表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/475

第145話 星那椿は見事な変化っぷりを見せる

「そして私はようやく理解できました。私の――存在する意味を。私という……意味を」


 星那椿は星那沙夜と出会い――そして救われた。


 だからこの人は、会長さんを主人のように敬っているのか。


 それにしても……。


 怪異のように恐れられていた人間に平然と手を差し伸べるなんて……。


 星那さんに価値を感じて利用するためなのか。


 その境遇に同情したのか。

 

 それともほかに……感じるものがあったのか。


 なんにせよ、幼い子供が簡単にやってのける行動とは思えない。


 どうして会長さんはそこまで……。


「ふふふ……」


 他者から見れば歪んで見えるようなソレも……きっと星那椿という存在にとっては、生きる意味そのものなのだろう。


 意味を与えてくれた。

 意義を与えてくれた。


 散らばっていた『星那椿』を拾い上げてくれた。


 恐ろしいと言われるかもしれない。

 不可解だと言われるかもしれない。


 だけど俺には……なんとなく。


 本当になんとなく……理解できてしまったのだ。


 『光』を見出す――その感覚を。


 無表情ながらも嬉しそうに笑う星那さんは、少し経ったあと「……失礼しました」と口を閉じた。


「少々話し過ぎましたね。私の話は以上になります」


 会釈して、話を切り上げる。


「なんで……そこまで話してくれたんですか」

「先ほど申し上げた通りです。私への理解が、沙夜様への理解に繋がることを願ったまで…です」

「理解……ね」


 意味を見失った者。

 それに手を差し伸べた者。


 彷徨う者。

 それらを導く者。


 まるでどこかの誰かのようで――他人事とは思えなかった。


 現実味の無い話だと――言い切れなかった。


「じゃあアレですか? 母さんじゃなくて、別の人の模倣もできるってことですよね?」

「ええ。それが特技であり……仕事の一つでございますから」


 仕事の一つ。


 いったいどのような形で活かされているのかは……考えない方がいいのかもしれない。


 だって怖いもん。怖いじゃん!


「それこそ――」


 そう言うと、星那さんは目を閉じた。


 一秒。

 二秒。


 そして――次に目を開けたとき。


 『彼女』の雰囲気が――ガラッと変わっていた。


「フフ、どうした? 幽霊でも見たような顔をして」 


 右手を腰に当て、背筋をピシっと伸ばして。


 歪んだ金の輝きを瞳に宿して。


 表情には自信が満ちていて。


 知的で穏やかながらも、どこかミステリアスに包まれたその姿は――


 まさに『星那沙夜』そのものだった。


「いやあの……擬態レベル高すぎません?」

「そんなに褒められても……床枕くらいしか出せないぞ?」

「それは枕って言わねぇ!」

「フフ、冗談だ。段ボールくらいは用意しよう」

「床には変わりない!」


 ただ口調だけを真似ているわけではない。

 

 その程度は誰にだってできるのだから。


 身に纏う雰囲気。

 

 声音。


 表情。


 目の動き。


 仕草。


 呼吸の仕方。


 そのすべてが――俺の知っている会長さんなのだ。


 あの人が鏡から抜け出してきたかのような光景に、俺はただ呆れることしかできなかった。


 元々この人たちは顔も似ている。


 身長やスタイルも近い。

 

 だから尚更……会長さんらしさが凄まじかった。


 髪を切った星那沙夜――と言われれば、そのまま信じかねないほどに。


 それこそ、会長さんのふりをしてなにかに参加したり、代わりに対応したりしても……バレないんじゃないか?


 混乱しそうになる感情を抑えて、俺は一度床に視線を落とす。


 小さく息を吐いて……気持ちを落ち着かせた。


 再び顔を上げると。


「おろ? お兄さんお兄さん! 疲れた顔してますね! なにか嫌なことでもあったんですかー?」


 ――『別の人物』が、そこに立っていた。


 楽しそうにニコニコと笑い、お気楽オーラを漂わせ……首をかしげている。


 重なる……母親の姿。


「うわー……」

「ちょっとちょっと! なんか引いてません!? お姉さんショック!」


 声も違うし、顔も違うけど……。

 

 やっぱり似てんだよなぁ……。


 見事なまでの変化っぷりに、俺はガシガシと頭を掻いた。


 真剣に付き合っていたら頭おかしくなるぞこれ。


「どの程度の人間まで、そんな完成度で模倣できるんですか?」

「んー、もちろんそれなりに理解はしないとダメですね~! 人柄とか! 好きな食べ物とか! あとあと、趣味とか! そういったものを理解すればするほど近づけられますっ!」

「はぇー……じゃあ一日二日話したくらいじゃ……難しい?」

「いや? できないことはないですよ?」

「マジかよやば……」

「ふっふっふ、お兄さんに褒められちゃったぜ~!」

 

 俺が話している相手はずっと同じ人間なのに、一人一人別人と話しているかのような感覚だ。


 ここまで来ると……一周回って楽しくなってくる。


「演劇とかめっちゃ向いてそうですけどね、星那さん。超一流の役者になれそう」

「……演劇ですか。経験はありませんね」

「ちょっと急に素に戻るのやめてください。温度差で風邪引きます」


 気が付けば、星那さんはすっかり無表情に戻り、瞳に宿っていた光も消えていた。


 温度差えぐいてぇ……。


「失礼しました。これ以上は不要だと判断させていただきました」


 本当にすげぇ能力だ……。

 

 会長さんも感覚でなんでもこなす天才タイプだし、ひょっとして星那家ってそういう人間の集まり……?


