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第109話 それでも渚留衣は変わらない

「はい、独り言終わり」


 必要のないことまで話し過ぎたかもしれない。


 俺が話し終えると同時に静寂が訪れる。


 時間にすれば、たったの数秒。


 だけど、なぜか今だけは……その数秒がとても長く感じていた。


 ――これ以上話すことはない。

 

 さっさと切り上げて、別の場所に行こう。


 そう、思ったとき。


「……そ」


 聞こえてきたのは、呟きとも取れるような小さな声で。


 声の主である渚は、俺の横に置かれているりんご飴を見て……一言。


「ねぇ、りんご飴ちょうだい。お腹空いた」

「は……? いやいや待ておい」


 なにがどうなったら、この状況でりんご飴を食べるという思考になるのだろうか。


 困惑する俺に見向きもせず渚はりんご飴を手に取り、覆われていたカバーを外した。


 ……まだ食べていいって言ってないんだけど? いやまぁ別にいいけどさ!


 ようやくこちらを見上げたと思ったら、渚は意味が分からないと言わんばかりの様子で首をかしげる。


「ん? だって今の話、あんたの独り言なんでしょ?」


 ぐっ……変なところで頭回りやがって……!


 うろたえる俺を見て、渚は楽しげにクスッと笑った。


「なに? ひょっとしてなにか言ってほしいの? 独り言なのに?」


 煽るような言い方をされ、無駄にいろいろ考えていたことがバカらしくなる。


 感情の行き先が見つからない俺は、頭をガシガシと掻いてため息をついた。


「ホントいい性格してるよ、お前」

「ありがと」

「褒めてねぇ……」

 

 気が付けば、胸の中で渦巻いていた不快感がどこかへ消え去っていた。


 その理由は……分からない。


「ま、一つだけ言うんだったら」

「なんだよ。中途半端な同情ならいらねぇぞ」

「するわけないでしょ。全部あんたの自業自得じゃん」

 

 渚は考える素振りすら見せず、真顔で言い放った。


「うわバッサリ……」

 

 事実を並べられてはなにも言えない。


 本当に渚の言う通り、すべて自業自得なのだ。


 勝手に勘違いしたクソガキの、どうしようもない……自業自得。


 しかし、渚留衣は。



「ふふ」



 笑った。



 誰が見てもハッキリ分かるほど……たしかに笑ったんだ。


 あの渚が、ちゃんと笑ったのだ。



「あんたって――ちゃんと『人間』やってたんだね」


 

 そう言うと、りんご飴に小さな口でかじりついて「うま」と呟く。


 人間をやってた……?

 またもや、意味の分からない言葉。


 咀嚼して、飲み込んで。


 りんご飴を片手に、渚は淡々と言葉を紡ぐ。  


「てっきりあんたのこと、歪みに歪みまくった『おかしいヤツ』なんじゃないかって思ってたけど」

「ひでぇ言い草だな」

「ちゃんと『人間』なんだなって……正直、安心した」

「おかしいヤツだの人間だの、なんなんだよ。昴くんは立派な人間だっての」


 ちゃんと真人間してるでしょうが。ねぇ?



「――だってあんたさ、()()()()んでしょ?」



 怖い?


