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第17話 青葉昴は負けられない

「はぁはぁ……ムリ……ホントにムリ……」


 バドミントンコートにて。

 息を切らしてぐたーっと座り込む渚。


「ふははは! まだまだだな渚!」


 一方で俺は汗こそかいているが、特に疲れなどはない。

 

 現在俺たちはバドミントンコートで遊んでいた。

 やはり今日は土曜日ということで、全体的にお客さんが多い。

 まずは空いているところで遊ぼうとなったところ、バドミントンコートが比較的空いていたため俺たちは利用することにした。


 そしてさっそく行われた渚のリベンジマッチ……。

 結果として当然俺の圧倒的勝利だった。


 ルールはいたって単純で、先に十点取ったほうが勝ち。

 そんでもってまず俺は十対一で渚をボコボコにしたのである。

 取られた一点というのも俺のミスみたいなものだし、実質完封だな。うん。


 一セット取ったところで渚はすでにダウンしていた。


 たしかに狭いコートを動くスポーツだから疲れるが……だとしてもコイツ体力無さすぎだろ……。


「おりゃー! いきますよー! 日向ちゃんスマーッシュ!」

「わわ……! ごめん兄さん!」

「今のは仕方ないよ」

「すごい! 日向ちゃんナイススマッシュ!」

  

 隣のコートではダブルスマッチが行われていた。

 朝陽兄妹vs日向&蓮見ペアである。


 日向の強烈な必殺スマッシュが決まったようだった。

 やるじゃねぇか日向ちゃんスマッシュ……。


「おうおう渚さんよ。リベンジはどうしたよ? お?」


 ネット越しに俺が煽ると渚は悔しそうに俺を睨む。

 

 そもそも男女差もあるし、体力差もある。

 それに俺はスポーツは得意だけど渚は苦手なのだ。


 よほどのことがない限り俺が負ける理由はない。

 

 とはいえ、今のうちに煽っておこっと。だって普段は俺が煽られるんだし。


「まだ一セット取られただけだし……まだ負けてないし……」

「あ、これセット制だったの……? てかお前、じゃあ一セットで体力使い果たしてるじゃねえか」


 とてもこれから二セット目を始められる状態には見えない。


「ムカつく……こうなれば使うしかない……秘密兵器を……」


 渚はゆっくり立ち上がり、ヨロヨロと歩き出した。

 向かう先は……コート外で俺たちの試合を見ていた月ノ瀬。


 ──あ、こいつ秘密兵器ってそういうことかよ!


「月ノ瀬さん……あとは……託した……」


 まるで戦士が最期に自分の武器を仲間に託すかのように、渚は手に持ったラケットを渡した。

 渚の武器……じゃないラケットを受け取る月ノ瀬。


 その顔には自信が溢れていた。


「任せてください。こう見えて私、バドミントン得意なんです」


 うん、と頷いて。


 いやお前……バドミントンどころかなんでもできるだろ……。


「てなわけで青葉、月ノ瀬さんに負けたらジュースおごりね」

「え? お前に?」

「わたしと月ノ瀬さんに決まってるじゃん」

「決まってるのかよ」


 当然でしょ? と渚はニヤりと俺を見る。

 やりたい放題しやがって……。


 渚は月ノ瀬と軽くハイタッチを交わし、コートから出ていく。

 

 そういえば渚、月ノ瀬とも自然に話せるようになってるなぁ……。

 まぁこれだけ一緒にいれば慣れるか。


「青葉さん、どうぞお手柔らかにお願いしますね」


 渚と入れ替わるようにコートに入る月ノ瀬。


 月ノ瀬がバドミントン強いことなんて想像しなくても分かる。

 とはいえ、俺も負けるつもりはない。


 渚と一セット遊んだことで少しばかり体力は消耗したが……誤差の範囲だ。だって渚相手だし。

 

「ククク、俺は一切手を抜かないぜ? 月ノ瀬さんよ」

「ふふ、それなら助かりました」

 

 ──助かりました?

 

 月ノ瀬はコートに落ちているシャトルを拾い上げる。

 そして目を瞑り……一度深呼吸をしていた。


 目を開けると、スッとどこか冷たい瞳を俺に向ける。


「それなら私も本気を出せますから」


 薄らと笑いを浮かべて。

 俺はその瞬間に理解した。


 あーコイツ……アレだわ。


 勝負事になるとガチになるヤツだわ。


「はっ、上等だぜ転校生! かかってきな!」

 

 俺は笑い返す。

 やっぱり勝負はこうでないと。


 ヒリヒリするこの感じがたまらない。


 ……あれ? これスポ根ものだったっけ?


