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第118.5話 川咲日向は親友を応援したい

「じゃ、ひかるちゃんに会いに行こうぜ司」

「そんな呼び方してるとまた怒られるぞ?」

「アイツがガチで怒ったらめっちゃ怖そうだな」


 先輩たちは話しながら再び総合体育館へと戻って行く。


 並んで歩く二人の背中を見送ったあたしは、改めて大きく息を吐いた。


 悔しかったなぁ……もう少しで勝てそうだったのに……!


 あたしがもっと頑張れば勝てたのかな、とか。

 あたしが先輩たちに付いていけてたら勝敗は変わったのかな、とか。


 思うところはいっぱいある。


 たしかに格上相手に善戦できたことは嬉しかったけど、それでもやっぱり悔しさのほうが上だった。


 それでも、今日の試合で一番感じたのは――


「あー。やっぱりひかる先輩、超上手かったなぁ」


 中学時代、バスケ部の先輩だったあの人にはとてもお世話になった。


 よく面倒を見てもらったり、練習に付き合ってもらったり、全体的に緩い雰囲気だったバスケ部のなかで一番真面目に部活に取り組んでいた印象だ。


 まさか、そのひかる先輩に会えるなんて思わなかったなぁ。


 ……そもそも、なんで清晶女子と練習試合なんて組めたんだろう?


 先輩たちに聞いた感じでは、今まであまり試合をしたことがなかった相手みたいだし……。


 ま、いっか! あたしも負けてられないし、もっと練習しないと!

 

 頑張れ日向!


「……ねぇ日向」


 心の中で気合を入れていると、小さな声があたしを呼んだ。


「はぇ?」


 声の主である志乃は、あたしではなく先輩たちが向かって行った方向を見ている。


「明石先輩って、どんな人なの? 私は全然話したことないから……」

「ひかる先輩? そうだなー」


 あたしは腕を組み、改めてひかる先輩について考える。


「いっつも笑顔で元気な人かなぁ。面倒見が良くて、あたしたちのことも気に掛けてくれてたし」


 当時の先輩はキャプテンで、部員たちをグイグイ引っ張っていた。


 先輩後輩関係なく思ったことはしっかり伝えていたし、逆にこちら側に悩みがあればすぐに相談に乗ってくれた。


 そんな人だから、部員内ではとても人気で……。


「あんな感じの人だけど、甘いものとか少女漫画が大好きなところあったり……意外と女子っぽいところもあるんだよ?」


 おすすめの漫画をひかる先輩に貸したこともあったっけ。


「まぁそんな感じかなぁ。つまり、見た目通り明るくて楽しい先輩ってこと! ……いろいろからかわれたこともあったけどね。うん」


 二年ぶりくらいに会ったけど、全然変わってなさそうで安心した。ひかる先輩は相変わらずひかる先輩だった。


 頭グリグリもよくやられてたなぁ……懐かしい。


 うぅ、思い出したら頭が痛くなってきたよ……。


「……そう、なんだ」


 志乃は視線を下に落とし、ポツリと呟くように反応する。


 その様子にあたしは「むむむ?」と眉をひそめた。


 元気が無い……とはちょっと違うし……むむむむ……。


 ――あっ!


「ひょっとして志乃、司先輩がひかる先輩に取られちゃうんじゃないかって心配してるの~?」


 あたしはニヤッと笑って志乃に問いかける。


 ひかる先輩は友達が多い人だったから、クラスメイトだった司先輩や昴先輩とも仲が良かった。


 とは言っても、今で言う晴香先輩や留衣先輩のようにいつも一緒にいるメンバー……というわけではなさそうだったけど。


 うーん……思えば、司先輩はともかく……昴先輩が特定の誰かと仲良くしてるのって珍しい気が……。


「大丈夫だって志乃! なぜなら! 最後に司先輩の隣に立つのはあたしだから! ドヤァ!」

「ふふ、なにそれ。月ノ瀬先輩たちもいるのに?」

「ぐぬぬ……! それは言わないで~! ライバルが強すぎるよ~!」


 あの先輩たちが魅力的なのは、付き合いが短いあたしにだって理解できる。


 だからこそ余計にモヤモヤするのだ……!


