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第123話 月ノ瀬玲は心から叫ぶ

 試合内容なんて細かく語っても仕方がないため、簡潔に伝えるとしよう。


「──はい、俺の勝ちっと」

「はっ……? ちょ、ちょっと待ちなさいよ。アンタ明らかに動き変わってない?」

「だから言ったろ? 本気出すって」

「も……もう一回! もう一回よ……!」

「いやお前話とちが……まぁいいや。もう一試合な」


 一セット目、俺の勝ち。


「──ほい、これで俺の勝ちっと」

「ぐぐ……もう一回勝負しなさい!」

「わーったよ。ただしラストな」


 二セット目、俺の勝ち。


 そして。


「よっ」

「うそ……!? アレ打ち返すの……! くっ……!」

「はいポイントゲット。これでまた俺の勝ちだな。おつおつ」

「……別人?」

「真っ先に言うところがそこなのかよ」


 三セット目、俺の勝ち。


 以上──青葉昴の全勝である。


 × × ×


 ――そんなわけで。


「いやー! 勝利のコーラの味は格別だな! ガハハ!!」

「ぐっ……!! 納得いかないわ……!」

「おっと? 素直に自分の負けを認めたまえよ、月ノ瀬ちゃん?」

「あんたねぇ……!」


 おーおー、敗者の遠吠えはよく通るのぉ。ほほほ。


 休憩スペースに設置された椅子に座り、俺は高らかに笑った。


 よく冷えたコーラが喉を通り、なんとも気持ちがいい。


 目の前にはとんでもない威圧感を放ちながら俺を睨みつけるヤツが座っているが……怖いから無視しとこ。うん。


「悔しい……つ、次! 次やったら絶対私が勝つから!」

「とか言うから、三セットも勝負してやったんじゃねぇか」


 悔しさマックス状態の月ノ瀬を見て分かる通り、勝負は俺の全勝。


 五月のときは負けに負けまくったが……本気を出せばこんなものよ。余裕ちゃんだぜ。


 流石に負けっぱなしじゃいられんからね……ふふふ。


 まぁ、圧勝ではないんだけども。少しでも油断して手を抜こうものなら負けていたのは俺だっただろう。


 だって普通に月ノ瀬めっちゃ強かったし。


「それは、そうだけど……もう少しで勝てそうだったのよ……!?」


 スポーツドリンクを一口飲み、月ノ瀬はバツが悪そうに視線を下に向けた。


 どんなに惜しかったとしても、負けは負け。


 月ノ瀬が負けるたびに『もう一回よ!』と言うものだから、そのたびに激戦を繰り広げ――


 そんなこんなで、三セットほど勝負をするはめになってしまったわけである。


「絶対勝てると思ったのに! あーもう!」


 普段の冷静な姉御はどこへ行ったのか、すっかりご乱心である。


 負けず嫌いが出てんなぁ……。


 暴れ回って施設を壊さないようにちゃんと見てないと……!


 心底悔しそうに下唇を噛む月ノ瀬を煽るようにニヤニヤと笑った。


「にょほほ、お主もまだまだよのう」

「バカにして……!」


 おっと、急いで目を逸らせ!


 多分……目が合ったらそのまま消されるから。危ない危ない。


 月ノ瀬は「はぁ……」と、とても大きなため息のあと天井に向かって大きく伸びをした。


「でも――」


 先ほどまでの乱心は収まったようで、力が抜けたように笑みをこぼした。


「楽しかったわ。こんながっつり運動したのは久しぶりだったし」


 決して嘘には見えない、真実の言葉に聞こえた。


「そりゃよかった。誰かさんへのストレス発散はできたか?」

「……ええ、ひとまずはね」

「なら安心だ。辞書の角で殴られなくて済むぜ」

「あら、また同じようなことをしたら……辞書では済まなくなるかもね?」

「ひえっ……」


 ニコってしながら物騒なこと言わないでくださる? いい笑顔だから余計怖いんですけど?


 ともかく、月ノ瀬のストレス発散という目的は無事に達成できたようでなによりである。


「……まぁ、次は俺じゃなくて司を誘って遊びに来いよ。デートのいい予行練習にはなっただろ?」


 とても今更ではあるが……この状況、場合によってはデートと言ってしまえるのではないか?


