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第131話 青葉昴は役割を果たす

『ジャックル選手は前回大会も出場していて、たしか……三位だったかな? 実力は確かですね』

『なるほどー。実力も経験も十分ってわけですね! 僕も楽しみです! それでそのジャックル選手の対戦相手は?』

『お相手はnagi選手ですね。恐らく初登場の方ではないか──』


 そのとき、会場がざわついた。


 ステージに上がった一人の女性選手『nagi』に、会場中の視線が集まった。

 

 しかし、これから始まる試合に意識を向けているnagi──渚は表情一つ変えることなく筐体の前まで歩いて行く。


 既に位置に着いていた、およそ二十代前半くらいに見える男性選手──ジャックルさんは対戦相手の姿を見てギョッと目を見開いた。


 そりゃ会場がざわつくのも、店長さんが言葉を止めるのも、相手がビックリするのも……当然だろうなぁ。


 第三試合にも千里という女性が出場していたけれど……見た目の雰囲気が大きく異なっているのだ。決して千里さんを悪く言っているわけではない。


『これまた若い女性選手ですねー! 二試合連続で女性選手の試合が見られるなんて、なかなかないですよ!』


 ざわついた会場を締めるように、マキさんが言った。

 しっかりフォローまで……これが陽キャイケメンか!


『そ、そうですね。こんな若い子も出場してくれてるのかーって驚いてしまいました』

『ちょっと店長さーん! 女性選手が多いからって喜んで仕事放棄しないでくださいよ?』

『……』

『よっし、ここからは僕が一人で実況解説を担当します!』

『マキ選手!?』


 上手い。完全に空気感を元に戻した。マジでトーク上手いんだなぁあの人……。


 マキさんと店長さんのやり取りに対し、会場内がドッと沸いた。


 ──が、しかし。


 やっぱり観客の大半の視線は渚へと向けられている。

 

 好奇の目、心配の目、驚愕の目。


 さまざまな視線が向けられているなか、渚は近くで待機していたスタッフに話しかけてなにかを言っていた。


 すると、スタッフさんは筐体近くに設置されているカメラの位置を調整し始める。


 あーそうか。


 『カメラの位置調整しろよおい。消すぞ』って言ったんだろうなぁ。怖い怖い。


 その後位置調整が完了すると、渚はスタッフさんへぺこりと頭を下げた。


 それにしてもアイツ……観客席をまったく見ていないな。

 というか、見ようともしていない。


 理由はまぁ……察しが付くけれど。


 そもそもの話、あの渚留衣がこんなに大勢の前に姿を晒しているという事実が驚くべきことなのだ。


 目立つことが苦手で、コミュニケーションが苦手で。

 

 そんな渚が……こうして現在、注目を浴びながらステージの上に立っている。


 例え緊張しないと言い張っていても。

 例え注目されているという自覚がなくても。


 感情は――嘘をつけない。


 それの証拠に、渚の顔が普段より僅かに強張り、肩に力が入っているように見えた。

 

 アイツを知らない人間が見たら、ただの無表情に見えるかもしれないが……。

 

 これでも俺は、そこそこ関わってきたからな。蓮見ほどではないが、なんとなく分かってしまうのだ。


「バッチリ緊張してんなぁ……なぎちゃん」


 だけど、アイツはアイツなりに頑張ってんだ。

 本来であれば絶対に人前に出たくないはずなのに、こんなところまで来て……。




 ――だったら俺も、俺の役目を果たそうじゃないか。




 でないと、こうして俺が同行している意味がない。


 俺はキャッキャウフフの青春デートをしにきたわけではなく、アイツの人避けとして一緒にいるのだから。


 ……今日くらいは、司たちの大事な友達のために一肌脱いでやるとしよう。


「ったく……」


 俺は立ち上がると、手に持っていた渚の眼鏡を椅子の上に置いた。


 今はまだ試合の準備をしているし、解説二人もダラダラと話をして場を繋いでいる。


 俺が動いてもそんなに目立つことはないだろう。


 第一、視線はほぼほぼ謎の美少女選手のところに向いているしな。


 俺は二つ前列、左端に座っている一人の中年男性に目を向ける。

 

 なにやら興奮気味なそのおじさんは、ステージ上に向かってこっそりとスマホを向けていた。


 バレにくいように……お腹のあたりで構えている。


 周囲のスタッフさんたちはまだ気付いていないようだ。

 

 俺が座っていたのは最後列の右端だったため、ほかの人たちの邪魔にならないように身をかがめて歩みを進める。


 こそこそ、こそこそ……。


 ――そして、お目当てのおじさんのところまでたどり着くと同時に。




「やーやー! ども!」




 バァっと勢いよくおじさんが構えていたスマホの前に飛び出した。



「うおっ!?」

「映ってます? ねぇねぇこれ映ってます? いぇーい映ってる~!?」


 ピース! ピース!


