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第121話 青葉昴は書店でバッタリ遭遇する

 ――昼下がり、駅前商店街の書店にて。


 本日発売の漫画を買いにやって来た俺は現在、店内の漫画コーナーに向かって進んでいた。

 

 昨今は電子書籍が盛んになっている影響で、紙媒体が減っているようだが……。

 

 俺個人的の気持ちだけで言えば、ゲームもそうだけど……やっぱり実物欲しくない? 

 棚に並べたときのあの『あぁ、コレクション増えた……』って気持ちが最高じゃない?


 もちろん、それぞれにメリットとデメリットが存在するから一概にどちらがいいとは言い切れないけども。


 俺は基本的に買ったものを現実で飾っておきたい気持ちが強いため、どうしても電子版というのに触れる機会は少なかった。


 ――まぁそんなわけで。


「おっ、あったあった……!!」


 新作コーナーに並べられていた一冊の漫画本を手に取る。


 現在アニメ化もされているラブコメ漫画だ。

 一概にラブコメとは言ってもシリアス成分も豊富に含まれていて、年齢や性別問わず人気の作品だ。


 その作品の最新刊で、前巻はかなり気になるところで終わってしまったから……先が気になって仕方が無かった。


 どれだけこの日を待ちわびたことか……!


 ほんじゃま、さっさと会計して家に帰ろう。


 そう思って、レジに向かって足を踏み出したとき――


「――あら?」


 近くから女子の声が聞こえてきた。


 それは俺に対してなのか、ほかのことに対して上げた声なのかは分からない。


 ただ、なんとなく綺麗な声だな……と感じて声の方向を見てみると――


「あ」


 見知った美人が――そこに立っていた。


 周囲の目を惹きつける、美しくサラサラな金髪。

 快晴の空をそのまま映したかのような空色の瞳。

 

 そんな一人の美人が、こちらを見ていた。


 そう。バッチリと……俺を見ていた。


 目が合い――三秒ほど経っただろうか。


 ここで俺が取るべき行動は一つ。


「じゃっ」


 何事もなかったかのようにこの場を立ち去ることだ!


 俺の最優先目的は漫画を読むこと!

 例え見知った顔とバッタリ遭遇しようが、そんなことはどうでもいい!


 そんなわけで俺は背中を向けて失礼――


「いやいや待ちなさいよ」


 はいダメでした。


 逃げようとした俺の腕を、そいつはガシっと掴む。

 

 くそっ! 知らない振りして逃げる大作戦が……!


 それに意外と力強いな! 細い腕のどこにそんな力が……!


 俺は観念して振り向くと、そこには。


「なに知らない振りして帰ろうとしてるのよ」


 金髪貧にゅ……ではなくスレンダーツンデレ美少女。


「昴」


 月ノ瀬玲が、呆れた顔でそこに立っていた。


 まさかのメインヒロイン様とエンカウントしたわけである。


 『圧倒的美少女ヒロインオーラ』を身に纏う月ノ瀬は、書店という静かな空間の中で明らかに存在感が浮いていた。 


 白のTシャツとデニムという超シンプルな格好なのにも関わらず、相変わらずその圧倒的容姿の力でオシャレに見えてくる。


 男女問わず、店内の客が月ノ瀬のことをチラ見してるし……。


 これ相対的に俺も目立っちゃうやつじゃん! やだもー!