「じゃあわたしは点数係やるから。月ノ瀬さん、頑張って」

「――任せて」


 あれ? 君なんかキャラ変わってない?

 そんなクールキャラみたいだったっけ?


「さぁいきますよ。青葉さん」


 まぁなんでもいいか。

 とりあえず今は月ノ瀬にも勝って、渚にもう一回マウントを取ってやることにしよう。


 秘密兵器も負けてしまったら文句は言えないだろ。


 とはいえ、全力で戦わないと負けそうだ……。


「おーけー。いつでもいいぜ」


 × × ×

 

「ふっ!」

「っらぁ!」

「今のを返しますか……! ならこれで――!」

「うおっ……! キッツ……!」


 鋭く叩きつけられたシャトルが俺のコートの角に一直線へと向かう。

 俺は急いでラケットを伸ばすが届かなかった。


「おー……これで八対八。接戦だね」


 正直、めちゃくちゃ強い。

 予想していたよりもずっと手ごわい相手だった。


 軽いフットワークから繰り出される柔軟なショット。

 そしてここぞというときに繰り出される強烈なスマッシュ。


 緩急を上手く使い分けた戦法に俺は苦戦を強いられていた……。


 が、俺もなんとか食らいついて五分五分の勝負を繰り広げている。


「いやちょっと……玲先輩エグくないですか? それに付いていけてる昴先輩も流石って感じですけど……」

「うん。なんか……大会を見てるみたい」

「普通に二人ともすごいわ……」

 

 先ほどまでワイワイ試合をしていた司たちだったが、いつの間にか観戦していた。

 

「二人とも頑張れ~!」


 蓮見の可愛い声援が届く。


「いやーつえぇ。まさかここまでなんてなぁ……流石は秘密兵器」

「ふふ、青葉さんこそ。こんなに全力で遊ぶのは久しぶりかもしれません」

「そりゃどうも。ちょっとは手加減してくれてもいいんだぜ?」

「それはお断りします」

 

 俺は額の汗を拭い、余裕の表情を浮かべる。

 実際かなりキツいが……ここまできて負けるわけにはいかない。


 月ノ瀬もいつも通り落ち着いてはいるが、息で肩があがっていた。


 両者とも全力で遊んでいる証である。


「月ノ瀬さん、楽しそうだねぇ」

「……うん、そうだな」

「兄さん? なんで少し嬉しそうなの?」

「いや……なんでもないよ」


 俺は返すことができなかったシャトルを拾い、月ノ瀬に向かって打つ。

 そのシャトルをラケットを使って上手くキャッチすると、そのまま手に持った。


 サーブ権は点を取った側に発生する。

 つまり今回のサーバーは月ノ瀬だ。

 

「ふぅ……。それでは、いきます」


 × × ×


「九対八。これで青葉がマッチポイントだね……五点くらい減らそうかな」

「おうこら点数不正するな」

「はぁ……分かってるって」


 月ノ瀬のコートから飛んできたシャトルを手に取る。

 先ほどのラリーは俺が点を取り、いよいよマッチポイント。


 次俺が点を取れば勝利だ。


「さーてと、このまま俺が勝ちだな」

「まだ試合は終わってませんよ……!」

「よし、いくぜ」


 サーバーである俺は相手コートに向かってシャトルを打ち込む。

 サーブは下から打つため、シャトルに勢いはない。


 当然月ノ瀬は打ち返す。


 バックハンドによるコート奥を狙った正確なショット。

 いやはや……疲れてるはずなのによくもまぁ嫌らしいことしてくる……!


 俺は素早く踏み込みネットの手前に向かってショット。


「まだです……!」


 月ノ瀬は持ち前のフットワークを活かしシャトルを拾うが、体勢のせいか力が乗らずふわりと打ち上がった。


 そのまま再び俺のコート奥に向かって飛んでくる。


「これは昴先輩のチャンスでは……!」

 

 日向の言う通り、これはチャンス。

 月ノ瀬も甘いショットを打ってしまったミスを理解し顔をしかめた。


 俺はシャトルの落下地点に素早く入る。


「よっしゃいくぜ! 俺の必殺スマッシュ!」


 わざとらしく声をあげ、強烈なスマッシュを放つポーズを見せる。

 

 スマッシュを警戒して月ノ瀬は後ろに下がる体勢をとった。


「──青葉、外せ」


 おい聞こえてんぞ渚。

 だけどそのお願いは聞けないなぁ! 俺様におごる用意をしてやがれ!


