第128話 渚留衣は格ゲー大会に参加する
──少し経って。
「そんでお前、実際のところ自信あんの?」
目的地に向かって歩きながら、俺は隣を歩く渚に問いかける。
「半々かな。いつもオンライン対戦ばかりだし、オフラインだとあんたとしか対戦しないし」
「格下狩りの経験しかないわけだ」
「あんたが弱いからね。仕方ない」
「なんだと!? お前以外には負けねぇからな俺!?」
「はいはい。凄い凄い」
ぐぎぎぎ……これ以上反論できないのが悔しぃ!! いつもボコボコにされてるからなにも言えねぇ!
「到着」
渚がそう言うと同時に俺たちは一軒の建物の前に辿り着いた。
都内に十店舗近く展開されているゲームセンター――『アステイル』。
本日の大会会場である。
三階建ての建物で休み期間中ということもあり、中はお客さんで賑わっていた。
一階はUFOキャッチャー等のファミリー向け、二階はコインゲームゾーン。
……ん? あのUFOキャッチャーの景品って……。
入口のガラス越しに見えたグッズに俺は目を細める。
「なにかあったの」
「なんでもねぇよん」
まぁいいや。
用があるのは……地下一階の対戦ゲームゾーンだ。
何度も来ている場所であるため、特に緊張感といったものはない。
渚の場合は……別の意味で緊張しているかもしれないけど。
「ほんじゃま、行くか」
「だね」
「ではお嬢様、お手を……」
「なにバカ言ってんの。行くよ」
「……ういっす」
志乃ちゃんなら恥ずかしがってくれるのに!!
ゲーセンへと入って行った渚を追うように、俺も歩き出した。
× × ×
大会開催に伴って、地下一階に普段から置かれている別ゲームの筐体はほかの場所へと移動させられていた。
前方には本試合用に、端にはフリー対戦用にと『豪拳』の筐体が複数置かれている。
そして選手以外も試合を観やすいようにと壁に掛けられたスクリーンに、観客用に並べられた多くの椅子。
「おー……」
会場内にはすでにさまざまな人が訪れており、準備を行っているスタッフさんたちや、談笑している参加者や観客たちの姿が見受けられる。
首掛けのカードホルダーを下げている人たちが参加者か……?
まさに『おぉ、大会っぽい……』という雰囲気にちょっとだけワクワクしてくる。
ぽいとは言っても、そんな大会に詳しいわけじゃないけど。
……なんてことを思いながら、受付に向かって会場内を二人並んで歩いていると。
「……あのさ、青葉」
俺にだけ聞こえる声で、渚が言った。
「なんだね?」
「……なんか、見られてない……? 気のせい?」
――気のせいではない。
明らかに……周囲から視線を感じる。
俺が……というよりこの場合は、渚に対する視線……だろうなぁ。
気まずそうに目を伏せた渚に代わり、俺はグルッと会場内を見渡した。
予想通り、スタッフや客をすべて含めて男性のほうが圧倒的に多い。
もちろん女性もチラホラといるのだが……割合としては二割くらいだろうか。
とにかく、珍しい女性でありながらも美少女オーラを漂わせる渚留衣という存在は……良くも悪くも、このゲーム空間において明らかに浮いていた。
普段の渚ならともかく、今のコイツはなぁ……。
隣にチラッと目を向け、今日は大変そうだなぁ……と内心ため息をついた。
「やっぱり……目立つんだね」
渚の言葉に俺は「だろうな」と頷く。
「流石に今日のお前は――」
「あんた……黙っていれば顔そこそこいいし。黙っていれば」
「そうだろうそうだろう。俺はかっこいい……ん? え、俺?」
失礼なことを言われた気がするが、いったん気にしないでおこう。うん。
それより、渚はどうして急に……?
俺の反応に、渚も渚で「え?」と首をかしげていた。
「だって……あんたが見られてるんじゃないの」
おぉっと……?
こいつまさか……自分じゃなくて俺が目立ってるって思ってんのか?
