第142話 川咲日向はちょっと聞きたい
「次にお風呂場を……玲、晴香。二人に任せてもいいか?」
「ええ、分かりました」
「私も了解です!」
え。
「あ、じゃあついでに俺もそこに加えてもらって――」
「アンタは黙ってなさい」
「青葉くんなにか言った?」
「なんでもないよ?」
ダブルヒロインの鋭すぎる眼差しに、思わず悪寒が走る。
あー怖かった。
月ノ瀬はいつも通り怖いし、蓮見はニコニコしながら圧かけてきたし。
いいじゃんいいじゃん!
なんか水掛け合いながらお風呂掃除したいじゃんもおぉぉぉ!!
「……キモ」
「おい」
「……?」
「無言で首をかしげるなバッチリ聞こえてんぞ」
ボソッと失礼なことを言い放った渚にツッコミを入れるも、首をかしげるだけでスルーされる。
やばいやばい……。このままだと俺がただお風呂を覗きたいだけの変態みたくなっちゃう。
……あ、別に間違ってなかったわ。てへ。
「では次に……椿」
「はい」
「キミは昴と一緒にキッチンの掃除を頼む」
――んぇ?
しれっと名前が挙がったことで、俺は自分を指さす。
「え、あ、俺も?」
「そうだ。キッチンの掃除が完了次第、皆の軽食の準備に取り掛かって欲しい。そうなると二人が適任だろう?」
「お任せを」
「あー……まぁそれなら……」
掃除で身体を動かすだろうし、そりゃ腹減るか。昼時の時間だしな。
この中で料理周りを任せるとなると……俺になっちゃうかぁ。そうかぁ。
そんでもって――
「昴様、よろしくお願いいたします」
「うっす。こちらこそっす! 張りきっちゃうぞ~!」
この人と一緒か……。
俺に向かって会釈をしてきた椿さんに、ニッと笑って返す。
でも……ちょうどいいかもしれない。
――この人には、聞きたいこともあるからな。
……てか、待ってください。
キッチンだよね? 俺が想像するキッチンってこう……小さいイメージなんだけど……。
わざわざ二人も掃除要員が必要なレベルってこと?
「星那さん、昴になにかされたらすぐに言ってくださいな」
「なんもしねぇわ!」
「肝に銘じておきます。ご忠告ありがとうございます、司様」
「銘じなくていい!」
さっきからツッコミばかりしているせいか、掃除を始める前から疲れてきた。
「で……最後に、司」
「はーい」
「そして、留衣」
「ぁ、はい」
残ったのは司と、渚。
それぞれ適任を考えた結果なのか。
それとも――あえて残したのか。
いずれにしても……会長さんが振り分けている以上、言葉にしていないなにか特別な意味はあるのかもしれない。
断定はできないけども。
「キミたちは二階の個室を頼む。部屋の数はそれなりにあるから……やり方は任せよう」
「分かりました」
「同じくです」
個室ってどんな感じなんだろうなぁ……。
まだ寝る場所を見ていないから、そこは気になる。
「よろしくね、渚さん」
司は気さくな笑みを浮かべて、渚へ声をかけた。
「ん、よろしく朝陽君」
渚の雰囲気も柔らかい。
コイツ……俺以外にはツンツンしないんだよな……。
口を開けたらキモいだの、うるさいだの……俺にはそんなんばっかりだぜ?
「司、お前実質一人みたいなもんだな。るいるいは体力ゼロだから一瞬でダウンするぜ?」
「あ、あー……たしかに……?」
「――二人とも。なにか言った?」
「「いえなにも」」
こわ。
「これで異論はないな? では時間は有限、さっそく取り掛かるとしよう。掃除道具の場所は……椿、教えてあげてくれ」
「はい。では皆様、こちらへどうぞ」
椿さんに付いて行くように俺たちは歩き出す。
――そんなわけで。
お掃除タイムの始まり始まり。
「……あれ?」
足を止める。
「昴さん? どうかしました?」
「……ううん。なんでもないよ。掃除頑張ろっか! 志乃ちゃん、怪我しないように気を付けてねん」
「ありがとうございます。昴さんも頑張ってください!」
「おうよ!」
……。
――『そうだ。キッチンの掃除が完了次第、皆の軽食の準備に取り掛かって欲しい。そうなると二人が適任だろう?』
俺が家で料理をするってことを……会長さんに話したことがあったっけ――?
