第126話 青葉昴は見知らぬ?美少女に声をかけられる
「うーむ、俺のパーティーじゃこの難易度はまだ無理か?」
週末、昼の十二時前。
駅前の広場にやって来ている俺は、ナイドラをプレイしながら鬼……じゃなくて人を待っていた。
あと半月で夏休み終わるってマジ? とか。
宿題全然やってないけど大丈夫か青葉? とか。
今日も俺はかっこいいぜとか。
いろいろ無駄なことを考え、ポチポチとスマホの画面をタップする。
──そんなわけで。どうして俺が鬼様……もとい渚様と待ち合わせているのかというと。
理由は単純、アイツが今日格闘ゲームの大会に参加するから、それの付き添いのためである。
まず……つい先日、渚留衣は十七歳の誕生日を迎えた。
俺の誕生日のときにはレアアイテムなんてものを貰ってしまった手前、なにもしないのはモヤモヤする。借りはしっかり返さなければ。
という感じで、ほぼダメ元で『俺にもなんかさせろ』と言った結果……こういう形でアイツに付き添うことになったわけだ。
無茶な要望じゃなくて本当に助かった。この程度なら楽勝だし。
それにしても……まさか夏休みに渚と二人で出掛けることになるなんてなぁ。
行き先が格ゲーの大会なんて……まぁ渚らしいっちゃらしいけども。
大会かぁ……。
女性の参加者がどれだけいるかは分からないけど、間違いなく少ないとは思う。
もしかしたら渚が目立ってしまう可能性も考えられるが……そのときはこの有能ボディーガード昴くんがなんとかしてやるとしよう。
第一、そのために呼ばれたようなものだし。
とはいえ、渚といえばあのモッサリとした陰な雰囲気が特徴的だ。
特に目立つことなく、場に溶け込めても全然おかしくは──
「……ごめんお待たせ」
前方から聞き馴染みのあるトーンの低い声が聞こえてきた。
お? 本日の主役のご到着か?
「おうおうおう、めっちゃ待ったぞ。もう待ちすぎて足が棒になっちゃったわー。責任取ってほし――」
軽口を叩き、スマホから顔を上げる。
視線の先に立っていたのは。
「……」
……。
…………。
「――え、どちら様ですか?」
見知らぬ眼鏡美少女だった。
「……は?」
小柄な体格で……身長は百五十ちょっとくらいだろうか。
全体的に落ち着いた雰囲気の女子で、年齢は同じくらいに見える。
まず真っ先に、腰まで伸びた薄緑色のサラサラなストレートヘアーに目が行った。
艶のある髪が風で靡き、ふわりとした柑橘系のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
ん? 柑橘系……? まぁいいか。
で、次に服装。
清楚感漂う白のブラウスの上に、ベージュの薄手ベスト。
膝丈くらいのブラウンのスカートに、靴はハイカットのスニーカー。
一言で纏めるのなら……シンプルながらもしっかりオシャレファッションで、見ている側も親しみを感じる。
ほどよく化粧が施された顔はしっかり『美少女』と言えるレベルで、眼鏡越しには気だるげに開かれた薄紫色の瞳が見えた。
……んん?
えっと……つまり。纏めると。
眼鏡美少女が、俺の前に立っていた。
以上。
――え、なんで俺美少女から声かけられてるの?
はっ……!
もしかしてナンパってやつか……!?
俺もついにナンパをされてしまう日が……!?
おっと焦るな青葉昴……。
もしかしたら、本当にただの人違いで声をかけてしまったという可能性もある。
落ち着いて対処しなければ。
……でもなぁ。
なーんかこの美少女見たことあるんだよな……。
特にあの気だるげな目……。
とにかく、このままお互いに黙っていても仕方ないため、俺から会話を広げることにする。
「えっとー……もしかしたら誰か人を探してます? それで間違えて俺に声かけちゃったとか……」
美少女は質問に対してすぐに答えず、数回ほどゆっくり瞬きをする。
その後、俺の予想とは大きく異なり……不快そうに眉をひそめた。
え、ちょ、なんで?
俺ただ質問しただけだよね?
なんでそんな『お前なんなん?』みたいな顔をされないといけないの?
