第115.5話 渚留衣は誕生日女子会を楽しむ【後編】
「へぇ……。で、なにしたの晴香」
「ちょ、アンタ……本当になにかしたの!?」
顔を真っ赤にする晴香に詰め寄るわたしと月ノ瀬さん。
なにもなかったらこんな反応をするわけないし、きっと面白いことがあったに違いない。
でもあのとき、朝陽君は特に普通だったような。
ということは、二人になにかあったというより……晴香個人の問題?
「べべべ、別になにもしてないって! おんぶされて恥ずかしいなぁって思ったくらいで……!」
それ自体は事実なんだと思う。
あの晴香が好きな人におんぶされて平常心でいられるはずないし、きっと心臓はバクバクだったに違いない。
それにしても、晴香をおんぶか……。
いくら朝陽君が鈍感だとしても、少しは意識してたんじゃないかな……。
子供みたいな体型のわたしとは違って、晴香は文字通り『スタイル抜群』だし。
男子たちがチラチラ晴香を見ていることだって当然気付いている。
……いやでもどうだろう。朝陽君だし。
というか、彼の事情を考えると……むしろよくおんぶなんてしてくれたなぁって感想だ。
それだけ晴香のことを気にしてくれたのだと思うと、親友としては嬉しい限りである。
「絶対嘘ね。それだけで顔を真っ赤にするわけないでしょ」
「そ、それは……」
「……ちなみに司の背中どうだったのよ」
興味津々じゃん月ノ瀬さん。
「……ちゃ、ちゃんと男の子でした……」
「ぐっ……!」
急にそれっぽい話が始まった。
晴香は「えへへ」とだらしなく頬を緩ませ、月ノ瀬さんは悔しがっている。
モテモテだね……朝陽君。
今や学年ツートップと名高い美少女二人に好意を寄せられるなんて……。
まぁ……うん、分からないでもないけど。
──このままだと話が脱線しそうだ。
わたしはオレンジジュースを飲むためにストローを咥え、そのまま呟くように言う。
「──どうせ、どさくさに紛れて告白したんでょ」
「い、いや告白っていうかアレは──! ……あ」
はい自爆。
オレンジジュース美味しい。
どうでもいいけど、ショートケーキとオレンジジュースって組み合わせとしてどうなんだろう。
……美味しければなんでもいいか。
晴香は己の発言により、ピシッと表情が固まった。
あとは……うん。
「──ちょっと晴香」
月ノ瀬さんがいろいろ聞いてくれるでしょ。
「どういうことか説明してくれる? したの? 告白」
「こ、告白っていうかあれは勝手に出ちゃったって言うか……!」
「出ちゃった? 待って、アンタまさか……」
「な、なに……?」
うん。やっぱり甘いものは美味しい。
わたしもよくチョコレートとか、そういうお菓子を食べながらゲームをするときがあるけど……結構至福のひと時だったりする。
そして今日はケーキを食べられるなんて……誕生日に感謝だ。
「無意識に好きって言っちゃったとかじゃないでしょうね!?」
「ひゃ……!」
二人の会話を横目で見る。
クワッと目を見開く月ノ瀬さんから、晴香は気まずそうに目を逸らす。
それはもう……答えを言っているようなものだった。
そうなの晴香。無意識で好きって言っちゃったの。
なにそのラブコメヒロイン的なやつ。
「……観念して正直に言ったら? もちろんホントに言いたくないなら聞かないけど」
「まぁ、それはそうね。無理に聞いても仕方ないもの……」
わたしたちが言うと、晴香は「うぅ……」と目を伏せた。
なんだかちょっと可哀想に思えてきたけど、こういうのも女子会なんでしょ? 知らないけど。
ドンマイ晴香。
「……はぁい」
力無い晴香の返事。
「おんぶされてるとき、朝陽くんといろいろ話して……」
「……羨ましい」
「月ノ瀬さん本音漏れてる」
笑いそうになるならやめて。
「好きだなぁって気持ちが溢れちゃって……その……」
「……その?」
月ノ瀬さんが続きを促すと、晴香は恥ずかしそうにしながら言葉を続けた。
「好きって言っちゃったといいますか……呟いちゃったと言いますか……」
「……」
「……」
「あで、ででも! すごく小さい声だったから! 朝陽くん全然聞こえてなかったし! あーもう……! 私の話は終わり! 終了!」
晴香は手をブンブンと振りながら、ふいっと私たちから顔を背けた。
これはこれは……。
知らない間に幼馴染がラブコメしてた件について。
晴香は可愛いし誰にでも優しいから、もちろん子供の頃からずっとモテていた。
それこそ告白だって何回もされていたし、それについての相談だってどれだけ受けてきたか分からない。
だけど、当の晴香本人に好きな男子はずっといなくて……。
そんな晴香が高校に入って朝陽君と出会って恋を知った。
そして気が付けば立派なラブコメをしていて……。
嬉しいような、寂しいような……。
巣立っていく子供を想う親の気持ちってこういう感じなのかな……。
「普段はおっとりしてるのに、やるときはやるじゃない晴香……」
「は、恥ずかしいからこの話終わりっ!」
なにはともあれ、晴香が幸せそうでなによりだ。
朝陽君が相手だったらなにも心配することはないし、心置きなく親友を任せられる。
もしも、これがほかの男……それこそあいつみたいな男だったら、全力で止める自信しかない。
――って、なに勝手に出てきてんのあんた。出ていけ。
ムカつく顔が出てきたせいでイライラしてきた。
ここはケーキでも食べて忘れ――
「じゃあ……次は留衣の番かしら」
え。
フォークを持った手がピタッと止まる。
「おっ! たしかにるいるいの話聞きたい!」
え。
「晴香だけに話をさせるなんて卑怯よね?」
「そうだよ! るいるいもこっち側へおいで……おいで……」
おかしい。
わたしはこれからケーキを食べて幸せな気持ちに浸ろうと思ったのに、どうして矛先がこちらに向いているのだろう。
というか、わたしの番ってなに?
