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第135.5話 渚留衣は不安に惑う

「nagiさんっていつからゲームやってるんですか!?」

「ぁ、えっと……しょ、小学生くらいから……?」

「nagiさん超強かったですー! こんなに可愛いのにナイス・ガイ使いって凄いですね!」

「あ、ぁ……りがとうご、ざいます……」

「nagiさんは――」


 ――つらい。


 え、なにこの時間。むりむりむり。


 なんでわたし、初対面の人たちに囲まれてるの……? 話しかける相手間違えてない……? 


 授賞式、そして閉会式が終わると同時に早足でステージを下りた瞬間、観客席からワッと人が集まってきた。


 参加していた選手や、ずっと試合を観ていたお客さんなどなど……。


 早く自分の席に戻りたいのに、しっかり周囲が固められて身動きが取れない。


 あちこちから声をかけられて、頭がいっぱいいっぱいだし……人混みに酔って体調悪くなってきたし……。


 褒めてくれるのは……嬉しい。すごく嬉しい。

 

 嬉しいんだけど……今は勘弁してほしい。


「nagiさん! 改めて、二回戦は対戦ありがとうございました!」


 そう言ってわたしに話しかけてきたのは、二回戦で戦った千里さんだった。


 わたしより少し年上に見える女性で、大会慣れしているのか立ち振る舞いがすごく自然だ。


 穏やかな笑顔を浮かべていた千里さんに、わたしは小さく頭を下げる。


 この人からは陽キャのオーラを感じる……警戒態勢……。


「こ、こちらこそ……」


 ステージ上では軽く挨拶を交わした程度で、大したことはなにも話せていない。


 試合後も『ありがとうございました!』って言われたけど……全然上手に返事ができなかった。


 だから、今回こそは……ちゃんと喋れるように頑張ろう。


「いやー、nagiさんって大会初出場なんですね! めっちゃ強くてビックリしました!」

「ぃ、あい、いえ……あの、千里さんの……カレンもすごく強かった、です」


 あ、無理だ。


 上手く喋るなんて無理だ。


 頭の中で言葉を組み立てても、それをしっかり口に出すことができない。


 しどろもどろで、おぼつかなくて、ボソボソで。


 きっと今のわたしは自分でも『なんだこいつ』って思ってしまうほど、挙動不審なのだろう。


「え~ホントですか! 自信出てくるな~!」

「は、はい……あんなに、強いカレンと戦ったのは……は、初めてっていうか……」


 あんなに操作難易度が高いキャラを巧みに動かすさまは、戦っていて楽しかった。


 どれくらい練習したんだろう……。


「私より若いのに、言い訳できないくらいちゃんと負けちゃったから……私も頑張ろうって思えました!」

「ぇ……」

「ホントにありがとうございました! 次に対戦するときがあったら負けませんよ!」

「……わ、わたしもが、頑張ります……」


 笑顔で話しかけてくれているけど、内心は悔しいに決まっている。


 ゲームでもなんでも、真剣に勝負事に打ち込めば打ち込むほど……負けるとその分悔しい気持ちでいっぱいになる。


 わたしだって……準決勝で負けたときはホントに悔しかった。


 大きな声を出しちゃいそうになるくらい……悔しくて仕方がなかった。あと一歩だから尚更だ。


 それなのに……千里さんはそんな様子を表に出すことなく、むしろ私を引っ張るように話題を提供してくれた。


 凄い人だなぁ……って感想が自然と出てくる。


「ね、ねぇnagiちゃん!」


 近くで話を聞いていた男性が割り込むように話しかけてきた。


 その圧に、わたしは思わず身を引いてしまう。


「nagiさん!」

「nagi選手!」


 男性、男性。


 格ゲーの大会だから当たり前だけど、男性のお客さんがとても多い。


 そのせいか……周囲にいる人たちの七割くらいは男性だった。


 興奮気味の顔つきに、ちょっとだけ恐怖を感じてしまう。


 一歩後ろに下がっても……当然逃げられるわけがなくて。


 ――むり。むり、むり。


 わたしはハッと思い出したように顔を上げると、観客席後方へと顔を向けた。


 

 あいつは――?



 身体が勝手にあいつを探していた。


 助けを求めるように。

 安心を求めるように。


 あいつを……探してしまっていた。


 だけど。


「え……」


 ――いない。

 

 わたしたちが座っていた場所には……誰もいなかった。


 ギュッと拳に力が入る。


 なに……してんの。

 こんなときに……どこ行ってるの。


 怒り、なのか……それとも。


 モヤモヤした感情が……わたしの胸の中で渦巻く。




「ほいほい! あまり選手を困らせないでください! 良くないですよそういうの!」




 後方から聞こえてきた――男性の声。


 何度も聞いてきた……明るい声。


 パンパン、と手を叩いて音を出しながら声の主が近付いてきた。


 反射的に後ろを振り向くと――


「マキ……さん」


 ステージの上で店長さんと話していたマキさんが、こちらに向かって歩いて来ていた。


 配信で何度も聞いた声。


 配信で何度も見た顔。


 大会中は試合のことで頭がいっぱいだったけど……。


 わたし、あのマキさんと同じ場所にいるんだ……と改めて強く感じた。今更すぎる。


「ダメですよ。nagiさんは大会初参加なんですから……もう無理! 私絶対大会なんて参加しない! って思っちゃいますって。ねぇnagiさん?」


 うわ話しかけられた――!


