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第147話 川咲日向はしれっとやり遂げている

 軽食をとり、少しばかり雑談に花を咲かせたあと――


「さて、と。皆それぞれ休まったと思うから……次にいくとしようか」


 司や星那さんと話していた会長さんが、俺たちを見回しながら言った。


「次? 会長さん、なにかやることでもあるんす?」

「ああ。といっても、関係のない者もいるだろうが」


 関係のない者……?


 頭上にハテナマークを浮かべる俺たちに、会長さんはフッと笑う。


「――夏休みの宿題、だ」


 あ。


「終わってない宿題があれば持ってくるように……とキミたちには事前に伝えていたからな」


 あー……たしかに別荘に招待するぞ~って誘われたとき、そんなことを言っていたような気がする。


 宿題、宿題かぁ……。


「私はすでに終わっているが……個人的なタスクが残っていてな。それを片付けるついでに宿題を見てやろう」


 長い髪を手で払い、会長さんは自信ありそうに言った。


 いやあんた教える能力ゼロやん……。そんな堂々と言われても……ねぇ?


 『宿題』という言葉ひとつで、一気に現実に引き戻された気がする。


 先ほどまでワイワイ雑談で盛り上がっていたはずが、今はそれぞれ大人しくなってしまった。

 

 流石は生徒会長。こういうところは抜け目がない。


「それで……だ。まだ終わっていない者はいるか?」


 現在は夏休みの後半。


 宿題をすべて終えていたとしても、なにもおかしくないだろう。


「宿題が終わってなさそうなヤツ……ねぇ。いるとすれば……」


 月ノ瀬のその言葉に、一同の視線は……とある人物へと集まった。


 誰に導かれるわけでもなく、全員が同時にそいつへと視線を向けたのだ。


 そいつは俺たちから一斉に見られたことでビクッと肩を震わせ――


「……はぇ? あたし?」


 と、呆けた間抜けフェイスで自分を指さした。


 そう、その人物こそが――川咲日向。


 宿題が終わってなさそうランキングの覇者である。


「……星那先輩。この子のこと……よろしくお願いしますね」


 まるで母親のように、月ノ瀬は会長さんに向かってぺこりと会釈をした。


 ――月ノ瀬ママ誕生の瞬間だった。

 

 蓮見といい月ノ瀬といい、みんながどんどんママ属性になっちゃうね。


「うむ。任された」


 会長さんは腕を組み、堂々と頷く。


 よーしよし。


 これでおサボり日向野郎はしっかり宿題に取り組んでくれるだろう。


 ホッと息をついた瞬間――


「ちょ、ちょおぉっと待ってくださいよ! なに勝手に話を進めてるんですか!?」


 張本人たる日向が慌てて会話に割って入る。


「だってアンタ、どうせ宿題終わってないでしょ?」

「どうせとは失礼な! あたしをバカにし過ぎですよ姉御!」

「誰が姉御よ」


 あれ。流れが変わってきたぞ?


「……え、待って? アンタその言い方だともしかして――」


 月ノ瀬は困惑したようにこめかみに手を当てた。


 俺たちも似たようなことを思っているわけで……。


 特に日向という人物をある程度知っている俺と司、そして志乃ちゃんはそれぞれ顔を見合わせて『マジ……?』と首をかしげた。


 月ノ瀬の姉御の言いたいことを察したであろう日向は「ふっふっふ!」とドヤ顔で胸を張った。


 無い胸を張って偉そうにふんぞり返るその姿が、なんとも腹が立つ。


 あのツインテール引っこ抜いてそのまま海底に埋めてやろうかな。


「あたし! 宿題! もう終わってますから!」


 ますから――


 ますから――


 シーンと静まり返った空間に、日向の声だけが響き渡る。


 ……おい。マジか。


 コイツ本当に言いやがったよ。


 宿題が――終わってるだと?


「……」


 あまりにも予想外過ぎて俺たちは言葉を失っていた。


 親友の志乃ちゃんですら『あの日向が!? まさか偽物!?』といった様子で、目を見開いて肩を震わせている。


 月ノ瀬はこめかみに手を当てたまま固まり。


 蓮見と渚は『おー……』と口をポカーンと開け。


 会長さんですら意外だったのか、目をパチパチと瞬きさせていた。


 星那さんは……ただ目を瞑ったまま立っていた。あれ寝てる?


