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第105話 青葉昴は夏祭りに馳せ参じる

 夏祭り。


 それは、ラブコメには欠かせない夏を代表するイベントの一つ。

 

 ヒロインの珍しい浴衣姿。

 盛り上がる気分。

 美しい花火。


 男女の距離を縮めるのにはちょうどいいイベントである。


 恋愛を題材にした漫画や小説、アニメやゲームなどなど……必ずと言っていいほど描かれる重要なものなのだ。


 そんな夏祭りに――


 俺、青葉昴はこれから馳せ参じようとしていた。


 なぜって?


 おいおい、なにを分かりきっていることを聞くんだ?


 そんなもの決まっているだろう。


 すべては朝陽司という男の――




 美少女ヒロインズの浴衣姿を見るために決まってるでしょうが!!!


 美少女の! 浴衣姿は! 世界を救う!


 ここテストに出るから覚えておくように! 以上!



 ――よし。準備オッケー!


「ほんじゃ、母さん。ちょっくら行ってくるわ」


 日曜日の夕方。


 俺は外出する準備を済ませ、リビングでノートパソコンを広げて作業をしている母さんに声をかける。


 どうやら早急に片づけないといけない作業が発生したようで……昼頃からカタカタとキーボードを打つ音が部屋に響き渡っていた。


 母さんは俺の言葉に反応して、パソコンの画面から俺へと視線を移す。


「おっ! どれどれ息子くん! そのカッコいい姿をママに見せておくれ~!」

「ほれ。どうだカッコいいだろ」


 俺が両手を広げて『今の格好』を見せると、母さんは「おぉっ!」と表情を輝かせた。


「いい感じだぜ~! 似合ってるよ、その()()姿()


 母さんは元気よく笑顔を浮かべてサムズアップ。

 

 そう。


 俺は現在、普段着……ではなく浴衣を着ていた。


 グレーを基調としたシンプルな男性用の浴衣。


 ――『アンタたちも浴衣だからよろしく。――当然よね?』

 

 あんなことを言われてしまっては、流石に逃げるわけにはいかないからね……。仕方なしである。


「それにしても、やっぱり似てるなぁ……()()()()

 

 母さんが懐かしそうに目を細めて言った。


「そりゃまぁ……息子だしな」

「うんうん。隼くんの浴衣だけど……サイズもピッタリだね。安心安心!」


 この浴衣は俺のものではない。


 母さんが言ったように俺の父親……青葉隼が生前着ていたものだ。


 夏祭りに行くと母さんに伝えた日、意気揚々とタンスから引っ張り出されたわけだ。


 父さんの浴衣……か。


 なんだか変な気分だ。


「父さんとどっちがカッコいい? ほれほれ」


 俺はその場でくるっと周り、浴衣姿を見せつける。


「そりゃもう隼くんよ。息子くんはまだまだお子ちゃまだからね」

「即答かい」

「大丈夫! あんたもすぐ隼くんみたいにカッコいい大人になれるぜ~!」

「やれやれ……まだ勝てそうにないな、父さん」


 棚の上に置かれた父さんの写真をチラッと見る。


 ――浴衣、借りるよ。父さん。


「じゃ、行ってくるわ」

「おー行ってらっしゃい! 楽しんできてね~! あ、あとお土産よろしく!」

「分かってるよ」


 手を軽く振り、俺は母さんの横を通り過ぎて玄関へ向かう。


「あっ! 待って昴!」


 後ろから声をかけられ、俺は振り向いた。


 用件を聞くために俺が首をかしげると、母さんはニヤリと笑う。


 あ、この顔アレだわ。

 めんどくさいヤツだわ。


 その予想は的中して――


「司くんたちと……あとは()()()()()()()()()――よろしくねっ!」


 ったく、なにがるいるいちゃんだよ……。


 知らない間に仲良くなりやがって……。

 いや渚のほうはどうなのか知らんけど。


「へいへい、よろしくしておきますよ」

「ついでに告白してきたら?」

「おい。お使い感覚でとんでもねぇこと言うな」

「おぉっと。それじゃ、ママは作業に戻ろ~っと!」


 最後まで好き勝手に振り回した母さんは、何事もなかったかのようにパソコンへと視線を戻した。


 ジェットコースター並みの感情の振れ幅に、我が母親ながら呆れてため息が出る。


 さーてと。


 ――行くとするかぁ!


