第115話 有木恵麻は伝えたいことがある
「――って感じで。ホントに昴はバカみたいなことばっかりやっててさぁ」
「おい失礼だろ! このイケメンフェイスだからこそ映えるってもんだろうが!」
「へ、へぇ……昴くん学校ではそういう感じなんだ……い、いいと思う……!」
「思ってねぇなぁ? めちゃめちゃ引いてるなぁ!?」
近況話で盛り上がっている三人組。
俺と司のことなんて、わざわざ言うまでもないから省くとして――
有木の話によれば、自分や月ノ瀬をいじめていた元凶は……すでに退学処分になったらしい。
どうやら月ノ瀬が転校して行ってから、また別の問題を起こしたようで……それが原因らしい。
それにより、クラス内は穏やかになり……いじめはもう起きていないようだ。
主犯格が去ったのなら、ひとまず良しとしよう。
もしも、まだまだのうのうと学生ライフを楽しんでいるようだったら――
おっと。
これ以上は言う必要ないな。考える必要もないわけだし。
少なくとも、現在の有木はまともな高校生活を送れているというで……。
とはいえ、今でも月ノ瀬のことが心残りだろうし、とてもハッピーとは言えないのだろうが……。
一方でその月ノ瀬が、俺たちの学校で毎日笑顔で過ごせている以上……ある意味では正解のルートだったのかもしれないな。
――すべて結果論に過ぎないのだが。
そんなわけで、当初の目的など忘れて俺たちはただダラダラ喋り……気が付けば結構な時間が経っていた。
「あっ……!」
スマホで時間を確認した有木が、なにかを思い出したかのような声をあげる。
「どうかした?」
「えっと、このあと美容室の予約してて……」
「え、なにお前髪切るの?」
これは意外な予定もあったものだ。
俺の質問に有木は頷き、長い前髪を指先で弄る。
「心機一転って言うのかな……。じ、自分を変えるためにまずは髪でも切ろうかなぁって……」
なるほどなるほど……。
それはたしかに思い切った選択かもしれないが、新しい一歩を踏み出す……という理由においては良い判断だと思った。
月ノ瀬がそうだったように、髪型一つで印象というのはガラッと変わるからなぁ。
話を聞いていた司も同じことを思ったのか「いいと思うよ」と同意した。
「有木さん、前髪あげたら絶対可愛いと思うしね」
「えっ……!?」
――おっと?
来ましたよこれ。
しれっと可愛いとか言ってやがるぞコイツ。
どうせ無自覚なんだろうけど。
顔を赤くした有木を見て、司は自分がなにを言ったのか改めて思い知ったようで……。
「あ、いや、ご、ごめん急に変なこと言って……! 嫌だよね……!」
「う、ううん……そ、そんなことないから……ああ、あありがとうございます……」
……。
あー、アイスコーヒーうめぇ……。
青春を横目で飲むアイスコーヒーほどうまいものはないよね。
恥ずかしそうに目を逸らし合う二人を見て、俺は内心ため息をついた。
仕方ねぇなぁ……。
「まぁ、たしかに有木は素材がいいからな。どんな髪型になるか楽しみにしてるぜ?」
「す、昴くんまで……!? 全然そんなことないって……!」
「じゃーそんなことねぇわ。気のせいだったわ」
「……い、意地悪なところは変わってないと思う」
「ははっ、冗談だっての。というか……予定があったのに時間を取らせて悪かったな」
美容室ということは、それなりに前から予約していたんだろうし……。
むしろ、それなのによくここに来てくれたと思う。
「だ、大丈夫。楽しかったし……それに、その」
有木は俺にチラッと目を向けると、照れくさそうにすぐに逸らした。
あん? なんだ?
「今の昴くんに……会ってみたかったから」
今の俺に?
訳が分からん、と眉をひそめた俺に有木は話を続ける。
「あたしね……す、昴くんに言いたいことが一つあって……それを今日どうしても伝えたくて……」
「あれ? ひょっとして俺、今から愛の告白される?」
「昴。茶化すなって」
「へいへい」
場を和ませただけじゃん! もう! いけず!
……はい。すみませんでした。
なに言われるのか分からなくて、ちょっと怖くなっただけです。
有木は少し間を空けたあと、ぽつぽつと話し始めた。
「……あたし、昴くんのことが怖かったよ。いろいろ嫌なこと言ってくるし、声は大きいし……怖くて苦手だった」
「……だろうな」
そんなことは予想通りだ。
だが、なぜ改めてそれを……?
それに、嫌だった思い出を話すような表情には見えない。
有木は至って穏やかな顔をしているのだ。
「でも、ね」
でも――
逸らしていた視線を、俺に合わせて。
「あたし、ちょっとだけ――昴くんに憧れてたんだ」
は……?
予想外の言葉にガタっと椅子が鳴る。
憧れ? 俺に?
そんなものとは最も程遠い男だったじゃないか。
それなのに、なんで――
「昴くんはあたしとは違って、いつも堂々としてて……自分の気持ちを飾らないで言葉にできる人だったから……」
「いやお前、だからって……」
「もちろん、度が過ぎてた部分はあると思う。そ、それでも……そんな昴くんに憧れてる部分はあった。あ、あたしも……あんな風に胸を張ることができたらなぁ……って」
まったく理解できなかった。
あんなどうしようもない男のどこに憧れる部分がある?
