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第120話 川咲日向はさっそくおねだりする

 ――そしてまた少し時間は経ち、夕方。


 明石と別れた俺たちは改めて後輩たちと合流し、電車に乗って帰路に着いた。


 その後、慣れ親しんだいつもの駅に到着すると、日向が大きく伸びをする。


「ん~! 帰って来たって感じする!」

「そんなお前、旅行帰りみたいな」

「うるさいですよも~!」

 

 たった半日程度出かけていただけなのに、まるで帰郷したかのようなご様子である。


 試合を観にいくという目的も終わったし、あとは各々適当に帰るだけだろう。


 夕方と言っても当然まだまだ暑い。長時間の外出は危険ですからね。


「ホントに今日はお疲れ様、日向」


 茶々を入れた俺にフシャーと威嚇をしていた日向に、司が声をかける。


 すると日向は驚くほどの速さで表情を変えると、ニコニコと笑い始めた。


「えへへ、ありがとうございます先輩~!」


 司と俺とで対応違い過ぎません?


 もう猫じゃん。


 飼い主に対してはデレデレだけど、お客さんとか来ると途端に凶暴になる猫じゃん。


 あーでも、コイツ気まぐれだしなぁ……。


 猫という言葉はあながち間違っていないのかもしれない。


 月ノ瀬も猫っぽい。

 蓮見は……犬か?

 渚は鬼。


 やれやれ、と俺はため息をつきながら俺は三人を見渡した。


「んで? こっからどうする? 帰る?」

「お前、ナチュラルに帰ろうとするじゃん」


 あ、やべバレた。


 ただでさえ暑い中外出して、中学時代のクラスメイトに会ったと思ったらあれこれ振り回されて……正直疲れたよね。


 帰ってクーラーの効いた部屋で寝たいよね、うん。


 ジト目を向けてくる司から、俺はスッと顔を背けた。


「……あっ!」


 うわビックリした。


 日向がなにかを思いついたかのように目を輝かせ、司との距離を縮めた。


 あーこれ……また変なこと考えてんなぁコイツ……。


「司先輩!」

「どうした日向」

「あたし、めっちゃ頑張ったじゃないですか! ちょー頑張ったんですよ~!」

「ああ、うん。それはそうだな」


 お前最後のほうしか試合出てなかっただろうが。


 まぁでも、頑張っていたことは事実だからなにも言わないけど。


 なんだかこの時点で、日向がなにを言おうとしているのか分かった気がする。


 ああいうヘラヘラ顔をしているときの日向は――


「じゃあご褒美くださいっ!」


 うん。ろくなことを考えていない。


 今日も元気に日向ワールドが始まりやがったよ……。


 志乃ちゃんも同じことを思っているのか、「日向ったら……」と呆れたように言っていた。


 しかしながら、今のコイツにそんな言葉が通じるわけもなく……。


「ご褒美? そんないきなり言われてもなぁ……なにがいいんだ?」

「買い物に付き合ってください!」

「え、今から?」

「今からです!」


 お――?


 これはこれは……だいぶ踏み込んだな日向のやつ。


 だけど、そういうのは嫌いじゃないぜ! よく言った!


 とはいえ、司の性格上『じゃあみんなで行くか!』とか言って、俺を巻き込み兼ねないから……。


 ここは一つ、手伝ってやるぜ後輩。


「いいじゃん司。付き合ってやれよ」


 ニヤリと笑う俺に、司が「え?」と驚いたように言った。


 敬愛する昴先輩のアシストに気付いたであろう日向も、目をキラキラとさせて期待の眼差しを向けてくる。


 ハハハ! いいぞ日向! もっとそういう目で俺様を見たまえ!


「日向、お前はめっちゃ頑張った! 感動した!」

「ですよね!?」

「ああ! だったらご褒美がないとやってられんよな!」

「はい! やってられんです!」

「――そういうわけで司、先輩として日向にご褒美をあげてやれ」

「どういうわけだ……?」


 いやー俺っていい先輩だわー。いい先輩過ぎて惚れちゃうわー。


 日向が俺に向かって無言で『ナイス!』とサムズアップしてきたため、俺をニッと笑ってやり返してやる。


 最近は月ノ瀬だの蓮見だの、あそこらへんが目立っていたからな。ここらで一つ司先輩と楽しい時間を過ごしてこい。


「なに考えてるのか分からないけど……」


 突然連携を取った俺と日向に、司は仕方なさそうにため息をついた。


「分かったよ。日向に付き合うよ」

「やた~! 日向ちょー嬉しいです!」


 日向はバンザイをしながら、嬉しそうにその場をくるくると回る。


 ツインテールがまるで生きているかのように、その小さな身体の周りで孤を描いていた。


 ってそうじゃん。生きているかのように……っていうか、あのツインテール生きてるんだった。


 やっぱり持ち主の感情に反応して動いてるよね、アレ。


 うーむ……夏休みの自由研究の内容決まったな。


 『後輩のツインテールが自我を持っている件について』。


 これだ!