 × × ×


 駅から徒歩十分ほどの距離に建てられた大きな神社。


 広い敷地を所有しているその神社では、毎年七月末に大規模なお祭りが開催される。


 ――てなわけで、俺はその敷地へと足を踏み入れた。


 お祭りはもうすっかり始まっており、さまざまな屋台が用意されていてガヤガヤと盛り上がりを見せている。


 当然人も多く、家族や恋人などなど、浴衣姿でお祭りを楽しむ姿が視界いっぱいに映った。


 しかし! そのほかに、俺の視界を支配する者たちが存在していた。


 それは。

 

 それは――!


「わー! やっぱり玲ちゃん、浴衣姿すごく似合う! 綺麗~!」

「ありがと。晴香も可愛いじゃない」

「えへへ、そうかな……」


 美少女。


「おー! 沙夜先輩すご! 大人って感じ! てかスタイルめっちゃ良くないですか!? やばー!」

「フフ。キミも似合っているぞ、日向。自信を持つといい」

「持ちます! あたし可愛い!」


 美少女。


「予想してたけど……志乃さん、浴衣似合い過ぎじゃない? 正統派ヒロイン感すごいんだけど……」

「せ、正統派ヒロイン……がなんなのかよく分かりませんが……。えっと、渚先輩も素敵ですよ! お似合いです!」

「……わたしはそんな感じしないんだけど」

「いえいえ、似合ってますよ?」

「そ、そう……」


 美少女。


 おおぉぉぉぉぉぉ――!!


「浴衣美少女キタァァァァァァァ!!!!!」

「急に叫ぶな昴」


 俺の目の前には、浴衣を着た美少女たちが勢揃いしていた。


 白地に青い紫陽花が描かれた浴衣を着た月ノ瀬。


 シンプルで涼しげな青色の浴衣を着た正統派の蓮見。


 髪色と良く合い、活発な印象を感じさせる赤色の浴衣を着た日向。


 大人っぽい雰囲気をより助長させる紫色の浴衣を着た会長さん。相変わらず髪は超長い。


 静かな雰囲気に合う深緑色の浴衣を着た渚。

 ……ん? 緑?


 そしてザ・大和撫子タイプにピッタリな藍色の浴衣を着て……なんと!

 いつものロングヘアーを後頭部で結い、健康的なうなじをさらけ出す志乃ちゃん。


 ――そう。まさしく美少女浴衣天国である。


「おい司!」


 俺は隣に立つ司の肩に勢いよく手を回し、顔を寄せた。


 あ、ちなみに司くんは黒の浴衣でした。以上。

 別に野郎の浴衣なんて適当でいいんだよ!


 「うぉっ!」と驚いて声を出す司に、俺はヒソヒソと耳打ちをする。


「お前、誰の浴衣派?」

「またそれかよ昴……」


 司が俺を呆れた目で見ているが、そんなことどうでもいい!


 そういえば前にもこんなこと聞いたような……まぁいいや。


 俺の質問を受けた司は月ノ瀬たちを見たあと、すぐに目を伏せる。


 ――ははーん? さてはちょっと意識してるな?


「んで? 誰よ? 月ノ瀬? 蓮見? それとも――え、まさかあたし? 昴ちゃん?」


 ドキィ……!!!


「お前なぁ……」

「なにしてんのよアンタたち」


 あ、遮られた。やべ。


 コソコソと話す俺たちに月ノ瀬が近付いてきたことで、パッと肩から手を離す。


 ちっ……! せっかくの司の好みを聞くチャンスが……!


 あ、待てよ?

 いいこと思いついたぞ?


 俺はニッコリと笑顔を浮かべ、月ノ瀬の質問に答えてあげることにした。


「いや? みんなの浴衣が可愛すぎて困る~って。――司が言ってた」

「は!? おい昴!?」

「いやー分かる。分かるぞー司。やっぱ美少女の浴衣って最高だよな!」

「えっ、おま、やったな――!?」


 ハッハッハ、慌てろ慌てろ!


 俺を睨みつけて声を上げる司のことを無視して、満足感に浸る。


 なぜならば。


「ホ、ホホ、ホントですか司先輩!」

「あ、朝陽くん今のって……」

「で、実際どうなのよ司。私たちの浴衣」


 早速、ヒロインたちに詰められていた。


 いやー愉快愉快!

 いいぞもっとやれ!


