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第106話 一同は夏祭りを堪能する

 お祭りは大盛況のようで、あちこちから参加者の楽しそうな声が聞こえてくる。


 特に子供たちがはしゃぐ声が印象的だ。


 かく言う俺たちも──


「金魚すくいって超難しくないですか!? え、あたしが下手なだけ!?」

「……日向。隣でやってる星那先輩を見てみなさい」

「はぇ? ──ってすご!? なんか金魚が山のようになってません!? 紗夜先輩どうやってんですかそれ! プロ!?」

「む? …………感覚、か?」

「そうだこの人天才だった……!」


 異常なほど上手過ぎる会長さんに驚かされた金魚掬いだったり──


「……全然倒れない」

「狙いはバッチリなんだけどね。それにしても、るいるい……射的上手くない?」

「そう? ほぼ初めてなんだけど……ゲームの経験? いや関係ないか」

「倒れないのはお前の力がないだけだ──っておいやめろ! 銃口をこっちに向けるんじゃありません! 昴くんは景品じゃありませんよ!?」

「ふ、二人とも危ないから……あいたっ――!」

「ん? 晴香、どうかした?」

「う、ううん! なんでもないよ!」

「……」


 まるで本物のハンターかのような目をした渚に狙われた射的だったり――


「狙って狙って……えいっ……! わわ! 入ったよ! 兄さん、昴さん見ててくれた!?」

「ああ! バッチリ見てたぞ志乃! すごかった! 流石だよ! 志乃の才能は世界一だ!」

「ナイス志乃ちゃん! 輪投げのセンスあるんじゃね?」

「ふふ。ありがとう兄さん、昴さん!」


 志乃ちゃんが不慣れながらも、意外と上手で……それ以上にはしゃぐ可愛かった輪投げとか――


「おっし日向、どっちが先にりんご飴食べ終わるか勝負しようぜ」

「ふふん! こう見えてもあたし、結構食べるの早いんですからね! 楽勝です!」

「やめなさいアンタたち。危ないでしょ」

「え~! でも月ノ瀬の姉御~!」

「誰が姉御ですよ」

「え~! でも玲師匠~!」

「誰が師匠よ。というか日向も悪乗りしない! アンタたちって地味に仲良いわよね……?」


 早食い勝負が阻止されたため、結局屋台の料理食べ尽くし大会をやったりとか―それは主に俺と日向だけど。


 そんなこんなで、さまざまなことをして夏祭りを満喫した。


 ――そして現在。


「もぐもぐ……わたあめ美味し~!」

「日向……ちょっと食べすぎじゃない? お腹壊さないでね?」

「大丈夫だよ志乃! スポーツ女子だからあたし!」


 前を歩く後輩二人組の微笑ましい会話を聞きながら、俺たちはある場所へと移動している最中だった。


「ふむ。花火を見る場所はもう少し先だったか?」

「そうです。穴場……みたいな広場があって、そこならいい感じ見やすいかなって」

 

 後ろを歩く会長さんの質問に、その隣の司が答える。


 今の会話から分かる通り、俺たちはこれから行われる打ち上げ花火を見るために場所を移動しているわけだ。


 事前に司が調べて、なにやらいい感じの場所を見つけたようで……。


 溢れる人混みの中、俺たちはゆっくりと歩を進めていた。


「るいるい、お前ちっちゃいからはぐれるなよ? なんならイケメン昴くんが手繋いでやろうか?」

「……人混み、つら。むり……しんどい……」

「ダメだ全然聞いてねぇコイツ」


 隣を歩く渚に声をかけるが、その本人は……見事に撃沈していた。


 夜とはいえ夏だから気温が高い。

 それに、人混みがその暑さを助長している。


 予想通り、フィジカルよわよわの渚は歩くので精一杯……という様子だった。


 俺のおふざけに反応しないあたり、本当にしんどいのだと伝わってくる。


 急にぶっ倒れられたら困るし、これ以上やばそうだったらなんとかしてやるか……。


 やれやれ、手間のかかる眼鏡っ娘だぜ……。


 とは言ったものの……俺も疲れてきたし、そろそろ落ち着いた場所に行きたいものだ。


 志乃ちゃんは……うん、顔色的にまだ大丈夫そうだな。

 