 俺はそのまま力を込めた最強の一撃を──


「ほい」


 繰り出すことなく、ネット手前を狙った緩いショットを打ち込んだ。

 スマッシュと同じフォームから緩く打ち返す……いわゆるドロップショットと呼ばれるものだ。


 これまで俺は基本的に力技でゴリ押してきた。


 だからこそ、ここで搦手が有効的になる。


「なっ──!」


 月ノ瀬は驚き、急いで前に踏み出した。

 

 ふふふ……俺がこんなことしたの初めてだろ? ずっと素直に打ち返してきたからな。


「届かない……!」


 月ノ瀬が懸命に手を伸ばすも……無情にもシャトルは拾われることなくコートへ落下した。


 つまり……俺の勝ちである。


「うそ……青葉の勝ち? え、うそ……えぇ……」


 心底嫌そうに渚は呟いた。

 失礼な点数係がいたもんだ。


「お、おぉ……! 青葉くんなんか今すごかったね!」

「すごいっていうか……ズルの間違いじゃないか?」


 おいこらやめろ司。ズルとか言うな。


「でも昴先輩の運動神経は相変わらずだね。あたしもバスケで勝負してもらおうかな」

「日向、負けちゃったりして?」

「し、志乃ぉ!? あたしはちゃんと部活でやってるんだから! 負けませんー!」


 観客の話を聞きながら、俺は大きく息をついた。

 いやぁ……勝った勝った。


 はぁはぁと息があがる。


「月ノ瀬、ナイスゲームだったぜ」


 俺はネットの下をくぐり、唖然とした様子で座り込む月ノ瀬に声をかける。

 だが、月ノ瀬は顔を上げずに俯いたままだ。


 あー……どうしようこれ。

 もし泣いてたら俺ボロクソに言われるぞ。あの観客たちから。


 俺が困っていると──


「──いです」


 ポツリと月ノ瀬。

 上手く聞き取れず、俺は首をかしげた。


 なんだ?


「──もう一回です」

「……?」


 今度はちゃんと聞き取れた。

 

 もう一回。


 その意味が表すことは……。


 え? マジ?


 月ノ瀬は立ち上がると俺を見る。

 その顔は誰が見てもはっきり分かるくらい悔しさが滲み出ていた。


「もう一回です。まだ渚さんと合わせて二セット取られただけです」

「二セットって……これ何セット制なんだよ」

「……分かりません」

「分からねぇのかよ!」


 思わずツッコミを入れる。

 セットがなんたらも渚が言い出したことだからな……。


「ま、まぁとりあえず休憩ということで……。ほら、疲れてるだろ?」

「もう一回です。疲れてません」

 

 頑なに再戦を望む月ノ瀬。

 ヤダヤダと言うその姿はまるで子供のようで可愛らしい。


「あんな月ノ瀬さん初めて見た……」

「……だな」

「……? やっぱり兄さん、ちょっと嬉しそう」

「まぁ……うん。少しな」


 さーて、どうしたものか……。

 俺は念の為渚を見る。


 もともとは渚の代わりということで参戦したのだから、アイツがどう思ってるかだろう。


 渚は俺の視線に反応し、こちらを向いた。


 スッと目を細め、小さく口を動かす。

 声に出してはいないが、なにを言っているのか瞬時に理解できた。


 ──『やれ』。


 ……うん、鬼かな?

 自分は見てるだけだからって好き放題言いやがって!


「なぁ月ノ瀬」

「もう一回です」

「もう一回BOTかお前は」


 初めて見せる月ノ瀬の知らない顔。

 

 このままでは一向に話が終わらない……。

 俺は意を決して頷いた。


 あー……もうアレだわ。コイツアレだ。


 超が付くほどの負けず嫌いなんだわ。


「ったく、分かったよ……ほんじゃ二回戦といくか」

「……! 次は負けません!」


 ムッとしていた表情がパァと明るくなる。


 あぁもう……。本当に。


 可愛いはズルい。


 ──その後、俺の戦術を見破った月ノ瀬に容赦なくボコボコにされて渚に煽られたのは別の話。


 ……。


 絶対許さんぞ。マジで。

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