第118話 頑張る後輩はいつだって誇らしい
「あっ、兄さん昴さん! 日向出てきましたよ!」
「おー、負けてるこの場面で出してくるか。いったれ日向! かませ! やっちまえ!」
「日向頑張れよー!」
× × ×
――試合の結論を言えば、我々汐里高校の負けである。
といっても大敗ではなく、惜敗。
追いついて、追いつかれて……そんな接戦を繰り広げた末の敗北。
もう少しで勝利を掴めたのだが……相手チームのエース、明石の存在が凄まじかった。
中学時代から運動神経抜群で目立っていたヤツだったが……その才能を遺憾なく発揮していた。
敵を勢いづかせることなく、常にあと一歩のところで相手を抑え続け、自チームを鼓舞し続ける。
正にエースの名に相応しいと言えるだろう。
恐らくあれこそが、日向の目指しているポジションなのかもしれないな……。
――で、その日向はというと。
ゲーム終盤から出場だったが、存在感をバッチリアピールしていた。
アイツのプレーはやっぱり見ていて気持ちがいい。
負けていても明るくチームを励まし、小さい身体で必死に敵に食らいついていく。
技術云々以前に、ああいったムードメーカー的な選手というだけでチームは強くなれる。
アイツはまだまだ一年生。これからもっと成長していくに違いない。
この先どんな選手になっていくのか……。
素人ながらも、一人の先輩として――そして、一人のファンとして。
楽しみに思えるような、そんな一試合だった。
つまり……なにが言いたいのかというと。
――めっちゃ面白かった。
× × ×
時間はしばらく経ち――総合体育館の入り口前広場にて。
「だーもー! もうちょっとだったのに~! 悔しかったですよ~!!」
「頑張ってたもんね、日向。かっこよかったよ?」
「でも試合に負けたら意味ないの~! も~!」
悔しそうに地団駄を踏み、ツインテールをブンブンと振り回す日向。
そんな日向の頭をよしよしと撫でる天使――じゃなくて志乃ちゃん。いや志乃ちゃんは天使だけど。
試合後、ミーティングやその他撤収作業を終えた日向は俺たちと合流し、感想を言い合いながら雑談で盛り上がっていた。
本日は現地解散のようで、各チームの選手たちは帰宅するなりなんなり自由なようだ。
だから俺たちは日向が来るのを待っていた……というわけである。
「司先輩! あたしどうでした!? いい感じでした!? あ、ついでに昴先輩も」
「うん、かっこよかったよ日向。間違いなく一番声出てたし」
「ついでってなんだコラ。まぁアレだな、うずうずして俺もコートに乱入しそうになったよね」
スポーツは観るのも好きだが、やっぱり自分も身体を動かしたくなってくる。
バスケなんて、体育の時間以外では全然やらないからなぁ……。
中学時代は日向の練習に付き合ってたから結構やってたけど……今はさっぱりだ。
「でへへへ」
司に褒められた日向はだらしなく笑い、まるで感情に反応するかのようにツインテールがぴょこぴょこと動いている。
――え? 待って? 生きてるの? そのツインテール生きてるの?
「次は絶対勝ちますから! 三人とも、今日は観に来てくれてありがとうございました!」
……いやもう、生きてるツインテールのことが気になり過ぎて……話の内容が全然頭に入ってこないわ。
司も志乃ちゃんもなんで気にしてないの? ひょっとして俺にしか見えてないの? あのツインテール絶対自我持ってるよ?