 なんかライトノベルのタイトルみたいになっちゃった……。


「志乃はどうするんだ? なんなら一緒に――」


 あ、志乃ちゃんどうしよう。


 まぁ別に三人行動でもそれはそれでなにも問題な――


「まままま待ってください司先輩!」

「なんだよ日向?」

「二人で! 二人でいきましょう!」


 おぉ! グイグイいくねぇ! やるなぁ日向後輩!


 まるでテレビの前で戦隊ヒーローを応援する子供のように、俺は内心ウキウキだった。


 司は「二人……?」とハテナマーク状態ではあるが……。

 

 そこは察してあげなさい! ママ怒るわよ!? おっと昴ママ失礼。


 すると、日向が今度は志乃ちゃんに顔を向けて……なにかを伝えるように小さく頷いた。


 それに対し、志乃ちゃんは少し経ったあと……ハッと目を見開く。


 俺たちには分からないが、親友同士なにかを伝え合ったのかもしれない。


「兄さん、私はその……ちょっと疲れちゃったから帰るね。だから日向に付き合ってあげて?」


 おぉう、これは上手なフォロー。

 さすが親友。サポートもバッチリだ。


「いやでも志乃、そしたら帰り……」


 司お兄ちゃん的には、妹が心配なのだろう。


 そんな過保護にならなくても、家に帰るくらい大丈夫だろうが。

 

 それこそ俺が――


「そこは大丈夫だよ、兄さん」


 志乃ちゃんはチラッとこちらを見ると、俺との距離を縮めた。


 おん……?


「だって、昴さんが送ってくれるから」


 ……おぉう。


「ね? 昴さん?」


 ――――おっふ。


 俺を見上げ、まるで女神のような微笑みを向けてくる美少女。


 朝陽志乃がそこにはいた。


 優しく、そして柔らかいその声音に俺の顔が途端に緩む。


 それはもう……大変だらしなく緩んだ。


 日向のことはバカにできないレベルでゆるゆるである。


 でへへへ。


「絶対に送り届けちゃう! なにがあっても無事に家まで送るからね!」

「だってさ、兄さん。最高のボディーガードさんが付いてくれるみたい」

「どうも、最高のボディーガードです。キリッ」


 ふっ。見つけちまったかもな。


 天職――ってやつを。


「めちゃくちゃ心配だけどそのボディーガード大丈夫か志乃」

「だ、大丈夫だと思う………多分」

「キリッ」

「キリッしか言ってないけど大丈夫かそのボディーガード」

「え、えーっと……大丈夫だと、思う……多分」

 

 ――冗談は置いておいて。


「ま、大丈夫だっての。志乃ちゃんは俺がちゃんと送るからさ。お前は日向の子守りしてやれ」


 志乃ちゃんが司たちに付いていくなら一人で帰ろうと思ったけど、そうじゃないなら話は別だ。


 志乃ちゃんみたいな可愛い子を一人で帰らせるわけないでしょ!?


 よく分からない男に声かけられたらどうするのよ!?


「ちょっ、子守りってなんですか~! 人を子供みたいに言わないでくださいよ!」

「ばぶばぶ」

「それ赤ちゃんじゃないですか!」

「パパって呼んでくれてもいいのよ♡」

「気持ち悪いので二度と言わないでください」

「すんませんした」


 だから急に素に戻るのやめてよ。ビックリしちゃうじゃん。


「そんなわけなので! いきましょう司先輩!」


 今のおふざけで、いい感じに司の気を散らすことはできただろ。知らんけど。


「それじゃー志乃! 昴先輩! また会いましょー! ほら行きますよせんぱーい!」

「あ、おい日向、急に引っ張るなって! あー昴、ちゃんと志乃を送り届けるんだぞ! 変なところに連れていったら承知しないからな!」

「大丈夫だっつの。早く行け。しっしっ」


 ちなみに変なところって例えばどこですかね。昴お兄さん気になります。


「お前っ!」

「またね、日向。兄さんのことよろしくね」


 抵抗空しく、司はズルズルと日向に引っ張られて行ってしまった。


 あの程度の接触なら問題ないだろうし、特に心配することはないな。


 せいぜい司のことを振り回してやれ、日向。


 それをできるのが、お前の最大の武器だろうからな。


 後輩に引っ張られる情けない男を、俺と志乃ちゃんは手を振って見送った。


 じゃあな司……お元気で……。


 ――そんなわけで。


 残された俺たち二人ではあるが……。


 適当に帰るとするか。


「じゃあ……昴さん」


 志乃ちゃんは俺に身体を向けると、ふふっと優しく微笑む。


「ボディーガード、よろしくお願いしますね?」


 なにこの可愛い生き物。

 守りたい! この笑顔!


