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第117話 朝陽志乃は今更緊張する

 明石(あけいし)ひかる。


 中学時代の同級生で、三年時ではクラスメイトだった女子。


 当然日向と志乃ちゃんの先輩にあたり、特に日向にとっては同じバスケ部員であったことから関わりが深かった相手だろう。


 たしか、日向の前の主将が明石だったはずだし……。


 そんなヤツが現在、俺たちに向かって話しかけてきたわけである。


「そういえばお前、清晶(せいしょう)女子に行ったんだっけ?」

「ああ。家からも通いやすいし、バスケもそこそこ強いしなー」


 明石は頭の後ろで手を組み、男勝りの口調で返事をした。


 清晶女子高等学校。

 本日の練習試合の対戦相手で、名前の通り女子高だ。


「日向も元気そうだし、そっちの子は……朝陽の妹だっけ? 中学のとき何度か試合を観に来てたよな?」

「そうだよ。俺の妹の志乃」

「へー! 可愛いじゃーん! 改めてよろしくね妹ちゃん!」

「あ、は、はい……! よろしくお願いします……!」


 中学時代から変わらない明るさ満点の笑顔。圧倒的陽キャ。


 恐らく俺が今まで出会ってきた女子の中で、最も陽キャレベルが高いのはこの明石だろう。


 そのおかげで男女問わず人気があり、友達が多いヤツだった。


 アレだな、日向と同じタイプって言えば分かりやすいな。


 志乃ちゃんは緊張した様子ながら、頭をぺこりと下げて明石に挨拶をした。


『コラひかるー! 遊んでないで集合しなさい!』


 清晶側のベンチから、明石に向かって声がかけられる。


「あ、やべっ!」

「ぷぷぷ。ひかる先輩、相変わらず怒られてばっかりなんですね~!」

「なんだとー!? 日向も言うようになったな! このこの~!」


 明石はニヤニヤ笑っていた日向の首に手を回し、グリグリと頭に拳を押し付ける。


 「あいたたた!! ごめんなさい~!」と情けなく声をあげる日向を、俺たちは笑って見ていた。


 なんだかこの光景、中学時代に何度か見たなぁ……と思いながら。


「なんというか……パ、パワフルな方ですね……」 


 やり取りを見ていた志乃ちゃんの呟きに、俺と司は頷く。


「ああ、見ての通りな」

「明石さんは……うん、志乃の言う通りパワフルな人かもね」


 恐ろしいことに、例え男子が相手でもあのノリは変わらない。


 普通にボディタッチとかしてくるもんだから……思春期男子的にはもうドギマギしちゃうよね、うん。


 司への不意のボディタッチをどれだけ回避させるか、そこに全神経を注いでいたことが懐かしい。


『ひかる!!』


 再びの呼び声。


「はいはーい! それじゃあなオマエら! アタシの活躍ちゃんと見てくれよ?」

「お前のことを見に来たわけじゃねぇっつの」

「そ、そうですよひかる先輩! 先輩たちはかっこいいあたしを見に来たんですから!」

「へへっ、そっかそっか!」


 ちろっと舌先を出して茶目っ気アピール。


 あざといなおい!

 でも美少女ってなにやっても可愛いから許しちゃうよね。


 不思議な話だ……。


 あ。じゃあイケメンの俺は、なにをしてもかっこいいから許されるってことぉ!?


「明石さんも頑張ってね」

「ちょ、司先輩ィィ!?」

「応援するのは日向のことだけどね」

「司先輩……!」

「ハハッ! それでも問題ねーよ! バッチリ見てな!」


 明石はニカッと笑って手をブンブンと振りながら、自チームのベンチへと小走りで向かって行った。


 二年振りくらいだけど、良くも悪くも変わってなかったな。


 むしろ女子高で良かったかもしれない。あのノリで共学だったら……ねぇ? 男子が大変だよねぇ?


 なにはともあれ、懐かしい顔ぶれとの遭遇でした。


 有木といい明石といい……夏休みは同窓会かなにかですか?

 

「あたしも戻りますね! また試合が終わったら合流しましょ!」


 ぴょんぴょんと機嫌良くジャンプしながら、今度は日向が手を振ってくる。


 それに合わせて跳ねるツインテールがなんとも可愛らしい。


 渚もそうだけど、ポニーテールとかツインテールがぴょこぴょこ跳ねるところを見るとちょっと和むよね。分かる人手挙げて! はい!


 ――渚個人には和まないけどね。鬼だもん。和むどころか恐れ慄くもん。


 和むっていうのは志乃ちゃんみたいな女の子のことを言うの!