……まぁ、母さんから聞いている可能性もあるな。
あの人のことだから、そのあたりのことベラベラ話してそう。
――さてと。
「……おい日向」
ルンルンとスキップしながら進む日向を、俺は小声で引き留める。
「え、あたし? どうしたんですか昴先輩」
「ちょっとこっち来い」
ここだと話の内容が聞かれてしまうため、俺は日向の背中を押すようにして司たちから離れた。
「うえぇっ……ちょ、先輩……!? いくらあたしが大好きだからって大胆に……!」
「うるせぇ沈めんぞ」
「どこに……!? え、あたし今ピンチ……!?」
まったく……いちいち反応がうるさいやつだなぁ。
今からコイツに話すの心配になってきたぞ……。
「ちょっと俺の話聞け。あとでお菓子やるから」
「お菓子……! あたし聞きます!」
よしよし。おバカでよかった。
俺は念のために周囲を確認したあと、コソコソと日向に話し始める。
「お前、掃除のとき会長さんと志乃ちゃんの様子を見ておいたほうがいいかもな」
「……え? なんでですかー?」
あー……。
会長さんが怪しいから……なんて言えるわけないし、ここは適当に誤魔化しておくとしよう。
コイツのことだからきっと信じてくれるだろうし。
「だってお前、司の妹だってことをいいことに……会長さんが好感度稼ぎをするかもしれないだろ?」
「好感度稼ぎ……?」
「ああ。それこそ司の好みとか聞いて遠回しにアピールしたりとか……」
「……!!」
「志乃ちゃんの評価を上げることで、相対的に司の好感度を上げることができるわけだぜ?」
「そうたい……? と、とにかくヤバいってことだけは分かりました……!」
よーしよしよし。
俺の言いたいことが伝わったのか、日向も焦った様子でコソコソと返事をしてきた。
俺はダメ押しのため、神妙な顔つきで最後の一言を告げる。
「もしそれで、会長さんに司を取られることになったら……なぁ?」
「はわわわわ……! あぁ、あたしバッチリ見てます……! 沙夜先輩の好きなようにはさせません……!」
「ま、念には念をってやつだな。ほんじゃ、お掃除といこうぜ」
俺一人では限界がある。使えるものは使わせてもらおう。
もしなにか厄介なことがあれば流石の日向でも俺か司に報告してくれるだろう。
なにかあるから見ておけ――ではなく。
なにかあるかもしれないから見ておいたほうがいいかも……?
といった感じに言ったほうが、日向はより危機感を覚えてくれる。
ひとまずはこれで問題ない……と思う。うん。
俺は気合を入れるように日向の背中をポンっと叩いて、椿さんたちの後を追うために歩き出した。
「あ、昴先輩。ちょ、ちょっといいですか?」
おぉっと?
「なんだよ? 俺がイケメンなのは何回も言わなくても分かってるっての」
半身で振り向き、用件を尋ねる。
「それはどうでもいいですし何回も言った記憶ないです」
「あ、はい」
……やっぱり、日向の口撃力も上がっている気がするんだが?
間違いなく、あの鬼様の影響を受けているな。
ぐぬぬ……志乃ちゃんにまで伝染したらどうするんだ!
ただでさえあの子怖いのに! 毒舌属性まで取得しちゃったらもうあたしお手上げ侍なり。
――おっと、脱線脱線。
日向は再び俺との距離を近付けてくる。
「ここだけの話、先輩って……どんな女の子がタイプなんですか……?」
「は?」
「え、あ、深い意味はないですよ……!? た、ただちょーっと気になって……!」
まるでなにかを誤魔化すように、日向は大げさに手をブンブンと振った。
俺の好きなタイプ……?
なんで今になってそんなことを聞いてくるんだ?
日向がそれを知ったところでなんの意味が……。
「まさかお前、俺のこと好きなの?」
「いやなに急に変なこと言ってるんですか大丈夫ですか?」
「ですよねー……」
分かってたけど!
……まぁ、ここであまり気にしても仕方ない。
好きなタイプ……ね。
改めて聞かれると……そうだな。
――考えたこともなかったな。
「えー、巨乳美人お姉さんとか?」
「うわ」
「素で引くのやめろ」
考えるのも面倒くさいため、ひとまず適当に答えると……日向が全力で引いていた。
「はぁ……先輩はこれだから……」
「おい失礼だぞ。……というか、なんで聞いてきたんだよ?」
「そ、それは……秘密ですっ♡」
「………………あぶねぇ。手出るところだった」
「怖いんですけど!?」
明らかに話を逸らされたな。これはなにかあるな……?
日向がああいう恋愛トークが好きなことは知っているが、だとしてもタイミングがよく分からなかったし。
問題はそのなにか……だが。
うーむ……。
「……いいや。おら、掃除行くぞ日向野郎」
「日向野郎!?」
俺が歩き出すと、日向も付いて来るように一歩踏み出した。
「……あれ。巨乳で美人なお姉さん……? それって……」
後ろで日向がブツブツとなにかを呟いていた。
「なに言ってんだ?」
「あ、べ、別に!」
「そうか……?」
そうして、俺たちは椿さんを追いかけたのだった。