 思わず反応が遅れた俺は、ひとまず冗談で場を濁すことにした。


「お前はいつも怖いぞ」

「は? りんご飴にしてあげようか?」

「ごめんなさい」


 無理でした。濁すどころじゃなかったです。


 ほらもう怖いでしょ? そら恐れますって。


 なんだよりんご飴にしてあげようかって。


 ホラーゲームのバッドエンドじゃねぇんだぞ。


 俺の冗談……いや実際は冗談じゃないけど。


 ともかく、渚はため息をついてジトっと呆れた目を向けた。


 向けられ慣れたその視線に、なんだか安心感すら湧いてくる。


「また壊れるのが怖かったんじゃないの。自分が積み上げてきたものが、自分の信じてきたものが」

「……」

「今まで逆らってこなかった同級生に反抗されて、呪いのような言葉を、感情を向けられて。あんたはそれが……どうしようもなく怖かった」


 心臓がひときわ大きく跳ねた。


「朝陽君を幸せにしたいって気持ちはホントなんだと思う。その気持ち……わたしはよく分かるから」


 渚にも、幸せになってほしいと願う親友がいる。

 幸せになってほしいと思ってくれる親友がいる。


 彼女たちは、互いに幸せを願っていた。


 願っていたからこそ……一度、衝突をした。


 『よく分かる』という言葉は決して嘘ではないのだろう。


「もう二度と、他人から見られないように。感情を向けられないように。だってあんたは……なにも分からないから」

「分からない?」

「他人から寄せられる好意とか……他人から想われる気持ちとか、あんた全然分からないでしょ。分かろうともしてないでしょ」


 淡々と。


 感情のこもっていないその声で、渚はただ言葉を並べる。


「わたしだって、人付き合いとか上手くないし。不愛想だし。晴香たちと違って友達なんて少ないし。……そんなわたしでも、あんたに言えることがある」


 渚は手に持っていたりんご飴でビシッと俺を指した。


 かじられたことで欠けたソレは、まるで俺という人間を表しているかのようで。


 コイツは俺になにを言うのだろうか。


 これから聞かされるであろう言葉を、どこか待ち望んでいる自分がいた。


「あんたって、結構『臆病』なんだね」


 臆病。


 それは、生まれて初めて言われたことだった。


「臆病……?」

「認めてしまえば自分じゃいられなくなるとか、受け入れてしまったら自分を否定することになるとか、よく分からないけど……そういう感じなんじゃないの」


 人付き合いが上手くないわりに、ホントよく見てやがる。


「だから、ありがとうって言われると嫌な顔するんでしょ。その言葉はあんたにとって一番の呪いだから」

「……俺はそんなつもりないが?」

「ならいいんじゃない。わたしが勝手に思っただけだから。……りんご飴、久しぶりに食べたけどおいしい」

「適当かよ」

「そうだけど?」


 適当だった。


 呑気にりんご飴をかじり、渚はおいしそうに顔をほころばせた。


 俺と話すときより、りんご飴を食べているときのほうが表情の変化が多いとは何事?


 それにしても。


 ――臆病、か。


 自分でも笑っちまう。


 渚の言う通り、俺はオレが大嫌いだ。


 もう二度とあんな自分に戻らないように。

 司を傷つけるような人間に戻らないように。


 オレは、俺になった。


 司や月ノ瀬たちが俺に好意的な感情を持っていることなんて、当然理解している。


 あれだけ友達だと言われ続ければ、嫌でも理解せざるを得ない。


 それにこの渚も、嫌いという言葉の中にはさまざまな感情が含まれているのだろう。


 コイツが俺に向ける感情はきっと……一言で『嫌い』と済ませていいものではないのかもしれない。


 だが。


 俺がそれを受けて入れてしまえば。


 俺がそれを認めてしまえば。


 俺はまた――あの頃のような人間に戻ってしまうかもしれない。


 感情に甘えて。

 好意に甘えて。


 俺はまた……司を傷つけてしまうかもしれない。


 だったら、俺にはそんな想いは必要ない。


 俺は俺自身の幸せなど望んでいない。


 望んではいけない。


 アイツが笑ってさえくれれば――それでいいんだ。


 渚の言う通り。


 そんな俺は……『臆病』だと言えるのかもしれない。


 別にそれで構わない。

 

 例えなにを言われようが――


 俺は。


「俺は俺を変えるつもりはねぇよ。これからも、この道を歩くって決めてんだ」


 俺は立ち上がり、黙々とりんご飴を食べる渚を見下ろす。


「いいんじゃない別に」


 返ってくる言葉はやはり適当で。


 適当ではあるが、実に渚らしい返事だと思った。


「あんたはあんたのままでいればいいじゃん」

「……あの、俺にいろいろ言ったヤツの台詞とは思えないんだけど渚さん?」

「めんどくさ……」

「おい」


 りんご飴は半分ほど無くなっていた。


 渚は本当に面倒くさそうに顔をしかめ、俺に釣られるように立ち上がった。


 ただでさえ身長差があるのにも関わらず、段差がそれを助長し、まるで子供を見下ろしているかのような感覚になる。


「わたしはあんたに『分かって』とは言ったけど、『変わって』って言った記憶はないの」


 渚が俺を見上げ、気だるそうに言った。


 その通りだった。


 俺はたしかに、渚から変わることを要求された記憶はない。


 自分はこう思っている。

 彼らもこう思っている。


 だから――分かって。


 渚が言うことは……いつもそれだけだった。


「わたしはあんたを()()つもりはないし、()()()つもりもない。ずっと言ってるでしょ? わたしはただあんたを理解りたい。それだけ」


 背を向け、渚は階段を一段下りる。


「あんたを『助ける』とか、あんたを『変える』とか……そういうのは()()()()()がやればいいと思う。きっとそれは……わたしじゃない。というか専門外」


 俺を助ける。


 俺を変える。

 

 それに相応しい人――


 いったい、誰を指しているのだろうか。


 渚はまた一段、下りて。


「だから、あんたはこれまで通り好きにやればいい。今日みたいなことだって、いくらでもやればいい」


 一つ階段を下りるごとに、素っ気なく俺に気持ちを伝えていく。


「ただ。……ま、例えあんたが勝手にどこかへ行ったとしても」


 降りて。


 渚は振り向いた。




 両手を後ろで組み、俺を見上げ――






「わたしは絶対にあんたを見つけるから」






 ふふん、と得意げに笑った。



 同時に。




 パァン――!



