第127話 ゲーマーはファミレスで会議をする
「──ってわけだから、とりあえず防御力特化のタンクキャラ編成はまず必須。できれば二体。あとアタッカーそこまで重要じゃない」
「え、そうなん?」
「そう。今回のイベントって……正直難易度設定がおかしいと思ってるから、クリアするだけならとにかく耐えて勝つしかない」
「だよな? 俺も詳しいわけじゃないけど設定ミスだろこれって思ってたわ」
「ソシャゲにありがちだけどね。強すぎるキャラを実装しちゃったからって、そのあと無理やり超高難度ボスとか出してくるの」
「いやー、俺みたいなのんびり層には困るぜ……っと。お、うめぇ~!」
「は? それわたしのポテトなんだけど」
場所を変えて俺たちは現在、ファミレスで向かい合って座っていた。
お昼頃ということもあり、店内はなかなかの賑わいを見せている。
テーブルの上にはそれぞれが注文した料理が置かれており、食欲をそそる良い香りが店内を漂っていた。
俺が注文したのはマヨコーンピザ。最強の食べ物である。マヨとコーンを合わせたらもう最強なんよ。分かるよね?
対する渚はカルボナーラパスタとフライドポテト。
で、あとはお互いにドリンクバーだ。
邪魔にならないように長い髪を耳にかけ、小さな口で淡々とパスタを食べる姿は……やっぱり違和感がある。
いつもの渚はポニーテールであるため、一挙一動がなにかと見慣れない仕草なのだ。
てか、その仕草あれやん! 男が好きな女性の仕草ランキングでトップのほうに食い込んでくるやつじゃん!
やっぱりこれ、るいるいのふりをした別の美少女じゃない? 違う?
――なんて考えながら、俺はお皿からポテトを取ってモグモグと咀嚼していた。
「別に一本くらいいいだろ? 減るもんじゃないし」
「減るから」
「細かいなぁるいるいは。ほれ、昴くんの最強ピザあげるからこれで許してくれよ」
ジト目でこちらを見てくる鬼様に、俺は「ささ、お納めください……」とピザが乗った皿を献上した。
不満げな表情ながらも、カットされたピザを一つ手に取って口へと運んでいく。
小さな口を動かすその姿は、まるで不機嫌なリスみたいで見ていると笑えてくる。
今笑ったら消される……! 我慢しろ俺……!
「うまいだろ」
「……おいしい」
と言いながらも、ふいっと顔を背ける姿は相変わらず渚留衣だ。
どんなに外見の雰囲気が異なっても、素っ気無いところは変わらないってわけだな。
清楚な見た目と不愛想な中身とのギャップが凄まじくて風邪引くわ。
好きな人にはたまらない属性なんじゃないのこれ。知らんけど。
「あ、そうだ」
「なに」
「返事こわ」
「普通でしょ」
志乃ちゃんの『なに?』はマジで腰が抜けるくらい怖いけど、渚の『なに』もだいぶ怖い。無表情だから余計に。
『?』がないだけで印象変わるからね。
「せっかくだから、改めて教えてくれよ」
「なにを」
「今日の大会のことだよ」
俺の言葉に渚が「あぁ……」と返事をすると、ドリンクバーで注いできたメロンソーダを一口飲んだ。
渚にメロンソーダって……解釈一致だなぁと思いながら。でも分かる。
メロンソーダってうまいよな。言葉にできないけど……なんか意味もなく飲んじゃうよね。
「あんたも知ってる『豪拳』の大会で、今日の参加者は……二十人くらいだったかな。ゲーセンの規模的にそれくらいが限界っぽいし」
2D格闘ゲーム作品である『豪拳』は、プロリーグまで存在する大人気ゲームの一つだ。
当初はゲームセンターでのみ稼働していたが、次第に家庭用ゲーム機やパソコン版もリリースされ……瞬く間に知名度を広げた。
俺も渚とよく戦っては散々ボコボコにされているが……なかなか面白いと思っている。
キャラクター数が多く、良い意味で耳に残るBGM、攻撃をヒットさせたときの爽快な効果音。
バトルだけではなくストーリーも充実しており、操作も初心者が取っつきやすくシンプル。
だけどシンプルがゆえに、上級者同士だとより高度な読み合いが発生する奥深いゲームなのである。
「よく申請間に合ったな」
「結構ギリだったけどね。なんとかなった」