「あれ、月ノ瀬か! いやー奇遇だなぁ! 髪切った? 身長伸びた? 香水変えた? いい匂いだな! ぐへへ」


 とりあえず俺はわざとらしく表情をヘラヘラさせ、挨拶をする。


 それにしてもコイツ……一人でここまで来たのか。

 過去の経験もあって、あまり一人で外出しないようにしてる印象だったし、司もそこを気にしていた。


 でも……そうか。


 もしかしたら、先日の有木との一件で月ノ瀬なりに吹っ切れたのかもしれないな。


「駅前だから近くに交番あるって知ってるかしら?」

「勘弁してくださいよ姉御ぉ!」

「誰が姉御よ。まったく……」


 月ノ瀬はため息をついて、俺の腕から手を離す。


 こうなってしまったらもう逃げることはできないし、少しの間こいつに付き合うとしよう。


 俺は咳払いをして、改めて月ノ瀬へと顔を向けた。


「で、お前なにしてんの?」

「もちろん本を見に来たのよ。当たり前でしょ?」


 周囲をグルッと見渡し、月ノ瀬は答える。


「え、お前書店に本を見に来てんの? マジ? すげぇな」

「いやいや、ここ本屋さんよね……? むしろアンタはなにしに来てるのよ……?」

「うふふ、秘密♡」

「ぶっ飛ばすわよ」

「ごめんなさい」


 怖い。夜叉様怖い。


 ニコッとそれはそれは素敵な笑顔を浮かべる月ノ瀬に、俺は反射的に頭を下げる。

 

 あまりにも迷いのない流れる動作に、自分でも惚れ惚れするぜ……。


 ふっ、これも普段の行いの賜物かな……。

 鬼様といい天使ちゃんといい、いつも頭下げたり土下座したりしてるからね。


 ……自分で思ってて悲しくなっていると、月ノ瀬は俺が手に持っている一冊の漫画に目を向けて「それ……」と口を開いた。


「アンタの目的はその漫画?」

「ん? おお、そうそう。今日最新刊の発売日なのよ。いやー待った待った」

「へぇ、そうなのね……」


 月ノ瀬は漫画とかそういうのに興味なさそうだし、あまり話を広げても仕方ないかもしれない。


 そう思っていたのだが――


「私も今日、参考書のついでに漫画とか、えっと……ライトノベル? も見に来たの」

「え」

「え?」


 突然出てきたその単語に、俺は思わずポカーンと呆けた。


「お前今なんつった?」


 月ノ瀬からはあまりにも聞きなれない単語。


「だから参考書……」

「その次だ次」

「あぁ、漫画とライトノベル?」


 漫画と……ライトノベルだと……!?


 なぜ月ノ瀬玲がそんな単語を口にするんだ!?


 まさか――!


「お前、さては月ノ瀬の皮を被ったるいるいだな!?」

「どういう意味よ! アンタの中の留衣はどういう存在なのよ……?」

「アイツなら変化の術なんて朝飯前だろうし!」

「それ本人に言ってもいいの?」

「絶対やめてください」


 知り合いの女子のなかで、漫画やラノベといった……そっち方面を好んでいるヤツなんて渚くらいしかいない。


 例えば日向の場合、漫画はよく読んでいるがラノベに関してはからっきしだ。

 

 なぜならば……日向曰く。


 『文章読んでると眠くなっちゃうんですよねー。二行が限界ですあたし! やっぱり絵が無いと!』――とのこと。


 どうよ。解釈一致でしょ?


 というわけで、それらを愛好しているのは渚こと鬼様しかいないのである。


 俺が知らないだけで、実は隠れオタクがいるのかもしれないけど。


「え、なにお前。まさか漫画とラノベを参考書にしてるの? たしかにラブコメは恋愛の参考書としてまぁ……」

「なに言ってるの? アンタは現実で起きないことを参考にするわけ?」

「おまっ! 全国のラブコメファンを敵に回したな!? 誰もが理解しているのに、あえて言わないようにしているその言葉を……!」


 月ノ瀬は訳が分からなそうに眉をひそめた。


 コイツの何気ない一言はきっと、全国のラブコメ愛好家兼モテない青少年たちを葬り去ったことだろう。


 それには当然――俺も含まれているがなぁ! ふぐぅ!!!


 だけど、俺は数多くのラブコメあるあるをこの目で見てきてるんだよ! 


 つまり! 現実に起きないとは言い切れないのである!


