもいいのだぞ?」
「急に職権乱用するのやめて!? この生徒会長怖すぎるんですけど!?」
それに恥ずかしい話っていったいなんなんだ。
俺は常に堂々としているからな!
恥ずかしい話なんてないぞ!
……ない、よね。
……ない、かな。
……あるかも。
突然の宣告に一人で戦々恐々としていると、会長さんはもうすでにノートパソコンに視線を戻していた。
ぐぬぬぬ……。
それと志乃ちゃん、ボソッと「気になる……」って呟くのやめて。聞こえてるから。
「志乃様、ラストスパートといきましょう。終わりまであと僅かです」
「あっ……」
星那さんから宿題の続きを促された志乃ちゃんが、チラッと俺を見た。
ん? と小さく首をかしげるが、志乃ちゃんは特にアクションを起こすことはなかった。
「そ、そうですね……! あとちょっとなのでがんばります!」
「おーおー、やる気だねぇ志乃ちゃん!」
「昴様、他人事のように仰っていますが……ご自身の宿題を進めてください。進みが遅いように見受けられますね?」
「はい椿様ごめんなさい」
まるで本当に先生に怒られるが如く、俺はピシッと背筋を伸ばす。
進みが遅いって……そこまでちゃんと見てんのかよ。
志乃ちゃんのほうに付きっきりだったから、俺のほうはまったく気にしていないと思っていた。
サボってるのがバレたぜ……へへへ。
「待て昴」
「え、なんすか」
急に名前を呼ばれてビックリしたわ……。
俺が顔を向けると、会長さんがなにやらシリアス表情を浮かべている。
……なにか大事な話だろうか。
身構えて会長さんの言葉の続きを待っていると――
「――椿様、と呼ぶのなら……私のことも名前で呼んでくれてもいいのではないか?」
……。
「今はそんな話してないので却下!」
「くっ……! 即答か……!」
悔しがる会長さんがちょっと面白い。
まぁ……そんなこんなで。
俺と志乃ちゃんは再び宿題へと取り組んだ。
この調子でいけば……志乃ちゃんはここから抜けることができそうだな。
それはなにより、だ。