 俺はスマホのレンズに向かって派手にポーズを決めたり、変顔をしたりして自分を映させた。


 近くに座っていたお客さんが『なんだ?』といった様子でこちらに顔を向けている。


「な、なんだよ君は!」


 おじさんは慌てて、隠すようにスマホをポケットにしまった。


 俺はヘラヘラとした表情を崩すことなく返事をする。


「や~! 動画を撮っていたのでつい映りたくなって! へへっ! さーせん!」

「ついって……君ねぇ――!」

 

 失礼なガキが来たとでも思ったのか、おじさんが不快そうに顔をしかめた。


 いやいやいや……。


 ――不快なのはこっちなんだわ。


「で? 許可取ったんすか?」


 未だ顔はにこやかなままで。


「はっ……?」

「許可取ったんすかって聞いてんすよ」

「なな、なんの話だ?」


 あーあー。

 素直に応じてくれればここで話は終わったのに……。


 俺は咳払いをすると、先ほどより声量を上げて……。


「いやー困りますよー。めっちゃ可愛い女の子が出てきて興奮するのは分かりますけど、コッソリ動画なんて撮るなんて――」

「なななな! いきなりなにを言いだすんだ君は! 失礼じゃないか!」

「――だったらスマホ見せてくださいよ。撮ってたやつがまだ残ってるでしょ?」

「どうして君なんかにスマホを見せないといけないんだ!」

「そんな怒らないでくださいよー。ほら深呼吸深呼吸」


 呆れか、怒りか、それ以外か。


 未だにとぼけた様子のおじさんに、俺はため息をついた。


 開会式でちゃんと説明されてたのになぁ……。

 

 選手が映る場合は許可を取れ……って。


「で、やましいことがないなら見せてくださいよ。だけど俺がチラッと見た感じ……スクリーンじゃなくて選手をガッツリ撮ってましたけどねぇ? ステージに立ってるあの女性選手を」

「……」

「おっとだんまりっすか。あまり大事にしたくないんすけど……仕方ないなぁ」


 せっかくここだけの話で済ませようとしてやったのに……。

 頑固なおじさんだねぇ……。


 このまま放っておくわけにはいかないし……俺がさらに大きな声を出そうとしたとき――


「おー? お客様、なにかありました~?」


 気の抜けるような女性の声が俺たちの会話に割って入ってきた。


 顔を向けると……そこには――


「あ、受付のお姉さん」

「おや、さっきぶりですね~! どもども、受付のお姉さんです!」


 ここに来たとき受付をしてくれた、青髪の陽キャお姉さんがすぐ近くまでやって来ていた。


 相変わらずキャップを目深に被っているせいで、目元はよく見えない。


 大方、俺とおじさんが揉めているのを見て駆けつけてきたのだろう。


 なんにせよ、大事にしなくて済んだ。試合の邪魔はしたくないからな。


 ナイスタイミングだぜお姉さん!


「やー、なんかこの人がコッソリステージ上の選手個人の撮影をしてて」

「あら、それはよくありませんね~」

「おい! 勝手に話を進めるな! そのガキが勝手に言ってるだけで――」

「なるほど。ではでは申し訳ございませんが、スマホを確認させていただくことってできますか~?」

「そ、それは……」


 できないよなぁ。

 嘘がバレるわけだし。


 そもそも本当になにもしていなければ、素直に応じればいいのだ。


 それをしないということは……そういうことなのだろう。


「ふむー……。とりあえず、詳しい話は上で聞かせてもらいますね~! 一名様上へご案内~!」


 お姉さんはそう言うと、おじさんの言葉に耳を貸すことなく腕をガシっと掴む。

 そして、ズルズルと引きずるように歩き出した。


 意外と力強いんだなお姉さん……。


「くそっ、このガキが……! お前のせいで……!」

「あはは、そんな褒めてもなにも出ませんって~! じゃ、楽しんでくださいね!」


 恨めしそうに睨みつけてくるおじさんに、俺はニコニコと笑いながら手を振った。


 俺の視界からおじさんが消えたあと……「ふぃー」と息をつく。


 あー仕事したわぁ。


 これで、少しは周りに対する抑止力になったことだろう。

 すまねぇなおじさん。


 たまたまあんたが目に入っただけで、誰でも良かったんだ。


 悪く思うなよ。コッソリ撮ってたあんたが全部悪いんだぜ。


 俺は改めて会場内を見渡す。


 変な動きや、隠し撮りをしているような人は――いなさそうだ。


 ……ん?