「フッ、皆すまない。どうやら司は私の浴衣姿に見惚れてしまったようだ」


 周囲を煽るように、会長さんは髪を靡かせてふふんと胸を張った。


 いや、別にあの。

 変な意味はないですよ。


 胸を張ったって……言葉通りですよ。はい。


 ……会長さんの浴衣姿最高ですね。むふふ。


「朝陽君、言ってあげたら? 誰の浴衣が一番好きなのか。ねぇ晴香?」

「る、るいるい!? そこで私に振るのはちょっと……!」


 渚がどこか楽しそうな様子で司に追い打ちをかける。


「ちょっと複雑です……」


 一方の志乃ちゃんは女子たちに囲まれた司を見てポツリと声をもらす。


 なんだかんだで、お兄ちゃんのことしっかり大好きだよなぁこの子。

 

 微笑ましくてあたしもほっこりしちゃうわね。

 あら出てきたわね昴ちゃん。


 詰め寄ってはいるが……司の事情を考慮してか、彼女たちなりにラインをキープしていた。

 

 当の本人である司は「え、えっと……」と困ったように視線を巡らせて――


 答えを出した。


「志乃!」


 その名前に、一同の視線が志乃ちゃんへと向いた。


 あぁお前……そう来たか。

 その手があったのを忘れてたぜ……。


「志乃の浴衣が一番可愛いな、うん」

「えっ! わ、私!?」


 兄からのお褒めの言葉に志乃ちゃんは顔を赤くする。


 あわあわと慌てたように動く志乃ちゃんを見て――


 俺たちは皆、同じことを思った。


 『それは、そう』


「良かったな志乃ちゃん! 実際、今日の志乃ちゃん超可愛いぜ! いや、今日もか」

「すす昴さんまで……!? か、かわ……もぅ……!」


 志乃ちゃんは赤くなったまま頬を膨らませる。なんだこの可愛い生き物。


 でも、ホントに志乃ちゃんの浴衣姿はめっちゃ可愛いのだ。

 

 だから司の意見は否定できない! するつもりもない!


 流石に志乃ちゃんの名前を出されたらどうすることもできないため、月ノ瀬たちは『あー妹には勝てないわ……』みたいな雰囲気を醸し出し、大人しく引いていく。


 これが恋愛シミュレーションだったら、間違いなく選択肢出てたなぁ。


 誰の浴衣が可愛いだろうか――? みたいな。


 ここで選んだヒロインの好感度爆上げ、みたいな。


 そんな選択肢が出てもおかしくはない場面だった。


 仮に月ノ瀬の名前を出していたら、そのときどんな反応をするのか個人的には気になるけども。


 ま、司にそれを期待しても――


「昴、アンタはどうなのよ?」

「んぇ」


 やべぇ完全に油断してた。


「アンタ的には誰の浴衣が一番なのよ?」

「え、俺のターンいる?」

「いるから聞いてるんじゃない」

「おー! 昴先輩言っちゃってくださいよー! あたしですか!?」

「あーうんうん。超かわいいよ日向ー」

「適当だ!?」


 クソ、月ノ瀬め……。


 そういう質問はいいんだって。

 俺を巻き込むなっての。


 してやったり、みたいな顔でこっちを見る月ノ瀬をジトっと睨みつけておく。


 んで? 誰の浴衣が一番かって?


 うーむ……司にあんなこと言っておいてなんだが、正直かなりの難題ではある。


 だって普通にそれぞれ素晴らしいですからね、えぇ。


 まず月ノ瀬でしょ? 美少女ですね。

 

 蓮見でしょ? 美少女ですね。

 

 渚でしょ? あ、無表情で目逸らされた。


 日向でしょ? うるさいけどちゃんと美少女なんだよなぁ。


 志乃ちゃんでしょ? あ、恥ずかしそうに目逸らされた。可愛いねぇ。


 で、最後に会長さんでしょ? 美人ですね。


 ――結論。


「無理だ! 俺には優劣なんてつけられねぇ! そう! なぜならみんな美少女だから! 美少女バンザイ! 美少女バンザ――」

「そういうのいいから答えなさい昴」


 はい。


「じゃあいいよ会長さんで。だって一番スタイルいいし。最高ですね。眼福です!」

「む。私か? フフ、そう言われると恥ずかしいものだな」


 その瞬間。


 会長さんを除く女子たちから『うわー……』と白い目を向けられた。


 な、なんだなんだ! 俺は素直に答えただけじゃないか!