 頭を押さえて髪をブンブンと振り回していると――


「……心配なのは()()()じゃないんだ」


 あたしは動きを止めて、目をパチパチとさせる。


 そっちじゃないって、どういうことだろ。


 司先輩じゃない……。そっちじゃないってことは……。


 ――え。


 パッと出てきた名前に、思わずポカーンと口を開ける。


 いやいや、いやいやいや……。


「昴、先輩?」


 あたしの質問に、志乃はこくりと恥ずかしそうに頷いた。


 口元は僅かに微笑み、頬も薄く染めて。


 ――はぇ? んぇ?


 え、あの、ちょっと待って……?


 なにその顔。なにその反応。


 徐々に浮かんでくる『一つの答え』に、あたしは戸惑いを隠せなかった。


「日向は親友だから最初に話すけど……あの、私ね」


 赤く染めた顔を、あたしに向けて。


 あたしは()()()()を――よく知っている。

 

 何回も何回も……同じ表情をしている女の子を見てきたから。

 

 そしてあたし自身も……そう、だから。


 

 え――ホントに?



 志乃はあたしの返事を待つことなく……それを告げた。





「昴さんのこと――好きなの」




  

 

 …………。





「――マジ?」 

「マジ、だよ」 

「それはあの、お兄ちゃんとして……とか、そういう……アレ?」

「ううん。一人の男性として……あの人のことが好き」


 

 え。



 え。



 え。




「うえぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」





 驚愕の声とともに、あたしは三歩ほど後ずさりしてしまう。


 ぐるぐるぐるぐる――あたしの頭の中では一つの言葉が回っていた。


 『昴さんのこと――好きなの』


 とても嘘を言っているようには見えない。

 とてもあたしをからかっているようには見えない。


 というか……ここで志乃が嘘をつく理由なんて一つもない。



 本当に志乃は、昴先輩に――





「恋……してるの?」




 きっとあたしは今、驚きのあまりとんでもなく間抜けな顔をしているに違いない。


 だけど……それ以上に、志乃の気持ちが知りたかった。


「……うん。な、なんかこういうこと言うの恥ずかしいね……!」


 志乃はさらに赤くなった顔を両手で覆い、あたしに背中を向けた。


 ……速報。あたしの親友が超可愛いんですけど。可愛すぎてお持ち帰りしたくなっちゃうんですけど。


 ――いやそうじゃなくて! 可愛いことはそうなんだけど!


 とにかく間違いない。恋愛マスター(自称)のあたしが見ても……間違いないと言い切れる。


 志乃の顔は間違いなく――恋する乙女のソレと一緒だった。


「そっか、そっかそっかー……」


 志乃、恋しちゃったんだ。あの人に。


 そっかー……。


 すっごくビックリしたけど……うん。



「あたし、なんとなくそうなんじゃないかーって思ってたよ」

「え……?」


 あたしの言葉に、志乃は驚いてこちらを振り向く。


「思い返せば納得かも!」

「どういうこと……?」

「だってさ、最近の志乃って昴先輩の話をすることが多かったし」

「そ、そうだっけ……?」


 やっぱ無自覚かー。


「そうだよ。それに、ふとしたときに昴先輩の名前を出したり、昴先輩がほかの先輩と話してるとき……ちょっとムッとしてたり」

「わ、私そんな感じだった……?」

「思い返せば、ね。軽く流しちゃってたけど」


 元々、志乃と昴先輩はとても仲が良くて。


 先輩はホントの妹のように扱っているし、志乃もそんな先輩のことを兄のように慕っていた。


 先輩の話をするときの志乃は、いつも楽しそうで。

 先輩と話をしているときの志乃は、いつも特別な表情を見せていて。


 それは『家族愛』から来る言動だと思っていたけど……。


 そう、だよね。


 よくよく考えれば……恋でもなにもおかしくないよね。


「も、もう……! 恥ずかしい……!」


 うへへへへ。恥ずかしがる志乃可愛いね。

 恋してるんだなぁ……志乃。


 せっかくだからいろいろ聞いちゃおっと!


