第15話 美少女の私服姿もまた美少女である
土曜日。それは神の曜日。
一部の業界を除き、一週間の中で最も人気がある曜日だろう。
次の日も休みというこで、実質もうなにをしても許されるのである。
これはもう間違いなく神の日と言えるのではないだろうか?
そんなことない? あ、はい。
――そんな神の曜日、土曜日のお昼にて。
現在、俺は人が賑わう駅前の広場で人を待っていた。
「先輩」
「なんだ後輩」
俺の隣に立つのは、不満そうに口を尖らす嵐っ子こと川咲日向。
動きやすそうなアクティブコーデに身を包んだ日向は、トントンと俺の靴を軽く蹴っていた。
「大好きな司先輩からある日LINEがきました」
「おう」
不満そうな声音で話す日向。
俺はスマホを弄りながら適当に返事をした。
「今週の土曜日って暇? スポパ行かない? って連絡くるじゃないですか?」
「おう」
「そんなのもうデートでしょ! ヤバ! ってなるじゃないですか?」
「……おう」
思わずスマホを弄る手を止める。
……。司、お前そんな誘い方してたのかよ。
なんでみんなで行くんだけど~って言わないんだよ。
アイツのことだから深く考えてなかったんだろうなぁ……。
ウキウキで返信する日向の顔が目に浮かぶ。
「で、いざ待ち合わせ場所に来たら全然違う先輩がいるじゃないですか! どういうことですか!?」
ゲシゲシ。
俺の靴を蹴る力が徐々に強くなっていく。
これに関しては日向は被害者だなぁ……。かわいそうに……。
そんな日向を安心させるため、俺は優しく微笑んだ。
「大丈夫だって日向。俺も司も似たようなもんだろ」
「全然違うんでホントにやめてもらっていいですか?」
プンスカしていたはずが、急にスンっと真顔に戻る。
あれ? ひょっとして俺、クールダウン効果あり?
怒ってる人にはコレ! 青葉印の昴くん!
あっという間に落ち着いてくれるよ!
「へいへい」
「ちょっと先輩聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。――お? 次のイベントの先行情報出てるじゃん!」
これはチェックしないと。
「って全然聞いてないじゃないですかも~! スマホ没収ですー!」
日向は俺のスマホを取り上げる。
あーあ……せっかくナイドラの公式SNS見てたのに……。
次のイベント情報出てたなぁ……新キャラ情報とかもあるのかなぁ……。
不完全燃焼な気持ちを抱え、俺は日向に向き直る。
「でもそんな司が好きなんだろ?」
「それはそうですけど――ってなに言わせるんですか! は、恥ずかしっ……!」
キャーと日向は赤くなった顔を両手で覆った。
普段あんなに好き好きアピールしてるのになに言ってるんだコイツは……。
白けた視線を一人で舞い上がる日向に向ける。
さっきまでスンってしてたのに今度は照れ照れ状態。
喜怒哀楽百点かお前は。
――あ、そういえば。
「日向、お前テストどうだったんだよ」
テスト、という言葉に日向は固まる。
グギギギとそれはもう錆びついたロボットのように、ゆっくりとこちらを向いた。
「ま、まぁ余裕……でしたね。余裕ですよ、余裕」
ほう?
「おーそうか。そりゃよかったな? あとで志乃ちゃんにも伝えておこっと」
「まままま、待ってください~!」
「余裕だったんだろ?」
「……余裕じゃなかったです。ででで、でも! あたしにしてはよく出来たほうかと!」
日向にしては、というのが少し不安ではあるが……。
でも実際のところ問題はないのだろう。
志乃ちゃんもそうだが、これまた月ノ瀬の存在が大きい。
アイツにも勉強を見てもらっていたし、日向自身も理解してそうな雰囲気だったしな。
というか一年生最初のテストで赤点取られたらたまったもんじゃない。
「ほうほう。ほんじゃ、期待できるんじゃねぇの? ご褒美」
俺の言葉に日向はハッと目を見開く。
日向が司に要求していたご褒美。
その内容はテストを頑張ったら……というものだった。なにをどう頑張るのかは何一つ具体化されていない。
ガバガバ判定である。
「そうですよね!? あたし頑張りましたもん! えへへ、なにお願いしようかな~! アレかなぁ? それとも――」
日向はデレデレと妄想の世界に入っていく。
気が緩んだ隙に、日向が握りしめていたスマホを抜き取った。
俺はスマホの明かりを点け、時間を確認する。
午後十二時五十二分。
待ち合わせ時刻まであと八分程だった。
