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第119話 明石ひかるは相変わらず距離が近い

「おー! オマエら! こっちこっち!」


 総合体育館、一階ロビーに訪れた俺たちを呼ぶ元気な声。


 赤ジャージ姿の明石ひかるが、ストレッチをしながらこちらに向かってブンブンと手を振っていた。


 すぐ近くにベンチが設置されているのに、座っていないどころか身体を動かしているあたりが、なんともアイツらしい。


 手を振る動きに合わせて立派なお胸が……ゲフンゲフン。なんでもないよ。引力だよ引力。


 人間たるもの引力には逆らえないからね。仕方ないネ。


 俺たちは明石のところまで歩を進め、ベンチに腰を落とした。


「改めて久しぶり、明石さん。試合終わりだっていうのに元気だね」


 司の挨拶に明石は「へへっ」と明るく笑う。


「全然疲れてねーからな! あと三試合はできるぜ!」

「流石はスポーツバカ。体力だけは一丁前だなお前」

「なんだよ青葉ー、急に褒めんなって!」


 うん褒めてねぇ。


 こういうところも変わってなくて、ある意味安心するわ。


 バカにされたとは気付かないお気楽な明石に、俺は小さくため息をついた。


「……相変わらずお気楽だなひかるちゃんは」

「だっ、オマエ! ひかるちゃんって言うなっつーの!」


 司の言った通り、今日試合があったとは思えないほど元気に満ち溢れている。


 本当に日向と同じタイプの人間だよなぁ……とつくづく思った。


 アイツもいつも元気いっぱいだし、ギャーギャー騒いでも疲れないし。


 スポーツタイプの人間ってすごいなって思いました。まる。


「それで明石さん、俺たちになにか用あったの?」

「アレだろ、久々にイケメンな俺様を見てもっと話したくなったんだろ?」


 まぁ分かる分かる。

 なんだかんだ言っても、明石は立派な女子だ。


 久しぶりにイケメン同級生と会っちゃったらそれはもう――


「イケ……? あー、まぁたしかに顔はいいよなオマエ! 顔は!」

「……」


 ――思ってたんとちゃう。

 

 そういう『あーうんうん!』みたいな反応が欲しかったわけじゃないやい!


 あと顔は! って強調するのやめてくれる? まるでそれ以外は全然ダメみたいな言い方じゃないか!

 

 性格も完璧でしょ! ねぇ!?


「くく……ドンマイ、昴」

「おい笑ってんじゃねぇぞお前」


 俺たちから顔を背け、お腹を押さえて笑っている司に鋭く突っ込む。


 他人事だと思って楽しそうに笑いやがって!


「ん? なんで笑ってんだ二人とも?」


 当の明石本人は自覚無し! 悲しい!


 このままでは昴くんがいたたまれなくなってしまうため、俺は咳払いをして「とにかく!」と無理やり話題を変えることにした。


 コラそこ! 変えるもなにもお前が始めた話だろとか言わない!


「んで? 実際なんなんだよ明石」


 俺の問いかけに対し、明石は「え?」と首をかしげた。


「別に用なんてねーけど? 久々に会ったんだから話したくなっただけだぜ?」

「あーなるほどね。そういうことだったんだ」

「そうそう。むしろそれ以外ねーって」


 よくよく考えれば、あの明石なんだから大した理由があるとは思えなかった。


 嘘ではなく、本当にただ話したかったからなのだろう。


 コイツらしいと言えばコイツらしい……か。


 ならば仕方がない。


 ここで急に『俺には話すことねぇわ』って突き放すのもアレだし、しばらく付き合ってやるとしよう。


「にしても、オマエらってホントずっと一緒にいるんだな」

「腐れ縁だからな。俺が付いてないと司くん大変なのよ」

「それはこっちの台詞だって。俺がいないとお前、変なことしかしないだろ?」

「おい。人を不審者みたいに言うな!」


 変なことしか、ってなんだ!


「アハハッ! 青葉は今もバカみてーなことやってんだな! 中学の頃となんも変わってねーじゃんか!」

「おいおいおい、そいつは聞き捨てならねぇぞ明石! 俺は中学時代から品行方正な生徒として有名だっただろうが!」

「……え、夢の話か? アタシの記憶では、青葉昴ってヤツは学年でもトップクラスのやべーヤツだったぞ?」


 顎に手を添えながら、明石は軽い口調でとんでもなく不名誉なことを言い放った。


 その言葉に、隣に座る司がケラケラとまた楽しそうに笑っている。


「待て待て。初耳なんだが? 俺ってそんなヤバいやつだったの?」

「うん」

「即答ッッ!!!」


 悩む素振りなど一切見せず、明石はすぐさま頷いた。


 お前、鼻に貼ってるその絆創膏剥がしてやろうか? 勢いよく剥がしてやろうか?


 おかしいって。

 俺のどこがヤバいんだよ。


 廊下をランウェイに見立ててモデルウォーキングしたり。


 階段の踊り場でアイドル昴きゅんのワンマンライブしたり。

 

 すれ違う女子生徒にウィンクして、何人にウィンクを返してもらえるのか検証したり。


 あとは、あとは……うん、いっぱいあるけど。あるけど!!!


