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第114話 朝陽司は幼馴染たちを想う

「か、関係ない……?」

「ああ、全然関係ねぇ」


 月ノ瀬との一件を話してくれて、どうもありがとう。


 ――で? だからなんだ?


「俺が話しているのは、あくまで俺の問題だ。そこに月ノ瀬の件はなにも関係ねぇ」

「で、でも……」

「でもじゃねぇんだ。俺は――」

「昴、一旦ストップだ」


 隣に座る司の静止に、俺はハッと目を見開いた。


 ……少し熱くなり過ぎていたかもしれない。

 

 有木恵麻という昔の俺を知る少女を前にして、強情になり過ぎていた。


 司に止められなければ、あのまま無理にでも個人的な事情を押し付けていただろう。


 くそ……なにやってんだ俺は。


「……あー、悪かった有木」

「う、ううん……あたしもごめん……」

「いやお前が謝ることじゃ……」


 有木が俺に謝ることなんて一つも存在しない。


 だからこそ、コイツに『ごめん』と言われるたびに不快な感覚が俺を襲っていた。


 非難される覚えは無限にあるが、謝罪される覚えは一ミリもないのだから。


「この状況は……いわゆるアレだな?」


 アイスティーを飲んでいた司が、俺と有木を交互に見て穏やかに笑った。


「絶対に謝りたい昴と、素直に謝罪を受け取れない有木さん……って感じ?」


 司は自分のペースを崩すことなく、相変わらず呑気に言う。


 俺と有木はお互いに顔を見合わせ、なんとも言えない気持ちで目を逸らした。


 そんな俺たちの様子を見て司は「……仕方ないか」と呟く。


「この件は二人の問題だから、あまり口を挟まないようにしようと思ってたんだけど……」

「なんだよ司」

「まず……有木さんからかな」

「え、あたし?」


 自分を指差し首をかしげる有木に、司は話を続けた。


「君が転校して行ったあと……まぁいろいろあってさ。昴は変わろうって決意をしたんだ」


 おい、なに勝手に人の話を――と思ったが俺は司を止められなかった。


 止めたところで、なにか意味があるとは思えない。

 

 司なりに考えがあってのことだろうし……ならばこの場は任せるとしよう。


 『話し合い』というものに関しては、俺は司に到底敵わない。


 コイツなら有木に寄り添って話を進めてくれるだろう。


「それで昴が真っ先にやったことが、クラスメイト……いや、自分が迷惑をかけた人全員に謝罪することだったんだ」


 「え……」と有木は声を漏らす。


 それほど彼女にとって衝撃的な内容だったのだろう。


 有木は知らない。


 自分が転校してから、青葉昴という人間がどうなったのか。

 青葉昴という人間になにがあったのか。

 

 有木は知らないのだ。


「心無い言葉を言われたり、許さないとか言われたり……もちろん一筋縄ではいかなかったよ。なぁ昴?」

「頼んでもいねぇのに、一緒に頭下げて回ってたお人好しもいたけどな」

「ははっ、そんなヤツいたっけ?」

「白々しいなぁおい……」


 けっ、と俺は白々しく笑う男に向かって言い捨てる。


 俺が謝罪をして回っていた当時、頼んでもいないのに勝手に付いてきて……一緒に頭を下げたヤツがいた。

 