――おっと、このままでは急にホラー展開が始まっちゃうからやめておこう。
頭を下げた日向の姿に、俺たちはふっと笑みをこぼす。
むしろ……ありがとうはこっちなんだけどな。お前の頑張る姿を見て、なんだか安心したぜ。
日向は中一の頃、部活メンバーとあまり上手くいってなかった。
当時の女子バスケ部は、やる気に満ち溢れている……とは決して言えない緩い雰囲気の部活だった。
それこそ、真面目に取り組んでいたのは日向や……それこそ明石とか。数人程度しかいなかったらしい。
それ以外のメンバーは完全にやる気が無く、毎日のように自主練に励む日向を……バカにするような発言をしたようだ。
そのせいで挫けそうになったところを……司に救ってもらったってわけだ。
司から話を聞いたときはビックリしたけどな。
だって、急に『川咲さんの練習相手になってほしい』なんて言ってきたんだぜ? 楽しかったから全然問題なかったけど。
それ以降、日向は今のようにすっかり司に懐いた……という流れだ。
ったく……知らないところで妹の友達を落としてんじゃねぇっつの。
本人にそのつもりはまったくないとはいえ……さすがの一言である。
――過去話はこれくらいにして。
そんな日向が、今では毎日のように部活に励んで……試合に出て。
ああして楽しそうにプレーしている姿を見るだけで、なんというか……感じるものがある。
苦しんでいた姿を知っているから……言ってしまえば、素直に嬉しい気持ちがあった。
「……よかったな、日向」
――ま、それを言うと調子に乗るから言わないけどね!
「はぇ? なんか言いました昴先輩?」
「……いや? 俺のほうがバスケ上手いなって言っただけだぜ? ガハハ!」
「なにをー!? ま、前まではそうでしたけど……今じゃ絶対あたしのほうが上手いですから! 昴先輩相手とか楽勝ですから!」
「フハハハハ! 果たしてどうかな日向! いや日向ちゃん!」
ムキー! と手を振り上げる日向に高笑い。
コイツをからかうのは、やっぱり面白いなぁ。
俺の笑い声に、日向はぷくーっと頬を膨らませる。
「絶対バカにしてる! ムカつく~! 昴先輩のバカ! アホ! えっと……青葉!」
「おい待て青葉は関係ねぇだろ! 全国の青葉さんに謝れ!?」
明らかに悪口慣れしてない日向の罵倒。
バカ、あほ、と来て青葉は流石の俺でも予想できないわ。
なんだよ青葉って。詳しく聞きたくなってくるわ。
ギャーギャー騒ぐ日向を適当にあしらっていると――
「素直じゃないですね……」
「ああ、そうだな。ホントに素直じゃない」
志乃ちゃんと司が俺を微笑ましそうに見ていた。
え、なに。
そんな子を見る親のような温かい目は……!
「なんだよ朝陽兄妹」
「なんでもないよ」
「はい、なんでもありません」
そう答える顔は、やっぱり微笑んでいで。
なんだかいたたまれない気持ちになってきた俺は――
「ふんっ!」
とりあえず日向の頭にチョップをすることにする。もちろん軽くね、軽く。
ふんっ! とか言ったけど力は全然入ってないから。多分。
「あだっっ!! ちょ、この人暴力振りましたよ!?」
日向は片手で頭を押さえ、もう片方の手で俺を指差す。
「愛の鞭だ」
「絶対嘘だ!?」
「ほら昴、あまり日向をいじめるなって」
「そうですよ昴さん。日向は頑張ったんですから……ちゃんと褒めてあげてください」
えー……ちゃんと褒めるぅ?
志乃ちゃんに言われ、俺は改めて日向を見る。
『フシャー!』と獣のように俺を威嚇してるんですけどこの子。
ビーフジャーキーでもあげたらいい? そしたら落ち着く?
