第141話 別荘に到着し、一同は掃除の準備に取り掛かる
その後、高速道路から一般道に移り……車をさらに走らせて──時刻は午前十一時頃。
車窓から海が見えたときはそれぞれテンションが上がり、ワクワクした気持ちを抱えていただろう。
木漏れ日が綺麗に映る林の中を走り──約三十分後。
「到着でございます」
お――!
到着を知らせる声とともに、車が停まる。
意気揚々と車から降りると、晴天の空で輝く太陽様の熱を肌で感じた。
俺は大きく伸びをして、澄んだ空気を肺に取り込む。
空気うめぇ……!
「おっし! そんでそんで? 会長様の別荘というのは……」
「後ろです、昴様」
はぇ、後ろ?
どれどれ……星那家の別荘とやらを見てやりますか!
さぞかしご立派なおうちなんでしょう!
椿さんに促され、俺は伸びの姿勢のまま後ろを振り向く。
すると、一件の建物が視界いっぱいに広がった。
それと同時に俺は……いや、俺たちは言葉を失った。
「こ、これが星那先輩の別荘……?」
絞り出したような司の言葉に、俺はハッと現実に帰還する。
あぶねぇあぶねぇ……。
あまりにも別世界過ぎる光景を前にして、異世界転生しかけていた。
別荘と言うものだから、シンプルな建物を想像していたのだが……。
小規模な二階建てーとか、ちょこちょこっと客間があってーとか、いっても一般的な一軒家と変わらないくらいだろうなー……とか。
――予想が甘かった。甘すぎた。
この人たちは社長令嬢なのだ。
俺の眼前にそびえ立つご立派な別荘は。
それはもう……。
アニメや漫画、ドラマでよく見るお金持ち特有のご立派な『お屋敷』そのものだった――
× × ×
広い敷地内に建てられた、横長の白いお屋敷。
解放感を感じるテラス。
緑溢れる庭。
風に乗って漂う潮の香り。
普段であればまったく縁のない場所に――俺たちは訪れた。
まず始めに通された場所はリビングで。
「改めて……ようこそ、ここが星那家の別荘の一つだ。キミたちを歓迎しよう」
呆然と立ち尽くす俺たちに、会長さんは穏やかな声でそう言った。
外観も外観なら……中も相応にオシャレで豪華だった。
九人なんて余裕で寛げるスペース。
壁には大きな窓が複数取りつけられており、暖かな日差しが気持ちいい。
今は夏だから使用しないだろうが、薪ストーブまであるなんて……。
絶賛戸惑い中と言わんばかりに、俺たちはキョロキョロと室内を見回していた。
本当に別世界に来たかのようで……なんだか落ち着かない。
「れ、玲先輩……ここって日本ですか? 現実ですか?」
「え、えぇ……そのはずよ。私が間違っていなければだけれど……」
コソコソと話をしている月ノ瀬たちに同感である。
日向! 今だけはお前に同意してやるぜ!
「べ、別荘なんだよねここ……私の家よりも大きいよ……」
「分かる晴香。わたしも同じこと思ってた」
超分かる。
俺の家なんてアパートの一室だから尚更そう感じる。
誇張抜きで何十倍も広いし、リビングだけで俺の部屋いくつ分なのだろうか。
いやはや……。
これが金持ちか……すげぇな……。
「は、はぁー……す、すごいね兄さん……こんなところ初めて来たよ……」
「ホントにすごいな……」
「なぁなぁ朝陽兄妹、俺の顔とどっちが凄い?」
「「ここ」」
「息ぴったり!」
さすがお屋敷様には勝てなかったよ……ぐすん。
とまぁ……こんな具合で。
別荘なのにもかかわらず、自分の家より遥かに大きいおうちにやってきて……各々驚愕と戦慄と困惑状態だった。
「む? どうしたキミたち? なにか気に入らないところでもあったのか?」
「いや違うっす会長さん。気に入る気に入らない以前に、現実なのかをみんな疑ってるっす」
「現実……? どういうことだ……? 椿は分かるか?」
「いえ」
この箱入り娘どもめ……!
「ひとまず荷物は適当な場所に置いてくれ。当初の予定通り、まずは掃除から始めようと思う。見ての通り汚れが目立つからな」
あ、そうだった。
今日って掃除を手伝う代わりに別荘に招待されたんだった。
室内は一見綺麗そうに見えるが……たしかに会長さんの言う通り、ところどころホコリが溜まっていたり、不要そうな物が置いてあったりしていた。
この広さの家の掃除となると……そりゃ会長さんと星那さんだけじゃ大変そうだろう。
俺たちを呼んだのは正解かもしれないな。
俺自身、掃除自体は普段からやっているからあまり苦ではない。
なにせ……ね。ほら。
――『大丈夫だって息子くん! まだ足の踏み場あるからオッケー! グッ!』
いやグッじゃねぇんだわ。
はい。お察しの通り、母さんが部屋を散らかすから掃除も俺の役目なのである。
料理もそうだが、勝手にいろいろなスキルが身に付いているなぁ……。
あたし嫁入りできるのでは!?
