表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/475

第129話 青葉昴は開会式に参加する

 ――十分後。


「これより、大会の開会式を始めまーす!」


 男性スタッフの爽やかな声が響き渡った。


「お、開会式だってよ。行こうぜなぎちゃん」

「え、なに急に呼び方……あぁ、そういうこと。今日だけは許してあげる。今日だけね」

「じゃあ明日からはなぎなぎって呼んじゃお」

「絶対却下」


 却下されました。


 それは置いておいて、今日の渚は『nagi』であり本名で登録しているわけではない。


 知らない人間が……まして男性が多いこの場で迂闊に渚の名前を呼ぶのは……面倒を起こしかねない。


 ここはとりあえず、なぎちゃんと呼んでおくのが無難だろう。


 呼び捨ては……うん、なんかアレだし。アレアレ。


 渚もそれを理解しているのか、特に文句を言うことなく同意の姿勢を見せる。


 その後、俺たちは観客席のところまで移動して後方の椅子に腰かけた。


「……」


 やはり目立っているのか、少し動いただけで視線を感じる。


 会場内にいる人たちは全体的に年齢層が若く、男性が圧倒的に多い。

 

 十代から……主に二十代くらいがメインだろうか?

 

 失礼な言い方にはなるが、地味な印象の少年からちょっと強面のお兄様まで……まさにゲーセンらしい客層である。


 若い女性も何人かいるが、そのなかでカードホルダーを下げている人は少ない。


 渚を含めれば、片手で数えられる程度だろう。


 いったい渚と対戦するのは、この中の誰なのやら……。


「えー、改めまして……」


 開会式の呼びかけを行っていた男性スタッフが、マイクを持って俺たちの前に設けられた特設ステージの上にやってきた。


 高さ一メートルほどの特設ステージ上には筐体が用意されており、本試合はそこで行われるようだ。


「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます! まず始めに、本大会の注意事項をいくつかお知らせします」


 そう言うと、男性は大会の注意事項をつらつらと話し始めた。


 会場内の飲食は~とか、喫煙は~とか……そういった話だ。


「――です。また、本試合の様子を録画するために、筐体付近にカメラを複数個設置していますが……」


 隣に座る渚がピクリと反応していた。


「デフォルトの状態では選手も映ってしまうので、映りたくないよーって方がいらっしゃいましたら試合前にスタッフにお声がけください!」


 これは渚も言っていたことだな。


 嫌な人は映らなくて問題なし、というのは助かる話ではあるだろう。


 俺だったらめっちゃ映っちゃうかもしれない。

 試合そっちのけで決め顔とか決めポーズとかで夢中になっちゃうかもしれない。


 ……それ将来黒歴史になるやつじゃん。


「最後に、選手に対する無断撮影はご遠慮ください。選手が映るような撮影をする際は、必ず事前に本人に許可をもらってくださいね!」


 あー、それもめっちゃ大事。

 プライバシー関係がなにかと問題になりやすい現代だからこそ、注意しないといけないことだな。


 事前に許可……かぁ。


 守らないでコッソリ撮影するヤツとかいそう。偏見だけど。


「だってよ、ひとまずは安心だな」

「カメラに映らなくていいってだけ何倍も気が楽」


 軽く言葉を交わすと、渚がホッと胸を撫で下ろした。

 

 カメラなんて、コイツにとってはデバフでしかないだろうしな。


「自分から以上になります! では次に、飯村いいむら店長からの挨拶です!」


 必要なことだけをしっかり伝え、男性はサッとステージから降りた。


 入れ替わるように上がってきたのは、眼鏡をかけた恰幅のいい男性だった。


 年齢は四十代くらいだろうか。

 

 飯村いいむら店長……っていうのがこの人か。


 店内で何度か見かけた気がするけど……店長さんだったのか。


「えー、はい。私が店長の飯村と申します。皆様、お越しいただきありがとうございます」


 俺たちを見渡しながら、店長さんは挨拶を始める。


「私からは一つだけ……。勝ち負けも大切ですが、それ以上に楽しくゲームを遊んでいただければと思います!」


 そう言ってニコッと笑った店長さんからは、良い人オーラが溢れていた。


 営業スマイルって感じがしないし、本当にそう思っているのだろう。


 勝ち負けは大事、でもそれ以上に楽しく……。


 忘れがちではあるが、対戦ゲームの基本中の基本だよな。


 ……いや、対戦ゲームに限らずすべてのゲームもそうか。


 俺が一人で感心していると、店長さんは「そして最後に!」と畳みかけるように話を続ける。


「すでにご存じかもしれませんが、本日は試合の解説役としてスペシャルゲストをお呼びしています」


 お? これは来るか?