「――ちょっとみんな待ってくれる?」


 司の隣を歩いていた月ノ瀬の声に、俺たちはそれぞれ反応を見せる。


 待って、と言われたものの……この人混みの中で急に立ち止まるわけにはいかない。

 

 ひとまず道の端に寄ることにして、俺たちはそそくさと人混みから離れた。


「月ノ瀬さん、どうかした? ……って、あれ――?」

「あぁ。アンタも気付いたわね」


 端に寄った俺たちは、立ち止まって月ノ瀬の話を聞いてみることにする。


 しかし、一度俺たちをぐるっと見回した司が……首をかしげた。


「ごめんなさい。人が多いせいで気が付くのが遅れたのだけど――」


 月ノ瀬は申し訳なさそうに眉をひそめる。


 いったいどうしたのだろうか。

 司も司で、どうして俺たちを見回すようなこと――


 ………。


 あ。


 気が付いてしまった。


 この場の違和感に。

 

「晴香がはぐれたわ」

「え……!」


 短いその言葉に、俯いていた渚が勢いよく顔を上げた。


 そして、キョロキョロと辺りを見渡し……驚いて目を見開いた。


 ――そう。


 俺たちの中に、蓮見の姿が無かったのだ。


 と言っても数分前までいたから、つい先ほどはぐれてしまったのだろうが……。


 なんにせよ、今この場に居ないということは事実だ。


「む……私も気が付かなかったな。この人混みだ……見つけるのは困難かもしれない。玲、連絡はしたのか?」

「はい。したんですけど……既読が付かなくて」

「それって晴香先輩大丈夫なんですか!?」


 連絡はしたが既読は付かない……か。

 もしかしたらスマホが見られない状況という可能性がある。


「蓮見先輩……心配です……」


 会長さんの言う通り、この人混みの中で見つけ出すのはなかなか骨が折れるだろう。


 とはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。

 

 さて、どうしたものか――


「俺が探しに行くよ」


 考える間もなく、司が俺たちに言った。


「みんなはこのまま先に行って大丈夫。一人のほうが動きやすいし、俺が蓮見さんを探してくるよ」


 はは……流石は司だ。


 この人数で探して回るのは効率が悪いし、むしろまた誰かがはぐれてしまう可能性がある。


 そうなると、司の提案は最適なものだと言える。


 ……そうだよな。


 ここはみんなを先に行かせて、一人で探したほうが動きやすいよな。


 ――となると。


「兄さん、大丈夫なの?」

「大丈夫だって。なにかあったらすぐに連絡するよ」

「……分かった。気を付けてね」

「――俺も探しに行くぜ」


 ニヤリと笑い、俺は会話に加わる。


「俺も俺で蓮見を探してみる。いいだろ、司」

「昴……」


 ここの敷地内はなかなかの広さだ。


 そう遠くへは行っていないと思うが、司一人で探すのは大変だろう。


 だとすると、二人で手分けして探したほうが効率もいい。


「会長さん、志乃ちゃんたちのことをお願いしますね」


 女子たちのことは、会長さんに任せておけば一安心だろう。


 月ノ瀬もいるし、どちらも頼りになる。


「ふむ……」


 会長さんはまるで俺の心の中を覗くかのように、ジッとこちらを見つめてきた。


 嫌な感覚に目を逸らしたくなるが……ここは我慢。こらえろ俺。


 会長さんは俺の目を見てなにか思ったのか、フッと笑った。


「……なるほど」


 小さく呟いたあと「ああ、問題ない」と頷く。


  その『なるほど』がなにを指すのかは分からないが……今は考える暇はないだろう。

 