まったく……仕方ねぇなぁ。
「日向」
「今度はなんですか!」
呼びかけに対し、日向は警戒度マックスの模様。
俺はため息をついたあと……ニッと笑顔を浮かべた。
「――輝いてたぜ、今日のお前。しっかり成長してんじゃねぇか」
「はぇっ……!?」
日向はビックリしたように目を見開いたあと、バツが悪そうに勢いよく俺から顔を背けた。
「ほんっとにもう……! そういうところですよ昴先輩は~!」
顔を背けたまま、日向は怒った様子で言った。
「え、なにどういうところ? 昴先輩分からないな~!」
「うるさいです! もう先輩なんて知りません!」
「だってよ司、もう司先輩なんて知らないって」
「あっ……そっか。日向……ごめんな……」
「ちょおおおおっと!? つつつ、司先輩のことじゃないです! 知らなくないですから! 司先輩はちょー知ってますから~!! そんな顔しないでください~!」
あたふたする様子に、日向を除く俺たち三人の笑い声が響き渡る。
やっぱり……このメンツは楽だ。
付き合いが長い分、変に気を遣う必要が無い。
――ただ、いつまでこうして笑っていられるかは分からない。
日向がその先を望むなら。
志乃ちゃんが……変化を求めるのなら。
そして司が壁を乗り越えたのなら。
俺は――どうしているだろうか。どうなっているのだろうか。
そして。
そのとき俺は――今のようにここに立っているのだろうか。
川咲日向。
朝陽志乃。
司の後輩。司の妹。
彼女たちがなにを考え、なにを思い、なにを求めているのかは……もちろん分からない。
けれど、きっと彼女たちの中でなにかを感じ、向き合い、自分の辿り着きたい場所に手を伸ばしているのだろう。
願わくば……それが司の幸せに繋がりますように――と。
大事なのは――それだけだ。
「あ、そうだ先輩たち」
なにかを思い出したように、日向は再び声をあげる。
「ん?」
「なんだね」
雰囲気からして、これまでの流れとは関係のないことだろう。
用件を待つ俺たちに、日向は話を続けた。
「ひかる先輩がお二人と話したい~って言ってましたよ」
「明石さんが?」
え? 明石?
「久しぶりに会ったんだからーって。多分、まだ中にいると思いますよ」
たしかに久しぶりに会ったけど、なにか話したいことがあるわけじゃねぇけどなぁ……。
中三のときにクラスが同じだったってだけだし、いつも一緒にいたってわけじゃない。
人間としては嫌いな相手ではないが、俺個人としてはあまり興味のない相手だ。
――それは明石に限った話ではないが。
「お。それじゃあ……せっかくだし少し会ってこようかな」
ま、司はそう言うよな……。
断れる流れじゃないし、ここは俺も受け入れよう。
「おっけー。たしかに久々だしな。ちょろっと話してくるわ」
「そういえばお前、一瞬明石さんのこと忘れてただろ?」
「……ななな、なんの話かな?」
司のことが好きとか、そういった類の話がなかったんだから……別に覚えてる必要もないだろ。
なんて言えるはずもなく、俺はぴゅーぴゅーと口笛を吹いてごまかした。
「じゃー、あたしたちはちょっと待ってますね!」
「日向、愛しの昴先輩がいないからって寂しくて泣くなよ?」
「いや泣きませんけど」
驚くほど素の返答でした。とてもさっきまで騒いでいたヤツとは思えないほど冷静でした。
日向はともかく、あまり志乃ちゃんを待たせるわけにもいかないし……適当に話を切り上げてこよう。
「あっ……あの……!」
一歩踏み出したとき、志乃ちゃんが俺たちを呼び止める。
「うん?」
「どうした志乃?」
しかし、志乃ちゃんは気まずそうに「あ……」と声を漏らすと俺たちから目を逸らした。
「……あ、い、いえ! 日向と話しながら待ってますね!」
うーん……?
なんか今日の志乃ちゃん、いつもと様子が違う気がするんだよなぁ……。悩みとかあんのかな……。
司絡みかな。それとは違うのかな……。
今ここで追及しても意味ないし、とりあえず放っておくしかないか。
「じゃ、ひかるちゃんに会いに行こうぜ司」
「そんな呼び方してるとまた怒られるぞ?」
女子扱いすると怒るんだよなぁアイツ……。
――そんなわけで、俺と司は明石に会うために総合体育館の中に再び足を踏み入れた。