第18話 それは唐突に訪れる
──バスケットコートにて。
「よーしいきますよー! 日向ちゃんシュート!」
「入った……! ナイスシュートです川咲さん!」
「いえいえ! 玲先輩こそナイスパスでした! ……バスケ部入りません?」
「……いや、無理。相手強すぎるって! 勝てるわけないって!」
「うん。これはね……勝てないわ」
俺と司ペアは日向&月ノ瀬ペアにボコボコにされ。
──フットサルコートでは。
「あ、ご、ごめん朝陽くん……! 全然違うところにボール蹴っちゃった……」
「はは、正直面白かったよ。けど上手くなってるし頑張ろう?」
「う、うん……!」
「……………昴先輩、ボコボコにしてやりましょう」
「ハッハッハ。――任せな」
イチャイチャしてる司&蓮見ペアをそれはもう容赦なく一方的にボコボコにした。
あのときの俺と日向は間違いなく今までで一番息が合っていた。
──ボウリングでは。
「よっ! 青葉必殺カーブ投法!」
「いやいや、そんな変なフォームで倒せるわけ……え、ストライク……は?」
「昴さんすごい……!」
人数的に四対三に分かれ、俺は渚、そして志乃ちゃんと組んで遊んでいた。
「……わたし、ボールが重くて絶対明日筋肉痛になる」
「私もそんな気がしてます……」
比較的非力な二人組は一ゲーム目の半分に差し掛かるところで既に疲れていた。
二人が投げたボールがノロノロとピンに向かうあの光景はなかなかに微笑ましい。
途中から渚が「わたしと朝陽さんのスコアvs青葉のスコアで対決ね」とか言い出したときは焦ったが……。
そこはやはり渚。スポーツは本当によわよわである。なんか知らないけど勝ったし。
──そんな感じでさまざまなスポーツで遊んだあと。
「いっぱい遊びましたねー!」
俺たちは現在、休憩スペースで休んでいた。
丸テーブルを囲むように配置された椅子にそれぞれ座る。
「ぁ……ぁ……む……り。わたしもう動けない……」
渚はテーブルに突っ伏し、その様子は今にも消えてしまいそうなほどだった。
なんだかんだ言ってみんなに付き合ってたもんなぁ……。
本当は最初のバドミントンで体力の大半を使い果たしのだろうが、気合いで遊んでいたに違いない。
それか……アレか。ちょくちょく観戦側に回っていたからある程度は体力管理できていたのか。……できてたか?
そんな死にかけの渚を介抱にするように、隣で蓮見が付き添ってあげていた。
「ていうか玲先輩! ホントにすごすぎますって! どのスポーツでも圧倒的だったじゃないですか!」
日向は興奮気味に話しかける。
今日の待ち合わせ段階ではあんなに対抗意識を燃やしていたのに、今ではもうその面影はない。
月ノ瀬の最強っぷりに胸を打たれたようだ。
「川咲さんだってバスケ上手でしたよ? おかげで朝陽さんたちに勝てましたし」
「いや流石にバスケに関しては勝てなかったら恥ずかしいというか……なんというか……」
「先生! アレはズルいと思います! 日向と月ノ瀬のペアに勝てるわけがないと思います!」
「そうだそうだー!」
俺が抗議の声をあげると司が乗ってきた。
バスケのときはもう本当に……本当に帰ってやろうかなってくらいボコボコにされた。
俺と司だって、レベルだけで見たら素人の中では戦えるほうだと思う。
しかし、今回は相手が悪過ぎた。
バスケ一筋スポーツ少女と、最強万能少女。
俺たち男子組の心意気をグシャグシャに打ち砕いてきた。
……まぁね? 日向は分かるよ? ずっとバスケやってるし、普通にレギュラーとして活躍してたし。
だけどね?
「てかなんで月ノ瀬は日向についていけるんだよ。おかしいだろ。お前バスケ部入ってたの?」
「いえ、特定の部活動に所属していた経験はなくて……」
「それであんな上手いんですか!? どこの部活に入ってもレギュラー取れますって先輩!」
「じゃあバスケ部に入って日向と競争、ですね?」
「そ、それはぁ……ま、負けませんよ!?」
グッと握り拳の日向。
実際日向と月ノ瀬が組んだらなかなかやれるんじゃないのか……?
「でも月ノ瀬さんの場合、バスケに限らず全部ヤバかったよな」
司の言葉に一同は深々と頷く。
それくらい月ノ瀬の万能さは凄まじかった。
日向の言う通り、どの部活に入っても活躍間違いなしだろう。
むしろいったいなにが苦手なのかを聞きたいところである。
「渚と月ノ瀬が組んでちょうどいいくらいだよな」
「……うるさい」
俺がちょっかいを出すも、渚は突っ伏したまま返事をした。
煽り返す体力もないとは…これが十代の姿なのだろうか。
「私的にはその……青葉さんの運動神経に驚きました」
「あ、俺?」
「はい。話には聞いていましたが……運動得意なんですね」
いやお前ほどじゃないと思うけどな。
だけどここは普通に返事をしても面白くない。
俺はニヤリと笑う。
「まぁ? バドミントンでは一回月ノ瀬に勝ったからな? いやーまさか月ノ瀬があんなに負けず嫌いだとはなぁ。もう一回もう一回ーって」
「うんうん! なんだか可愛かったよね。あの月ノ瀬さん」
「ふふ、月ノ瀬先輩ってすごく負けず嫌いなんだなぁって私も思いました」
「み、みなさんそれは忘れてください……!」
蓮見たち微笑ましそうに笑う。
月ノ瀬はそのときのことを思い出して恥ずかしくなったのか、顔を赤くして慌てて手を左右に振った。
「その……すごく悔しくて……」
俯いてポツリと呟く。
試合中の月ノ瀬からは本気感が伝わってきたし、普段と雰囲気も違っていた。
まるでアレが本当の姿かのように活き活きとしていた。
実際は月ノ瀬がどう思っていたのかは分からないが……。
それでも、俺に対してあんな姿を見せてくれたことは素直に嬉しく感じる。
「昴とは昔からいろいろ遊んできたけどいつも負けてたなぁ」
「兄さん、負けるたびに悔しがってたよね。懐かしいなぁ」
「確かに昴先輩、中学生のとき運動会とかで目立ってましたよね」
司、志乃ちゃん、日向。
俺の中学時代を知る三人は過去を懐かしむ。
「でも無駄にカッコつけてたせいで女子からはモテなかったよな」
「うぐっ!」
事実が俺を襲う!