 それのどこがヤバいって言うんだ! 俺は全然分かりません! どこから見ても品行方正じゃないか!


「朝陽はどーなんだ? 高校でも人助けみてーなことしてんのか?」


 ひとしきり笑い終えた司が、明石の質問に「うーん……」と考え込んだ。


 お前あとで覚えてろよ。


「人助けなんて、そんな大層なものじゃないって。ただ俺に出来ることをやってるだけで……」


 あー出た出た。

 行動に移せるのがすげぇって話なのに、司にとっては『当たり前』のことなのだろう。


 それを実際に出来る人間が、いったいどれほどいるのかね……。


 ここは一つ、明石に教えておいてやるか。


「明石」

「なんだー?」

「コイツも全然変わってねぇよ。変わらず鈍感天然野郎のままだ」

「おい昴、なんだよそれ」


 司は異議を唱えているが、明石はなにかを納得したように「あー……」と頷いた。


 コイツのラブコメ主人公っぷりは同じ中学……ましてやクラスメイトであれば、ある程度は理解しているはずだ。


 恋愛にあまり関心がなさそうな明石でも、容易に察することができるだろう。


「……青葉」


 明石は目の前に立つと、前かがみになって俺の右肩にそっと手を乗せた。


 角度的に……ちょっとマズいっすね。


 なにがとは言わないけど……目に毒といいますか、なんと言いますか……。


 一言で言えば……。


 ありがとうございます。


 思春期男子をこじらせていると、明石は俺を憐れむようにふっと笑みをこぼした。


「オマエも大変だな……お疲れさんだぜ」

「分かるってくれるか明石……!」

「ああ! 中三のとき、アタシもいろいろ聞かれたからさ。ほら……分かるだろ?」


 明石はチラッと司に目を向けて、俺に同意を求めてくる。


 男女問わず友達が多いヤツだったから、恐らく司のことをいろいろ聞かれたのだろう。


「めっっっっちゃ分かる!」

「さっすが青葉ー! 話が分っかる~!」


 明石は嬉しそうに言い、そのままストッと俺の隣に腰を下ろした。


 それも距離を空けて……というわけではなく、普通に肩と肩が触れ合うほど近い。


 うぅぅん近い近い近いいい匂い……!

 なんで運動後なのにこんなにいい匂いするのコイツ……!


 流石は距離感がバグり散らかしている系女子の明石ひかる。


 男子の俺相手でも絶好調だった。


「じゃあオマエらさ、まだ彼女とかできてねーの?」

「急に女子みてぇな話するじゃんお前」

「は!? 失礼な! アタシは女子だっつの!」


 この! と明石は俺の肩を小突いてくる。


 おいこんなの並みの高校生男子なら勘違いして惚れてるって。

 あれ? コイツ俺のこと好きなんじゃね? ってなってるって。


 相手が明石で良かったわ~! 

 

 コイツ、相手問わずいつもこの調子だったし。


「朝陽は……まぁいねーか。どうせ妹ちゃん一筋なんだろ? 可愛いよなーあの子」

「当たり前だ! 志乃が一番に決まってる!」

「そうに決まってんだろ!? 志乃ちゃんは世界一可愛い!」

「朝陽はともかく……なんで青葉も便乗してんだよ……」


 うるさい! お前が当たり前のことを聞くからでしょうが!


 志乃ちゃんは可愛い。


 これ将来的に教科書に載るからちゃんと覚えておくように。


 テストで間違ったら、その時点でゼロ点確定なので。悪しからず。


「青葉は彼女……あーいねーか、うん。それよりさー」

「待て待て待て待て!!!」

「なんだよ?」

 

 俺への質問をしれっと流し、次の話に入ろうとした明石を慌てて止める。


 なんでそんなキョトンとしてるの?

 なんでそんな純粋な顔で首かしげてるの?


 あービックリした。怖いわぁ……。


「もしかしたらいるかもしれないだろ! 超美少女の彼女が!」


 俺は目をクワッと見開き、心からの叫びで反論する。


「え、いんの?」

「いやいないけど」

「やっぱりいねーじゃん」

「やっぱりってなんだよ!」


 酷い。始まる前から会話が終わってるなんて酷すぎる。しくしく。


「青葉はなー。多分普通の女の子じゃ付き合えねーと思うんだよ」

「え」

「アタシはクラスが一年一緒だっただけで、そんなに青葉のことを知ってるわけじゃねーけどさ」


 明石は頭の後ろで手を組み、俺についての話を始めた。

 

 ちょっと? いきなりなんですか?

 

 普通の女の子じゃ付き合えないってどういう意味ですか?