自分を飾らず、堂々と振る舞った結果……とんでもない愚か者が生まれたんじゃないか。
有木の話は、とても受け入れられるようなものではなかった。
受け入れたく……なかった。
「きゅ、急にこんなこと言ってごめんね。その、要するにあたしが言いたいのは……」
コホン、と有木は咳払いをして――
「昴くんのこと、苦手だったけど……き、嫌いとか、そういう感情はなかったよ……っていうか……」
「……ドМ?」
「ち、違うよ……!? そうじゃなくて、あまりその、自分を嫌わないで欲しいっていうか……あああ、あたしが言えたことじゃないんだけど……!」
あたふたと身振り手振りをしながら言葉を探している。
気持ちを俺に伝えるために……有木は必死だった。
コイツは今日――わざわざそれを伝えるために俺に会ってくれたのか?
だとすれば……とんだ物好きもいたものだ。
自分を嫌わないで欲しい――か。
簡単に言うが、それはかなり難しい問題だよ。
「……わーったよ。あんがとさん」
返せる言葉は、これしかなくて。
自分の気持ちなんて、何一つ言葉にできなかったヤツにこんなことを言われるなんて……。
なんとも言えない気持ちで胸の中がいっぱいだった。
「……う、うん」
有木は小さく微笑む。
伝えたかったことを言葉にできて、安心したのかもしれない。
「有木さん、時間は大丈夫?」
「あっ、大丈夫じゃない……! じゃ、じゃあお金はここに置いておくね……! 今日は本当にありがとうございました……!」
慌てて立ち上がり、有木はテーブルの上にお金を置いた。
そしてぺこりと頭を下げたあと、俺たちに背を向ける。
「――有木さん」
その背中に司が声をかけた。
「は、はい。どうかした?」と振り返った有木に……司は優しく言った。
「またね」
おお――こいつはまたカッコいい挨拶を……。
さようなら、ではなくまたね……か。
有木は数秒程度呆けたあと、その表情を明るくさせる。
「うん、またね……!」
まぁ、司だったらこれから先も有木と仲良くやっていけるだろう。
俺は口出しするつもりはないし、どうぞご自由に――
「昴くんも」
「はぇ?」
油断していた。変な声出たわ。
「昴くんも……また、ね」
胸の前で、控えめに手を振って。
司だけではなく、俺にまで『またね』と言ってきた。
……。
あぁ、もう……。どいつこいつも……。
どうしてこう、俺のほうまで見ようとするのかね……。
肩の力が抜けてしまい、俺は思わず笑みをこぼした。
「ああ。また……な」
「うん……!」
有木は嬉しそうに顔を綻ばせ、もう一度俺たちに頭を下げる。
その後、有木は早足で喫茶店から出ていった。
残されたのは……野郎二人。
――こうして、七年ぶりの再会は終わりを告げたのだ。
× × ×
「昴、お前一本取られたな」
有木が去って行ったあと、司がニヤリと笑って口を開いた。
「うるせぇ。俺だってあんなこと言われるなんて思ってなかったわ」
「でも、よかっただろ? 今日有木さんと会えて」
「……さぁな」
正直、あんな穏やかな時間になるとは思わなかった。
司が仲介してくれなかったら、今ごろどうなっていたことか……。
どちらにしろ、今回は司がいてくれて良かった……と言ってやってもいいな。うん。
別に褒めてあげてもいいんだからね!
おっとツンデレヒロイン系昴ちゃん失礼。
「……俺が有木さんに今日のことを連絡したときさ」
ふざけたことを考えていると、司がさらに話を続ける。
空になったグラスを持ち、氷を転がして遊びながら俺は話に耳を傾けた。
「すぐにオッケーをくれたんだ。むしろ……『あたしも昴くんに会ってみたい』って」
「なんだそれ。恐れ知らずかよ」
「自分でも言ってたけど、ホントに会いたかったんだろうな。変わった今のお前に」
「有木もずいぶん変わってたけどな」
「細かい部分は置いておいて……二人が話せてよかったよ。安心した」
「……そうかい」
自分は関係ないのに、こうして同席して。
自分は関係ないのに、俺たちの仲を取り持とうとして。
自分は関係ないのに、まるで自分のことのように喜んでいて。
どこまでいっても、やっぱりコイツは――あの頃と変わらない朝陽司のままだ。
ありがとな、司。
今日に関しては全部お前のおかげだよ。
「――あ、それとは関係ないんだけどさ」
「なにかね」
「俺の勘違いじゃなかったら……」
司はスマホを開き、日付を確認した。
本日は八月二日。夏休み序盤である。
なんかあったっけ……。
司は日付を見て首をかしげたあと、俺に顔を向けた。
「――明日って、たしか渚さんの誕生日だったような……」
………………。
「え、マジ?」
完全に忘れていた。
でも言われてみればそうだったかもしれない。
家族と朝陽兄妹以外の誕生日なんてちゃんと覚えてねぇよ!?
あ、会長さんはクリスマスに近いってことだけ覚えてるわ。
――いろいろあったけども。
改めて……夏休みの始まり始まり。