「あー昴先輩って黙ってればモテると思うんですけどねぇ」
「あがっ!」
後輩による容赦ない言葉が俺を襲う!
「ふ、二人とも……昴さんに失礼だよ?」
「し、志乃ちゃん……」
志乃ちゃんは癒し枠だった。
やっぱり志乃ちゃんみたいな優しい子がね、俺を馬鹿にするわけが――
「ただ、すぐふざけちゃうだけで……」
「……ア」
「あ、青葉くんが真っ白になっちゃった……!」
昇天。こんなのもう昇天だよ。
そこまで言ったら最後までフォローしてよ、志乃ちゃん。
君みたいな純粋な子の何気ない発言が一番ダメージ大きいんだよ。
「……ふっ、やっぱり青葉って中学からそんな感じだったんだ」
ようやく体力を回復した渚が上半身を起こし、ここぞとばかりに話に乗ってくる。
おうコラお前。そのちょっとズレた眼鏡ぶんどるぞ。
そのまま眼鏡屋に行ってクリーニングしてから返してやろうか? ああ? ――あ、俺優しい。
「朝陽さんや青葉さんの当時の話、いろいろ聞いてみたいです」
楽しそうに話を聞いていた月ノ瀬が言う。
「私も聞いてみたいな。日向ちゃんや志乃ちゃんとなにして遊んでたのかなぁとか」
中学時代の話ねぇ……。
それこそ俺たちが中学一年生のとき、志乃ちゃんが司の義妹になった話から始まるな……。
あのときの志乃ちゃん、最初は警戒心剝き出しで話すらしてくれなかったからな……。もちろん相応の事情はあったんだけど。
そのあたりの話は朝陽兄妹に任せよう。
俺が勝手に話していい内容ではないし。
「中学の話かぁ。あー……昴の恥ずかしエピソードならいっぱいあるなぁ」
「司くん???」
あるなぁ、じゃないんだよ。
自分でも覚えてないような話もありそうだからホントにやめてくれない?
「はいはい! それならあたしも何個かありますね! 昴先輩の恥ずかしエピソード!」
「日向ちゃん???」
日向は元気に挙手! じゃなくて。
なんでお前もエピソード持ってるんだよ。
俺そんな恥ずかしい姿お前に見せたっけ?
「わ、私はそういうのは……」
申し訳なさそうに志乃ちゃんは言う。
いやそれでいいんだよ。
志乃ちゃんまで『私昴さんの恥ずかしエピソードありますよ!』って目を輝かせて言ってきたら泣くわ。
怖いわぁ……中学組怖いわぁ……。
……いや俺ホントに中学時代なにしたの?
「そんなにエピソードあるって……青葉、あんた中学のときなにしてたの?」
「それはマジで俺が聞きたい。俺そんな変なことしてたの?」
「変っていうか……お前は普段からそんな感じだからなぁ」
そんな感じ、という司の抽象的な言葉になぜか一同は『あーなるほどー』と頷いた。
「え? なに? え? 俺そんなヤバいヤツだったっけ? 見ての通りただのイケメンでは?」
「あ、これですこれ。こういうの。先輩たち理解できました?」
適当なことを言ってイケメンスマイルを向けると、即座に日向が俺を指さした。
「あはは……はは……」
「蓮見、無理して笑うならなにも言うな。黙っててくれ」
「……ただのイケメン(笑)」
「渚、お前は一番黙ってろ。ずっと突っ伏しててくれ」
俺の印象が! 印象が!
――っていうほど俺そんな真面目キャラじゃなかったわ。
ガックリと項垂れる。
今度司に詳しく聞いてみようかな……俺の恥ずかしエピソード。
なにも聞かずに急に暴露されたら、恥ずかしくてワンチャン不登校になっちゃうよあたし。
「ふふ……本当にみなさんは楽しい方たちですね」
月ノ瀬は笑う。
今日はいろいろな月ノ瀬を見ることができた。
圧倒的美人力で周囲の視線を集めた月ノ瀬。
バドミントン勝負中のあの真剣な雰囲気。
そして……ムスっとして再試合を要求してきた負けず嫌いな一面。
――これでまた、少しは月ノ瀬のことを理解できたのだろうか。
月ノ瀬もまた、俺たちのことを少しは好きになってくれたのだろうか。
何気ない会話で盛り上がり、みんなで笑う。
そんな時間に心地良さを感じて俺も笑みをこぼした。
しかし。
「――あれ? もしかしてアンタ玲?」
「うっそマジ? え、ホントに月ノ瀬じゃん」
――それは唐突に訪れた。
突然聞こえてきた二人組の女子の声。
玲……そして月ノ瀬。
誰に対して声をかけているのか考えるまでもなかった。
司たちは首をかしげて声の主たちに顔を向ける。
そして俺は見逃さなかった。
「っ」
彼女たちの声を聞いた瞬間、月ノ瀬が顔をしかめていたのを。