いやいやいや、そんなバカな……と言いたいところだが……。
渚の性格を考えれば当然の思考なのかもしれない。
まず渚は目立つことが苦手で、これまでそういった場を避けてきたはずだ。
それに陰キャガールであるコイツは自分のことを『美少女』だなんて……一切思っていないはず。
極めつけには、親友はあの蓮見晴香なのだ。
並んで立っていれば……当然蓮見のほうに注目は集まるだろう。
目立ちまくっているアイツの一番近くで過ごしてきたからこそ、『自分が見られる』という考えに至らないのも頷ける。
「いやお前……」
言葉を止める。
ここで下手に『目立ってんのはお前だぞ』とか言ってしまうと、変に意識して試合に影響が出てしまうかもしれない。
であれば……今は乗っておいたほうが無難だろう。
「フハハハ! そうだろう? いやーイケメン過ぎるのも困りものだな! キラッ☆」
俺は大げさに笑い、わざとらしく決めポーズを取った。
やべぇヤツって少しでも思われておけば、一緒にいる渚に近付こうとする人も減るだろ。知らんけど。
渚は格ゲーをしに来たのであって、交流会に来たわけではない。
ルンルン陽キャタイプだったら他の参加者と交流を……となるのだろうが、それとは正反対なタイプだしな……。
今後がどうなるのかは知らないが、少なくとも今回はこれが正解だと思いたい。
「ちょっ、恥ずかしいから変なことしないでくれる……!? 目立つじゃん……!」
もう目立ってんだよなぁ。お前が。
どうせ目立つことから避けられないのであれば、渚ではなく俺に注目を集めるとしようじゃないの。
「えー、そんなつまんねぇこと言うなって。なんかこう……気持ちよくなってくるな!」
「最悪。もうわたし受付してくるから。知らない振りしようかなもう……」
「あ、おい。俺を置いて行かないでおくれよ~!」
早足で受付場所に向かうと、そこには係であろう女性が一人立っていた。
キャップを被っているため目元はよく見えないが、雰囲気からして年上の若い女性ということは伝わってくる。
そんなお姉さんは俺たちを見ると僅かに驚いた表情を浮かべた。
そりゃビックリするだろうなぁ。
まさかこんなパッと見清楚系美少女が急に来たんだもの……。
実態は鬼系美少女だけどね。
「あっ、こんにちは~。参加者の方ですか?」
「えっと、あ、は、はい……そうで……す……」
にこやかな雰囲気で話しかけてきた青髪美人のお姉さんに、渚はたどたどしく返事をした。
しっかりコミュ障発動してて安心したわ。
もしかしたらイメチェンパワーで進化しているのかと思ったけど、そんなことなかったわ。
渚の返事に対し、女性はまた驚いた様子で……俺のことをチラッと見た。
あーこれアレか。
渚じゃなくて俺が参加者だと思ったのか。
で、実際に答えたのが渚だったから……『え、そっちぃ!?』って内心ビックリだったのだろう。
ゲーマー女子が増えてきている現代ではあるが、意外に思ってしまうのも仕方ない。
「俺は付き添いみたいなもんっす。会場にいても大丈夫ですか?」
「なるほど! 全然問題ないですよ~!」
「オッケーです!」とお姉さんは親指と人差し指で丸を作った。可愛い。
よし。許可を得たから心置きなくウロウロできるな。
「じゃあ……申し込みの際に記載した登録名と、確認メールを見せていただいてもよろしいですか?」
「は、はい……名前は『nagi』で、えっと――」
渚はあたふたしながらも、頑張って一人で受け付けを済ませる。
そんな姿を、俺はニヤニヤしながら見守っていた。
「はい! ありがとうございました! 会場内では、これを首にかけてくださいね」
『nagi』と書かれた紙が入ったカードホルダーを渚は控えめに受け取る。
おー……なんだかそれっぽい。すげぇ。
それにしても、渚は基本的にどのゲームでも同じ名前で登録しているけど……nagiってかっけぇな。
俺もなんか考えようかな!
例えば……『☆SUBARU☆』とかどうよ?
……くっそだせぇなおい。
「それでは受付は以上になります! 女性の参加者は貴重なので……私も応援してますっ! 頑張ってくださいね~!」
グッと胸の前で手を握り、お姉さんはニコッと笑う。
いい人やなぁ……。
この距離の詰め方、間違いなく陽キャだな……笑顔が素敵……。
しかし、相手はるいるいだ。
陽キャに詰められると――
「あ、え、あ、ありがとうご……ざいま、す……」
ね?
