第137話 青葉昴は改めて誕生日を祝う
「はぁ……ホント恥ずかしかった……なに勘違いしてるのあんた……」
「こっちのほうが何倍も恥ずかしいわ! ただの勘違い野郎じゃねぇか俺!」
――時間は経って、帰り道。
アステイルを出た俺たちは、なんとも言えない空気感のままテクテクと歩いていた。
渚の嘆きに俺はすかさずツッコミを入れる。
「だけど……助かった」
ポツリと、そうこぼして。
俺がもっと早く会場に戻っていたのなら、あんな事態は避けられただろう。
時間がかかってしまった原因である星那さんは……もう店内にはいなくて。
見える場所にいないだけで、スタッフルームにはいたのかもしれないが……少なくとも、俺たちの前に姿を現すことはなかった。
まるで、もう自分の仕事を終えたかのように……。
そもそも最初から店内に存在していなかったかのように……。
いったい……あの人はなにがしたかったのだろう。
……仕事、か。
――『潜入、侵入、観察、監視、模倣、護衛……他にも色々ありますが……すべて私の仕事です』
なんなんだあの人は……本当に。
なんなんだよ……『星那』は。
「ま、その……あ、ありがとう。……あんたが来てくれなかったら……ヤバかった、から」
……隣を歩く不愛想ガールがそう言った。
「……ん? あぁ悪い全然聞いてなかった。考えごとしてた」
「もう絶対言わない」
「え~! そんなこと言わずにもっかい言ってくれよ~! ありがと青葉キュンって!」
「あんたさぁ……!」
悔しそうに唇を噛み、渚はこちらを睨みつける。
おー怖い怖い。
怖いから……話題でも変えよっと。
「それにしてもお前」
「なに」
いつもだけど返事こわ。
「良かったのかよ? ……マキさんの話、断って」
マキさんが渚に声をかけたのは、プロとして戦える才能を見出したからで……。
渚はその話を『ごめんなさい』とバッサリ断った。
普通、そんな話を受けたらゲーマーなんて飛び上がりそうなものだけど……。
渚は断固とした気持ちで断ったのだ。
「うん。実際、そっちの世界には興味ないし」
「あくまで自分は楽しむ側ってことか?」
「……そうだね。わたしはゲームが好きだけど、仕事にしたいとか……それで生きていこうとか、そういうのは思わない」
「そうか」
「わたしにとってのゲームはそうじゃないから」
「ほーん……。ま、お前がいいんならそれでいいんじゃね」
結局は渚の選びたい道を選べばいい。
俺はその道を尊重するだけだ。
そこまで干渉するつもりもない。
――『ゲームが嫌いになるようなら……心の底から大好きなゲームに対して、嫌な感情を抱くことになるのなら……俺はその道を選んでほしくないっす』
やっぱり、あれは余計だったかもな。
らしくないことを……してしまった。
「それに……わたしは今日、優勝できなかったから」
渚は悔しそうに服の胸元をギュッと握った。
「三位でも十分すげぇじゃねぇか」
「わたしには……コレしかないから」
「おん……?」
募り募った想いを……吐露するように。
渚は立ち止まり、俯きながら言葉をこぼした。
「わたしは月ノ瀬さんみたくなんでも出来るわけじゃないし、晴香みたいに優しくて友達が多いわけじゃない」
あぁ……そういうことか。
コレしかない――というのは。
「運動は苦手だし、勉強だってできるわけじゃない。暗いし、まともに話せないし……なんでも中途半端で」
それは否定しない。
月ノ瀬ほど多才ではないし、蓮見のように社交性に富んでいるわけでもない。
彼女たちと比較して、突出しているようなものは……ないのかもしれない。
「ゲームがちょっとだけ得意。わたしには……コレしかないの」
しかし、あくまでもそれは。
目に見えやすいものだけで言えば……の話だが。
「勝ちたかった。ホントに………悔しかった。上には上がいるって分かってるけど……それでも。わたしが得意だって言えることで……勝ちたかった」
渚は今日、試合に勝利しても喜ぶ姿を見せなかった。
次へ、次へ……ただ次の試合を見据え続けていた。
自分で言っている通り、ただ勝ち続けたかったのだろう。
三位という結果だけ見れば凄いことは間違いない。
上より下のほうが多くの人間がいるのだから。
でも……渚にとって、これはそういう話ではないのだ。