 まぁそのためには、生まれ持った圧倒的な『ラブコメ主人公力』が必要なわけだけど。


 無理だね、うん。


「んで? 実際どうしたんだよ。お前、今までそういうのあまり興味なさそうだったじゃねぇか」

「別に興味がなかったわけじゃないのよ? 一度は触れてみたいとは思ってたわ。アニメとかゲームもそうだけど」

「マジかよ」


 意外だった。


 今この場に渚がいたら、きっとそわそわしていたに違いない。


 布教したいけど、あまりグイグイいったら引かれるかな。いやここは我慢だ……とか思ってずっと黙ってそう。


「この前、留衣の家に遊びに行ったの」


 お……?


 そわそわるいるいを心の中で小馬鹿にしていたら、ちょうど話題に上がってきた。


 というか、いつの間に女子会みたいなイベントしてたのかよ。ヒロインズもしっかり交流を深めていて嬉しい限りですね、ええ。


 でも渚の家かぁ……もちろん行ったことはないが、どういう感じなのだろう。


 勝手なイメージではあるが、ゲームとかアニメとか漫画とか……そういうのが散乱していそうだ。あと服は超少なそう。ジャージやパーカー系だけ無駄に数多そう。


「それで、留衣の部屋にゲームとか漫画とか……いろいろ置いてあって。まるでお店に来たような気持ちだったわ」

「ほぇー……まぁ想像通りだなぁ」

「私も興味あったし、おすすめの作品を聞いたら帰り際に何冊か貸してくれたのよ」

「アイツ、布教できて絶対嬉しそうだったろ」

「ふふ、そうね。あまり顔には出てなかったけど嬉しそうだったわよ?」


 よかったねぇ、るいるい……ぐすんぐすん。ママ嬉しいわよ。


「そして家に帰ったあと、空いた時間に少しずつ読み進めていたら……」

「ははーん? さては予想以上にハマったな?」


 月ノ瀬は恥ずかしそうに視線を落として「……そ、そうね」と頷いた。


 渚がどんな本を貸したのかは知らないが、見事にぶっ刺さってしまったようで……。


 くくく、踏み出しちまったなぁ……月ノ瀬。


 何気なく読んだ一冊。

 何気なく観た一作。


 その何気ないが……数多の人間たちを沼に引きずり込んで来たのか。


 つまり月ノ瀬よ……それがオタクへの第一歩だぜ。

 

「んで、せっかくだから本屋に行ってみようかと。ついでに参考書も探そうと」

「ぎゃ、逆よ逆……! 参考書目的で来たのは本当だからね!?」

「ニヤニヤ」

「……。角が尖った辞書は置いてないかしら……」

「おい待て、それでなにしようとしてる? どうして角を重要視してるの??」


 辞書として使うわけじゃないよねそれ。

 絶対装備アイテムとして使おうとしてるよね?


 俺はまだ生きてたいの! 許して玲ちゃん!


 こうして昴くんの尊い命がまた救われたのであった。


「アンタは本屋さんによく来るの?」

「んーほどほどには来るぞ。こう見えても俺は知的だからな」

「たしかに恥的よねアンタは」

「ふふふ、そうだろうそうだろう! ……ん?」


 なんか今おかしくなかった? 気のせい?


 俺、褒められたんだよ……ね?


 ……あれれ?


「そうだ」


 月ノ瀬は改めて棚に置かれた本たちに目を向ける。


「アンタのおすすめ、教えてくれない? なにか面白いのある?」

「エッチなのでいい?」

「聞く相手間違えたわ。今までありがとう青葉。元気で」

「ごめんて! 急に名字呼びに戻すのやめてくださいよ姉御~!」

「だから姉御はやめなさいって」

 

 ジト目を向けてくる月ノ瀬に、俺は情けない声で懇願する。


 別に呼ばれ方にこだわりなんてないけど、急に名字で呼ばれると一気に距離が離れた気がするね。悲しいよあたしは。


 で、なんだっけ? 俺のおすすめ?


