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第132話 渚留衣は実力を発揮する

「うわビックリした……いつの間に隣いたんですか?」

「ふふふ。私、気配消すの得意なんですよ~!」

「忍者かよ」


 とか思っていると、お姉さんはニコッと笑って「にんにん!」と胸の前で忍者ポーズを取った。


 え、可愛いなにそれ。


 それになかなか大きな胸を……。


 ――おっといかんいかん。


「それで? 俺になんか用です?」

「あ、そうだ。先ほどの男性はしっかり別のスタッフに引き渡したのでご安心を……と! その報告に来ました~!」

「なるほど。怖いお兄さんが上に待機してるのかなぁ」

「それは気にしないほうが身のためですよ……ふふ、ふふふ……」

「怖い怖い」


 裏部屋とかに黒服のいかついお兄様がいらっしゃるの……?


 と、とりあえずはなんとかなったということで……それでいいでしょう。

 

 お姉さんの報告に感謝だ。

 

 あのおじさんがまた戻ってきたら厄介だったからな。


 もしかして、出入り禁止とかになったのかな。分からないけど。


「あとあと、会場内をしっかり巡回するようスタッフに言っておいたので、不審なことがあればすぐに対応できるかとっ! 目を光らせまくりです!」

「おぉ、お姉さん優秀!」

「いえいえそれほどでも……ありますなぁ」


 へへへっとお姉さんは嬉しそうに笑う。


 さらっと言ってたけど……スタッフにそんな指示ができるってことは、それなりの立場の人なんじゃ……。


 もしかして、ただの受付係じゃないのか?


 未だ素顔がはっきり分からないキャップ美人お姉さん……謎だ。


「それより彼女さんの試合が始まりますね~! 私も応援しますよっ!」

「いや彼女じゃないですから」


 むんっとなぜか気合を入れているお姉さんの言葉をすぐに訂正する。


 受付のときはいろいろあって流しちゃったからな。

 ここでちゃんと話しておくとしよう。


 俺の言葉にお姉さんは「おろ?」と首をかしげた。


「アイツはただのクラスメイトですって。彼女とか……そんな関係じゃねぇっす」

「え」

「えってなんですかちょっと」


 お姉さんはビックリした様子でステージ上の渚と、隣の俺を交互に見た。


「仲良さげな雰囲気だったので……てっきりお付き合いされているのかと……」

「仲良いだけで恋人同士なら、世の中少子化に困ってませんよ」

「それはたしかに……! お姉さん盲点っ!」


 わざとらしく手をポンっと叩くその姿に、俺は妙な親近感を覚えた。


 あー……これアレだわ。


 この人のノリ、母さんにちょっと似てるんだわ……。どうりで……。


 とはいえこのお姉さんは明らかに別人だし、ただ似ているだけなのだろう。


 だとしても、やっぱりどこかで見たことある気がするんだよなぁこの人……。


 うーん……。


「じゃーお友達ってことですね! それもそれで素敵です〜!」

「違いますけど」

「はぇっ」


 ──あ、マズい。


 考えごとをしてたせいで、つい反射的に答えてしまった。


 ここは嘘でも友達ですって答えておくべきなのに……。

 

 あまりにも素で返答してしまったことで、お姉さんは戸惑っている模様。


「こ、恋人でもなく……友達でもない? 兄妹とか?」

「いえまったく」

「お、おぉう……最近の子は進んでるなぁ……どういう関係なんだろう……気になる……お姉さん気になる……」


 ブツブツと呟くお姉さんに、どんな言葉をかけようか悩む。


 ひょっとしてこれ、彼女と勘違いされるより面倒なことになったんじゃ……?


「じゃあ……」


 ――お姉さんの声音が変わった。




「恋人でも友達でもない。だけどお兄さんにとって大切な人――ってことですか?」




 茶化すような雰囲気ではなく、真剣な質問をしているように感じた。


 どうして急にそんなことを……。

 

 そもそも、大会スタッフさんがたかが観客一人の事情に興味を示すことってあるのか?