俺が内心困惑していると……美少女が面倒くさそうに口を開いた。
そして、一言。
「……あんたふざけてる?」
……。
その瞬間、俺の頭の中に一人の人物が思い浮かんだ。
髪色。
瞳。
雰囲気。
体格。
声。
……おいおい。
おいおいおいおい。
おいおいおいおいおいおい。
俺は今までいったいなにを思ってたんだ?
見知らぬ眼鏡美少女だぁ?
ナンパだぁ?
辿り着いてしまった『答え』に、俺は思わず顔を引きつらせた。
俺の考えが正しければ。
俺の思い浮かんだ人物が正しければ。
この美少女は――
「……な、渚さんですか?」
恐る恐る聞くと……。
美少女は「はぁ……」と心底だるそうにため息をついた。
はい確定。
俺に対してそんなだるそうにため息をつくヤツは一人しかいません。
「そうに決まってるでしょ。バカなの?」
――しっかり渚留衣でした。
バカなの? もいただきました。ありがとうございます。
「……マジ?」
「だからそうだって。なにがしたいの」
渚らしい、淡々とした言い方。
えーこの人渚だったの……?
全然雰囲気が違うっていうか……えぇ……?
「おかしい!!」
「なにが」
「俺が知ってる渚は、モッサリ癖毛ポニーテール眼鏡陰キャゲーマーなんだよ! そんなサラサラロング正統派眼鏡美少女なんて──」
「───」
「ひぇっ……!」
鬼出現警報!!! 昴くんはすぐに退避してください!!
「いやなんでもないですごめんなさい今日も大変お美しいお姿をありがとうございます!!!!」
これぞ見事な謝罪!
「……だからいつも通りでいいって言ったのに」
まるで誰かに文句を言うように渚は呟いた。
あまりふざけていても仕方ないし、そろそろ聞こっと。
俺は手に持っていたままのスマホをポケットにしまい、改めて今日の渚を観察した。
地味な印象からは一変、知的さを感じる落ち着いた美少女スタイル。
ヘアスタイルと服装を変えただけで、こんなに雰囲気って変わるものなのか……。
もちろん、化粧の効果もあるんだろうけど……。
にしても化粧上手くないか? 俺はど素人だから全然詳しくないけど……こういうのナチュラルメイクっていうんだっけ?
化粧気を感じさせず、あくまで元々の素材を活かす程度に施されたそれは、普段の渚を知らなければ疑問すら抱かないだろう。
見事なイメチェンっぷりに、驚きを通り越して感心してしまうほどだった。
「……なに見てるの」
『はぇー』と内心唸っていると、渚が自分の身体を抱いて一歩後ろに退いた。
まるで不審者を見るかのような目をこちらに向ける姿に、やっぱり中身は変わっていないのだと実感する。
「実際どうしたんだよ、その格好。ダウナーポニーテールるいるいはどこいった?」
「るいるい言うな」
「留衣ちゃん♡」
「……」
「おい待て無言でスマホを持つな! どこだ! どこに連絡しようとしてる!?」
俺の咄嗟の静止に、渚は本日何度目かのため息。
相変わらず俺は渚の幸せを逃がしまくってんなぁ……。
なんでいつもため息ばっかりつかれてるんだろ。
おかしいなぁ。
仕方なさそうにしながら、渚はショルダーバッグにスマホをしまった。
「……朝、晴香がうちに来て」
「ほう?」
「せっかくデ……出かけるんだからって。いろいろやられた結果が……これってわけ」
これ、と渚は両手を広げて自分の姿をアピールした。
「あー、なるほどなぁ……ヘアアイロンでも使ったのか?」
「そう。時間かかって大変そうだった。わたしはスマホを見てただけだけど」
蓮見がウキウキで伸ばしたんだろうなぁ。その姿が想像できる。
癖毛だからあまり実感無かったけど、渚ってこんな髪長かったんだな……。
ショートカットにする前の月ノ瀬と同じくらいあるんじゃないか?