「私めにお任せを。お嬢様」

「お、お嬢様って……恥ずかしいですね……」

「ひゅー! 恥ずかしがる志乃ちゃん可愛い~!」

「かわっ……って、もう……! テンションどうなってるんですか昴さん!」


 おっと、志乃ちゃんが可愛くてつい。

 

 顔を赤くして、俺からふいっと顔を逸らす姿もまた可愛らしい。

 

 志乃ちゃんと関わると、ことあるごとに可愛い可愛い言ってる気がするんだけど気のせいかな? いや気のせいじゃないな。


 これはね、仕方ないのよ。


 おはようございますとか。こんにちはとか。そういう刻み込まれた当たり前のようなことなのよ。


 そう、つまり。


 志乃ちゃんは可愛い。


「それじゃ、お兄様からも言われてるし……安全第一で帰ろっか」

「……はい!」

「よしっ」


 元気のいい返事を聞いて歩き出す。


 その俺の隣に、志乃ちゃんがぴょんっと小さくジャンプをして並んで来た。


「お、なんだか機嫌良さそうだね? なにかいいことあった?」


 歩きながら俺は、なんだか楽しそうな志乃ちゃんに問いかける。


 志乃ちゃん「うーん……」と首をかしげたあと、隣に立つ俺を見上げた。


「ちょうど今……かもしれませんね」

「今……え、どゆこと?」

「ふふ、秘密ですっ」

「秘密かー困るなぁ」

「いいんです。昴さんは仕方のない人なので困ってくださーい」

「志乃ちゃんさん???」


 気のせいだろうか。


 明石と話したあとくらいから――


 志乃ちゃんの顔が、どこか吹っ切れたように見える。


 まるで、悩み事から解放されたかのような……。


 それこそ、夏祭りの後もそんな雰囲気を薄っすらと感じていたが……。


 今の志乃ちゃんはそれを超えるというか、もっとスッキリしたかのような……。


 とにかくまぁ、端的に言えば良い意味で雰囲気が変わった。


 いったい、この子の中でなにがあったのだろうか。


 それとも俺たちがいなかった間、日向となにか特別なことでも話したのだろうか。


「そういえば昴さん、知っていますか?」

「知ってる知ってる。しおれたキャベツってお湯に浸せばシャキシャキに戻るよね」

「えっ、そうなんですか! 勉強になります――じゃなくて!」

「おぉ、ナイスノリツッコミ!」


 ちなみに結構ガチな知恵だから覚えておくといいよ! 生活の知恵!


「からかわないでください……。えっと、夏休み前にクラスで――」

「ふむふむ」


 何度思ったことか分からないが、やっぱりこうして自分からいろいろ話してくれるというだけで……嬉しさを感じる部分がある。


 今の志乃ちゃんしか知らない連中に、小六時代の志乃ちゃんを見せてあげたいよね。


 どこぞの毒舌眼鏡とは比べ物にならないくらいクールだったからね? クールというかドライだわ。


 話しかけても無視するし、返事をしたと思ったら『話しかけないで』の一言だけだし、当時の志乃ちゃんと話すときだけ周囲の温度が激減してたからね。


 そんな志乃ちゃんがまぁ……こんなに楽しそうに話しているわけで。


 


 ――志乃ちゃんレスキュー、か。




 もしも、だ。


 また『朝陽』に助けられてしまう日が来ようものなら……俺はどう思うのかね。


 ……そんなこと考えても仕方ねぇな。


「昴さん、ちゃんと聞いてます?」

「聞いてる聞いてる。たしかにあの日の鈴木はなかなか面白かったよな。まさかシャツとズボンを逆に履いて登校してくるなんて……」

「誰ですか……!?」


 とりあえず、今は。


 この可愛い可愛い妹との雑談を楽しむとしよう。


 

 こうして俺は夏休み最初の一週目を過ごしたのだった。



 

 ――と、締められれば良かったのだが……。



「……あ。話は変わりますが……聞きたいことありました」

「どしたん」

「昴さん」


 何気なく、隣を見ると――


 志乃ちゃんがニコリと笑って、俺を見ていた。


 ――あれ? おかしいぞ?


 可愛いより先に『怖い』が来たぞ? なんでだ?


「明石先輩と――仲がいいんですか?」


 顔は笑っているはずなのに、その声はいつもより低い。


「え、あの、志乃ちゃん様……? ちょっとお声が怖くありませんか……? あとお顔も少し……」

「ふふ、なに言ってるんですか? いつも通りですよ? ね?」


 絶対いつも通りじゃねぇ!!!


「そもそも……なんでそんなこと知りたいのっていいますか……」

「昴さん」

「はい」


 微笑みを一切崩さず。


 あれこれ……ひょっとして正座させられる? 夏祭りの正座地獄再来?



「――質問しているのはこっちですよ?」



 ひえええええ!!! 助けて! 誰か! 助けて!


「どうなんですか?」


 いつの間にか、微笑ましい雑談はどこか遠い彼方に消え去って行った。



 これは……うん。


 大人しく言うことを聞いておいたほうがよさそうだ――

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