なにも言わずに二人に顔を向けると、まずは晴香がニコニコしながらわたしに詰め寄ってきた。
「るいるいさ、夏祭りのとき……彼のところに行ったよね?」
――うわ。これアレだ。
「それでさ、二人で花火見ちゃったりしたの!? どうなの!?」
「ふふ、それは私も聞きたいわね。ただアイツを問い詰めただけじゃないんでしょ?」
超――面倒くさいやつだ。
下手に便乗するんじゃなかった。
黙って二人の話を聞いてるんだった……。
私は小さく息を吐いて、二人から目を逸らす。
「……別に。二人が想像するようなことはなにもないって」
本当になにもない。
笑顔溢れる青春とか。
恥じらいやドキドキで溢れる一瞬とか。
そういうのは一切ない。
「わたしとあいつの間に、特別なことなんてあるわけないでしょ」
「……でも一緒に花火見たんじゃないの?」
「……」
晴香の質問に思わず黙ってしまう。
見た、というか……同じ場所にいただけというか……。
厳密にあれはなんて言えばいいのだろう。
「なにを話したのか知らないけど、アンタたちらしい一つの『青春』なんじゃないの? それ」
「青春? わたしとあいつが?」
「そう。アンタと、アイツが。形なんて人それぞれでしょ?」
「ないないないないない」
「怒涛の否定だ……!?」
勝手にどっか行ってムカついたから探しに行って。
そしてあいつの過去を……聞いて。
思うことはいろいろあったけど。
だからといって……なにかが変わったわけでもない。
あいつを見る目が変わったわけでも。
あいつとの距離感が変わったわけでも。
特別なことなんて、なにもない。
それに――
「わたしなんかより、そのあとに来た志乃さんのほうがすごかったよ」
わたしはただ話を聞いて、思ったことを伝えただけだ。
それよりも、志乃さんのほうが……なんというか……うん、すごかった。
血が繋がってないとはいえ、流石は朝陽君の妹というべきか……。
あいつに優しく寄り添って、穏やかに話していた志乃さんを見て……わたしは思ったんだ。
あぁ――きっとこういう子だったら、こいつを変えることができるんだろうな……って。
わたしはあいつを変える気はないし、それを望んでいない。
そんな力はわたしにないし、専門外だから。
できる人が、相応しい人がやれば……それでいいと思った。
「あー志乃ちゃんかぁ……。たしかに志乃ちゃんって、青葉くんをすごく大切に思ってるんだなぁって伝わってくるよね」
「じゃないと正座なんてさせないわよね。アイツも志乃には逆らえないって感じだもの」
「よく志乃ちゃんのことを『俺の妹!』って言ってるけど、本当にそう思ってるんじゃないかってときあるよね」
「本当にそう思ってるんじゃないかしら。それだけ大切な子なんでしょ」
月ノ瀬さんの言う通り、大切に思っているのはあいつもそうだろう。
ほかの女子と比べて、明らかに志乃さんのことを特別気に掛けているように見える。
恐らく、朝陽君の妹だから……という点がかなり大きいんだろうけど。
それでも、特別視していることにはなにも変わらない。
「そ。だからわたしが話すようなことはなにもないよ」
ただでさえ恋愛のアレコレなんて無縁なのだ。
話を振られても困るだけである。
わたしは最後の一口を口の中に運び、もぐもぐと咀嚼した。
……美味しかった。満足。これで思い残すことはない。
「ふーん? それこそ、せっかく夏休みなんだからデートとかすればいいじゃない」
「デートとかじゃないけど………………あ」
ケーキのせいで完全に気を抜いていた。
わたしの反応を見た瞬間、二人の目が意味深にキラッと光った。
うわマズい完全にミスった。
失言……!