「服は? そんなオシャレなやつ持ってたのかお前」
「いや、これは誕生日に晴香と月ノ瀬さんから貰ったやつ。晴香に着させられた」
「つまり今日のお前は、スタイリスト蓮見先生の実験体ってわけか」
「実験体って……。まぁ否定できないけど」
となると、その上手な化粧も蓮見の力かぁ…。
ファッションといい、艶やかストレートヘアーといい、化粧といい……。
蓮見さん、女子力高過ぎでは? いろいろ上手過ぎでは?
恐らく渚のことを誰よりも理解しているからこそ、ここまで親友をイメチェンできたのかもしれない。
一言でイメチェンと言っても、当然失敗する場合もある。
まったく似合ってないじゃん……と思われる可能性もあるわけで。
いやはや……蓮見さん。
完璧っすよあんた。
これはたしかに、渚留衣だからこそできたイメチェンかもしれないな。
出掛けるだけなのに、こんな気合入れたコーディネートをさせられるなんて……。
だから渚のヤツ、ちょっと疲れた顔してるのか。
朝からいろいろやられたらそうなるわな。
俺が興味深そうに見ていると、渚が気まずそうに視線を落とした。
「……変でしょ」
「んぁ?」
「わたしがこんな格好するの……変でしょ」
下を向いたまま、渚はボソボソと言った。
変……?
渚はそのまま早口で言葉を続ける。
「分かってる。わたしには全然似合ってないって。だから晴香にも言った――」
「いや普通に似合ってんだろ。バッチリ美少女じゃねぇかお前」
「……はっ?」
驚いたように目を開き、視線をこちらに向けた。
遮るように否定してしまったが……ま、いいだろ。嘘は言ってないし。
「だからさぁ」
俺はニヤリと笑い、力強くサムズアップを向けてやる。
「似合ってんぜ! 今日の新スタイルるいるい! ちょー可愛い! よっ!」
もしも日頃からこのスタイルで過ごそうものなら、蓮見や月ノ瀬のようにモテモテ女子になってしまう可能性が十二分にあり得る。
それほどまでに今の渚は……うん、素直に美少女だった。
どうしてアイツが、渚をここまでイメチェンさせたのかはよく分からないけども。
ただ単に親友を着飾ってみたいって気持ちか……あるいは……。
「……」
昴くんからのお褒めの言葉に、渚は返事をすることなく……なぜか息を大きく吸った。
その後、なにかに耐えるように下唇を噛み……そのまま俺に背中を向ける。
「……うるさ」
ようやく返ってきたのは……素っ気ないその一言で。
どんなに見た目が変わってても、渚はどこまでいっても渚であった。
だけど……素っ気無いほうがむしろ安心する。
ここで急に『えへへ、ありがと♪』とか言われたら泡吹いて倒れるぞ俺。
そんなるいるいは解釈違いです!
そういうのはぜひとも志乃ちゃんにお願いしたい所存!! ぐふふ。
「まったく……人がせっかく褒めてやったのにうるさいとは失礼な」
「お腹空いた」
「……はい?」
こちらに背中を向けたまま渚が言った。
「まだなにも食べてないからお腹空いた」
「大会まで時間の余裕はあるのか?」
「ある」
「じゃあ適当にファミレスでも行くかぁ……お高いフレンチ行きたいとか言うなよ? 我、高校生ぞ」
「言うわけないでしょ。じゃ、それで」
「オッケー……っておい! 先に行くなよ!」
行き先が決まると同時に渚はスタスタと歩き出してしまう。
その背中に向かって手を伸ばすも、当然届くことはなく……。
行き場のなくなった手でガシガシと頭を掻き、俺は「やれやれ……」と俯いた。
相変わらずの自由っぷりに、今度はこっちがため息である。
「……なにしてんの」
聞こえてきた声に顔を上げると、半身で振り返った渚が呆れた様子で俺を見ていた。
「――早く行くよ」
いやお前が先に……。
まぁ……いいやもう。
「へいへい、渚様の仰せのままに」
なんとも言えない気持ちを抱えて、俺は歩き出した。
――というわけで。
渚ちゃんとのドキドキワクワクデート編、開幕。
……そんな要素微塵もねぇな。
ファミレスに向かう道中、行き交う人たちにチラチラ見られたのは……きっと気のせいではないのだろう。