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第144話 星那椿はただ淡々と告げる

「もとより、私のなかに『私』という明確な人間は……存在しないのです」

「存在しない……?」


 意味が理解できなかった。


 じゃあ、俺が今話している相手は……いったい誰なんだ?


「昴様、あなたは自身のために私を知ろうとしていますね?」

「……お見通しですか」

「もちろんでございます。貴方様の人柄は……ある程度理解していますので」

「おーおー、怖い怖い。理解されるほど関わったわけじゃねぇのに」


 『ある程度』はどこまでを指しているのだろう。


 会長さんといい、この人いい……どこまで俺たちの事情を把握しているのだろう。


 ――厄介だよ。ホントにな。


 どうして司だけではなく、『俺』のことまで知ってんのかは……分からねぇけども。


「……」


 星那さんはなにかを考えるように、顎に手を添える。


 俯いて数秒程度ほど間を空け、再び俺を見つめた。


「そうですね。昴様には日頃、沙夜様がお世話になっていることですし……」

「……え、なってます?」

「なっていますよ。貴方様が()()()()()()()()()()()で十分に」

「そこに存在……?」


 あー、クソ……!


 話せば話すほど頭がぐるぐるしてくるこの感じ……やっぱり好きじゃない。


 俺が存在していることと、会長さんが世話になっていることに……なんの繋がりがあるんだよ。


 よく言う中身のない『お世話になっておりますー』的な意味じゃないのか?


「ではご要望通り……『星那椿』について、一つお話しましょう」


 スラっと伸びた人差し指を立てて、星那さんは言った。


「私の話を通して、沙夜様への理解が深まるのなら……本望でございます」


 星那椿を知ることは、星那沙夜を知ることに繋がる。


 それほどまでに……この二人は深い関係性なのだろう。


「つまらない話ですが……お聞きになりますか?」


 星那椿についての話。


 俺はノータイムで「そりゃあ、ぜひ」と頷いた。

 

 あの人がなにを考えているのか分からない以上、情報はあって困らない。


 例え『この時間』さえ、星那沙夜が用意したものだとしても――


 俺はただ、俺の目的のためになんでも利用するまでだ。


「俺自身、星那さんのことが気になって気になって仕方ないですからね」

「申し訳ございません。流石に未成年の方は恋愛対象として……ちょっと」

「なんで急に俺フラれた? ホントに申し訳なさそうに目を伏せるのやめてくれません?」


 あービックリしたぁ。


 そもそもの話、この人に恋愛感情とかあるのか?


 いやめっちゃ失礼だけど……そういう類は興味無さそうに見えるからさ。


 恋愛とかそういうのより、会長さんのほうが大事……みたいな。そんな印象だ。


 星那さんはコホンと小さく咳払いをして「では……」と話を始めた。


「『自身を磨き、確固たる自己を得よ』……私の父がよく言っていた言葉です」

「はぇー……自己啓発みたいなアレっすね」

「要するに、どんな状況でも自分自身を強く持て。自分という唯一無二の存在を鍛え上げ、それを崩さぬように磨き続けなさい――というわけでございます」


 うわー……なんかそれっぽい。


 でも、言っていることは……まぁ分かる。


 自分という唯一無二の存在……か。


「私には兄と姉がいます。どちらも非常に優秀で……彼ら()どちらも揺るぎない『自己』を持っています」

「その言い方だと……まるで星那さんにはその『自己』とやらが無いように聞こえますが……」

「無いように、ではなく――無いのです」


 ――『もとより、私のなかに『私』という明確な人間は……存在しないのです』

 

 話はここに繋がるのか。


 自己が……無い。


 俺は口を挟まずに話の続きを待った。


「星那の人間として恥じないよう、幼き頃より厳しく育てられました。兄や姉と比較され続け……常に競争を強いられてきたわけです」


 会長や、社長。


 星那家にはきっと、人の上に立つ人材が揃っているのだろう。


 その分……教育も相応に厳しいというわけで……。


 競争を強いられ、常に最良を求め続けられる生活……。


 俺のような人間には……想像もできない世界だ。


 今でこそ、自由気ままに見える会長さんも……幼い頃はそのような環境に身を置いていたのかもしれない。


「そのなかで……三兄妹の末っ子、星那椿。彼女は本当に……欠けている人間でした」


 星那さんは他人事のようにさらっと告げる。


 欠けている人間。


 それが表すものは――


「彼女は『自分』というものが分からなかったのです」

「分からない……?」

「はい。なぜ自分は生きているのか、なぜ自分はこんな競争をしているのか、なぜ自分は星那なのか、私とは……いったいなんなのか」

 

 厳しい生活のなかで擦れたのか、あるいは最初からそうだったのかは……俺には分からない。


「父や兄姉もさぞ不気味に思ったことでしょう。表情一つ変えることなく話し、笑わず、怒らず、泣かず……ただ言われたことだけを淡々とこなす人形のような妹を」

「人形のような……」

「会社関係のパーティーに出席しても、愛想一つ振りまけないので……よく叱られたものです」


 パーティーって……やっぱりそういうのあるんだ……。


 ドラマとかでよく見る金持ち同士のアレって、本当に存在するんだ……。


 とりあえずそっちが気になっちゃったよ。

 