「あ、二人とも! お待たせ!」
聞き馴染みの声。
声が聞こえてきた方を向くと、美少女が俺たちに手を振っていた。
カジュアルな衣装に身を包んだ蓮見である。
――と、その後ろを付いていくように歩くワンピース姿の渚の姿がそこにはあった。
「あっ! こんにちは晴香先輩! 留衣先輩!」
「こんにちは日向ちゃん」
蓮見は俺たちのところまで歩いてくると、渚と元気に可愛くハイタッチを交わしていた。
一方で――
「………こんにちは」
「あれ? 留衣先輩体調不良ですか?」
渚は具合が悪そうに俯いていた。
日向が心配そうに声をかけながら渚の顔を覗き込む。
「るいるいね、人混み苦手なの。だからこうなっちゃって……」
今日は土曜日ということもあり、普段より人が多い。
家族連れやカップル、その他さまざまな人たちが行き交っていた。
渚は日向に対して首を左右に振る。
「……大丈夫。時間が経てば治るから」
「えーそうなんですか? 青葉先輩、治してあげてくださいよー」
「フフフ。どれどれ、俺が診てあげよう……」
「絶対やめて」
キッと俺を睨む渚氏。
体調不良でありながらもその鋭い目付きは健在だった。
なんだよもー……せっかく可愛い後輩の頼みを聞いてやろうと思ったのに。
「あはは……青葉くんもこんにちは。待たせちゃってごめんね」
「おうよ」
俺はスマホをポケットにしまい、改めて蓮見をよく見た。
普段は制服姿しか見ていないため、こうして私服姿を見るのは新鮮だ。
蓮見はもうしっかり美少女なので私服姿も当然美少女である。
メロンパンの謎ヘアピンもしっかり完備。
白を基調とした清楚でありながらもカジュアルな装い。蓮見によく似合うその服装に俺はほっこりと心が温かくなった。
だって……ねぇ?
「蓮見……お前……」
しみじみと呟く俺に蓮見は首をかしげる。
「服……頑張って決めたんだなぁ。可愛いじゃねぇの……」
わざとらしく右手で目元を覆い、涙声で言う。
グスングスン、俺は鼻をすすった。
最初はポカーンとしてた蓮見だったが、俺の言葉の意味を理解するなりみるみるうちに顔が赤くなる。
「えっ! こ、これは別にっ! そういうんじゃ――」
「……なくないよね? わざわざわたしに相談までしてきたんだからさ」
「るいるい!」
親友から投下される真実爆弾。
「もう!」と蓮見はポカポカと渚を叩いていた。可愛い。
あーやっぱり渚に服装の相談してたんだなぁ。
そうだよなぁ。せっかく司と会うんだから可愛い姿を見てほしいよなぁ。
乙女の努力に俺はニコニコと笑顔を浮かべた。
「えーちょっとそれ抜け駆けですよ晴香先輩! あたしだって遅くまで悩んで服選んだんですからねー!?」
「ひ、日向ちゃんだって可愛いよ! そういうスポーティー系って元気な日向ちゃんだから似合うんだよ?」
「本当ですかー? 司先輩、これであたしにメロメロですかね!」
「そ、それはちょっと分からないけど……」
「あれ晴香先輩。そのアクセって――」
乙女たちが洋服の話で盛り上がり始めた。
その服どこで買ったのーとか、どのブランドなのーとか……。
あーなんか……いいね。この女子空間。おじさん癒されるよ。
ボーっと会話を聞いていると、トボトボと渚が具合悪そうに歩いてきた。
俺の隣に並び、同じように蓮見たちの会話を眺める。
「日向も洋服に興味あったんだなぁ」
てっきり、洋服なんて機能性重視でしょ! ていうタイプだと思っていた。
心の中で謝っておこう。日向、どうもすんませんした。
俺の呟きに隣の渚が小さく息をつく。
「当たり前でしょ。女の子はみんな服に興味あるよ」
「……お前もか?」
「……ま、少しはね」
俺は渚に顔を向ける。
女子の服をジロジロと見るのはなんかアレなため、サッと視線を戻した。
「たしかに似合ってるな。やるやん?」
「……上から目線ムカつく。………ありがと」
おっと……もっと噛みついてくるかと思ったが……。
呟くようにお礼を言い、渚は視線を外にズラした。
渚も日向が言うように、遅くまで洋服を選んでいたのだろうか。
それとも蓮見とお互いに相談し合っていたのだろうか。
誰かに見せるために悩んだのだろうか。
その答えは……俺には分からない
会話も無く、時間が流れる。
そして――
「えっ! ちょっとみんな! 見て!」
蓮見が俺たちに声をかける。
アレ! アレ! と一つの方向に向けて手を伸ばしていた。
アレ……?
なんだ宇宙人でも歩いてんのか?