「あー……ごめん、日向。俺からもう一回聞いていい?」


 ドヤ顔の日向、それ以外唖然……というなんとも言えない空気のなか、司が口を開いた。


「はい! なんでしょう司先輩!」

「終わったの? ……宿題」

「終わりました!!」


 おおぅマジかよ……。


「毎年『宿題が終わらないよ~!』って言ってる日向が……?」


 中学の頃から日向は短期長期関係なく、いつも宿題が終わらないと嘆いていた。


 そのたびに志乃ちゃんが呆れながらも、なんだかんだで手伝ってあげていたのを思い出す。


 俺? 俺は……ずっとニヤニヤして、茶化して、司に怒られてましたけどなにか?


「ぬふふ、今年の日向は一味違うってわけです! どうですか司先輩! あたしを見直しましたか!?」

「……どーせ司と海で遊びたいからっていう下心だろ」

「ちょ、ちょっとそこ! 今は昴先輩に聞いてないですから!」


 マズいマズい。うっかり言っちゃったぜ。


「ま、まぁまぁ理由はどうであれ……全部終わらせたんだろ?」

「そうです! なので褒めてください司先輩!」

「嘘ついてるだけじゃねぇの?」

「だーもう! 昴先輩はいちいち茶々入れないでくださいよ~! 絶対そういうこと言われると思ってスマホに証拠残してますから! 見ますか!?」

「ほら昴、せっかく日向が頑張ったんだからそのへんにしてやってくれ」

「へーい」


 頭の後ろで手を組み、ぴゅーぴゅーと口笛を吹く。


 この感じだと嘘は言っていないのだろう。


 証拠まで残してるとかもう完璧じゃねぇか。


「日向、頑張ったな」

「司せんぱぁぁぁぁい!」


 愛しの司先輩に褒められ、日向は今にでも号泣しそうな勢いで目を潤ませている。


「まったくもう……やればできるじゃない。頑張ったわね、日向」

「姉御ぉぉぉぉ!!」

「だから姉御はやめなさい」


 まるで師弟関係のような二人のやり取りが、正直ちょっと面白い。


 コイツら相性いいよなぁ……。


 日向の舎弟感、そして月ノ瀬の姉御感が溢れて出ているからこそ成せるコンビネーションなのかもしれない。


「……で、そこまで頑張った理由は?」

「司先輩と遊ぶためですっ!!!」

「はぁ……昴の言った通りじゃない」


 ホントだよ! 俺の言った通りじゃねぇか!


 まぁ……でも、司の言う通りだな。


 理由はどうであれ、自分の嫌なこと、苦手なことに立ち向かえたのは素晴らしいことだ。


 ……実際、日向は司の名前を出せば分かりやすくやる気スイッチがオンになる。


 恋する乙女というのは本当に真っすぐで……眩しいものだ。


「フフ、私も驚いたぞ日向。キミは好きなように過ごすといい」

「やった~!」


 会長さんの言葉を受けて、日向は全力でバンザイをして喜びを表現していた。


 気のせいか……ツインテールもぴょこぴょこ動いている気がする。


 ……え、やっぱりあのツインテール自我あるよね? 自分の意思で動いてるよね?


「司たちはどうなのだ? それぞれ終えているのか?」

「ええ、私は終わっています」


 会長さんの問いかけに、月ノ瀬が頷いた。解釈一致である。


「私も終わってます! 実はるいるいと一緒にやりました!」

「……なのでわたしも同じく」


 ここは親友同士、しっかり協力して片付けていたようだ。


 そもそも蓮見は真面目だから、宿題や提出物を忘れているのを見たことがない。


 それに渚も普段はボーっとしてるけど、意外とちゃんとしているわけで……。


 地味に宿題とか忘れずにやってるんだよなぁ。


 ゲームのほうが大事だから宿題なんてやってられるか! と言いそうなのに。


 なんなら『おい青葉。宿題写させろよ』とか言ってきそうなのに。 


「―――――」


 ひぇ。


 横のほうから凄まじい殺気を感じたため、俺は急いで斜め上を向いた。


 言わずもがな、鬼様オーラである。


 というか、なんでいつも声に出してないのにバレるの? エスパー少女るいるいですか?