「ねねね、いつから先輩に恋しちゃってたの?」

「わ、分からないよ。最初からだったのか、つい最近なのか……」


 ふむふむ。


 たしかにずっと一緒にいると、そのあたりの感情が曖昧になってきそうだもんね。


「じゃあ、ふと気付いちゃった感じ? 好きなんだなぁって」

「うん。私、この人に恋してたんだ――って」

「うひゃ~! なにそれ可愛い! なんか聞いてるこっちがムズムズしてくるよ~!」


 あまりにも乙女な話に、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた……!


 いつもだったらあたしが話す側だったから、いざ話される側に回ると……なんかもう……無性にムズムズしてくるね! だけど楽しい! 超楽しい!


「か、からかわないでよ日向……!」


 頬を膨らませる志乃は、やっぱり可愛くて。


 いつも見ているはずなのに、こんなにも『可愛い』志乃を見るのは初めてだった。


 きっと……恋がこの子を変えてくれたのかもしれない。


 とりあえず、今あたしが思うことは一言――


 


 嬉しい。




 ただ、それだけだった。

 

 

 いつも周りのことばかり考えて、自分のことは後回しで。

 優しくて、頼りになって、司先輩に負けないくらいかっこよくて。


 そんな志乃が――初めて自分だけの感情と向き合って、自分だけの想いを手に入れたってことでしょ?


 それがあたしは――たまらなく嬉しいんだ。



「でもそっかぁ……昴先輩かぁ。うーん……」

「な、なに?」

「いやー……だってあの人さ。司先輩以上に手ごわいでしょ。多分」


 例えば司先輩はいっつも鈍感で、こっちの気持ちになんて全然気付いてくれない。


 だけど、あたしたちのことを大切にしてくれてるんだなぁってちゃんと伝わってくる。そういうところもたまらなく大好きだ。


 対して昴先輩の場合は、そういうのとはまた違うような気がする。気がするだけで実際のところは分からないけど。


 こう……なんだろう。まず昴先輩って、恋愛に興味あるのかな。


 いつも晴香先輩たちをからかって遊んでるし、思春期男子が云々とか言ってるけど……恋愛に対してどう思ってるんだろう。


 ――いや、そもそもの話。


 あたしたちのことをどう思ってるんだろう?


 それが分からないからこそ、司先輩以上に手ごわいんじゃないかって思った。


「……そうかもね」


 

 それでも志乃は、微笑みを崩さない。



「ずっと一緒にいるのに……私はまだあの人のことを全然知らない。知りたいけど……距離がすごく遠いの」

「志乃……」


 ちょっとだけ分かる気がする。

 昴先輩って、近いようで……すごく遠く感じるときがある。

 

 上手く言葉にできなくてもどかしいけど……。


 あたしなんかより、志乃や司先輩はもっと分かってるのかもしれない。


「それでも私は、手を伸ばしたい。伸ばして……いつか掴みたいんだ。いつも私たちを守ってくれる……あの手を」


 手を掴みたい――。


 ……そっか。

 志乃は本当に、本当に……昴先輩のことが大好きなんだ。

 

 いつもふざけてばっかりで。


 すぐからかってくるし、バカにしてくるし、変なことばっかり言うし。


 それでも……大事なときは急にかっこよくなって。


 あたしの大好きな先輩の隣で、いつもヘラヘラ笑っている……あの人。


 あたし自身、なんだかんだ言って昴先輩のことは好きだし、ほかの男子と比べたらとっても頼りになる存在だ。


 ――志乃なら。


 あたしの大親友である志乃なら、昴先輩の隣に並べるかもしれない。昴先輩の手を掴めるかもしれない。


 それがどれだけ大変なことなのかは……あたしには想像すらつかないけど。


「志乃」

「ん?」


 それでも。


 バカなあたしにだって、できることは――きっとある。


 あたしはギュッと拳を握り、志乃に向かって突き出した。



「応援してるからね! あたしも協力するから! めっっっちゃ協力するから!」



 背中を押すくらいなら、あたしにだってできるから!