 どうしてそんなドン引きヒロインズの顔を見ないといけないんだよ!


 って司も引いてるじゃねぇか! お前男なんだから気持ち分かるだろ!


「昴さん……不潔です」

「ふぐぅ!!!!!!」

「おー、志乃さんの一撃が青葉に大ダメージ。……いい気味」


 いてぇ……いてぇよぉ……。

 ボソッと言った志乃ちゃんの言葉が一番いてぇよぉ……。


 少しでも気を抜いたら倒れそうになる身体を、なんとか気力で持ちこたえさせる。


 よろよろ……よろよろ……負けないで昴くん……。


「さ、変態は置いておいて行きましょうか。私、屋台とか楽しみなのよね」

「玲先輩の言う通り行きましょー! 遊び倒しますよー!」

「うんうん、花火も楽しみだね!」


 残りHPが五くらいしか無い俺を置いて、司たちはお祭りへと行ってしまう。


 待って……待って……。

 俺を置いて行かないで……。


 さっき志乃ちゃんから受けた傷がまだ治ってないのよ……。

 

 すでに歩き出してしまった司たちの背中を追うように、俯いたまま力無く一歩踏み出すと――


「す、昴さん……!」


 俺を呼ぶ声に顔を上げる。


 そこには、三歩程先に立つ志乃ちゃんの姿があった。


「ご、ごめんなさい私のせいで……」

「いや別に謝ることないって。というか、俺を待っててくれたの?」


 ただふざけているだけなのに、わざわざ謝るなんて本当に優しい子である。


 俺が尋ねると、志乃ちゃんは「は、はい」と照れくさそうに小さく頷いた。


 ……もう一回言っておこう。

 

 本当に優しい子である。


「おかげで元気になったぜ。じゃあ、俺たちも行こっか」

「そうですね。兄さんたちに置いて行かれちゃいますから」


 俺たちは頷き合い、隣同士に並んで歩き出す。


「それにしても志乃ちゃん、さっきも言ったけど浴衣バッチリ似合ってんね」

「あ、ありがとうございます……その、昴さんも……」

「ん?」


 志乃ちゃんは俺をチラッと見上げると、すぐに視線を下に向けてしまう。


 続きが気になり、なにも言わずに黙っていると……志乃ちゃんは可愛らしく咳払いをした。


 そして、もう一度こちらを見上げると――柔らかく微笑む。


「浴衣――とてもお似合いですよ?」


 …………………。


 ………っぶねぇ! ワンチャン落ちてたわ!


 珍しい浴衣姿と破壊力抜群の微笑みの前に、最強と名高い昴要塞が陥落しそうだったわ!


 やはり志乃ちゃん……恐ろしい子だぜ……。


 司、お前の妹は将来とんでもない逸材に成長するかもしれねぇ……。


「ははっ、だろ~? イケメン昴兄さんにピッタリだろ?」

「ふふ、そうですね。カッコいいです」

「ぐふぅ!!!!!!」

「え、また……!? す、昴さん大丈夫ですか!?」


 本日二度目の叫び、いいですか?



 ――なんだこの可愛い生き物は!?

 ひょっとして二次元から出てきちゃった!?

 理想の妹系後輩ヒロインみたいなキャラなんですけど!?


 俺はゆっくり息を整え、平常心を保つ。


「大丈夫だぜ。致命傷で済んだ」

「致命傷は大丈夫じゃないですよね……!?」


 表情がころころ変わる志乃ちゃんを見て、俺は笑みをこぼす。


 感情がすぐに表情に出るから、この子は本当に分かりやすい。

 

 素直だということが全面的に出ている。


 俺が笑ったことに気が付くと、志乃ちゃんは「もう、昴さんは……!」と不満げに唇を尖らせた。


 そのまま、少しばかり歩を進めると。


「……ねぇ、昴さん」


 志乃ちゃんが再び俺の名前を呼んだ。


「なんだい」


 俺が返事をすると、志乃ちゃんは穏やかな表情で――一言。



「お祭り――楽しみましょうね」

 


 志乃ちゃんのこの表情を見られただけでも、今日は来たかいがあった。


 高校一年生の夏。

 この子や日向には、これから楽しい思い出をたくさん作ってほしいものだ。


 俺も……出来る範囲で協力するとしよう。


 兄の親友として、な。


「だな」


 俺は頷いて返事する。


 そんなわけで。


 ――夏祭り、開始じゃ!

 

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