 目深に被った帽子で隠れているため、どのような目を俺に向けているのかは分からない。


  質問以上のなにかがそこにあるのではないかと……勘繰ってしまう。


 なにか特別な意味があって、こんな質問をしてきているのではないかと……。


 恋人でも友達でもない。

 

 だけど大切な人……ねぇ。


 なにをバカなこと言っているんだこの人は。


 答えなんて最初から一つだけだ。


「だから、あいつはただのクラスメイトだって言ったじゃないですか。お姉さんめっちゃグイグイ来ますやん」

「恋バナは乙女の最大のエネルギーですからね!」

「乙女……?」

「ん――? なんですか? それ以上の言葉によっては……ね?」

「怖い怖い怖い」


 どうせこのお姉さんも、明日になったら俺たちのことなんて忘れてるでしょ。


 いちいち真面目に受け答えをする必要はどこにもない。


 ここは適当にあしらっておくのが安泰だ。結局嘘は言ってないしな。


『ジャックル選手がパワーファイターのジョーを選択!』

『おー! ジョーですか! 僕の先輩もジョー使いなので楽しみになってきますねー!』


 気が付けば、ジャックルさんが使用キャラクターを選択していた。


 ジョーは道着を着たガタイの良いムキムキ男性で、見るからに力が強そうなキャラクターだ。

 

 実際の性能もパワー寄りに作られていて、動きが遅い分一撃のダメージが高い。

 

 とはいえ、操作自体にはあまり癖が無く……初心者にオススメのキャラとして、よく名前が挙がっているキャラである。


 ──なんなら、俺が普段使っているキャラだ。


 使うの楽しいんだよなぁあのキャラ……。

 

 どうしよう、ジャックルさんを応援したくなってきた。


「ほら、試合始まりますよ。話は終わりっす」

「ぐぬぬ……気にはなりますが仕方ないですね! nagi選手頑張れ〜!」


 スタッフさんが特定の選手を応援していいのか? と思ったが、気にしないことにする。


『対するnagi選手は――おぉっとまさか!?』

『これは――まさかのナイス・ガイですか……』


 ナイス・ガイ。


 決して急に褒めだしたのではなく、スクリーンに映ったキャラクターの名前を指していた。


 高身長、引き締まった筋肉、眉毛の濃いハンサムフェイス。


 ――ここまで聞けばただのイケメンキャラだろう。


 しかし、ナイス・ガイの本領はここからだ。


 なんと着ている服がブーメランパンツ一丁だけなのだ。服とも言えないかもしれないが。


 そして、黒髪リーゼントヘアに……バキバキのシックスパック。


 白い歯をキラッと光らせ、とても良い笑顔でサムズアップポーズをしていた。


 要するに、見るからやべぇ男……いや漢キャラである。


『ぼ、僕もビックリですね……まさか大会でこのキャラを見られるなんて』

『これまで何度か大会を開いてきましたが、このキャラクターを見たのは二回あるかないかくらいですよ』


 実況解説組だけではなく、会場もざわついた。


 渚がステージに上がったときとは、また違った雰囲気。


 あれが目を『奪う』ざわつきだとしたら――

 

 これは……目を『疑う』ざわつきだ。


「お兄さんお兄さん、なんでみんなビックリしてるんですか?」


 お姉さんが不思議そうに辺りを見回しながら聞いてくる。


 というか、この人まだいるのかよ……。

 

 仕事はいいのか仕事は。


 仮に怒られても俺のせいじゃないからね。知らん知らん。


「今スクリーンに映ってるガチムチリーゼントいるでしょう?」

「いますね~。お姉さんああいう男の人結構タイプですよ? 守って欲しい!」

「それはどうでもいいっす」

「ひどい!」


 お姉さんのタイプってああいう感じの男なのか……これまた個性的な……。


「あのキャラ、ユーザーの間ではネタキャラ扱いされてるんですよ。開発会社がノリだけで作ったとか、居酒屋で考えたとか、散々な言われようで……」

「えぇ……」


 これは決して冗談ではなく、本当の話なのだ。


 たしかに見た目だけで言えば面白いし、ネタ目的で使いそうなユーザーも多そうなのだが……。


 キャラクターだけではなく、その性能も……とにかく癖が強い。


 俺も試しに何度か使ってみたことがあるのだが……動きは遅いわ無駄なモーションは多いわ、技のあとに決めポーズみたいなのを取るわ……。


 とにかくもう、なんでこのキャラ作ったん? って言いたくなるほどのネタキャラで……。


 そのせいで、使用人口は全キャラのなかでトップクラスに少ないとされている。

 