 と、夜空に二度目の花が咲いた。

 

 聞こえてくる歓声が、俺たちを包む。




 輝きに照らされる渚の表情は、高難易度ゲームをプレイするときによく浮かべるもので。


 楽しそう──だった。


 どこまでも勝手で。

 どこまでも自由で。

 どこまでも予想外で。


 だからこそ。



 どこまでも――面白かった。

 

 




「以上、それだけは覚えておいて」


 本当にコイツは……面白い。


 渚は俺に変化を求めていない。

 

 求めているのはただ一つ、彼ら彼女らの感情を理解すること。


 受け入れろでも、向き合えでもなく……『分かって』。


 本当に渚留衣らしい言い方だ。


 絶対俺を見つける──か。


「ははっ……なら、ステルススキルを鍛えておかねぇとな」

「だったらその分索敵スキルを上げるだけ」

「お前はコミュニケーションスキルに振っとけよ。コミュ障なんだから」

「それは諦めた。そんなことよりやっぱり綺麗じゃん、花火」


 渚は俺に背を向けて、空を見上げる。


 「おー……」と口を小さく開けて感嘆の声を上げるその姿は、年相応の少女の顔で。


 そんなヤツに俺は、真っ直ぐな言葉をぶつけられたのだと思うと……尚更面白く感じる。


 ったく……不器用なくせに頑張りやがって。話が上手いタイプじゃないだろお前。


 きっと自分の中で必死に言葉を探して、選んで、それを俺に伝えていたんだろうな。


 もちろん、わざわざそんなことを指摘するつもりはないけれど。



 ――礼を言っておくぜ、渚。



 お前のおかげで、俺は改めて『俺』であることの決心がついたよ。


 俺は俺を否定しない。

 俺はやっぱり……今のままでいい。


 そうだろう、青葉昴。


「じゃ、わたしはみんなのところに戻るから。あとはご自由に」

「はっ?」


 くるっと振り向き、渚はりんご飴を持っていない左手を振り上げた。


「わたしはあんたと花火を見に来たわけじゃないから。というか、なんであんたとそんな青春みたいなことをしないといけないわけ?」


 すっかり、いつも通りの毒舌ダウナー眼鏡っ娘の姿だった。


「おい! こんなパーフェクトイケメン昴くんと青春できるんだぞ! ハッピーだろ!」

「アンハッピー。うるさいから却下。じゃ、おつー」


 またもやバッサリ。


 えぇ……なんか、ねぇ?

 そういう雰囲気じゃなかったじゃん!


 流石は鬼様。雰囲気なんて完全にぶち壊しである。


 お前、そもそも人混みにまた特攻することになるんだぞ。行けるのかよ。


 渚は立ち去る――と見せかけて、「あっ」となにかを思い出したような顔を俺に向けた。


 夜空には未だに花火が上がり続け、その煌びやかな光は彼女を照らす。


「なんだよ? やっぱり俺が恋しく――」

「大きな独り言、聞かせてくれてありがとう。あんたをまた一つ理解ることができた」


 ――『……なるほどね。またあんたを理解()ることができた』


 先日、学校の廊下でも言われた。


 俺のことをそんなに理解して、なにが楽しいのやら。


「はいよ。満足したか?」

「さぁ。それはどうだろう。とりあえず……うん、これからもよろしくってことで」

「……」

「……」


 見下ろし、見上げ。


 互いに顔を見合わせるが──それ以上言葉は交わさない。



 そうだ。

 俺たちの距離感は……これでいい。


 この距離感がちょうどいい。


 青春なんて言葉、俺たちには不釣り合いだ。


 俺は俺のままで。

 渚は渚のままで。


 自分が『勝手に』決めた道を突き進めばいい。

 自分だけは、自分の想いを信じ通せばいい。


 それは他人が止められるものではないのだから。


「渚、最後に一個だけいいか?」

「なに」


 ――一個だけ、言い忘れたことがあった。


 せっかくだし言ってやろう。

 俺は見逃さない男だからな。


 ニヤリと笑い、渚の姿を改めて見つめる。


「浴衣、似合ってんじゃん。やっぱ俺の目は正しかったわけだな!」


 彼女によく似合う、()()()の浴衣。


 どういう意図で、なにを意識してそれを選んだのかは分からない。


 それでも、似合っていることは確かだった。


 渚は一瞬驚いたように目を見開き、ふいっと目を逸らす。


 そのまま今度こそ俺に背を向けて――


「……。……うるさ」


 最後もしっかり、渚らしい素っ気無い返事で。


 いいよいいよ。

 可愛らしい反応なんてお前に求めてないからね。


 階段を下る後ろ姿に、俺は苦笑い。


 今どんな顔してんのかね……アイツ。まぁいいや。


 俺は……せめて焼きそばを食べてから戻るとするかな。


 

 そう思い、腰を下ろそうとすると――



「あれ?」




 階段を下っていた渚が声を上げていた。


 また俺か? と思ったが、そんなことはなく。


 視線を下に向けると、そこには渚と……その先にもう一人誰かが立っていた。


 ここは階段の中腹。


 周囲は暗く、階段自体も長いため最下段付近の様子はあまりよく見えない。


 それでも。


 その人物が誰なのか。



 渚の一言で――分かってしまった。




「志乃さん?」




 ――んぇ?


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