第146話 青葉昴は自業自得である
「――そんなわけで皆の衆! 俺様のための掃除、ご苦労だった!」
「お前のためじゃないだろ」
「アンタのためじゃないわよ」
「あんたのためじゃないし自惚れ過ぎだし」
「酷い! てか最後! なんか一言増えてんじゃねぇか!」
周囲から感じる冷たい視線に大ダメージを受ける俺。特に最後の一撃があまりにも痛すぎる。
――そんなわけで。
各チーム掃除を終えて、時刻は午後一時頃。
再びリビングに集まった俺たちは、長テーブルを囲むようにしてそれぞれ立っていた。
「改めて……掃除を手伝ってくれて感謝する。本当に助かった」
会長さんが俺たちを見回して一言。
司たちの掃除は、どんな感じで進んだのだろうか。
まず月ノ瀬と蓮見は……なんとなく想像がつく。
どうせお風呂場で水でも掛け合って、百合百合しいことをしていたに違いない。
ヒロイン同士のお約束だからね。
ぐぬぬ……羨ましい。だから俺もお風呂場チームがよかったのに! 俺も美少女と水を掛け合いっこしたかった! いいなぁ……。
んで。会長さんと日向、志乃ちゃんの三人はこのリビングか。
うーむ……たしかに掃除前と比較すると、凄く綺麗になった気がする。
埃っぽさも消えて、必要のないものは物置へ運んだのか、全体的にすっきりしたような印象を感じる。
綺麗好きの志乃ちゃんがいてくれたおかげで、きっと日向もサボらずに掃除したに違いない。
日向のことだから、開始数分で『飽きた』とか言ってそうだもんね。
……というか、会長さんって掃除できんのかな。どうなんだろう。
あの人の私生活謎だからなぁ……。
そんでそんで、二階の客室は司と渚か。
この二人の絡みは想像が難しい。
学習強化合宿でも同じ班だったわけだが……どんなことを話していたのかは分からない。
二人のときなに話してんの?
ひょっとして俺の悪口で盛り上がってるとか? え、なにそれ泣きそう。
――ま、とりあえず無事に掃除の時間終了である。
「動いてお腹が空いただろう? キッチン組の椿と昴が、サンドイッチを作ってくれたぞ」
一同は会長さんに誘導されるようにテーブルへと視線を落とし、『おぉ……』と感嘆の声を上げた。
テーブルには複数のお皿が用意されており、その上にはさまざまな具材で作られたサンドイッチが用意されていた。
会長さんの言った通り、俺と星那さんが掃除を終えてから用意した軽食である。
時間的に軽食というより……昼食に近いけども。
サンドイッチのほかには、炭酸飲料やジュースといった各種飲み物類が置かれていた。
さながらちょっとしたパーティー会場だ。
「はぇー。昴先輩ってホントに料理上手ですよねー。なんでモテないんだろ」
「よっし日向! お前の分はハムの切れ端だけな!」
「う、嘘ですよ~! あたし昴先輩のことだ~いすき♡」
「あたしも♡ きゃるるん♡」
「あたしたち両想いですね♡」
俺たちは顔を見合わせ、ウインクし合う。
「はいはい、お得意の漫才はそのあたりにしなさい。放り投げるわよ」
「いやいや月ノ瀬ちゃんよ、今は夏だぜ? 別に海に放り投げられてもなぁ――?」
「そうですよ~! 流石に余裕っていうかぁ――」
「地獄に」
「「地獄に!?」」
俺と日向の見事なボイスハーモニー。
地獄に放り投げるってなに? 月ノ瀬さん、閻魔大王の手下かなにかなの?
あー……でも、うん。
どちらかと言えば天界より魔界の住人だよねコイツ。怖い怖い。
ギロっと飛んでくる鋭い視線に、俺と日向は同時に目を逸らした。
「フフ……じ、地獄に……フフフッ……!」
なんか一人めっちゃ笑ってるし。つくづく赤ちゃん沸点の持ち主だなぁ。
「ほ、ほら! せっかく青葉くんと椿さんが作ってくれたんだから早く食べよっ!」
「そ、そうですね!」
蓮見と志乃ちゃんのダブル清楚担当が場を収める。
「そうだな。それでは皆、しばし休憩時間にしよう」
「はいはーい! 椿さんと〜あとは一応昴先輩も! さっそく食べちゃっていいですか!? もうお腹ぺこぺこですよあたし!」
「はい。お召し上がりください」
「おいコラ」
「やったー! どれにしようかな〜!」
全然聞いてねぇ。
お気楽日向野郎は、どの具材のサンドイッチにしようか目を輝かせながら「う~ん」と唸っていた。
まるでお菓子の山を前にした子供のようで、もはや文句を言う気も無くなってくる。
サンドイッチ──か。
日常にありふれた食べ物ではあるが、俺にはちょっとだけ思い入れがある。
それは好物とか、そういったものではなくて……。
ガキの頃、父さんが……よく俺と母さんに作ってくれたのだ。
──『昴、花。サンドイッチでも作るけど具材のリクエストはある?』
──『オレはなんでもいい』
──『はい! 私はアレがいいです! キャビア! あとあと、サーロインステーキ!』
──『花はレタスだけでいいね。パン抜きで』
──『それもうレタスッ!!! せめてサンドして!?』
なんて、くだらないやり取りをしていたのをふと思い出した。
その印象が強かったからか……。
父さんが死んでからは、俺が代わりにサンドイッチを母さんに作ってあげたものだ。
最初のほうは何回も失敗したけど、それでも母さんは『ちょー美味しい! ありがとう息子くん!』って笑顔で食べてたっけなぁ。
少しは……父さんの味に近付けただろうか。