 たしかに、無表情で外部の人間と交流するというのは……心象は悪いだろうなぁ。

 社会人じゃないから詳しい部分は知らんけど。


 ――『困ったらとりあえずニコニコして適当に相槌! それで大抵なんとかなるよ息子くん!』


 って母さんも言ってたし。


 やっぱり愛想って大事なんだね。俺ももっとニコニコしよ。


 っと危ない。また変なこと考えちゃった。


「周囲から『どうして椿は()()なんだ』と何度も言われましたが……」


 なにを言っても笑わない、怒らない、泣かない。


 表情一つ変えることなく、言われたことだけを従順にこなす子供……か。


 こう言っちゃ悪いが――想像するだけで恐ろしい。


 兄、姉――そして星那さん。


 違いは……どこで生まれてしまったのだろうか。

 

「当然、私にも分かりません。分かるはずありません」

「……嘘でも。嘘でも笑おうとしたことはないんですか?」

「ありますよ。しかし……無理でした。当時の私は、笑い方すら分からなかったのです」


 だけど、今の星那さんは『笑い方』を知っている。


 あの『お姉さん』こそ……最たる例じゃないか。


「ある日、私は思いました。『自分』が分からないのであれば……『他者』の真似をすればいいのではないか、と」

「……なる、ほど」


 真似――


 それがきっと、この人の始まり。


「まず身近な存在である姉の真似をしました。すると意外にも才能があったのか……私は完璧に姉に『成る』ことができたのです」


 自己が無理なら他者になればいい。


 笑い方も。

 怒り方も。

 泣き方も。


 他者の真似――つまり『模倣』すれば、自分も彼らに近付ける。


 彼らのように――


 いや。


 彼らに成ることができる。


 そうしてこの人は……()()()()()()のか。


「姉、母、その他関係者……私は様々な方を『模倣』して、他者と接しました。時には朗らかに、時には厳格に、時には冷静に」

「すげぇ才能ですこと……」

「その結果――」

「……恐れられた」


 パッと思い浮かんだ言葉を口にすると、星那さんは静かに頷いた。


「ご明察でございます」


 そりゃまぁ……。そうなる、よな。


「彼らが望んだように振る舞ったはずなのに……まるで怪異を見るかのような目を向けられました。血の繋がった家族からも」


 そう話す星那さんの表情は……依然として変わらない。


 ただ淡々と、星那椿という一人の人間について話しているだけだ。


 怪異を見るような目……か。


 悲しい話にも思えるが……正直、気持ちは分からないでもない。

 

 人形のようだった娘が、ある日突然ニコニコしだしたらどう思うだろうか?


 姉のように。

 母のように。

 知人のように。


 彼ら、彼女らの生き写しのように……振る舞い始めたらどう思うだろうか。


 ――怖い。


 そう思ってしまうのも……自然だと言える。

 

「自身を磨き、確固たる自己を得よ」


 最初に話していた、星那さんの父の言葉。


「さて。磨く自身もなく、確固たる自己もない存在は――どうなると思いますか?」

「……」

「昴様ならすぐに想像がつくでしょう」


 考えなくても分かる。


 理念に沿わない存在。

 怪異のような存在。


 そんな存在を――傍に置いておく理由がない。


 『星那椿』は……孤立してしまったのだろう。


 ……否、孤立なんて言葉は生ぬるい。


 居場所を――失ってしまったのだろう。


 星那さんが車内で口にしていた『一応』という言葉の意味が……分かったような気がする。


 恐らくこの人は、()()を……押されている。


「……」


 これは……想像以上にすげぇ道を歩んでいやがる……。


 あの完璧なまでの『模倣』は、そういった経験から来ているのか。




 己がない少女が、己を求めた末に手に入れたもの。



 己に成れない少女は、他者に成ろうした。


  

 周囲が求める自分になるために、周囲そのものになることを選んだ。


 

 その気持ちは決して歪んだものではなく……純粋な想いだったはずなのだ。


 正解とか、不正解とか。


 そんな簡単に判断を下せる話じゃない。


「――そんなときに、私はあの方と出会ったのです」


 星那さんの声音が……ほんの僅かに明るさを帯びる。


 微動だにしなかった瞳が……ほんの僅かに揺れた。


「私よりずっと年下で、私よりずっと子供で、私よりずっと小さな身体で、小さな手を……伸ばして」


 それがきっと――彼女たちを繋ぐきっかけ。


「私に……微笑みかけてくださったのです。言葉をかけてくださったのです」


 それがきっと――現在の星那椿を形成しているもの。


「私はあの日――初めて闇夜に輝く一筋の沙夜様()を見ました」


 そして彼女は――彼女と出会った。


「ふふふ……ふふふふ……」

 

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