「あんまぐだぐだ話してても仕方ねぇ。行動開始と行こうぜ」

「……ああ、そうだな。蓮見さんを見つけたら連絡するよ」

「俺もそんな感じでやるわ」


 ――ふと、視界の端に癖毛のポニーテールが映る。


 俯いたそいつの表情は、不安そうに見えた。

 というか……実際、不安なのだろう。


 親友がはぐれたとなれば……誰でもそう思う。


「渚」


 俺が名前を呼ぶと、そいつ……渚はゆっくりと顔を上げる。


「大丈夫だって。すぐに見つかるからよ」


 夏の暑さを吹き飛ばす、輝きに満ちたスマイルを渚へ向けた。


 その表情の前に、肩の力が抜けたのか……はたまた呆れたのか。

 

 渚は自分を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。


「……よろしく」


 たった一言を残して。


 ほかのことを言わないあたり、本気で心配しているのだろう。


 ――渚、そんなに心配する必要はないぞ。

 

 本当にすぐ見つかるから。


「先輩たち! 気を付けてくださいね!」

「司、昴。晴香をよろしく頼むわね」

「うん」

「おうよ!」


 俺と司は顔を見合わせて、頷き合う。


「司、お前はこの周辺を頼む。俺は入り口付近から探していくわ」

「……。……分かった!」


 そして、蓮見捜索作戦が始まった。


 アイツのことだからきっと、罪悪感を抱えてるんだろうなぁ。


 とっとと見つけて、青春の打ち上げ花火を見るとしますかね。


 俺が歩き出す直前――


「……」

「……」


 司と渚がアイコンタクトを取っているように見えたのは――気のせいだったのだろうか。


 × × ×


「おーい。蓮見やーい。いたら返事しておくれー」


 入り口まで戻っているかもしれないということを考慮して、俺は一から月ノ瀬たちのもとへ向かいつつ蓮見を探す。


 浴衣美少女はちらほらと見かけるが、蓮見らしき女子の姿はない。


 草むらとか、ゴミ箱とか、段ボールとか……細かい部分までしっかり探したが……未だに見つけられなかった。


 え? 真面目に探す気あるのって?


 あるある。あるに決まってるでしょ! 見落としがあったら大変じゃないの!


 人混みを縫うように進み、金魚すくい、射的、輪投げなど、一度訪れた場所も回ってみるが……やはり成果は無くて。


「ったく……夏祭りではぐれるとかラブコメのイベントかっての」


 トラブルが発生してはぐれてしまい、主人公に見つけ出してもらう。


 これもまた、よく見るラブコメの定番イベントだった。

 