――といっても……今回はほぼ星那さんが作ってたし、俺はあくまで補助程度だ。
あの人の手際が良すぎて、たいしたことが出来なかった。星那さん、相当料理上手いぞ。いろいろ聞いちゃおうかな。
「おい昴、大丈夫か?」
ボーっと考えごとをしていたら、隣に立っている司に声をかけられた。
「え、なにが?」
「浮かない顔をしてたからさ。さてはホームシックか?」
「あーそうそう。ママに会えなくて超寂しいね」
「それ、花さんに言ったら大喜びして踊りだしそうだな」
「いやいやお前、流石にそれは……いくら……母さんでも……」
……。
………うん。
「ダメだ否定できねぇ」
「だろ?」
『息子くんがデレた!』とか言いだしそう。
「どれも美味しそうだね~! るいるいはどれにする?」
俺と司が話している間、女性陣はキャッキャと楽しそうに会話をしていた。
「じゃあ……わたしはこれ」
「あの、月ノ瀬先輩って料理とかされるんですか?」
「あら、いい質問ね志乃。私は――」
「し、志乃ちゃん! そこから先は知らない方がいいかも! 玲ちゃんのイメージが崩れかねないっていうか……なんていうか……」
「――晴香?」
「ごごごごめん! でもなんとなく言っておかなきゃって使命感が……!」
ナイスだ蓮見。
月ノ瀬には絶対に料理をさせちゃいけないと、俺のなかのレーダーが超反応を見せているからな。
間違いなく月ノ瀬は青葉花タイプだもの。
無自覚でとんでもない料理を作りかねない。
「昴はどれを作ったんだ? せっかくだから俺が味見してやるよ」
「なんでお前が偉そうなんだよ。ったく……別に俺っていっても――あ」
「あ……?」
ここまでの会話のせいで忘れていた。
「全部おいしそうだし、あたしはこれにしよ~っと! いただきま~す!」
ふと視線を横に向けると、日向がニコニコ顔でサンドイッチを一つ手に取っていた。
レタスやハムなどが挟まった、一見普通のサンドイッチだ。
――そう、一見は。
星那さんと一緒に料理をしているとき、ふと思ってしまった。
普通に作っても面白くないから、一つだけ『爆弾』を仕込んでやろう――って。
「あむっ。もぐもぐ……」
いや、手に取ったものがソレとは限らない。
日向は満足そうにもぐもぐと口を動かし……。
そして――
「――――」
ピシッ―――!!
と、突然表情を固まらせた。
あー……これ。引いたかもしれない。
「か――」
か。
「か――」
か。
「からああああああああああ!!!???」
その叫び声とともに、日向が高く飛び上がった。
おー、バスケ部ってやっぱすげぇな。
なかなか高く飛ぶじゃねぇか……。
「ひ、日向!? どうしたの!?」
志乃ちゃんが心配そうに駆け寄るも、日向は「か! か! からっ……!」と言葉を発しながら首をブンブン振っていた。
さて……この反応を見られただけで満足だ。そろそろ助けてやるとしよう。
俺はテーブルに置かれていたコップに水を注ぎ、日向に差し出す。
「ほらよ――日向……ふっ、大丈夫かい?」
キラキラ――!
昴くんイケメンスマイル!
……に、一切関心を持つことなく日向は俺の手からコップをぶん取り、凄い勢いで飲み干した。
「はぁはぁ……ちょ、昴先輩!」
「はぇ?」
「はぇ? じゃないんですよ! このサンドイッチめっちゃ辛かったんですけど!? すごい量のからし入ってたんですけど!?」
ものすごい剣幕でまくし立てるように日向は言った。
やはり、見事当たりという名の外れを引き当てたようだ。
当たりなのに外れとはこれいかに。哲学かな。
「日向」
俺は日向の肩にポンっと手を置いた。
ニコッと優しい笑顔を浮かべて――一言。
「俺の特製サンドイッチ……どうだった?」
「……は?」
「いやー、すごくいい反応だった! 流石は俺の見込んだ後輩だぜ! はっはっは!」
「――昴先輩、ちょっと口開けてください」
「え、口? 開けてってな――」
「ふんっ!」
「ごぼぉぉ!?」
疑問を抱く隙すら与えられず、突然俺の口の中になにかが押し込まれた。
それは――日向が手に持っていた『昴特製大量からし入りサンドイッチ』だった。
パンの柔らかさ。
レタスのシャキシャキ具合。
ほかの具材の味も。
味も――
か――
「かっ、からあああああああああああ!!!!」
情けない俺の声がリビング内に響き渡った。
あまりの辛さで涙が出てきた。
日向のように一口ではなく、丸々口の中に突っ込まれたのだ。
その辛さは……無限大なり。
一方、ほかのメンバーはというと……。
「あ、留衣。ちょっと見て欲しいものがあるのだけど、このアニメ知ってる?」
「……アニメ。え、なんだろう気になる」
「ねぇ志乃ちゃん! これ食べてみて! 美味しいよ!」
「わっ……本当ですか? じゃあいただきます!」
「沙夜先輩、サンドイッチめっちゃ美味しいですね~! 椿さんもありがとうございました!」
「うむ、喜んでもらえてなによりだ」
「恐縮です」
……。
「……昴、ドンマイ。自業自得だ」
よい子のみんな。
これが今、司お兄さんが言った『自業自得』ってやつだよ!!!
みんなもいたずらはほどほどにね。
……待てよ?
もしも日向じゃなくて、志乃ちゃんがあの特製サンドイッチを食べていたとしたら……。
俺、今頃司お兄様に──
……。
――これ以上考えるのやめよっと。
そんなある意味他愛のない、お昼のひとときでした。まる。