『実際ナイス・ガイの強さってプロ目線から見てどれくらいなんですか?』

『強いとは決して言えないですね。キャラランクを作るとしても……使い手には申し訳ないですが下のランクに入るキャラでしょう』

『ほうほう……』

『競技シーンで全然見ないのがその証拠ですね。僕も配信とかでは使っていますが……流石に大会では……』

『それほど珍しいキャラの戦いを観られるわけですか……これは楽しみですね』


 可哀想な評価であるが……プロが言うのであればその通りなのだろう。


 だけど、渚は決してウケ狙いやネタでナイス・ガイを選択したわけではない。


 俺が日頃ボコボコにされているキャラクター。


 ゲームを始めたときから渚がずっと使い続けているキャラクター。


 その渚をもってしても『ただ勝つためだけだったら使う理由ゼロ。わたしがもしプロだったら絶対使ってない』とまで言わせたキャラクター。


 それこそが――


 nagiのメインファイターであるナイス・ガイなのである。


「つまり、超珍しいキャラクターだから会場驚き! ってことでいいですか?」

「ですです。マジか! ってなってるわけですね」

「お~なんかそういうのかっこいいですね~! わくわくしてきます!」


 もうスタッフじゃなくてただの観客じゃんこの人。


『キャラ相性でいったらジョー側が有利でしょう。ジョーの攻めをナイス・ガイ側がどこまで捌けるかが重要でしょうね』

『マキ選手はこの対面の勝負を観たことがありますか?』

『やー……ありますが、本当に数えられる程度ですからね……あまり参考になることは言えそうにないです』


 俺も、初めて豪拳で渚と対戦したときに思ったものである。


 お前そんなネタキャラ使うとか舐めてるの? と。


 その結果、目も当てられないほどギッタンギッタンにされましたが……。


 まるで当時の俺を再現するかのように、対戦相手のジャックル選手は『え?』といった戸惑いの表情を見せていた。


 しかし、その戸惑いのなかに……どこか余裕めいた感情が覗いている。


 相手は女性。


 使用キャラクターはネタキャラ。


 普通に戦えばまずは負けないカード。


 そういった要因が、彼の心に余裕を持たせているのかもしれない。


 ただそれは――


 相手が自分より格下だったら……の話だ。


『お互いに準備がよければ、早速バトルを始めてください!』


 店長さんの声を受けて、nagiとジャックルさんは互いに右手を上げた。


 準備オッケーの合図だ。


『それではいきましょう! トーナメント一回戦、第四試合! nagi選手vsジャックル選手の試合――開始です!』


 スクリーンがキャラクター選択画面からバトル画面へと切り替わる。


 いよいよ試合開始だ。


「あのあの、nagi選手ってどれくらいの実力なんですか? この試合勝てそうです? ジャックル選手は前回大会の三位ですけど……」

「あー……そうっすねぇ」


 前回三位の実力者か……。


 その強さがどの程度なのかは分からないけど、レベルが高いことは間違いないのだろう。


 んで、渚がどれくらいの実力とか問われれば――


「めっちゃ強いですよ、アイツ。少なくともこの試合は負けないと思います」

「え? ホントですか?」

「はい。まぁ……観ていれば分かると思うんで。応援してやってください」

「分かりました! nagi選手ファイト~!」


 常にテンションマックスなお姉さんに苦笑いを浮かべる。


 さて……と。

 渚留衣の大会デビュー戦だ。


 その戦いっぷりをしっかり目に焼き付けてやろうじゃないの。


 頑張れよ、るいるい。


 × × ×


 ――約十分後。


 結果だけを先に言えば。


『こ、これは……』

『驚きですねー……レベル高い……』



 前回大会第三位を、二対零の結果で圧倒したnagiがステージに立っていた。


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