「俺も、この日のために頑張って終わらせました。みんなと遊びたかったので……」

「おー、司くん可愛いところあんなぁ! 俺様がよしよしして褒めてやろうか?」

「絶対やめろ」


 日向ほどではないが、司もどちらかといえば宿題に苦戦するタイプの人間だ。


 といっても結局は真面目なヤツだから、やるべきことはしっかりやる。


 サボってなにもしない……ということはない。

 

「そういうお前はどうなんだよ?」

「俺?」

「まさか日向にあれだけ言っておいて……終わってないとか言わないよな?」


 俺……俺かぁ……。


 ジト目を向けてくる司の問いかけにより、視線が俺に集まるのを感じる。


 おーおー、みんなが俺を見ておるのぉ。


「ふふふ……はっはっは!!! ふはははは!!」

「青葉くんが壊れちゃった……!?」

「元からでしょ」

「元からですよ晴香先輩」


 泣きそう。


「はーはっはっは!」


 俺はひとしきり笑ったあと、腰に手を当てて……司に向かって今日一番の笑顔を見せた。


 グッと勢いよくサムズアップし――答えてやる。





「終わってない☆」






 もちろん――宿題が終わっているはずもなく。



「はぁ? お前終わってないのかよ」

「マジマジ。そもそも俺は最終日に一気にやる派だっつーの」


 むしろ俺以外のヤツが終わってるのが納得いかない!


 こういうときだけ良い子ぶりやがって!


 特に――


「日向! お前だけは絶対に終わってないって思ってたのに! 俺を裏切るのか!?」

「にゅふふ。まだまだですね昴せーんぱいっ?」

「うざ! その顔うっざ!」

 

 ウザさマックスのニヤけ顔に思わず手が出そうになるが、我慢。


 次同じ顔を向けてきたらあのツインテール引っこ抜く。決めた。

 

 しかも横じゃなくて縦に引っこ抜いてやる。


「お前らしいといえばらしいけどさ……」

「むしろ俺が驚きだっての! なんでお前ら揃いも揃って終わってんだよ!」


 全員を見回して叫ぶと、そんな俺を司たちが呆れたように見ていた。


 痛い。視線が痛い。


「……あんたさ」

 

 ポツリと呟くように、渚が俺を呼んだ。


「なんだよるいるい」

「……」


 しかし、用件を言うことなくスッと視線を外される。


 それ以上、渚から言葉が飛んでくることはなかった。


「え、呼んで来たのに無視ってなに???」


 俺は大きくため息をつくと、ガシガシと頭を掻いた。


 まさか俺だけなんてなぁ。


 ……。





 ――ま、想定内だけど。






「しゃあねぇ。俺は会長さんと楽しくお勉強してるから、お前らは仲良く遊んで来いよ」




 元々、昨日までに宿題を終わらせるつもりなんて微塵もなかった。


 まず司の性格を考えると、みんなと楽しい時間を過ごすために嫌々ながら片付けることだろう。

 

 そして日向も同じように、目先の楽しいもののためなら全力で頑張れるヤツだ。


 月ノ瀬と蓮見は考えるまでもないし、渚も渚でやるべきことはしっかりやる。


 ――となると、俺の役目は……これでいい。


 個人的に月ノ瀬たちと遊ぶ理由なんてないし……()()()()()より。


「――フフ。そうか、なら昴は私と一緒だな」


 あまりこの人を放っておきたくない。

 

 俺の見ていないところで、妙なことをされたらたまったもんじゃないからな。


 だったら俺が近くで――


 


 待て。




 日向は宿題が終わっている。

 司も、月ノ瀬も、蓮見も、渚も、会長さんも同様だ。


 

 まだ――一人。



 

 一人だけ、なにも言っていない。




「あ、あのー……」




 俺だけ居残り確定! みたいなムードになっていると――視界の端で手が挙がった。




 それは……志乃ちゃんの華奢な手だった。


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