 美少女とのスポーツデート……うーむ、なかなか悪くない……。


 問題があるとすれば、それは即ち美少女の相手が俺だということだ。


 ぜひ月ノ瀬には今日の経験を糧にして、司くんとの交流を深めてほしいものである。


「デ、デートって……」

「なに恥ずかしがってんだよ」

 

 勝気なのに意外と初心なところがあるよなぁ。


 とはいえ、そのキャラ設定は蓮見と被るからおすすめしないぞ。


 お前はもっとこう……『いいから私に付いてきなさい! どどん!』みたいなタイプじゃないと。 


「……アンタ、司とまであんな真剣にバドミントン勝負しろって言うの?」

「それは……。あー、微塵もデートっぽくねぇな」

「でしょう?」


 男女二人で出掛けることがデートというのであれば、俺たちの現状はそうだと言えるのかもしれない。


 だけど、月ノ瀬の言う通り……俺たちの様子はデートとは程遠いものだっただろう。


 笑顔なんて浮かべず、お互いに超真剣で。

 ただひたすら勝つためにだけにラケットをがむしゃらに振るう。


 アハハ、ウフフ……なんてキラキラした空間などではなく――


 チッ、くそが……! みたいな、殺伐とした雰囲気だったに違いない。


 俺も月ノ瀬も、ポイントが入ったときなんてガチで『っしゃあ!』って叫んじゃってたからね。


 隣のコートで仲良く遊んでたカップルなんて、俺たちのその声を聞いて『なにごと!?』って顔でこっち見てたからね。


 同じことを司にもやらせろ……というのは無茶な話である。



「……」


 ――ふと、月ノ瀬の表情が穏やかなものへと変化する。


 まるで、なにか思い出すように……辺りをグルッと見回した。


「ここに居ると……あのときのことを思い出すわ」


 なんのこと……とは聞かない。聞く必要が無い。


 この施設。

 この休憩スペース。


 考えられることなんて、たった一つしかなかった。


「私ね」


 視線を目の前に座る俺に戻し、月ノ瀬は話を続けた。


「ここでアイツらと会っちゃった瞬間、終わった――って思ったわ。怖くなって、足が震えて……どうすればいいか分からなかった」

「そんな感じだったな。なんだか懐かしいぜ」

「ええ。それで私は……逃げた。アンタたちに背中を向けて。本当に……情けないわ」


 被っていた仮面が剥がされた。

 積み重ねてきたものが壊された。


 あの日、月ノ瀬玲という謎の美少女転校生は――元クラスメイトだった者たちに一方的に暴かれたのだ。


 コイツのなかでは、それは恐ろしくて……とても苦しいものだっただろう。


 けれど。


 月ノ瀬には悪いが、結果的に見れば――俺としては嬉しい出来事だった。


「だけど、そのおかげで司と腹を割って話せたんじゃねぇか。一概に悪いこととは言い切れねぇだろ?」


 あの日、元クラスメイトたちと遭遇しなければ。

 月ノ瀬があの場で逃げ出さなければ。


 もしかしたら今も、月ノ瀬は仮面を被り続けていたかもしれない。


 偽りの姿で、俺たちと接し続けていたかもしれない。


 そうなれば――俺たち……いや、司との関係性もまた変わっていたはずだ。


 月ノ瀬の過去がどうこうよりも、重要なのはそちらだった。


「結果論ではあるがな」

「……そうかもね。けれどそれって――」


 俺を見据える月ノ瀬の目がスッと細まる。






「アンタが司の背中を押したからでしょ?」






 ハッキリと告げられた、その言葉。


 俺が司の背中を押しただと……?


 どうして――


「どうしてそれを知ってる――? って言いたい顔ね?」


 俺の気持ちを月ノ瀬が代弁する。


「司たちを行かせて、残ったあの女たちを……アンタが一人で追い返したんでしょ?」


 それは紛れもない事実だった。


 正確には追い返したわけではなく、適当に言葉をぶつけたら勝手に逃げていっただけだが。


 それに、一人だけあの場に残っていたヤツも存在する。そいつは黙って俺を見ていただけだったけど。


 なにも言わない俺に、月ノ瀬はさらに続ける。


「司から直接聞いたわ。あの日、私を追いかけるべきか迷っていたところで……昴に背中を押されたって」

「司が?」

「そうよ。……知ってる? 司って普段、昴の話ばっかりするのよ?」


 ……そう、なのか。


 当然ではあるが、普段俺が居ない場所で司が月ノ瀬たちとどんな話をしているのかは分からない。


 俺の話ばっかりってなんだよ……。んなつまらないことを話したってしょうがねぇだろうが。誰が喜ぶんだよ。


「それを聞いてね。私……アンタにちゃんとお礼を言いたかったの」

「お礼?」


 流れが――変わった。 


 ふっ、と月ノ瀬は柔らかく微笑む。


 ほかでもない、青葉昴という人間に向かって微笑んだ。


 そして――



「私が今、こうして自分らしくいられるのは……昴、アンタのおかげでもあるってことだから」

 