――『僕はnagi選手の『そこ』に……可能性を見出したんだ。スキルが高いことも事実だけどね。だから一度ちゃんと話をしたくて』
なるほど。
きっとマキさんが渚に見出したのは、こういうところなのだろう。
「わたしには……コレしかないのに。ゲームくらいしか……取り柄が無いのに」
「あんじゃねぇか。立派な取り柄が」
「え――?」
俺の言葉に渚は顔を上げた。
「本気で打ち込むものがある。本気で取り組んで、本気で悔しがれるものがある。『コレしかない』じゃなくてよ」
俺はため息交じりに言うと、最後に一言を渚に告げる。
「コレがある。――それってすげぇことなんじゃねぇの?」
取り柄なんて人それぞれだ。
特技。
趣味。
夢。
十人いたら、それぞれが自分だけの答えを口にする。
自分だけのなにかを持っている。
コレしかない、じゃない。
自分にはコレがある。
絶対に譲れないものがあるのなら、それが一番じゃないのかと……思う。
「渚」
「な、なに……?」
「胸を張っとけ。今日のお前は――めちゃめちゃ輝いてたぜ」
「……輝いてた」
「ああ、悔しいなら次勝てばいいじゃねぇか。初出場の人間が、一回負けたくらいで落ち込んでんじゃねぇよ」
まったく……贅沢な悩みだ。
「負けてそんなに悔しがれるのなら――ソレはお前にとって、十分誇りにできるんじゃねぇの? ……知らんけど」
「最後の一言さ……」
「なんだよ、お前もよく言うじゃん。俺が勝手に思っただけだから、責任は取りませーん!」
暗かった表情が、少しだけ明るくなった気がした。
そうだよ。
お前は全然……中途半端じゃねぇ。
好きなことに対して、本当の自分で全力で打ち込める。
それはもう……立派な才能だ。
「本当になにもないのは……俺みたいな人間のことだ」
そうだろ? お前はなにを持ってるんだ?
……否、持つ必要がどこにある?
俺にそれ以上の役目を与えてどうするんだよ。
「青葉……?」
「なんでもねぇ。とにかく自信を持てってこった! オッケー?」
「……ほどほどに、オッケー」
「じゃあほどほどによろしく」
意味のないことを言った。切り替えよう。
……あ、そうだ。大事なことを忘れてた。
俺はポケットに手を入れ、中に入っていた一つの小さな物体を取り出した。
「渚」
名前を呼んで、その物体を渚に向かって放り投げる。
「え、ちょっと……わっ、わっ……」
突然放り投げられたそれを、両手の上で何度かバウンドさせて……なんとかキャッチ。
ホッと息をついた渚に「ナイスキャッチ」と声をかけた。
「な、なんなのちょっと……」
「いいから。見てみろよ、それ」
渚はまじまじと物体を見つめると「あ……」と声を漏らす。
俺が放り投げたもの。
それは――
「ナイス・ガイの……ぬいぐるみ……」
ブーメランパンツ一丁で、ボディービルダーのようなポーズを取っている……『ナイス・ガイ』のぬいぐるみだった。
ミニサイズで、ちょうど手のひらに乗るくらいだ。
どうして、という視線を渚は俺に向ける。
「コラボかなんかしてるみたいでさー、UFOキャッチャーの景品として並んでたんだよ」
俺がアステイルの店内を見たとき、まっさきに目に入ったのが『豪拳』コラボのUFOキャッチャーだった。
さまざまなキャラクターのミニぬいぐるみが、景品として飾られていたのだ。
その中に、渚の使用キャラであるナイス・ガイも存在していた。
それを見たとき、俺は思った。
あ、これやん――って。
「まぁ……アレだな」
コホン、とわざとらしく咳払いしたあと――
俺はニッと笑った。
「誕生日、おめでとさん――ってことで」
呆然とした様子で……渚はこちらを見つめる。
はっはっは! サプライズ大成功なり!
レアアイテムを貰っておいて、さすがになにも渡さない……というのは気掛かりだったからな。
たかが『同行』程度で、それを返せるとは思えない。
借りを作るのは御免だ。
「空いてる時間にちょちょっと、な」
試合前の準備で渚が席を外しているとき、こっそり一階に上がってUFOキャッチャーにチャレンジしていた。
もちろん、すんなりとはいかなかったが……。
無事にゲットできてなによりだぜ。マジで。
お小遣い全部吹っ飛ぶとかシャレにならんからな。
最悪あの『お姉さん』に助けを求めようかと思ってたもんね。
「……あぁ、だからあのとき……どこにもいなかったんだ」
……ん? あのとき? どのときだ?