「お、面白そうだね。続けて明石さん」


 お前も乗るな――と、心の中のツッコミが止まらない。


 司の言葉を受けて、明石は眉をひそめながら話を続けた。


「まず青葉ってバカだろー?」


 はいストップ。


「うん、そうだね」

「待てや!!! 司も『そうだね』じゃねぇよ!」

「またかよーうるせーなー」

「昴、話の途中だぞ」


 俺の制止に、明石は不満げに唇を尖らせる


「その話の入り方はあまりにも酷くない? 俺ってそんなバカ?」

「うん」

「バカだぞ。()()()()()()()()


 またもや即答ッッ!!


 それに司は余計な言葉混じってたし! なんだいろんな意味って! 具体的に教えろ!


 突然の公開処刑に動揺を隠せずにいたが、二人はそんな俺を『なんだお前』と冷めた目で見ている。 


「んでー」


 話続いちゃったよ!


 あーくそ。

 どうせやめないんだろうし、ここまで来たら最後まで聞いてやるわ!


 内心盛大なため息をついて、俺は明石の話に耳を傾けた。


「青葉ってほら、意外となんでも出来てただろ? それこそ勉強も運動も、学校内ではトップレベルだったし。黙ってればイケメンなわけで」

「癪だけどね」

「ああ、癪だけどなー」


 はい失礼ポイント加点! 黙ってなくてもイケメンでしょうが!


 今すぐ話を一刀両断してやりたいが、どうせ止まらないのだろう。


 言い返してやりたい気持ちをグッと抑え、ぐぬぬ……と拳を握りしめた。


「言っちゃえば、青葉は一人で大抵のことはできるわけじゃん? そんなヤツと付き合うのって結構大変だと思うんだよなー。あとバカだし」

「おい最後の一言」


 あ、うっかりツッコミ入れちゃったよ。


「ったく……素敵なアドバイスありがとうございます」

「へへ、褒めんなって」

「褒めてねぇ……」

「明石さん」

「なんだよ朝陽?」


 司は少し間を空けて、穏やかな様子で明石に言った。




「案外――もういるかもしれないよ。その()()()()()()()がね」




 はっ……?


 俺自身も予想外だった一言に、思わず司へと顔を向ける。


「えっ!? マジ!? なんだよ青葉ー! 隅におけねーなーオマエも!」


 やはり女子というのは恋バナが好きなのか、明石はうりうりと俺の脇腹に肘を当ててきた。


 痛い痛い痛い。ノリが中学生なのよ。


 しかし、今は明石に構うより……司に話を聞きたかった。


「司、誰のこと言ってんだよ」

「さぁ? 誰だろうな?」


 問いかけても司は小さく微笑んではぐらかす。


 コイツ……いきなりなに変なこと言いだしてんだ? その普通じゃない子がもういるかもって?


 そんなもん――




 ……………。




 無意識に浮かんできた()()()()――俺はすぐに振り払う。



 深く考える必要はない。


 司だって、ただ場を盛り上げるために言っただけかもしれないし。


 まるでなにかから逃げるように、俺はその思考に蓋をした。


「明石さんはどうなの? 彼氏とかできてないの?」

「アタシ? アタシにはバスケっていう彼氏がいるかな!」

「ははっ、それは随分頼もしそうな彼氏だね」

「おうよー! 大好きな彼氏ちゃんだぜ!」


 お気楽な会話を聞きながら、俺は小さく息を吐く。


 切り替えろ俺。

 いちいち難しく考え過ぎだ……って、どっかの眼鏡ガールにも言われてんじゃねぇか。


「まっ! お前みたいなヤツと付き合ってくれる男がいるか分からねぇからな!」

「はぁ!? なんだよそれー!」

「ふっふっふ、なら特別にこの俺様が付き合ってやっても――」

「あ、それは大丈夫。マジで遠慮するわ。うん」

「あ、はい」


 しゅん……。


 普段元気なヤツが急に素のテンションになると怖くなるよね。


 とは言っても、明石はいいヤツだし、美少女だし、スタイルいいし。あとスタイルいいし。


 モテる要素は揃っているだろうから、その気になれば彼氏の一人や二人や三人や六人くらい簡単にできるだろう。


 それこそ中学のときだって、明石のことが好きな男子だって居たくらいだし。


「あ、でさでさー」


 尚も明石は楽しそうに話し続ける。


 きっと……久々に中学の同級生と会えて嬉しいのだろう。


 なかなか可愛いヤツめ……。


 そんな明石の話を、俺と司は聞いていた――


 × × ×


 それから十分少し経っただろうか。


 思ったより話が盛り上がってしまった。


 有木のときもそうだったが、やはり久しぶりに会うとそれだけで話題の数も多く存在する。

 

 過去の話、今の話。その他いろいろ……。

 

 とはいえ、志乃ちゃんと日向をあまり待たせるわけにはいかない。


 そろそろ切り上げようかと思った矢先――


「あ、そういえばさ~」



 なにかを思い出したように声を上げた明石を、俺たちは見る。


 まーた変な話始めるんじゃないだろうなぁ?

 

 長くなりそうだったら適当に切れば――


 







「うちの学校にさ、汐里の生徒会長さん来たよ」


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