 うーん……急に言われてもなぁ……。


 それこそ今日買いに来た作品でもいいんだけど……。


「お?」


 なんとなく棚を見ていると、一冊の漫画本が目に入った。


「どうしたのよ」

「この漫画……」


 中二病っぽい格好のイケメンが描かれた表紙の漫画。

 だけど内容はかなり硬派で、男性人気が非常に高い作品。


 俺が指さしたその漫画本を、月ノ瀬は興味深そうに見てきた。


 たしかこれって……そうだよな。


「司が好きな漫画だったはず。これにしておけば? お前の好みに合うかは知らんが」

「えっ、詳しく聞かせなさ――って待ちなさいよ。別に今はそういう話じゃなくて……」


 恥ずかしい気持ちを隠すかのように、月ノ瀬は早口で言った。


「へぇ? じゃあ興味ないかー。そっかー……」

「……キ、キープで」

「素直になれよ玲ちゃん」

「うるさいわね」


 ニヤニヤ笑う俺を月ノ瀬はキッと睨みつける。


「私はアンタのおすすめを聞いてるんだけど?」

「えーでも司と話せるやつのほうがいいだろ?」

「それもそうだけど……。今はアンタのおすすめを教えなさい」

「俺の?」

「そうよ、アンタの。ここにいるのは司じゃなくてアンタでしょう?」


 それはそうだが……。


 別に俺におすすめされたからって、司と話せるわけでもないのに……。


 まぁ月ノ瀬がそう言うなら、ちょっと考えるか……。

 

 俺のおすすめ且つ、司とも話せるような本を選んでおけばいいだろう。


「仕方ねぇな。昴先生がいっちょおすすめ作品をピックアップしてやるかぁ!」

「ええ、よろしくね。昴先生?」

「……ねぇ、もっかい言って月ノ瀬。先生ってもっかい言って?」

「……やっぱり頼む相手間違えたかしら」


 ――などと、くだらない会話をしながら俺は書店で月ノ瀬と過ごしたのであった。


 思えば、月ノ瀬と二人きりで話すなんて……いつ以来だろうか。


 ふと、そんなことを思った。


 × × ×


 ――少し経って。


 互いに買い物袋を手に持ち、書店から出た俺たち。


「にしてもお前、本当におすすめしたやつ買うとはな」

「当たり前でしょう? せっかく薦めてくれたんだから」


 俺がおすすめしたのは、漫画とライトノベルからそれぞれ一作品ずつ。


 月ノ瀬はそのどちらも一巻ずつしっかり購入していた。


 もちろん、比較的読みやすいものを選んだのだが……まさかあっさり買うなんて思ってもいなかった。


 こうも好意的な反応をされると、渚が嬉しく思った気持ちも少しだけ理解できる。


 なんかこう……いいね。


 布教ってこういう気持ちなのか……。


「司が好きなやつもしっかり買ってるけどなお前」

「そ、それは……別にいいでしょう!?」

「ちゃっかりしてんねぇ」


 というわけで、月ノ瀬は合計三冊の本を購入していた。


 ちなみに参考書は買ってなかったです。本来の目的を忘れてるんじゃないかって思ったけど……まぁいっか。それについては興味ないし。


「さーてと」


 買いたいものは買ったし、あとは家でゆっくりするとしよう。


 こんな暑い中、長時間外出してたら溶けちゃう。スバルスライムになっちゃう。お、なんか語呂よくね?


 ボク、わるいスバルスライムじゃないよ!


「あ、そうだ昴」


 じゃあ帰るわ……と言おうとした直前、月ノ瀬が俺を呼ぶ。


 ポケットからスマホを取り出し、時間を確認するとこちらに顔を向けた。


「アンタ、これから予定ある?」

「帰って漫画を読むという重大な予定がだな――」

「そう、じゃあまだ時間に余裕はあるわね」

「おかしい。日本語が通じてないぞ」


 物凄く自然に流されたぞ。

 

 俺のとっても大事な予定が……!


 それより、どうして俺の予定なんて聞いてきたんだ?


 疑問に思っていると、月ノ瀬はニッと笑顔を浮かべた。勝気な月ノ瀬らしい、さっぱりとした笑顔を。


 そして、ハテナマーク状態の俺に言い放った。



「ちょっと私に付き合いなさい」



 ……。


 …………。



 はぇ????


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