 そいつこそが――この朝陽司とかいう、どうしようもないほどのお人好し男だった。


 しかし、どんな心無い言葉を言われても司は決して俺を守ろうとはしなかった。


 フォローはしていたが、決して俺を庇うような真似はしなかった。


 きっとそれは、俺が俺自身の力で乗り越えないといけないものだと司は理解していたから。


 一から百まで手を貸すことが善行だとは決して言い切れない。


 スタート地点からゴール地点まで手を引っ張ってやることが、正しいこととは言い切れない。


 司はそれを……小学四年生の段階で分かっていたのだ。


 我が幼馴染ながら、本当にすげぇヤツだよ。人生二週目ですかっていう話だ。


「それで、昴が唯一謝罪できなかったのが……君なんだよ。有木さん」

「あたし……」


 有木が転校してから、彼女と話せる手段が無くなった。


 どこに引っ越したのか分からないし、スマホなんて持っていない。


 連絡を取ろうにも、子供だった俺にはどうすることもできなかった。


 そして今――目の前にその対象が座っている。


 こんな機会……みすみす逃すわけにはいかないだろ。


「言っちゃえばそうだなぁ……これはただ、昴が君に謝りたいっていうだけの()()()()だよ。そこに、君は関係ないんだ」


 司から視線を向けられたが、俺はスッと目を逸らした。


 コイツの言ったことは間違っちゃいない。


 文字通り、これは俺の自己満足に過ぎないから。


 許されるためじゃない。

 許されるなんて思っていない。


 すべてオレと決別するために必要なことだから。

 司の隣に並び立つには――避けてはいけない道だから。


 ハッキリ言えば、有木の感情なんてどうだっていい。


 なぜならばこれは、すべて俺の自己満足なのだから。


「で、それに対して……有木さんの言いたいことも分かる。昴がどうこうって問題ではなくて……自分の気持ち的に、素直に謝罪を受け取るわけにはいかないってことだよね」

「そ、それは……」


 有木が謝罪を拒むのは頷ける。


 ここで『あ、オッケー!』なんてあっさり受け入れるような人間だったら、悩んだり苦しんだりしないはずだ。


「言ってしまえばこれも……有木さんの自己満足なわけだ。困ったな……」


 司は穏やかさを崩すことなく、俺たちに言い聞かせるように話す。


 困った、とは言っているがとてもそのようには見えない。


 司は微妙な雰囲気の俺たちを見て……ふっと笑った。


 そして――空気を変えるたった一言。


「まぁでも、別にそれでいいんじゃない?」


 軽い、その言葉。


「昴が頑固で自分勝手なのは昔からだから、今更どうこう言うつもりはないけどさ」

「おい」


 誰が頑固で自分勝手だよ。


 俺のどこにそんな要素が……要素が……。


 ……考えれば考えるほど、その要素しか見当たらないぞ。どういうことだ。


「俺個人としては……有木さんが昴に、正面から自分の気持ちを伝えられるようになってることが嬉しいかな」

「あたしが、昴くんに?」

「自分の意見を曲げないってことは、いいように言えば……。それだけちゃんと強い意思を持ってるってことでしょ?」

「そうなの……かな」


 あー……これは……。


 うん、俺の負けだわ。


 それを引き出されちゃあ俺はもうなにも言えねぇよ。


 だって――


「昴、お前が知る有木恵麻って子は、青葉昴の言葉に対してノーを言えるような子だったか?」


 ほらな?


 司の問いかけに、俺は思わず笑みをこぼした。

 

 俺だって――同意見だった。


「いや? そんなヤツじゃなかったな。いつも俯いてごめんなさいって言ってるようなヤツだったよ」

「そうだろ? 細かいことは置いておいて、俺は今それが嬉しいって思ってるよ」

「司くん、昴くん……」


 心のどこかで俺は、有木のことをあの頃のままだと思っていたのかもしれない。


 だから……俺の謝罪に対する否定的な姿勢に、反感を抱いてしまったのだろう。


 最初から俺は、許されるために謝罪をしたつもりではないのに。


「要するに……二人の気持ちは間違ってない。そして、お互いに譲る必要ないって話」

「そ、それでいいの……?」


 気持ちが追い付いていない有木の質問に、司はすぐに「いいんだよ」と答えた。


「だって昴、お前は有木さんに許されるために謝罪をしたわけじゃないんだろ? お前にとってそれは二の次のはずだ」


 ――見透かされてやがる。


 仰る通りだよ、司くん。


「そして有木さんも、昴の謝罪を受け入れる必要はない。昴風に言うなら……それこそ昴の事情なんて君には関係ないわけで」


 ああ、そうだな。

 俺の事情なんて有木にはなにも関係ねぇ。


 俺は有木に謝罪をしたという時点で、ある意味目的は達成している。

 それ以上のことを求めていないし、望んでないのだから。


 対する有木も、それに対してどうするかは個人の自由だ。


 受け入れるのも。

 拒否するのも。

 