「ねー志乃ちゃん」

「えっ、なんの話ですか……!?」


 おっとうっかり声に出てしまった。軌道修正しなければ。


「あ、いや。日向に頑張ってほしいねって話!」


 志乃ちゃんは一瞬不思議そうに首をかしげたが、すぐにふふっと笑って「そうですね!」と頷いた。


 あー良かった素直な子で。


 全然そんなこと言ってなかったけど、なんとか収まってなにより。


「日向、頑張ってね!」

「ありがと志乃ー!」

「頑張れよ日向」

「俺様が応援してやるんだからせいぜい頑張るんだな!」

「ありがとうございます司先輩ー! あたし頑張ります! 試合に出れるかは分かりませんけど!」


 まぁそれはそう。

 まずは試合に出ないことにはなにもできな――


 っておい待てや。


 あまりにも自然過ぎて俺も流しそうになったわ。


「俺! 日向! 俺! オ・レ!」

「昴さんがサンバ始めちゃった……」


 隣でボソッとツッコミを入れる志乃ちゃん。ちょっと面白い。


 手をパンパンっと叩いてアピールする俺を見て、日向は面倒くさそうにため息をついた。


 今日も俺は女子からため息をつかれる日々。おかしいね。悲しいね。


「分かりましたよー。頑張りまーす」

「適当っ!」

「はいはい。そろそろミーティングなので戻ります!」


 それだけ言うと、日向はベンチへと向かって行く。


 その後ろ姿に……俺は不思議と感動を覚えた。

 ジーンと染みる胸を押さえる。


 そんな俺に、朝陽兄妹が『どうした?』と言わんばかりにこちらを見ている。


「どうしたんだよ昴」

「俺、感動したぜ司……」

「感動……ですか?」


 うむ、と頷く。


 だって。


 だって――


「あの日向が『ミーティング』なんて言葉を使ったんだぞ!?」

「そこかよ」

「そ、そこなんですね……」

「おうよ!」


 いやー、アイツがまさか横文字を使えるなんて……!

 昴先輩感動だよ!


 ――そんなわけで。


 試合観戦の始まり始まり。


 × × ×


 ――の、前に。


「俺、ちょっと飲み物買ってくるよ」

「おぉ気が利くねぇ! 俺スポドリ!」

「……まだなにも言ってないぞ?」


 席から立ち上がった司は、俺を見下ろして呆れるように目を細めた。


「志乃ちゃんはなににする?」


 司の言葉を無視し、俺は志乃ちゃんに声をかける。


「おい、なに勝手に話進めてるんだよ」

「え、だって俺たちの分も買ってきてくれるでしょ?」

「……いや、まぁそのつもりだったけど」

「やったぜ! 司くん優し~!」


 あの司が自分だけの分を買いに行くとは思えないからね。


 ここはしっかり便乗しなければ! 夏は水分補給を忘れずに! 昴お兄さんとの約束だぞ! 特に他人の金で飲むスポドリは最高だぞ!


 昴お兄さん最低!

 

 なんてくだらないことを考えていると、志乃ちゃんは少し申し訳なさそうにしながらも、「えっと……」と考えを巡らせていた。


「私は……兄さんと同じのでいいかな。お茶とかだよね?」

「ああ。じゃあ、適当に見て買ってくるよ」

「ありがと、兄さん」


 兄妹の微笑ましい会話にニコニコしながら、自動販売機に向かう司の背中を見送る。


 なんかこう……いいよね。兄妹同士の何気ない会話って。ほのぼのする。


 司が離れたということは――


 残ったのは、俺と志乃ちゃんの二人だけで……。


 もちろんほかの観客もいるが、離れた場所に座っているため、俺たちの話声が聞こえることはないだろう。


 だからといって……なにもないけど。うん。


 このまま黙って司を待っているのも退屈であるため、なにか話題を探すことにする。


「志乃ちゃん」

「は、はいっ……!」


 何気なく声をかけると、驚いたように肩をビクッと震わせていた。


 チラチラと俺の様子を伺っていて、そのせいで目がちゃんと合わない。


「え、どしたの」


 予想外の反応に、俺は気になって問いかける。


 俺、なんかおかしいことした?


 ひょっとして俺のイケメンフェイスが崩れてる……!?


 それは緊急事態だ……!