「まず大まかに説明すると、一階にはリビングやキッチン、風呂場、物置などがある。二階には個室がいくつかあるから後ほど好きな部屋を使ってくれ」
ふむふむ。
お風呂場ちょっと気になるな。
むっちゃ広そう。泳げそう。
あれ……? ちょっとまってお風呂?
あれこれ……いける?
ラブコメ定番のアレ……いける?
ここには美少女揃いだし……ふへへ。ふへへへ。
「――昴さん? 今絶対変なこと考えてますよね?」
「べべべべ別に!? なにも!?」
隣からジトーっとこちらを見る視線を感じたため、俺はとっさに顔を背けた。
なにこの子エスパーなの? 志乃ちゃんレーダーでも働いてるの?
あー怖い怖い。
「全員で同じ場所を掃除しても仕方がないからな。ここは分担するとしよう」
「はい。それがよいかと思われます。当然、私も働かせていただきます」
分担、分担か……。
そのほうが早く終わるし、間違ってはないな。
「うへー……掃除大変そうだな~」
「なに言ってるのよ日向。勉強よりはマシでしょ?」
「もちろんじゃないですかー! ……なんかそう考えたら掃除が楽しみになってきましたあたし!」
バカじゃん。思い込みバカじゃん。
口に出そうになったが寸でのところで抑える。
それにしても、やっぱり月ノ瀬と日向って結構いいコンビな気がする。
特に月ノ瀬。
日向の扱いがだんだん上手くなってきているし……相性がいいのかもしれない。
その調子でどんどん教育してやってくれ。
日向育成シミュレーションゲームだな。意外と楽しそう。
「それぞれ希望の場所はあるか? ないなら私のほうで適当に振り分けるが……」
「はい! 俺様はお風呂場がい――」
「却下だ。キミの場合はなにか仕掛けそうだからな」
「風評被害が俺を襲うッッッ!!!」
くそぉ! どうして上手くいかないんだ!
ちょっと事前にチェックしようと思っただけじゃないか! 即答にもほどがある!
「なにを言うかと思えば。昴、お前は風呂入れないかもな……」
「え、マジ?」
「海が風呂かもしれないぞ」
「塩分濃度高めの昴くんになるけどいい?」
「大丈夫だ。しっかり干してやる」
「拷問かな?」
なんて司とくだらない話をしていると、会長さんが「うーむ……」と考えごとをしていた。
大方割り振りをどうするのか考えているのだろう。
「あ、はい! あたしは司先輩と一緒がいいです!」
「え、俺?」
お……?
ビシッと勢いよく挙手した日向に対し、主に月ノ瀬と晴香が『コイツやりやがった……!?』みたいな顔をしていた。
志乃ちゃんや渚も、「おー……」と小さなリアクションを見せている。
いいぞ日向。そういうの俺は好きだぜ。
「すまないが却下だ。日向、キミには私と一緒にリビングを担当してもらう」
はい却下でした。ドンマイ。南無。
というか希望通らないじゃん! だったら最初から聞かないでよ沙夜ちゃん!
「どえぇ!? なな、なんでですかぁ!?」
「キミは体力自慢で頼りになる。そうなると、この中で一番広いリビングを担当してもらいたいのだ」
「頼りになる……! あたしが……!?」
「ああ。キミが適任だ」
「あたしがてきにん! えへ。えへへへ」
バカじゃん。やっぱりコイツバカじゃん。
「仕方ないですね~! 司先輩と一緒じゃないのは残念ですけど、お任せください! あたし頼りになるので!」
日向は無駄に迫力のあるドヤ顔を見せると、無い胸を精一杯張っていた。
無い胸を、精一杯張っていた。
大事なことなので以下略。
「助かる。それと……志乃。キミにも頼みたい」
「あ、私もですか?」
「そうだ。キミは真面目だからな。細かい部分までしっかり見て欲しいのだ。皆が一番集まるであろうリビングは特に綺麗にしておきたい」
あー……そういう意味では志乃ちゃんがいたほうがいいかもな。
体力自慢な日向、器用な志乃ちゃん。
あとはなんでもできるであろう会長さん。
パワーバランス的にはピッタリそうだ。
「えっと……」
志乃ちゃんは少し返答に困ったようで……なぜか俺にチラッと視線を向けた。
え、なに。なに今の視線。
お前がやれよってこと?
しかしすぐに「分かりました。私も頑張ります」と頷いた。
なぜゆえ俺を一瞬見たのだろうか。
そんなわけで、リビングや物置部分は会長さんと日向、そして志乃ちゃんの三人に決定した。
……なかなかレアな組み合わせだな。
「……」
――気になるのは、車内で見た会長さんの視線。
志乃ちゃんの様子を伺うような、あの視線。
用心するに越したことはない……か。
はてさて、ほかの組み合わせはどうなることやら……。