俺たちはそれぞれ蓮見の言う通り、その方向を見た。
そこには――
「……」
街の人々の注目を一身に浴び、サラサラと金髪を靡かせて歩く一人の美少女がいた。
美少女過ぎて――明らかに周囲から浮いていた。
「え、ちょ、アレはズル過ぎません……?」
日向が呟く。
女子がズルいと思わず口にしてしまうほどの圧倒的美少女。
その美少女は誰かを探すように、周りをキョロキョロと見回した。
そしてその顔が俺たちのほうに向くと――
「あっ、いました……!」
綺麗に微笑んだ。
美少女は胸元で小さく手を振り、駆け寄るようにこちらに近付く。
これ俺大丈夫? 周りの男から呪い殺されたりしない? 塩撒く?
容姿にピッタリなクールなパンツスタイルを着こなす圧倒的美少女。
月ノ瀬玲その人であった。
「すみませんお待たせしてしまって……!」
月ノ瀬が超美少女であることなんて俺たちは分かっていた。
しかし、その俺たちは普段、月ノ瀬の制服姿しか見たことがなかった。
蓮見のときも思ったが……。
まさか、服一つ違うだけでこんなにガラッと印象が変わるなんて……。
普段の月ノ瀬を知っている俺たちですら、その姿に目を奪われていた。
「あ、あれ? みなさんどうかされました……?」
なにも言わない俺たちに困惑する月ノ瀬。
蓮見たちは……ちょっと今思考が絡まってそうだな。主に司関係で……。
そりゃこれから来る司の目にこんな美少女が映ることになるのだ。
気が気でないだろう。
――コホン、俺と咳ばらいをする。
「いやー悪い月ノ瀬。お前が美少女過ぎるからみんな唖然としてたわ」
なぁみんな? と俺は周りに言葉を投げかける。
それによりハッと意識を取り戻す面々。
「う、うん! ビックリしたよ。だって月ノ瀬さん、すごく綺麗なんだもん!」
「ま、まだあたし負けてませんから! 勝負はこれから司先輩が来たときです!」
「その……私服を全然持っていなくて……こういう普通なものしか……」
「普通って……! いやいやいやいや……美少女ってすごいね……」
「蓮見さん……?」
月ノ瀬の言う通り、服自体には特徴がなく探せば見つかるものだろう。
しかし、着ている人物が圧倒的な美少女であるため……その服のレベルも総じて高く見える。
同じ服でも着る人によって印象変わるよーってやつだな。
蓮見と日向は今度は月ノ瀬を交えて洋服談義に花を咲かせる。
そんな三人に混じることなく、隣でボーっと見ていた渚に声をかけた。
「お前も混ざらなくていいのか?」
「わたしはみんなほど詳しくないから。でもホントに……月ノ瀬さん、綺麗だね」
「同意。超同意」
俺はブンブンと首が吹き飛ぶ勢いで頷く。これぞ同意の舞。
「通報しとく?」
渚はスマホを取り出すと、通話画面を開く。
スマホを持たない右手の人差し指は、一番に置かれていた。
「えっと……一、一……」
うんうん。一、一……。
っておい待てぇ!
俺は慌てて数字タップを制した。
「そんなコンビニ感覚で通報するヤツがいるか! なにしてんの!?」
「ふふ。冗談に決まってるじゃん。なに慌ててんの?」
プププ。と渚が意地悪そうに笑う。
俺は額に滲んた冷や汗をぬぐった。
渚の冗談は本当に心臓に悪い。コイツならやりかないからだ。
俺を弄って満足げな様子の渚は再び月ノ瀬を見る。
「朝陽君、驚くんじゃないの? 月ノ瀬さん見たら」
「いやーどうだろうなぁ……可愛いって思うことは間違いないと思うが……」
「晴香、負けないでほしいけど」
「それは蓮見の努力次第だな。あたしも頑張っちゃおうかしら」
「だれ……?」
で、その朝陽君はまだ来ないのか?
俺はスマホを取り出すと、ちょうどメッセージが一件飛んできた。
司からだ。
──『ごめん! ちょっとだけ遅れる』
志乃ちゃんも一緒だろうから、二人はちょっとだけ遅刻……か。
志乃ちゃんはちゃんとしてるから、おおかた司が道に生えてる草でも食って腹壊したんだろ。知らんけど。
俺は目の前の蓮見たちを見る。
「体育のときも思ったけど、やっぱ月ノ瀬さんスタイルいいよね。足もスラっとしてるし……モデルさんみたい」
「そ、そんなことないですよ」
「ぐぬぬ……まだ。まだ負けてない……負けてないもん……」
日向はずっと月ノ瀬に対抗心を燃やしている。
後輩ヒロイン枠としては欠かせないポジションだから安心するんだ日向。この枠は月ノ瀬じゃ担当できないからな。
まぁ、とりあえず……。
司が来てからがお楽しみだな。にしし。
──なんて。
今日、俺たちが突きつけられる『とある真実』のことなど知らずに。
俺は呑気に笑った。