「ご、ごめんなさい。なんか……その、緊張しちゃって……」

「緊張? 俺と話すことが?」

「……はい」

「え」


 さっきまで普通に話してましたやん。

 逆にちょっと傷付くんですけど志乃ちゃんさん。


 アレじゃん。


 三人で居ると仲良いけど、一人抜けると急に気まずくなるやつじゃん!


「どどどどどうして!? 俺、志乃ちゃんになにかした!?」


 流石に放っておけるわけがなく、俺は慌てて訳を尋ねる。


 なんでそんなよそよそしくなってるの!?

 あたしなにかした?


 分からないからちゃんと言ってよ!


 あぁマズいマズい。


 動揺のあまり面倒くさい彼女みたくなっちゃった。失礼。


「す、昴さんではなく私の問題というか……」


 俯いたまま、ブツブツと志乃ちゃんはなにかを呟き始めた。


「いざ自覚しちゃったら恥ずかしくなるというか……二人きりは……」


 声は小さく、そして早口。


 俺に向かって言っているものではないため、ハッキリとは聞こえてこない。


 いったいこの子はなにを言っているのだろう。


 誰か翻訳担当呼んでください。


「……ふぅ。……よしっ」


 志乃ちゃんはコホンと咳払いをすると、なにやら気合を入れていた。


 俺と話すのに、そんな気合いる? 昴くんちょっとショック。


「それで……なんですか昴さん」


 今度は俺の顔をちゃんと見て、志乃ちゃんは首をかしげる。


 僅かに頬が赤い気がするが……。


 まじまじと女子の顔を見るものではないし、細かい部分を気にしても仕方ない。


 ここは会話を優先しよう。


「あーいや、高校最初の夏休みはどうかなっていう。ただの雑談だよ」

「そう、ですね……これといったものは特に……」

「それこそ宿題とかどうよ? 進んでる?」

「順調です。毎日コツコツやっているので」


 それは実に真面目な志乃ちゃんらしい。


 序盤に一気に終わらせるか。

 毎日コツコツ進めるか。

 終盤に一気に片付けるか。


 夏休みの宿題は、主にこの三タイプに分かれるだろう。


 終盤にやるタイプが多いと思うんだよなぁ……俺の偏見だけど。というか俺がそうだし。


 やろう、やろうって思ってたら……気が付けばもうラスト一週間とかなのよね。不思議な話だわ。


「昴さんは最終日あたりに一気にやるタイプですよね?」

「お、ご明察! 流石は俺のことよく分かってるね~!」


 サムズアップ! 志乃ちゃん大正解!


「ふふ、昴さんのことなら任せてくださいっ」


 なにそれ可愛い。


 もう、いっそこのまま俺のすべてを志乃ちゃんに任せちゃおうかな。ふへへ。


 胸の前でギュッと手を握り、自慢げに微笑む志乃ちゃんに俺はだらしなく頬を緩ませる。


 ――おっと。志乃ちゃんの前ではかっこいいお兄ちゃんでいなければ。顔を引き締めろ!


「へぇ? じゃあ俺の宿題も志乃ちゃんに任せよ~っと!」

「それはダメです。後輩に任せようとしないでください」

「後輩じゃなくて妹的なアレだからオッケー! 身内身内!」

「もう……都合がいいんですから……」


 志乃ちゃんのことだから、熱心に頼み込んだら代わりにやってくれそう。


 そんなことはしないけど。

 というか、そんなことバレたらお兄様に土に埋められてしまう。


「でも、私は――妹じゃ――」


 志乃ちゃんの呟き。


「おん?」


 断片的に聞こえてきた言葉に、俺は聞き返した。


「……ううん、なんでもありません。とにかく宿題は自分でやってくださいね? サボりは禁止です」

「……へいへい。頑張りますよーっと」


 やはり志乃ちゃんさんには逆らえそうにない。


 宿題だるいなぁ……。

 この話題は頭が痛くなってくるからやめよう。


 話題を変えよーっと。


「あ、そうだ志乃ちゃん。昨日家で面白いことがあってさー」

「なにがあったんですか?」

「自室でスマホを弄ってるときに、ふと気が付いたら視界に白い――」


 ――そんな感じで、司を待っている間……俺たちは雑談で盛り上がっていた。


 俺の話に一つ一つ反応を見せてくれる志乃ちゃんが、とても可愛かったです。はい。


 こういう子が相手だったら、俺も話しがいがあるってものだ。どこぞのダウナー眼鏡も見習ってくれって話。


 ――え? それでなんの話をしたのかって?


 そら視界に映る白い――



 あーいや、それはまた別の話……ということで。ふふふ。


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