 授賞式のときも話しかけられたけど……緊張しすぎたせいでなにも言えなかったよね……すっごくダサかった。


 あぁもう……思い出すだけで恥ずかしい。


「え、あ……」


 『え』か『あ』しか言えないのかわたしは。


 マキさんは輪の中に入ってくると、わたしを庇うようにして前に立った。


 身長は……あいつより少し低いくらい?

 雰囲気とか、話し方も……どこか似ているような気がする。


 ――って。なんであいつのことを考えてるのわたしは。


 どこにいるのかも分からないのに……。


 ホントに……どこに行ってるの……。


「僕だってnagi選手と話したいことがたくさんあるんですから! 皆さんだけズルいですよー!」

「え、は、話したいこと……?」


 な、なんだろう。


 間違いなくゲームのことだって分かるけど、わたしに聞くようなことって……ある……?


 マキさんはわたしを見下ろすように視線を向けると、気まずそうに頬を掻いた。



「あーいや、ここじゃちょっと言えないっていうか……まぁ言えなくもないんですけど……」



 ここじゃ言えない……?


「あー! マキ選手が女性選手口説いでる!」

「こらそこ! 勝手に変なこと言わないでください! そういうのじゃないですから!」

「これは事務所に報告ですね!」

「やめて!? そんなことされたら一年でチーム脱退になっちゃうから!」


 周りの人たちに茶化され、マキさんは焦ったようにツッコミに入れていた。


 その姿が――


 なんだかホントに……あいつを見ているようだった。

 後ろ姿に……あのバカを重ねる。


 あいつも……いつも周りに茶化されたり、バカにされたりしては……律儀に一つ一つ反応をしていて。


 毎回呆れるくらい……うるさいやつで。


「まったく……そんなわけで、nagi選手」

「は、はい……!」


 マキさんはポケットから名刺入れのようなケースを取り出すと、中から一枚の紙を取り出した。


 それをわたしに差し出すと……「改めて、マキです」と挨拶をする。


 言わずもがな、名刺だった。


 チーム名、そして選手名が書かれたその名刺は……星空をイメージした綺麗なデザインで、思わず見入ってしまう。


『Star Rord Gaming』の名に相応しい名刺を、わたしは両手で受け取った。


「……よ、よろしくお願い、します。nagiです……い、いつも配信……見てます……」

「えっ! 本当ですか! それは嬉しいなぁ!」


 今日の解説も分かりやすくて……すごく良かった。


 マキさんの話を聞けただけでも、ここに来たかいがあったと言える。


「――裏、見てみて」


 わたしにしか聞こえないくらいの声で、コソッとマキさんが言ってきた。


 裏……って名刺の裏だよね。


 なんだろうと思い、わたしはとりあえず裏を見てみた。


 そこには一枚の付箋が貼っていて、手書きでなにかが書かれている。


「それ――僕の素直な気持ちです」


 付箋に書かれているその文字を見て――


 わたしは……なにも言えなかった。

 

 なにこれ……。

 なんでマキさんがこんなことを……。


 鼓動が速まり、手が震えてくる。


 名刺を落とさないようにするだけで精一杯だった。


 書かれている()()が……マキさんの気持ち……?


「どうかな? あとでゆっくり話せない?」

「わっ、わたし……そういうのに興味はないっていうか、気持ちは……嬉しいんですけど……考えたこともないっていうか……」

「まぁまぁ。僕を信じてよ。nagiさんに興味湧いちゃって」


 穏やかな表情のまま、マキさんは話を続ける。


「い、いやホントに……! ご、ごめんなさいっていうか……! そういうのはちょっと……!」

「えぇ……そこをなんとか……! 一回だけでも……!」


 マキ選手の言動に、周りの人たちも興味深そうにこちらを見てくる。


 せっかく流れで切り抜けられそうだったのに……!


 むしろ、状況は悪化しただけかもしれない……!


 あぁ……ホントに嫌だ。


 好奇な視線を感じる。


 気にするだけで……息が苦しくなる。


 こっちを見ないでほしい。

 誰かに見られることなんて……私は嫌なのに。


 そもそも、マキさんもどうしてわたしなんかに――


 誰でもいい。


 誰か……。


 誰か――なんとかして。





「ちょおおおおおっと待ったぁ!!!!!」




 

 っ――!


 わたしたちのもとに届いたうるさい声。


 聞き馴染んだ……うるさい声。


 うるさくて、面倒くさくて、嫌でも頭から離れなくて。


 


 ――ムカつくけど、ホッとしてしまう声。




「そこから先は、このわてくしを通してからにしてもらいましょうか! どどん!」


 

 いやどどんってなに。自分で言うな。


 すかさずツッコミを入れてしまう自分自身にも呆れる。



 ――そして、輪の中に割って入るように姿を現したそいつを見て……わたしは。



「……ふ」



 なんだか……笑ってしまった。



 今更来るなんて――


 


 ホントにあんたらしいタイミングだよ。




 青葉(バカ)


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