 ほかの観客も察したのか、そわそわしたような面持ちだった。


「それでは早速ご紹介させていただきます。こちらへどうぞ!」


 店長さんが合図を出すと、後方から「はいー!」と元気な男性の声が聞こえてきた。


 その声は、間違いなく動画や配信で何度か聞いたことがある声だった。


 それの証拠に、渚が「あ……」と声を漏らしている。

 

 いよいよ憧れのプロゲーマーとご対面ってわけだ。


 俺自身も楽しみな気持ちになっていると、視界の端に細身の男性が通り過ぎる。


 そのまま前方へと向かうと……ステージに上がり、店長さんの横に並んだ。


 身長は俺より少し低いくらいだろうか。


 明るく染められた茶髪はしっかりセットされていて、動きやすそうなカジュアルタイプの服装。


 全体的に清潔感のある容姿に、人柄が良さそうな表情。


 ――つまり簡潔に言うと、王道の爽やか系イケメンが姿を現した。


「スペシャルゲストの『マキ』さんです。今日はよろしくお願いいたします!」

「いえいえ、こちらこそー! すっごく楽しみだったんですよ僕ー!」


 聞く人を不快にさせない明るいトーンの声は、リアルでも健在である。


 イケメンボーイ……マキさんは改めてこちら側に向き直り、小さく咳払いをした。


「っと、そんなわけで! 皆さんこんにちは! プロゲーミングチーム『|Star Rord Gamingスターロードゲーミング』所属のマキです! 本日はよろしくお願いしまーす!」


 なにそのカッコいいプロチーム名。


 え、スターロードゲーミング? かっこよすぎでは?


 マキさんの挨拶に対し、観客たちはパチパチと拍手を送る。


「……通称SRG。数年前に出来たばかりの若手eスポーツチーム。だけど、しっかり成績を収めていて今注目株のチームってわけ」


 とにかくかっこいいチーム名に気を取られていると、隣の専門家様がボソッと補足を入れてくれた。


 あまり聞き馴染みがない名前だなぁって思ったけど、新しめのチームなのか……。


 星、道……えぇやだかっこいい……。キュン……。


 でも、SRGさんに限らずeスポーツ関係のチーム名ってかっこいいの多いよね。素直にセンスいいと思う。


「はぇーそうなんか」

「そう。で、マキさんは元々ずっと配信者だったんだけど……スカウトされて去年加入した新人選手」

「なるほどなぁ」


 さすがはゲーマー。

 そのあたりの業界事情もしっかり詳しいってわけだ。勉強になります。


「店長さんには昔からお世話になってて……それでせっかくなので今日はお店に来ちゃいました!」

「マキ選手には今日、最高の解説をお願いしてあります。ぜひ楽しみにしててください!」

「ちょっ! あまりハードル上げないでくださいよ~! もちろん頑張りはしますけど、微妙だったら店長さんが責任取ってくださいね?」

「……善処はします」

「絶対取ってくれないやつだこれ!」


 ははは! と観客の笑い声が響き渡る。


 あーこれ……見た目通りしっかり陽キャっすわ。

 

 なんか……うん。


 自信過剰とかじゃないけど……ちょっとだけ俺と近い雰囲気を感じない?


 あのノリといい、口調といい……おいおいここに来てライバル出現か!?


「冗談はほどほどにして……と。僕なりにしっかり解説させていただきますね! どんな試合が見られるのか楽しみにしています!」


 今更だが、プロ選手の解説を生で聞けるってかなり凄いことじゃね?


 動画を見た感じ、言語化するのが凄く上手い人だったし……これは観戦しがいがありそうだ。


「どうよなぎちゃん、リアルのマキ選手は」


 俺が横を向いて問いかけると、渚は前を見たまま答える。


「配信のままって感じ」

「どう? 惚れちゃいそう? あの人イケメンぞ?」

「……はぁ、そういうのには興味ないから」

「んだよー。あ、じゃあ俺とどっちがかっこいい? イケメン勝負といこうか!」

「は? なに言ってるの急に」


 渚は呆れた表情でこちらを見ると、面倒くさそうにため息をついた。


 そして、横の俺と前方で話しているマキさんを交互に見て――一言。


「さぁ」


 以上。


「ってそれだけかよ。こう……恥じらいながら『あ、あんたに言うわけないでしょチラチラ』みたいなさぁ……」

「あんたに言うわけないでしょチラチラー」

「棒読みッ!!! 感情ゼロッ!!!」


 びっくりするくらい棒読みでビックリしたわ。


「うるさ……」


 相変わらず塩対応なことで……。


 まぁ今は夏だしね。塩分補給大事だからね。


 むしろるいるいの塩対応ってアレか? 俺が熱中症にならないように塩を供給して――ってんなわけあるか!


 その前に俺が号泣して塩分枯らすわ!


「じゃーそんなわけで開会式は終了です! 試合頑張ってください!」

「そうそう、終了……ってちょっとマキ選手。勝手に仕切らないでくださいよ」

「あはは、つい。こういう進行役やってみたくって……」


 やっぱキャラ被ってるって! すばるん脱落のピンチだって!


 あー……疲れた。

 いろいろツッコミまくって疲れたわ。


 しばらくはやることないし、いったん静かにしてよっと……。


「試合のトーナメント表は会場後方の壁に貼っています。ぜひ、このあとご確認ください! 試合進行は係の者が行うのでそれに従って――」


 店長さんの案内にふむふむと頷く。


 トーナメント表かぁ……終わったらさっそく確認しに行こっと。俺も気になるし。


「では改めて……開会式は以上になります!」


 

 ――こうして、開会式は幕を閉じたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