 『お礼』の言葉を告げた。



「今日付き合ってもらったのは……それを伝えるためでもあったの。だから――ありがと」


 穏やかな声で――『ありがと』。


 どいつもこいつも……すぐにお礼を言いやがって。

 

 俺は月ノ瀬に聞こえないように小さく息を吐き、すぐに苦笑いを浮かべた。


「ずいぶん回りくどいやり方だな」

「ふふ。だって、ストレス発散自体は本当だから。これでやっと本題に入れたわ」

「本題に入るまでがなげぇ……」


 結局――最初からそれを伝えたかったってだけかよ。

 

 そのためだけに、わざわざ俺をここに誘って……勝負までして。


 その面倒くささが……月ノ瀬玲という人間をしっかり表していると思う。


「それと……私はこうも思ったわ」

 

 月ノ瀬の話は、まだ終わらない。いったいなにを思ったのだろう。


「あぁ、きっと青葉昴って人間は――これまでも裏でそういうことをして司を支えてきたんだなってね」

「――ちげぇよ」


 思わず強い口調で遮るように俺は言う。


 それにより、ピクッと月ノ瀬の眉が動いた。


 俺が司を支えるだと――?

 

 俺ごときが? アイツを支える?


 ――バカ言ってんじゃねぇよ。

 アイツを支えられるほど、俺は人間が出来てねぇ。


 道具は、道具らしく……役者が演じるための舞台を用意するだけだ。


 ただ『当たり前』のことなんだよ。


 青葉昴なんかに――朝陽司が支えられるわけがねぇだろうが。


 湧き上がる感情を押し殺し、俺は冷静さを保つ。


「別に……お礼を言われるようなことじゃねぇって話だ」


 そう。


 本当に俺は、月ノ瀬にお礼を言われるような行いはしていない。


「あの日の時点で、お前の事情を知ってたのは司だけだろ? あれ以外の選択肢はなかった。それだけだ」

「……そうでしょうね。アンタだって、私のことは()()()()()()()わけだし」

「どうだって……?」


 俺が聞き返すと、月ノ瀬は僅かに視線を落とした。


「アンタがずっと私を()()()()()()ように、私も……ちょっとだけアンタのことが分かるから」


 俺が月ノ瀬を分かっていた。


 抽象的な言葉で――肝心の内容はハッキリと口にされない。


 それでも。


 俺とコイツの間では……十分だった。


「昴、アンタの気持ちがどうであれ……私が救われたことは事実なのよ」

「司のおかげで、な。俺はたいしたことはやってないっつの」


 俺はただきっかけを与えただけに過ぎない。


 散りばめられた点と点を繋ぎ……月ノ瀬玲という一つの線に繋ぐことができたのは、司の能力があってこそだ。


 仮に、あの場に司がいなくても俺は月ノ瀬を追いかけることはなかっただろう。


 どうだって良かったのだから。


「もしも俺だったら……お前の過去に寄り添うことなんてできねぇし、前を向けるような言葉も到底かけられなかった」


 月ノ瀬の身になにがあったのかなんて興味がなかったし、月ノ瀬を追う気も微塵もなかった。


 朝陽司が一人の少女に手を差し伸べるという……イベントに必要な『人材』に過ぎなかったのだから。


「まぁアレだな。適材適所ってやつだ。だから俺にその『ありがとう』は必要ねぇよ」



 実際、感謝するのは俺のほうなんだよ。



 あの日、逃げてくれてありがとう――


 暴かれてくれてありがとう――ってな。

 


 

 あの一件があったからこそ、俺は『不穏分子』であるお前に対する警戒を解くことができた。


 ずっと仮面を被り、不気味なほど完璧に振る舞っていたお前に……気を許したことなんて一度たりともなかったから。




「はぁ……」




 ため息。


 それは、月ノ瀬のものだった。


 呆れたような目で俺を見ると――大きく息を吸った。


 

 


 そして放たれた一言は――

 








「ほんっっっっとに面倒くさいわねアンタは!!!」









 心からの叫びだった。


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