 いつも助けてもらってる分、あたしも力になってみせる!


「日向……」


 志乃は嬉しそうにはにかんで――



「ありがとう。やっぱり日向に話してよかった」



 うん。


 やっぱり志乃には笑顔が一番似合ってる!

 



「となると、やっぱり一番のライバルは()()()()だよねー」



  

 何気ないあたしの言葉に、志乃は「えっ」と目を見開いた。



「ラ、ライバルってそんな……!」

「だってそうでしょ? 留衣先輩が昴先輩をどう思ってるのかは分からないけどさ」



 頭に思い浮かぶのは、先輩たちのお馴染みのやり取り。



「少なくとも、志乃以外で昴先輩と距離が一番近いのって……留衣先輩なんじゃないの? あたしが見た感じだけど!」


 

 『友達』にしては距離が近い気がするし、かといって『恋愛』と呼ぶにはあまりにも距離が遠いし……。


 二人のあの謎の距離感は……なんて言い表せばいいんだろう。


 留衣先輩もウンザリ感を出してるけど、ところどころ楽しそうに見えるし……。


 こんなこと本人に言ったら『川咲さん。ちょっと校舎裏行こうか』とか言われそう。

 

 昴先輩絡みの留衣先輩は超怖い。超、怖い。



「渚先輩……」

「志乃はいつも一歩引いてる感じがするから、ガンガンいかないと!」

「そ、そんなこと言われても……!」


 困った様子の志乃に、あたしはビシッと指をさす。


「そんなこと言うの! いい? 恋愛は勢い! 留衣先輩に昴先輩を取られてもいいの!?」

「そ、それは……」

「いいの!? 嫌なの!? ハッキリしなさい朝陽志乃! 想像してみて? 留衣先輩と付き合った昴先輩の姿を……!」


 まぁ昴先輩が誰かと付き合う姿は、正直あまり想像できないけど。


 それでも志乃は奥手だから、これくらい言わないと分かってくれない。


 優しいことはいいことだけど、恋愛においてはそれが敗因となってしまうパターンもあるのだ! って少女漫画のキャラクターが言ってた! 


 志乃はあたしの言葉を受けて、考え込むように視線を落とす。


「渚先輩と……昴さんが……」


 二人はお互いにどう思ってるのかな?


 昴先輩と同じように、留衣先輩もあまり恋愛に興味ある感じはしないし……。


「――日向」


 力強い、志乃の声。


 おっ、これは伝わったかな?


「私……頑張る」


 視線を上げた志乃の瞳には強い気持ちが宿っていた。


「渚先輩に負けたくない」


 おぉ……!


 負けたくない――なんて。


 ()()()()が出たらもう……立派な恋する乙女だよ、志乃。


「うんうん! それでいいの! よーし! そうと決まれば早速作戦会議だ~!」

「さ、作戦会議……?」

「うむ! まずはね――」





 まさか志乃と、こんな恋バナができる日が来るなんて思わなかった。

 

 女子同士だし、いつかはしてみたいなって思ってはいたけど……。

 

 いざその日が来ると……やっぱりビックリだ。


 ねぇ、志乃。


 多分、昴先輩の隣に立つことは難しいことだと思う。


 それは志乃だけじゃなくて、仮に渚先輩でもそうだと思う。




 ――でもね、志乃。


 川咲日向個人の願いとしてはね。



 昴先輩の隣には……志乃が居て欲しいな。


 志乃だったら、あの厄介で面倒くさいあの人のすべてを包み込めるだろうから。


 

 それになんていったって、昴先輩と一緒にいるときの志乃は――百倍マシで可愛いから! 志乃より可愛い女の子なんて絶対いないから!



 だからあたしは、これからも一番近くで志乃のことを応援してるよ。


 親友として。

 同じ、あの人の後輩として。



 ――頑張ってね。志乃!



 もちろんあたしも頑張るから!

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