「晴香さん、今の見たかしら?」
「見ましたよ玲ちゃんさん。これは絶対に……」
わざとらしい会話のあと、二人はニコニコして──
「「なにかある」」
「な、ないから……! デ、デートとか意味分からないし……!」
たまらず否定するも、二人は微笑ましい顔でわたしを見たままうんうん頷いている。
頷いているだけで、わたしの言葉は届いていないだろう。
もう最悪だ。
なにデートって。
そんなザ・リア充みたいなイベントわたしにあるわけないって。
あるわけ……。
──『つまりデートのお誘いってことでOK?』
勝手に頭の中に浮かび上がってきた文字をすぐに振り払う。
だからあんたはすぐに出てくるな、大人しく記憶から消えてて。
デートじゃない。絶対デートなんかじゃない。
あれは……そう、あいつの自己満足に付き合うだけだ。それ以上なんでもない。
「……聞きたいことはたくさんあるけれど、今はそれでいいわ。今は、ね」
「……含みある言い方」
月ノ瀬さんは楽しげな表情で勝手に納得していた。
「……うん、そうだね! だってるいるいだもん。今はそれでいいかな!」
「晴香まで。今はってなに」
「いいのいいの! 親友として嬉しいよ~ってことだけ言わせて!」
「全然分からないんだけど」
二人はなにを思い、なにを納得したのだろう。
考えても……当然分からない。
はぁ、やっぱりこういう系の話題は苦手だ。
せめて恋愛ゲームの話にしてほしい。
……正直それも得意分野じゃないけど。
「最後は玲ちゃん! 恋バナ恋バナ~!」
「私ねぇ……。別に話せるようなものないわよ?」
「うーん……じゃあ、朝陽くんのどこが好きになったの?」
「どこ? そうねぇ――」
そして二人は、お互いの好きな人……朝陽くんについての話で盛り上がり始めていた。
わたしはそれを……ボーっとしながら聞いていた。
たまに話を振られたら適当に相槌を打つ程度で。
晴香は子供の頃からの親友で、月ノ瀬さんはクラスメイトで友達だ。
その二人が同じ男子に恋をしているという事実は……複雑で。
どちらにも幸せな結末を掴んで欲しいけど……多分、そんなことにはならないんだろう。
彼に思いを寄せる人はほかにもいて。
『その場所』に辿り着けるのは――たった一人だけ。
それを思うだけで、ちょっと胸が痛くなってくる。
それでも晴香たち……いわゆる恋する乙女というのは、誇張抜きでキラキラしているように見えた。
もちろん、恋が絶対ってわけじゃないし、興味が無い人だって数多く存在するだろう。
――わたしにも。
わたしにもいつか……分かる日が来るのだろうか。
晴香たちのような……気持ちが。
……。
――うん。少なくとも今は。
全然、分かりそうにない。
× × ×
「じゃあねーるいるい! 今日は楽しかった!」
「楽しかったわ留衣、また会いましょう」
時刻は夕方になり、これから帰宅する二人を見送るために玄関へと場所を移していた。
「わたしも……楽しかった。ありがとう二人とも」
わたしの言葉に、二人は嬉しそうに頷いた。
本当に良い友達を持ったと思う。
「あ、私たちからの誕生日プレゼントちゃんと使ってね?」
「そうよ? 晴香と選んできたんだから」
「……そんな機会あるかな」
ケーキを食べて話が落ち着いたあと、わたしは晴香から一つの大きな袋を手渡された。
その袋はどうやら、ケーキとはまた別にここに来る前に選んだもののようで……。
二人からの誕生日プレゼントだった。
「あるよ! そもそもるいるい、全然持ってないじゃん! ――私服!」
「ほぼほぼ晴香のセンスだけれど。私はファッション周り詳しくないし……」
「絶対興味持ったほうがいいって! 玲ちゃんもるいるいも可愛いんだから!」
そう。
晴香たちのプレゼントは……洋服だった。
なんとも……女子らしいプレゼントで、気持ちは嬉しかった。
問題は……わたしのほうで。
着る機会あるのかなとか。
似合うのかなとか。
恥ずかしいなとか。
いろいろあるけど……。
二人が選んでくれたというだけで、心が温かくなった。
それに。
「留衣、漫画とあと……ラノベ? っていうのを借りちゃって本当によかったの?」
「いいよ。もう何回も読んだし。ゆっくり読んで」
「ならありがたく借りるわね。ありがと」
地味に布教したし。ふふふ。
初心者におすすめのものを貸したから問題はないと思う。
感想とか言い合えたり話せたりするのかな。
想像するだけでちょっとワクワクするけど……。
ここもオタクとしてしっかり自重しなければ。
合う合わないは個人によって違うわけだし。
「それじゃ、行こっか玲ちゃん」
「そうね」
二人は頷き合い、もう一度わたしのほうを見る。
「……るいるい、改めて!」
晴香の掛け声に合わせて――
「「誕生日おめでとう!」」
笑顔の――プレゼント。
なんだかおかしくなっちゃって……わたしはふっと笑みをこぼした。
「――ありがとう」
さようなら、十六歳のわたし。
そして。
これからよろしく。
十七歳のわたし。