あちこちへ視線を泳がせながら、渚はぎこちなく口角を上げた。
お前さぁ……。
ここはお姉さんに倣ってニッコリ笑えよ!
『うふふ、頑張ります!』って笑顔で返事しろよ!
そんなことしたらビックリして腰抜かすけど。
だだだ、誰この眼鏡ぇ!? ってなるけど。
「あと十分ほどで開会式があるので、それまでお待ちください!」
「あ、はい……」
「ほいー、案内あざっす!」
十分くらいならすぐか。
タキさんだかロキさんだかマキさんだか、例のプロゲーマーの姿はまだ会場内には見えない。
開会式とか言ってるし、そのときに紹介されるパターンか?
「じゃ、ちょっと端に寄って待ってるか」
「そうだね」
ひとまず待機するために移動するとしよう。
いつまでもここにいたら邪魔になるだけだし。
そう思い、受付のお姉さんに背中を向けたとき。
「あ、あのー……」
おん……?
呼ばれたことで、俺は振り返る。
視線の先では、お姉さんがニコニコ顔のまま俺を見ていた。
……あ、俺?
お姉さんは渚をチラッと見ると、俺の耳に顔を寄せた。
突然の展開に思わず「おぉうっ」と変な声が漏れた。
どどどどうしよう、お姉さんに顔が近い……!
あたしに遂に春が……!?
「――彼女さん、可愛くて素敵ですね。応援も頑張ってくださいね……!」
……はぇ。
んぇっ……?
――理解するまで時間がかかってしまった。
「あ、いや、コイツはそういうんじゃ――」
「ふふっ。青春ですねぇ~ファイトです!」
「いやあのファイトですじゃなくて……」
やべぇ全然話聞いてくれねぇ!
「……どうかしたの」
俺とお姉さんのやり取りを疑問に思った渚が会話に入ってくる。
あぁもっと面倒なパティーンに……!
お姉さんは今度は渚へと向き直り、俺たちを交互に見た。
「nagiさんの彼――」
「よーし! 俺たちは時間潰してるんで! 今日はよろしくお願いします!」
これだから陽キャは! ぷんぷん!
言葉を遮って強引に話を終わらせると、俺は渚の背中を押してその場から立ち去った。
――そういえば、あのお姉さんどこかで見たことあるような……。
うーむ……まぁスタッフさんだし、普段からここで働いている人かもしれない。
そういう意味では、見たことがあっても不思議ではない。
でもなぁ……ちょっと引っかかったんだよなぁ……。
パッと出てこないし、あまり気にしても仕方ないか。
会場の端まで寄ると、渚が困惑した様子で話しかけてきた。
「ちょっと……なんなの。あんた慌ててたけど、なに話してたの」
「ん? あぁ、お姉さん綺麗ですねってこっそりナンパしてた」
「うわ最低……引く……引いた」
「泣いた」
ジト目を向けてくるが、引くでもなんでも好きにしてくれ。
『nagiさんの彼――』……か。
彼、のあとに続く言葉なんて一つしかない。
――『彼女さん、可愛くて素敵ですね。応援も頑張ってくださいね……!』
……そうか。
男女で一緒にいると、そういう風に見られる場合もあるのか……。
渚が彼女。
俺が……彼氏。
つまり……恋人同士。
俺とコイツが? 恋人?
「……なに見てんの。うっかり通報しそうになった」
うん、ないない。ありえないわ。
第一、コイツは俺のことが嫌いだし。
そういうラブコメっぽいアレコレは、ぜひ司くんのところでやってくれ。
俺には必要ないし、求めてもいない。
「そんなうっかりで通報しないでください。まぁアレだ、お姉さんのナンパ失敗したからるいるいで我慢しようって!」
「……」
「せめてなんか言って! 無言で距離取らないで!」
「どちらさまですか」
「知らない人になっちゃったよ」
俺たちの距離感はこれでいいし、これ以上縮める必要なんてない。
「あんたって」
「ん?」
「……なんでもない」
「え、なんだよ~! 気になるから最後まで言えよ~!」
「うるさい」
「はい」
……な? ないだろ?
あ―怖い怖い。