渚留衣ことプレイヤーネーム『nagi』は、数多くプレイしてきた格ゲーのなかで豪拳が最もハマったようで、家でも時間があるときはずっと遊んでいるようだ。
そのおかげか、オンラインマッチングではかなり上のレベルのようで……俺はまず絶対勝てる気がしない。
「プロとか参加してんじゃねぇの? 流石にないか」
「募集要項を見たらアマチュア限定だったからいないはず」
「おぉ。じゃあマジで優勝狙えんじゃね?」
「どうだろう。もちろん参加する以上は勝ちにいくけど」
ほかの参加者がどれくらいの腕前なのか知らんが。
……あ、でも。
俺はふと思った疑問を渚にぶつける。
「カメラとか置いてあったらお前、緊張して力出せないんじゃ? そっちが気になっちゃうだろお前」
「それは……動画に残すからカメラは置いてあるって書いてた」
おっと雲行きが……。
「でも映りたくない人は撮らないって。わたしは絶対無理だからお断り一択。対戦画面だけならいいけど」
だろうなぁ。
あの渚がカメラに映ることを良しとするわけがないだろう。
仮に映ろうものなら一気に弱体化しそうだな。そしたら俺でも勝てそう。
……はっ! 待てよ!?
渚と対戦するときはスマホで撮って妨害すればいいんじゃね? 俺天才か?
「そんでアレか、お前が配信を見てるプロゲーマーも来るんだっけか?」
「そう。ゲーセンの店長さん? と知り合いみたいで、声をかけてもらったしせっかくだから~って配信で言ってた」
「なるほどなぁ。タキだかラキだかって人だよな」
「マキ、ね」
「あーそうそう、マキだ」
今日ゲーセンに来るのは、豪拳の男性プロゲーマーであるマキ。
渚に動画のURLを教えてもらって、配信を観たことがあるのだが……。
清潔感のある整った容姿。
明るく軽快なトーク。
初心者に対しての分かりやすく簡潔な解説。
普段あまりプロゲーマーの配信を観ない俺でも、素直に見応えがあると感じた。
プロとしての実力はもちろんあるのだが、第一線でバリバリ活躍しているわけではなく……まだまだこれからって感じで成長中の若手のようだ。
そんな人が今日、大会に来ると……すげぇなぁ店長さん。
「よかったなぁ。ファンなんだろ? たしかにイケメン感あったしな。女性ファンも多そうだ」
「いや、わたしは別に顔には興味ない。プレースタイルが面白いし、解説も分かりやすいから。トークも聞きやすいしね」
なんとも渚らしい感想である。
コイツ的には、配信者というよりゲームそのものへの取り組み方とか、配信や動画の構成とか、そっちのほうが大事なんだろうなぁ。
「それは同感だわ」
「でしょ」
「うっかり声をかけられようものなら……るいるい惚れちゃったりしてな! ドキィって!」
「そんなわけないでしょ。というかるいるい言うな」
なるほどねぇ。
少し前まではプロゲーマーという存在は少々珍しいものではあったが、今ではもうすっかり受け入れられている。
リアルで見るとどんな感じの人なんだろうな……俺もちょっと気になるぜ。
――そんでもって。
声かけられる云々に関しては冗談半分だが、場合によって渚は会場で目立ってしまうかもしれない。
恐らく女性の参加者というのは少ないだろうし……今日の渚は少々美少女力が高すぎる。
普段の姿であれば、あのモッサリ感でごまかせると思うが……今日に関してはなぁ……。
周囲の目が集まってしまうことは避けられないだろうし、当の渚本人には自覚はないし……。
「……なに?」
怪訝そうに眉をひそめて首をかしげる渚に、俺は内心ため息をついた。
やれやれ……今日は俺が来て正解だったかもな。一人だったら面倒くさいことになっていたかもしれない。
ボディーガードとしてしっかりお供してやるかぁ。仕方ないのう。
「いや」
俺は首を振ってニヤリと笑う。
「留衣ちゃんの応援頑張るぞい! って気合入れてた」
「対戦中に変なこと言ったら許さないから」
「えー。せっかく応援ソングでも歌ってやろうと思ったのに」
「絶対やめて」
くそっ! この日のために特別応援ソング『ファイティングるいるい』を作詞作曲してきたと言うのに!