「蓮見やーい……」


 額から流れる汗を拭い、俺は歩く。


 熱気がすげぇ……。

 渚じゃなくてもこれは体調崩すわ……。


 気が付けば俺は、司と別れた場所の付近まで来ていた。


 ここまで俺のほうは成果無し。


 となると、もしかしたら司が――




 そう、思ったときだった。




「……おん?」




 一組の男女が、視界に映る。


 男子は女子をおんぶするように背負い、女子のほうは……恥ずかしそうにしている。

 女子の手には、自分が履いていたであろう下駄が握られていた。


 ――言ってしまえば。



 司と蓮見だった。



 蓮見をおんぶする司。

 司の首に手を回し、顔を赤らめる蓮見。




 なんともまぁ……とても青春を感じる一ページだった。


 人混みのせいで、その姿がハッキリと見えるわけではない。


 しかし間違いなく、あれは二人の姿だった。


「なんだよ……見つかってるんじゃねぇか」


 その光景に俺は思わずため息をついた。


 スマホを取り出すと画面には、司から飛んできた一件のメッセージ通知が表示されている。

 俺個人ではなくグループ宛てに飛ばされたメッセージが。


 蓮見を見つけたときにその旨を報告したのだろう。


 これで、月ノ瀬たちも安心して司たちを待つことができる。


 それにしても……まさか司が女子をおんぶするなんてな。


 アイツの事情を考えると……それは、かなり予想外の行動だった。


 おんぶするということはつまり、長時間女子に触れるということ。


 女子から……触れられてしまうということ。


 しかも、互いの距離はかなり近い。


 司にとって……それは決して容易に行えることではないのは確かだ。


 なのにも関わらず……アイツは蓮見を助けるために――


「……頑張れよ、司。そのまま蓮見を運んでやってくれ」


 俺は小さく呟き、二人に背を向ける。


 さて、と。


 蓮見が見つかったのなら、これ以上ウロウロしている理由はない。


 俺は大人しく――







 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()








 蓮見がはぐれること自体は想像が付いていた。


 ――『ふ、二人とも危ないから……あいたっ――!」

 ――『ん? 晴香、どうかした?』

 ――『う、ううん! なんでもないよ!』

 

 あのとき、アイツは一瞬苦痛に顔をしかめていた。


 あれは恐らく、履いていた下駄の鼻緒が擦れて痛みを感じていたのだろう。


 下駄なんて普段から履くようなものではないし、そうなってしまうのは仕方ないと言える。


 蓮見の性格上、周囲に心配をかけさせないために怪我をしたことは黙っておくはずだ。


 唯一敏感に気が付ける可能性があった渚は、俺に銃口を向けていたせいで……蓮見の一瞬の異変に気が付けなかった。


 となると……蓮見がボロさえ出さなければ、誰にも気付かれることはない。

 

 女子の足元をジロジロ見るヤツなんていないしな。


 痛みは歩くたびに増していく、そうなると歩く速度も自然と落ちていく。


 この人混みの中だ。

 流されるようにはぐれてしまうのも想像できる。


 しかし、足を痛めている状態で遠くまで離れることは考えにくい。

 

 だからこそ俺は司に周辺の捜索を任せた。


 仮に蓮見がはぐれたことを月ノ瀬が気が付かなくても、時間を見計らって俺が適当に声をあげるつもりだった。


 足を怪我していることが分かったときから……その行動を注視していたから。


 しかしそこは月ノ瀬。

 蓮見がはぐれてすぐに、司たちにそのことを知らせてくれた。


 アイツがはぐれてから司が見つけるまで、かなり短い時間で済んだ。


 それに、花火を見るために移動する参加者が多いことから、この付近は警備スタッフの人数が多い。


 なにかあればすぐに声をかけられるだろう。


 ――さまざまな要素が組み合わさった結果が、コレだ。


 そもそも蓮見の異変を察した時点で、俺が指摘すればこんなことは起きなかったかもしれない。


 はぐれることも、それによって月ノ瀬たちを心配させることはなかったかもしれない。


 それは、その通りだろう。


 だが。



 なぜ、俺がそんなことをする必要がある?



 せっかくのイベントチャンスを逃す理由はないだろう?


 俺の目的はアイツらと祭りを楽しむことでも、花火を見ることでもない。


 最初から言っている通り、美少女の浴衣姿を見に来ただけなのだ。


 その目的を果たせた以上、俺のやるべきことはもう終わりだ。


「じゃ、あとは楽しんでくれ」


 俺は()()()()()()()()()、二人とは反対方向へ歩き出す。


 ――スマホの電源が切れていたせいで、司の連絡に気付くのが遅れた。


 そういうことだ。

 

 

 花火が上がって少し経ったあと、彼らと合流すればいい。

 

 それでなにも問題はない。

 

 キャンプファイヤーのときと違って、最後まで不参加というわけではないのだから。



 ――『お祭り――楽しみましょうね』



 ………。


 ごめんな、志乃ちゃん。




 俺は――分からねぇんだ。



 自分が純粋に楽しむってことがどういうことなのか。


 


 

「おーい、蓮見どこやーい」





 淡々とこぼれたその空虚な言葉は、誰にも届くことなく祭りの喧騒の中に溶けていった。

 

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