よく分からんけど……ややこしくなりそうだからそれでいいや。
「……こういうところだよ、あんたは」
小さな呟き。
「おぉう、どうした。ひょっとしてそんなに欲しくなかった? ナイス・ガイだぞ?」
「青葉」
力強い声で、渚は俺を呼ぶ。
「あんたはなにもない人間じゃない」
返事ができなかった。
さっき口にしてしまった余計なことを、ばっちり聞かれていたようだ。
「たしかに……あんたはわたしたちを友達だと思ってないし、自分の目的のために利用しているだけだし。ムカつくことばっかりだし」
淡々と渚はそう言って。
「本音は言わないし、わたしに見せている顔は『嘘ばっかり』なのかもしれないけど……それでも」
それでも――
「あんたっていう青葉昴のいいところは――わたしなりに理解してる……つもり」
薄紫の瞳には、なにも言えずに立っている俺が映っていた。
「友達のいいところくらい……わたしでも分かるから」
さっきまであんなに弱気を言っていたヤツはどこに行ったんだ?
最近のコイツは俺絡みの話になると……自分の気持ちを真正面から伝えてくる。
変なことを言わなければよかった。
こみ上げる黒い感情をグッと抑え、俺は笑う。
笑う。
「例えばかっこよくて頼りになるところとか?」
「ん? そうそう。うん。それでいいよもう」
「絶対思ってねぇ返事だ……!」
適当に茶化すも、軽く流される。
俺は頭をガリガリと掻き、身体を横に向けた。
今、コイツと向き合っていると……もっと余計なことを言いそうになったからだ。
「マキさんと話してるときだって、まさかあんたがあんなことを言うなんて驚いた。てっきり適当に流すんじゃないかって思ってたから」
「……どのことだよ」
「どのことだろうね。……あれって、あんたが本当に思ってることなの?」
「……さぁな。というかいらないなら返せよ、それ。部屋に飾るから」
横目でナイス・ガイのぬいぐるみを指差すと、渚が「嫌だけど」と首を振った。
大事そうに胸の前まで持っていき、ふっと……小さく笑って。
「これはもう……わたしのだから。返さない」
それはまるで、親におもちゃを買ってもらった少女のようだった。
半分ネタのつもりで取った景品だったのに……。
そんな顔されちゃあ……なんも言えないわ。
「……へいへい、そうですか。そんじゃま、さっさと帰ろうぜ」
渡すものは渡せたし、大会も無事に終わったし。
これで目的は果たせた。
コイツと一緒に過ごす理由はもうない。
あとは帰るだけだ。
「うん」
先に歩き出した俺の半歩ほど後ろを、渚は歩く。
その手には……未だにナイス・ガイが持たれていた。
サラサラロングヘアー美少女として姿を現したり。
初出場で三位を取ったり。
プロ選手から興味を持たれたり。
挙句の果てには……変なことを言ってきたり。
青葉昴の良さ――ね。
ないだろ、そんなもん。
なんにせよ……今日は驚かされっぱなしだ。
「ねぇ青葉」
「なんだい」
後ろからかかる声に、俺は振り向かずに返事をする。
「……今日、あんたにお願いしてよかった。だから最後に言っとく。……ありがと」
「……。お前、今日お礼言いすぎじゃね? 明日雪降るぞーこれ。暖房用意しなきゃ!」
「うるさ。……だって、あんたには口に出して言わないと伝わらないでしょ」
「……そんなことないぞ」
「へぇ、よく言うじゃん」
以上、そんなわけで。
るいるいお誕生ドキドキワクワクデー――
「あ、それとあんた。マキさんにわたしの友達かって聞かれたとき言い淀んでたでしょ」
あ、まだ話あったのかよ。
俺はあくびをしながら適当に返事をする。
「なんの話か分かりませーん」
「……別にいいけど。でもさ──」
「んだよ」
「前のあんたなら……平気な顔で友達ですって言ってたよね。きっと」
思わず横目で渚を見てしまう。
してやったり、とどこか楽しげな表情だった。
「……」
「ふふ、その反応を見れただけで十分。登場人物Cなりあんたを見てるってこと。……忘れないで」
「片隅の隅の隅にでも置いておくわ」
「置いておいてくれるならなんでもいい」
渚の言う通り、あそこですんなり『友達です』と答えることは容易だったはずだ。
嘘をつく罪悪感なんてないし、それは今でも変わらない。
――こんな無駄な話題は、さっさと変えるに限る。
「そんなことより俺はるいるいの水着見たいな〜! なぁなぁ、買った? 水着買った? 海だぞ海!」
「着ないし買ってないし見せないから」
「えーじゃあ俺の水着姿を楽しみにしておくんだな!」
「興味ない」
「とか言って想像してんだろ? 俺様のみ・ず・ぎ♡」
「きっっっ――」
「今本気でドン引きしてたなお前」
海はもう――間もなく。