どこで歌えばいいってんだ!
「じゃあ万が一お前が負けそうになったら、対戦相手に向かって変顔して笑わせてやろう」
「最低なんだけど。そんなことしたら二度とあんたと話さないから」
まるでゴミを見るような目を俺に向け、渚は冷たく言い捨てる。
「冗談に決まってんだろ。俺という人間は正々堂々、公明正大、罵詈雑言の三本柱で成り立ってんだぞ!」
「明らかにやばいの混ざってたんだけど。その三本柱腐ってない?」
「失礼な! ツヤツヤだぞ!」
「じゃあ今すぐその柱叩き割ったほうがいいと思う」
鋭く淡々としたツッコミに満足感を得る。
いやー渚のコレ、ちょっと癖になるよね。
日向みたいな『いや○○ですよね!?』みたいなのも王道でいいけど、渚のこのローテンションツッコミも嫌いじゃない。
「まぁ……アレだ」
俺は咳払いをして、改めて渚を見る。
「頑張れよ。お前のファンクラブ第一号として応援してるぜ」
渚は少し驚いた様子だったが……ふっと小さく笑みをこぼした。
「なにそれ……。いつからそんなファンクラブできたわけ?」
「今! 俺が作った!」
「不安要素しかないファンクラブなんですけど」
呆れたように言う渚に、俺は「ふんす!」と意気込んで拳を握った。
ただいまより『るいるいファンクラブ』を設立します!
入会希望のヤツは俺に連絡して来い!
約十二時間の面接を経て、入れてやるか決めるからよ!
あ、あれね。
会員費は月五千円ね。
もちろん全部俺の懐に入ります。ぐへへ。
「でも、ま……」
渚は俺にチラッと目を向けると、すぐに逸らして――
「……ほどほどに、応援よろしく」
最後まで素っ気なく、そう言った。
まったく……素直に言えばいいのに。
いちいち余計な一言付けるんだから。
どこまでも陰キャるいるいらしい言い方に、なんだか笑えてくる。
「ちょ……なに笑ってるのあんた」
「ハッハッハ! るいるいが素直じゃなくて可愛いなぁって!」
「……わたし、今フォーク持ってるんだけど」
「おい待て。なんでわざわざそれを言ったんですか? それにお前、フォークの持ち方おかしいよな? なんでグーで握ってるんですか?」
「え? だって――」
「待て言うな聞きたくない!!!」
命の危機を感じた!
やっぱり鬼様だ。コイツは鬼様だ! 供物を捧げよ!
「うるさ」
そう言い残すと、渚は食事へと戻っていく。
何事もなかったように黙々とパスタを食べる姿に恐れながらも、俺は気持ちを落ち着かせるためにコーラをグイっと飲んだ。
くぅぅぅ! 夏の暑い日はコーラに限る!
「そういえばさ」
「なんだい」
渚はこちらに顔を向けず、パスタをフォークに巻き付けながら言った。
「月ノ瀬さんとなにかあったの」
ピザに向かって伸ばした手が一瞬止まった。
どうしてここで名前が?
ひょっとして……アイツからなにか聞いたか?
仮になにか聞いているとして、俺になにが言いたいんだ……?
渚の意図がよく分からないが……。
「あー、数日前に書店でばったり会ったんだよ。それが?」
俺は聞き返すと、ピザを手に取って口へと運んだ。
渚は関係ないのだから、事細かに説明する必要はない。
むしろ……なぜ月ノ瀬のことを聞いてきたかが重要だ。
問いかけに対して渚から特に反応はなく……。
数秒後にようやく来た返事が――
「……別に、なにも」
たったそれだけだった。
それ以降、渚が月ノ瀬のことを聞いてくることはなかった。