 選択する権利は有木にある。


「それでも、もし二人が納得できないというのなら――」


 俺を見て。

 有木を見て。


 司は――優しく言った。


「まずは、今の『お互い』を知ってみるのはどうだ?」


 今のお互いを……。


「二人って、昔の姿しか知らないわけだし。こんな、会ってちょっと話しただけで理解なんてできるわけないって」


 ――これだよ。

 

 人と人を繋げることができる、朝陽司の力。


 人の気持ちを理解し。

 自分の想いを伝え。


 それを形にして、先へと繋ぐことができる。


「全部俺の勝手な意見なんだけど……どうかな?」


 どうかなって……否定できるわけないだろうが。


 ったく……いろいろ意地になってた俺がバカみてぇじゃねぇか。


 気が付けば俺の中で蠢いた様々な感情はどこかへ飛んで行っていた。


 きっと、朝陽司とかいうヤツに吸い取られてしまったのだろう。


「……ま、たしかに今のお互いのことを知らずに本題に入るのはマズったな」


 有木恵麻に謝らなければいけない。


 そんな気持ちばかりが先行してしまった。


「そ、それを言うならあたしも……昴くんの事情も分かってなかったのに……ごめんね」


 きっと、お互いに身構えてしまっていたのだろう。


 かつて傷つけた存在と。

 かつて傷つけられた存在と。


 約七年ぶりに顔を合わせたのだから、焦ってしまうのも仕方ないのかもしれない。


 ――じゃあ、どうするか。


 俺はグラスを手に取り、アイスコーヒーを一口飲む。


 冷たい液体が体内を巡り、思考を冷静にしてくれたような気がした。


 もちろん気がしただけだぞ。

 アイスコーヒーにそんな作用はありません。知らんけど。


 遠慮がちにこちらの様子を伺う有木に対して……俺はニッと笑顔を浮かべた。


「とりあえず……話すか!」


 俺に釣られるように、有木の表情も明るいものへと変わっていく。


「うん。そうだね……!」


 話す、話すか……。


 トークは俺の得意分野だからね! 任せておけ!


「てなわけで、ご趣味は?」

「えっ、そういうお見合いみたいな質問……?」

「現在はどういったお仕事を?」

「や、やっぱりお見合いみたいじゃない……!? というかお仕事って……あ、あたしたち学生だよね……!?」


 うーむ。

 どこか蓮見を彷彿させるような反応だ。


 あっちに比べて、おどおどしているから余計に困惑具合が伝わってくるけど。


 ――まずは話すとしよう。

 それ以上のことは、また考えればいい。


「……なんとかなったかな」


 隣に座る司が、安心したように小さく呟いた。


「おい司、お前も混ざれよ。幼馴染三人組が集合したんだぜ? ラブコメなら新しい恋が始まるぞこれは!」

「いやお前ラブコメって……。幼馴染……はたしかにそうなのか……?」

「う、うーん……間違いではないの、かな……? 幼馴染って言われると、ちょっとくすぐったいけど……」


 ――その後、俺たちは近況から昔の話までいろいろなことを話した。


 二人だから知る、俺の話を。

 三人だから話せる、過去の話を。


 昔のことなんて、俺にとっては決してキラキラなものではないけれど――


 何故か、今だけはそこまで嫌な気持ちにならなかった。


 まずは今の有木のことを理解しよう。


 もしかしたら、将来的に司に影響を与える存在になるかもしれない。


 最終的に俺にとって重要なのは――それだけだから。


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