 ふと、最前列に座る同年代くらいの青年に自然と目がいった。

 別に違和感などはないのだが……どうしてだろう。


 まぁ……今はいいか。


 俺はそそくさと早足で自分の席に戻っていく。


『両選手の準備ができたようですね』

『この試合もバッチリ解説を頑張らせていただきます! 店長の分まで実況も!』

『いやだから私にも仕事させてくれます?』


 ステージ上では渚と対戦相手のジャックル選手が軽く挨拶を交わし、向かい合うようにそれぞれ筐体の前に座った。


 マキさんと店長さんがガヤガヤ喋っていてくれたおかげで、俺の声もそんなに聞かれずに済んだわ。善き善き。


 筐体に座っている両選手の横顔が視界に映る。


 ジャックルさんは経験もあるおかげか、落ち着いているように見える。

 内心では『こんな若い女の子が対戦相手なのか……』とか思ってそうだけど。


 一方の渚は――


 あー……。


 明らかに緊張している顔だった。


 心なしか、肩で息をしているように見える。


 おいおい、大丈夫かぁ……?


 ハラハラした気持ちで見守っていると――


「……お」


 渚が――控えめに観客席に顔を向けた。

 

 否。


 奥に座る――俺を見てきたのだ。


 しっかり……目と目が合う。


 ――『ただ、もし試合前とかになって緊張してきたら……』

 ――『一瞬でもいいから、俺のほうを見ろよ』


 やれやれ……さっそく出番ですかい。


 アイツが顔を正面に戻す前に、ちゃっちゃとやったるか!


 俺は手に持っていた眼鏡を――


 


 スッと流れるように自分の顔に掛けた。他人の眼鏡だけどいいだろ。あとで謝れば。うん。




 お、意外とサイズは大丈夫だな。


 

 ……うわ、にしても結構度強いなこれ……!

 前がぼやけてやがる……!


 鮮明に映っていた渚の顔が、今はぼやけてよく見えない。


 しかし、俺は焦ることなく……改めて渚が座っているステージ上へと顔を向け――


「キリッ」


 俺史上最大の決め顔を作って見せた。


 俺からはよく見えないし、渚からもちゃんと見えているのかは知らないけど。


 ……。


 …………。


 あ、無理限界。目がお亡くなりになる。


 俺は眼鏡を取ると、しぱしぱした目を擦った。


「あれ、もうこっち向いてねぇ」


 次にステージに目を向けたとき、渚は全然こっちを見てなかった。


 え、ひょっとして俺……一人で変な決め顔してるやべぇヤツだった?

 ホントに一瞬こっちを見ただけ?


 いたたまれない気持ちになってきたが……。


「……お?」


 渚の表情が、心なしか和らいでいるように見えた。


 肩の力が抜けたのか、リラックスできているように感じる。


 なぜいきなりそうなったのかは知らんけど……。


 やっぱり俺の決め顔にキュンと来たのかな。そういうことにしておこう。


 ――なんにせよ、ひとまず大丈夫そうだな。


『それでは、早速キャラクター選択から見ていきましょうか』

『僕が試合を観るとき特にワクワクする瞬間って、このキャラ選択なんですよねー! その人の個性というか、相棒というか……どのキャラが見れるのか楽しみです!』


 相棒かぁ……。


 きっと渚のキャラを見たらみんな驚くんだろうなぁ……。


 マジぃ!? その見た目でそのキャラ使うのぉ!? って絶対思う。



「おっ、いたいた。nagiさ……んの彼氏さん、先ほどはどうも~!」

 


 ――はぇ?


 隣から聞こえてきた女性の声に、俺は呆けた顔で横を見た。


 そこには。



「さっきぶりです! どもども~!」


 

 おじさんを連行していったはずの、キャップお姉さんがニコニコしながら俺の隣に座っていた。



 ――え、いつの間に?

 

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