 星那さんがたまたま尖り過ぎた能力を持っていただけであって、みんなやべえ能力持ってるとかある?


 ――あれ、俺現実の話してるよね?


 急に異能力もののラノベみたいな話になってきたんだけど?


 だって、ほら……この人たちが手から炎とか出し始めても驚かない自信あるぞ俺。


 あ、まぁ……この人だしね。みたいな。


 そんな感じで受け入れちゃうかもしれない。


「……私を恐ろしく思うのは想定の範囲内でございます。そういった感情を向けられるのは慣れておりますから」


 慣れている。


 平然とそう言ってしまえるほど、周囲からそのような目を向けられていたのだろう。


 それが星那さんにとって当たり前だったのだから。


「や、まぁ……怖いっすよ。なに考えてるのか分からないですもん」


 星那さんの表情に変化はない。


 ただ俺の話を黙って聞いていた。


「でも、それ以上に面白いって思いました」

「面白い……?」

「だってほら、怪盗みたいじゃないですか? 時には美術館の館員として、時には捜査員の一人として……様々な仮面を使いこなす! みたいな」


 この人は自分の能力を特技と言っていたし、現に仕事としても活用しているのだ。


 それはもう星那椿にとって一種の武器であり、一つの個性なのだろう。


 『自分』の形なんて人それぞれだ。


 俺は俺。


 アイツはアイツ。


 自分とはいったいなんなんだ? ――という質問に、パーフェクトな回答ができる人間なんていないと思う。


 だとすれば……。


 星那椿という人間の姿もまた。


 立派な『自分』だって言えるのでは?


 ――知らんけど。うん。


 とはいえ結局のところ、怖いことに違いはない。


 今こうしている瞬間も、俺はこの人を警戒している。


 迂闊なことを言えば……そのまま引きずり込まれていきそうだから。


 それでも、そういった細かい部分を抜きにして……ただ星那椿という一人の人間に注目したとき。


 面白い人だな、と思った。


 それ以上の興味関心は全然ないけど。


 俺はこの人たちのやろうとしていることが気掛かりであって、個人に興味はない。


 どんな辛い道を歩んでいようが。

 強い信念があろうが。


 俺の障害にならなければどうでもいい……と言いたいが、きっとそう上手くはいかないんだろうなぁ……。


 ――でもマジで怖いけどね。怖い怖い。もっかい言っとくわ。


「……なるほど。昴様らしい答えですね」


 ……ん?


 気のせいかもしれないが、星那さんの雰囲気が……僅かに柔らかくなった気がした。


 気がしただけで、ぱっと見まったく変わってないけど。


 うーむ……やっぱり気のせいかもしれない。


「では私は怪盗として、昴様のハートというお宝を狙えばいいと」

「おぉ! 予告状(ラブレター)をお待ちしております!!!」

「……申し訳ございません。流石に未成年の方は恋愛対象として……ちょっと」

「なんでまたフラれた? そっちから振ってきたのに?」


 星那さんの無表情ジョーク分かりづれぇ……。


「フラれた、と振った……を掛けたわけですね。これが昴様の仰る崇高なギャグ…で、ございますか。非常に勉強になります」

「恥ずかしいからやめてくださる!?」


 ここから逃げ出したくなってきたんだが?


 別にそんなつもりなかったのにギャグっぽくなって……しかもそれを淡々と解説されるってなに? 一種の公開処刑かな?


 この人、意外と冗談言うんだよな……。


 冗談なのか本当なのかの判断があまりにも高難易度過ぎるけど。

 

「……。面白い……ですか」


 ポツリと呟き、星那さんは視線を落とす。


「あの方と同じことを……」


 同じこと……?


 怪訝に思い、眉をひそめるも……それ以上星那さんは深く語ることはなかった。


 同じってどういう意味だ……?


「昴様」

「あ、はい」


 急に名前を呼ばれたことで、思わず背筋が伸びる。


「貴方様は……()のようになるべきではありません」

「え……?」

「貴方様の心の奥底で……揺らいでいる小さな炎。自己という名の……微かな灯」


 星那さんは俺の胸元に視線を向けた。


 炎。灯。


 いきなりなんの話をしだしたんだ……?


「それを決して……消さぬように」

「あの、なにを言ってるのか分からないっていうか……え……? なんなんですか……? それに星那さんのようにって……」

「まだ引き返せます。貴方様を照らす()を……見失ってはなりません」

「いやあの、星那さん?」

「以上、年長者からの助言でございました。では作業に戻りましょう」

 

 一方的に話し終えると、星那さんは俺に背を向けた。


 私のように?


 消さぬように?


 見失ってはならない?


 ったく……なんなんだよ。なにが言いたいんだよ。


 中身が見えない言葉の羅列に、舌打ちしそうになるが……寸でのところで堪える。


 なぜ星那さんが俺に自分のことを話したのか。


 なぜ最後に助言を残したのか。


 俺にはなに一つ――分からなかった。






 多分、俺は。


 分かろうとすら――していなかったんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